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第19話 料理人、まさかの本気!竜を止めろ!

「グオオオオオッ!!」

黒い竜の影が、レオンめがけて襲いかかった。

「うわっ、ちょっと待て! 俺、まだ死にたくないんだけど!?」

叫びながらも、レオンは逃げなかった。

巨大な爪が振り下ろされる。

ドゴォォォン!!

地面が砕け、土煙が舞い上がった。

「レオン!!」

ヒカルの叫びが響く。

だが――。

「……危ねえ。あと三センチずれてたら、俺の人生、ここで閉店だったぞ」

土煙の中から、レオンがひょいと顔を出した。

黒い竜の爪は、彼のすぐ横の地面に突き刺さっていた。

「お前、料理人のくせに、なんでそんなに動けるんだ!?」

イグニスの口から、かすかに声が漏れた。

意識が残っているらしい。

「さあな。昔、ちょっと身体を動かしていただけだ」

レオンは軽く肩を回した。

「それより、お前。俺の作る麻婆豆腐を食べる前に、勝手に暴走するんじゃない!」

「そんな理由で怒るな……!」

「そんな理由じゃない! 食材も調味料も、まだまだ試したいんだよ!」

「やはり食い物か……!」

その瞬間、黒い竜の影が再び吠えた。

レオンの表情から笑みが消える。

「……さて。そろそろ、止めるか」

彼はゆっくりと構えた。

腰を落とし、呼吸を整える。

無駄のない動き。

まるで水が流れるように、静かで滑らかだった。

ヒカルが目を丸くする。

「レオン、どうしたの?」

「ちょっとだけ、料理以外の腕前を見せてやる」

「料理以外?」

「そう。包丁さばきだけが俺の取り柄だと思ったら、大間違いだ」

次の瞬間、黒い竜の影が突進してきた。

レオンは真正面から迎え撃つ。

「そこだ!」

ひらり。

巨体の攻撃を紙一重でかわし、レオンは竜の影の懐へ滑り込んだ。

そして――。

ドンッ!!

拳が、黒い影の胴体にめり込んだ。

「グオッ!?」

巨大な竜の影が、後方へ吹き飛ばされる。

木々をなぎ倒しながら、黒い影が地面を滑った。

「……え?」

ヒカルがぽかんと口を開ける。

イグニスも、暴走しかけた意識の中で目を見開いた。

「お、お前……今、何をした……?」

「拳を当てた」

「見れば分かるわ!!」

レオンは首を傾げた。

「じゃあ、聞くなよ」

「そういう意味ではない!」

だが、笑っていられたのも一瞬だった。

黒い竜の影が、ゆっくりと起き上がる。

その身体には、先ほどの拳の跡が残っていた。

しかし、傷口から黒い煙が噴き出し、すぐに元へ戻っていく。

「……なるほど。殴っても駄目か」

レオンは拳を見つめた。

「だったら、別の方法だな」

彼は再び構えた。

今度は拳を強く握らず、両手をゆるやかに広げる。

足元から、静かな風が流れた。

太極拳。

力で押し返すのではなく、相手の力を受け流し、その流れを利用する。

黒い竜の影が飛びかかる。

レオンは半歩だけ横へ動いた。

そして、迫る巨大な力を両腕で受け流す。

ドォォォン!!

竜の影は勢いを止められず、地面へと叩きつけられた。

「なっ……!?」

イグニスが絶句する。

「お前、いったい何者なんだ……!」

「中華料理人」

「それはもう聞いた!!」

「あと、ちょっと拳法をな」

「ちょっとのレベルではないだろうが!!」

レオンはにやりと笑った。

「細かいことは、食事のときに話してやる」

「今、食事の話をするな!」

「お前が元に戻ったら、たっぷり食わせてやるから安心しろ!」

「だから、そういう話では……!」

イグニスの声が途切れた。

黒い鎖が、彼の身体を再び締め上げる。

「ぐああああっ!!」

竜の影が膨れ上がった。

先ほどとは比べものにならないほどの闇が、森を覆い尽くす。

レオンの額から汗が流れた。

「……くそ。こいつ、本体じゃない。呪いそのものが暴れてやがる」

いくら攻撃しても、黒い影は再生する。

ならば、倒すべき相手は別にいる。

レオンはイグニスを見つめた。

「おい、イグニス! 聞こえるか!」

「……逃げろ……!」

「断る!」

「俺の中にあるものは……お前が思っているほど甘くない……!」

「だったら、甘くないものを料理するのも料理人の仕事だ!」

「意味が分からん!!」

「俺にも分からん! でも、絶対に諦めない!」

レオンは地面を蹴った。

黒い竜の影が襲いかかる。

レオンはその攻撃を次々とかわし、イグニスのもとへと走った。

そして、黒い鎖に覆われた胸元へ手を伸ばす。

「お前の呪いを消せるとは、まだ言えない」

レオンの声が響いた。

「俺は呪いの専門家じゃないからな」

一瞬、イグニスの瞳が揺れる。

「だが、お前を一人にはしない!」

レオンの掌が、イグニスの胸元に触れた。

その瞬間――。

ドクンッ!!

レオンの手のひらに、焼きつくような熱が走った。

「うおっ!? 熱っ! 何だこれ、鍋の取っ手より熱いぞ!」

緊迫した空気の中、思わず本音が飛び出す。

だが、手を離さなかった。

黒い鎖が、レオンの腕にまで絡みついてくる。

「レオン、やめろ!!」

イグニスが叫んだ。

「お前まで呪いに取り込まれるぞ!」

「うるさい! 今、集中してるんだ!」

レオンは目を閉じ、呼吸を整えた。

太極拳で身につけた、力を受け流す感覚。

相手の動き、呼吸、力の流れを読む感覚。

それを頼りに、イグニスの中で暴れる力の流れを探る。

すると――。

ほんの一瞬、黒い鎖の動きが止まった。

「……見つけた」

レオンの瞳が鋭く光る。

呪いの奥に、何かがあった。

黒い闇に覆われた、小さな光。

それは、イグニス自身の力なのか。

それとも、別の何かなのか。

まだ分からない。

だが、レオンは確かに感じた。

この呪いには、ただ破壊するだけでは解決できない秘密がある。

「イグニス。絶対に戻ってこいよ」

レオンは拳を握った。

「まだ俺の料理を全部食べてないだろ!」

「……お前は……本当に……」

イグニスの口元が、かすかに緩んだ。

その瞬間、黒い竜の影が大きく震えた。

バキィィィン!!

黒い鎖の一部が、砕け散った。

森を覆っていた闇が、ほんのわずかに薄くなる。

「やった……の?」

ヒカルが呟いた。

しかし、レオンの表情は険しいままだった。

砕けた鎖の向こうから、さらに巨大な黒い影が姿を現したのだ。

そして、レオンの頭の中に、あの声が再び響く。

――人間ごときが、竜の呪いに触れるな。

レオンは口元を拭った。

「……上等だ」

静かに笑う。

「誰の料理を食べさせるか、まだ決めてないんでな」

黒い影が、森を揺るがす咆哮を上げた。

決着は、まだ先だ。

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