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第15話 竜王、魚の大群に襲われる!? 料理人の秘策は海鮮あんかけ!

「レオン! 緊急事態だ!」

朝。

宿屋の部屋に、イグニスの叫び声が響き渡った。

レオンは布団から顔だけを出した。

「……火事か?」

「違う!」

「魔物か?」

「違う!」

「じゃあ、朝から叫ぶな。近所迷惑だ」

「魚がない!」

「…………は?」

イグニスは窓辺に立ち、真剣な顔で振り返った。

「昨夜、魚を食べた。今朝も魚を食べる予定だった。しかし、まだ朝食が出てこない!」

「それは緊急事態じゃなくて、お前の腹の問題だろ!」

「竜王の腹は世界の平和に直結している!」

「初めて聞いたぞ、そんな世界の仕組み!」

そのとき、ヒカルが寝ぼけ眼で起き上がった。

「イグニス、おなかすいたの?」

「うむ!」

「ぼくも!」

「よし! ヒカル、よい心がけだ!」

「でもね、昨日の夜、イグニスはお肉も食べたよ?」

「……ヒカル」

「お魚も食べたよ?」

「……ヒカル」

「最後に、レオンの肉まんも食べたよね?」

「ヒカル! 朝から過去を暴くのはやめなさい!」

レオンは布団の中で笑いをこらえていた。

「お前、子供にまで食生活を管理されてるのか」

「管理などされていない! 我は自分の意思で食べている!」

「じゃあ、朝飯まで少し待て」

「断る!」

「断るな!」

結局、レオンは朝食を作ることになった。

メニューは、魚の身をほぐした中華粥。

生姜とネギを加え、仕上げにごま油を少したらす。

湯気と一緒に、優しい香りが部屋いっぱいに広がった。

ヒカルは目を輝かせた。

「いいにおい!」

イグニスは椅子に座り、腕を組んだ。

「ふむ。見た目は地味だな」

「食べるなよ」

「なぜだ!?」

「地味だと言ったからだ」

「見た目の評価と食欲は別問題だ!」

イグニスは匙を手に取り、一口食べた。

ぴたり。

動きが止まった。

「……」

レオンがちらりと見る。

「どうした?」

「……レオン」

「なんだ」

「これは……」

「まずかったか?」

イグニスは無言で、もう一口食べた。

さらにもう一口。

そして、器を両手で抱え込んだ。

「おかわり!」

「早い!」

「この粥、恐ろしいぞ! 胃に優しい顔をして、気づけば匙が止まらなくなっている!」

「それは普通にうまいって言え!」

ヒカルも笑いながら食べていた。

「ぼく、これ好き!」

レオンは二人を見て、満足そうに笑った。

「よし。じゃあ今日は、魚を仕入れに行くか」

その瞬間、イグニスが立ち上がった。

「待っていたぞ! 海の幸を狩る時間だ!」

「狩るって言うな。買いに行くんだよ」

「買うより、自分で獲った方が大量に手に入る!」

「お前が獲ると、また海に落ちるだろ」

「昨日の話はするなあああ!」

宿屋の窓から、港のカモメが一羽飛び去った。

まるで、イグニスの失態を笑うように。

「……今の鳥、我を笑ったか?」

「気のせいだ」

「絶対に笑った!」

「鳥にまで対抗心を燃やすな!」

***

港へ着くと、妙なことが起きていた。

漁師たちが、海を見ながら騒いでいる。

「おい、また集まってきたぞ!」

「昨日までこんなことはなかったのに!」

海面には、小魚の群れがびっしりと集まっていた。

しかも、魚たちは船の周りをぐるぐる回り、まるで誰かを探しているようだった。

ヒカルが海辺に駆け寄った。

「お魚さん、どうしたの?」

すると、魚たちが一斉に跳ねた。

「わあっ!」

レオンが目を丸くする。

「……ヒカル、今、魚に話しかけたのか?」

「うん。なんだか困ってるみたい」

「魚が困ってる?」

「うん。『黒いものが海の底にある』って」

レオンとイグニスの表情が変わった。

黒いもの。

それは、これまで魔物たちに刻まれていた黒い紋様や、戦いの後に残された結晶と関係しているのかもしれない。

イグニスの胸元が、かすかに熱を帯びた。

「……また、あの呪いか」

レオンは海を見つめた。

「ヒカル。魚たちは、ほかに何か言ってるか?」

ヒカルは目を閉じ、じっと海の声に耳を傾けた。

「……あっち!」

ヒカルが指さしたのは、港から少し離れた岩場だった。

その瞬間。

ザバァァァン!

海面が爆発したように盛り上がった。

巨大な魚が飛び出してきた。

その大きさは、馬車ほどもある。

「で、でかい魚だあああっ!」

漁師たちが叫んだ。

だが、イグニスは違った。

彼の瞳が輝いた。

「……大物」

レオンは嫌な予感がした。

「おい、待て」

「大物だ……!」

「待てと言ってるだろ」

「これほどの魚なら、どれだけの料理……!」

「料理の想像を始めるな!」

「いや、待て! あの身なら、魚の甘酢あんかけもよい! いや、丸ごと蒸して生姜とネギを――」

「もう黙れ!」

イグニスはすでに海へ向かって走っていた。

「捕まえてくる!」

「お前は昨日、魚に引きずられたばかりだろ!」

「昨日の我と今日の我は違う!」

「何が違うんだ!」

「今日は朝粥を食べた!」

「そんな理由で強くなるな!」

イグニスが魚へ飛びかかった。

魚は大きく尾びれを振った。

バッシャアアアアン!

水しぶきが港を覆った。

次の瞬間、イグニスの姿が消えた。

「……あれ?」

ヒカルが首をかしげる。

レオンは額を押さえた。

「まさか……」

海の向こうから、声が響いた。

「レオオオオオン! この魚、我を食おうとしているぞおおお!」

「だから言っただろおおお!」

巨大魚はイグニスを背中に乗せたまま、海面を暴走していた。

イグニスは魚の背中にしがみつき、必死に叫んでいる。

「止まれ! 貴様は夕食になる運命なのだ!」

魚が跳ねた。

「運命に逆らうなあああ!」

レオンは思わず吹き出した。

「魚に説教してる場合か!」

ヒカルもおなかを抱えて笑っていた。

「イグニス、がんばってー!」

「応援するな! 助けろおおお!」

そのとき、魚の体に黒い霧がまとわりついた。

巨大魚の目が、真っ赤に染まる。

「……まずい!」

レオンの顔から笑みが消えた。

「イグニス! そいつは普通の魚じゃない!」

魚の背中に、黒い紋様が浮かび上がった。

イグニスの胸元の呪印が、激しく熱を帯びる。

「ぐっ……! この感覚は……!」

魚は突然、方向を変え、港へ向かって突進し始めた。

その先には、漁師たちの船が何隻も停泊している。

このままでは船が壊される。

レオンは一瞬で状況を見極めた。

「ヒカル、漁師さんたちを下がらせてくれ!」

「うん!」

「イグニス! 魚を港の外へ誘導しろ!」

「簡単に言うな! 我は今、魚の乗り物になっているのだぞ!」

「乗り心地の感想は後で聞く!」

レオンは岸壁を蹴り、係留ロープを手に取った。

魚が迫る。

その瞬間、レオンはロープを投げ、魚の尾びれに絡ませた。

「イグニス、右へ!」

「右だな!」

「お前から見て右だ!」

「我の右はどっちだ!」

「今さら聞くな!」

イグニスが体をひねった。

魚の突進方向がわずかにずれる。

レオンはロープを引き、魚の勢いを利用して進路を変えた。

巨大魚は港の外へと向きを変え、岩場の近くで大きく跳ねた。

その背中から、イグニスが宙へ放り出された。

「竜王の威厳は不滅なりいいいい!」

ばしゃああああん!

またしても海へ落ちた。

イルカがどこからともなく現れ、楽しそうに鳴いた。

「キュイキュイッ!」

イグニスは海面から顔を出した。

「笑うな! 今度は事故ではない! 作戦だ!」

イルカの声が、ヒカルにだけ届く。

『あれが作戦なら、僕は海の王様だね!』

ヒカルはとうとう笑い転げた。

「イルカさん、海の王様だって!」

「我が王だ! 海の王ではない!」

レオンは肩を震わせながら、魚の額を指さした。

「はいはい、王様。まだ仕事が残ってるぞ」

黒い紋様の中心が、紫色に光っていた。

「本当の敵は、あそこだ」

レオンは目を細めた。

「イグニス、核を壊す。お前は炎を準備しろ」

「任せろ!」

レオンは魚の動きを見ながら、海面に飛び込んだ。

迫る尾びれを半歩ずらしてかわし、魚の額へ接近する。

拳を握り、黒い紋様の中心へ正確に打ち込んだ。

ゴッ!

甲殻に亀裂が走る。

紫色の核が露出した。

「今だ!」

イグニスの手から、細く絞られた炎が放たれた。

核を貫く。

巨大魚は一瞬だけ静止し、体にまとわりついていた黒い霧を吐き出した。

そして、黒い霧は風に散るように消えていった。

残ったのは、普通の巨大魚と、小さな黒い結晶だけだった。

港に、静寂が戻った。

漁師たちは呆然としていた。

「……あの三人、何者なんだ?」

レオンは濡れた髪をかき上げた。

「ただの料理人だよ」

イグニスが魚を指さした。

「そして、こいつは我の獲物だ!」

「お前、途中から魚に乗せられてただけだろ」

「細かいことを言うな!」

ヒカルが魚のそばにしゃがみ込んだ。

「お魚さん、もう大丈夫?」

魚は、ゆっくりと尾びれを動かした。

ヒカルはほっとしたように笑った。

「よかった!」

その瞳が、虹色にきらめいた。

遠くの岩場。

黒衣の人物が、三人を見つめていた。

「子供の力が、海の魔力にまで干渉している……」

手の中の黒い欠片が、かすかに震えた。

「やはり、あの子は必要だ」

黒衣の人物は静かに姿を消した。

***

昼過ぎ。

港の食堂には、巨大魚を使った料理が並んでいた。

レオンが作ったのは、魚の切り身を揚げ、野菜たっぷりの甘酢あんをかけた一皿。

表面はカリッと香ばしく、中の身はふっくら。

甘酸っぱいあんが、魚の旨みを引き立てている。

「いただきます!」

ヒカルが一口食べた。

「おいしい!」

イグニスも大きな切り身を頬張った。

「……うむ」

レオンが警戒する。

「なんだ。今度は何だ?」

イグニスは目を閉じ、ゆっくりとうなずいた。

「この魚……一度は我を海へ沈めようとしたが、最後には我の腹を満たすとは……」

「魚にそんな意図はない」

「敵であっても、最後には料理として和解する。これぞ食の力!」

「勝手に美談にするな」

ヒカルがにこにこしながら言った。

「イグニス、魚に負けたのにね!」

「負けていない!」

「海に落ちたよ?」

「作戦だ!」

「二回も?」

「二回とも作戦だ!」

レオンはとうとう笑い出した。

「じゃあ明日は三回目の作戦だな」

「明日は海へ行かん!」

その直後、イグニスは皿を差し出した。

「レオン。おかわりだ」

「海へ行かないんじゃなかったのか?」

「食事の話と海の話は別だ!」

「本当に都合のいい竜王だな……」

食堂に笑い声が広がる。

けれど、レオンの懐には黒い結晶が残っていた。

そして、ヒカルの瞳には、まだ小さな虹色の光が宿っている。

海の底にあった黒いもの。

ヒカルだけに聞こえる魚たちの声。

そして、あの黒衣の人物。

この港での騒動は、まだ終わっていない。

「……レオン?」

ヒカルが小さな声で尋ねた。

「どうした?」

「ぼく、あの黒い人……また来ると思う」

レオンはヒカルの頭にそっと手を置いた。

「大丈夫。俺たちが一緒にいる」

イグニスも腕を組み、堂々と宣言した。

「当然だ! 我がいる限り、誰にも手出しはさせん!」

一拍置いて、彼は付け加えた。

「ただし、夕食の邪魔をする者は許さん!」

レオンはため息をついた。

「……最後まで食い意地かよ」

ヒカルは二人の間で、楽しそうに笑った。

その笑い声を、港の潮風が遠くへ運んでいった。

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