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第16話 竜王、料理人になる!? 厨房が炎上寸前の大惨事!

「レオン! 今日から我も料理をする!」

朝の食堂に、イグニスの堂々たる宣言が響き渡った。

レオンは持っていた包丁を止めた。

「……熱でもあるのか?」

「ない!」

「頭を打った?」

「打っていない!」

「じゃあ、昨日海に落ちたときに何か変なものを食べたか?」

「貴様は我を何だと思っている!」

「食欲の塊」

「竜王だ!」

ヒカルが椅子の上で手を挙げた。

「ぼく、食欲の塊のほうが好き!」

「ヒカル!?」

イグニスは胸を押さえた。

「我が……我が育てた子が……!」

「育ててないだろ。まだ数日だぞ」

レオンの冷静なツッコミを無視し、イグニスは腕を組んだ。

「いつまでも貴様に料理を作らせるわけにはいかん。竜王たる者、料理のひとつもできて当然だ!」

「その心意気はいい。じゃあ、まず野菜を切ってみろ」

レオンはまな板と包丁を差し出した。

イグニスは包丁を受け取った。

その瞬間、食堂の空気が変わった。

近くにいた店主が、そっと後ずさる。

「お、おい……その人、本当に料理するのか?」

「さあ。俺も初めて見る」

「止めなくていいのか?」

「本人の自主性を尊重しよう」

「本当に大丈夫なのか!?」

レオンは少し考えた。

「……厨房から離れておいたほうがいいかもしれない」

「聞こえているぞ!」

イグニスはニンジンをまな板に置いた。

そして、包丁を高々と掲げる。

「見よ! これが竜王の一刀!」

ドンッ!

まな板が真っ二つになった。

厨房が静まり返った。

イグニスは包丁を見つめた。

「……ほう。ニンジンはなかなか硬いな」

「切ったのはまな板だ!」

レオンが叫んだ。

「しかもニンジンは無傷!」

ヒカルはニンジンを拾い上げた。

「ニンジンさん、びっくりしたね」

「野菜にまで同情されるとは……!」

イグニスは唇をかみしめた。

「もう一度だ!」

「待て。まず包丁の持ち方から教える」

「我に包丁の持ち方など必要ない!」

「じゃあ、まな板を弁償しろ」

「……教えてください」

あまりにも素直な返事だった。

店主が思わず吹き出した。

***

三十分後。

イグニスは、なんとかニンジンを切れるようになっていた。

ただし、切ったニンジンの大きさは、ひとつひとつが違う。

大きいものは拳ほど。

小さいものは豆粒ほど。

なぜか一個だけ、星形のようになっていた。

レオンは腕を組んだ。

「……個性的だな」

「当然だ! 竜王の料理に同じ形など必要ない!」

「料理人は普通、そろえるんだよ」

「なぜだ?」

「火の通り方が違うからだ」

「ならば、小さいものから食べればよい!」

「お前は料理の基本を全部、食べる側の理屈で考えるな!」

ヒカルが星形のニンジンを持ち上げた。

「これ、かわいい!」

「そうだろう! それは竜王の紋章だ!」

「偶然できただけだろ」

「偶然も実力のうちだ!」

「便利な言葉だな……」

レオンは気を取り直し、次の作業を指示した。

「じゃあ、炒め物を作ってみよう。油を熱して、肉と野菜を炒めるんだ。火は強すぎないように」

「任せろ!」

イグニスは中華鍋を構えた。

肉を入れる。

野菜を入れる。

そして、火をつけた。

ボウッ!

炎が鍋から噴き上がった。

「火が強い!」

「これが強火というものだろう!」

「強火にも限度がある!」

「中華料理は火力が命と聞いたぞ!」

「誰から聞いた!」

「貴様だ!」

「そこだけ覚えるな!」

レオンが慌てて火を弱める。

だが、イグニスは鍋を振ろうとして、鍋ごと持ち上げた。

勢い余って、炒め物が宙を舞う。

肉が飛ぶ。

ニンジンが飛ぶ。

星形ニンジンが華麗に回転する。

そして、天井に張りついた。

全員が見上げた。

ぽとっ。

星形ニンジンが、イグニスの頭に落ちた。

ヒカルが腹を抱えて笑った。

「イグニス、お星さまが頭に乗った!」

「これは飾りだ!」

「料理に飾りは大事だよね!」

「そうだ! ヒカルはわかっている!」

「いや、頭に乗せる飾りじゃない」

レオンは鍋の中をのぞいた。

肉は黒い。

野菜は黒い。

ソースも黒い。

「……これは何料理だ?」

イグニスは胸を張った。

「竜王特製、漆黒の炎炒めだ!」

「ただの焦げた野菜だ!」

「名前をつければ料理の格が上がる!」

「上がらない!」

店主が恐る恐る鍋をのぞき込んだ。

「……これ、食べられるのか?」

イグニスは店主を見た。

「食べてみろ」

「えっ」

「竜王の料理だ。光栄に思え」

「いや、でも……」

「食べろ」

「は、はい……」

店主は箸で小さな肉をつまみ、口に入れた。

数秒後。

店主の顔が、みるみる青ざめた。

「……み、水を……!」

「どうした!?」

「苦い! 苦すぎる! 舌が……舌が焼ける!」

「炎を使った料理だからな!」

「料理そのものを燃やすな!」

レオンは慌てて店主に水を渡した。

ヒカルはイグニスを見上げた。

「イグニス、料理って難しいね」

「……うむ」

珍しく、イグニスはしょんぼりしていた。

「レオンは、これほどのことを毎日やっているのか」

「そうだよ。火加減、切り方、味付け。全部考えながら作るんだ」

イグニスは焦げた鍋を見つめた。

「……我は、料理を甘く見ていたようだ」

レオンは少し驚いた。

まさか、あの見栄っ張りな竜王が素直に反省するとは。

「そうか。じゃあ、今日はここまで――」

「よし! 次はデザートだ!」

「反省はどこへ行った!?」

***

昼過ぎ。

イグニスの料理騒動は、町中に知れ渡っていた。

「聞いたか? 赤髪の美男子が厨房で火を噴いたらしいぞ!」

「料理をしていたんじゃないのか?」

「本人は料理だと言い張っているそうだ!」

「食堂は無事なのか!?」

「天井に焦げ跡があるらしい!」

レオンは額を押さえた。

「……町に来てから、変な噂ばかり増えていくな」

イグニスは不満そうに腕を組んだ。

「我の評判が広がるのは当然だ!」

「料理ができないという評判だけどな」

「貴様!」

そのとき、ヒカルが店の外を指さした。

「あれ? お魚さんたちがいるよ!」

港の方から、小魚の群れが次々と跳ねていた。

魚たちは岸辺に集まり、まるで何かを伝えようとしている。

ヒカルが耳を澄ませた。

「……また、黒いものが来るって」

レオンの表情が変わった。

「黒いもの?」

ヒカルはうなずいた。

「うん。海の底から、黒い霧が出ているんだって」

イグニスの胸元が熱を帯びた。

昨日倒した魔物。

黒い紋様。

そして、残された結晶。

すべてがつながっているようだった。

「……レオン。海へ行くぞ」

「わかった。ただし、魚に乗って帰ってくるのは禁止だ」

「誰が乗るか!」

「昨日、乗ってただろ」

「作戦だった!」

ヒカルが笑った。

「今日も作戦するの?」

「しない!」

そのとき、店の窓の向こうに黒い影がよぎった。

レオンが振り向く。

だが、そこには誰もいない。

テーブルの上に置いていた黒い結晶だけが、かすかに震えていた。

遠くの路地。

黒衣の人物が、ゆっくりと手を開く。

掌には、同じ紋様が刻まれた黒い欠片。

「竜王の呪いは、まだ消えていない」

黒衣の人物は、ヒカルがいる食堂を見つめた。

「そして、光の子は確実に目覚めつつある……」

その口元に、不気味な笑みが浮かんだ。

***

夕方。

レオンは厨房に立ち、改めて夕食を作っていた。

メニューは、焦げた料理の名誉挽回も兼ねた、豚肉と野菜の中華炒め。

強火で肉を炒め、野菜を加え、香ばしい醤油の香りを立たせる。

仕上げにごま油をひと回し。

イグニスとヒカルの前に皿を置くと、二人は同時に目を輝かせた。

「いただきます!」

イグニスが一口食べる。

「……うまい!」

ヒカルも笑顔になった。

「レオンの料理、大好き!」

レオンは照れくさそうに頭をかいた。

「そう言ってもらえると、作った甲斐があるよ」

イグニスはしばらく黙って料理を味わっていた。

そして、真剣な顔で言った。

「レオン」

「なんだ?」

「明日も料理を教えてくれ」

レオンは思わず目を丸くした。

「……本気か?」

「当然だ! いつか我も、お前のような料理を作れるようになる!」

「その前に、まな板を壊さない練習からだな」

「まな板の話はするな!」

ヒカルが手を挙げた。

「ぼくも手伝う!」

「よし! ヒカルは味見係だ!」

「イグニスは?」

レオンは即答した。

「火から離れる係」

「貴様ああああ!」

食堂に、三人の笑い声が響いた。

だが、窓の外では、黒い霧が夜の闇に溶けるように漂っていた。

その霧の奥から、誰かの声がかすかに聞こえた。

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