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第14話 ヒカル、イルカとおしゃべり!? 竜王、海で大ピンチ!

「海だああああっ! 海の幸だああああっ!」

港に到着した翌朝。

人間の姿をしたイグニスは、水平線に向かって両手を広げていた。

まるで世界を征服した王のような堂々たる姿。

ただし、その頭の中にあるのは世界征服ではない。

新鮮な魚介類である。

「見よ、レオン! あの海には、まだ誰にも食われていない魚たちが泳いでいる!」

「そりゃ海だからな」

「今日は海の幸を食い尽くすぞ!」

「漁師さんに聞かれたら通報されるぞ」

「なぜだ! 食材を食べることの何が悪い!」

「お前の場合、海そのものを食べそうだからだよ」

ヒカルは二人のやり取りを聞いて、けらけらと笑った。

「イグニス、きのうもお肉いっぱい食べたのに!」

「肉と魚は別腹だ!」

「おなか、いくつあるの?」

「竜王にそんな質問をするな!」

「ひとつだろ」

レオンの即答に、イグニスは悔しそうに歯ぎしりした。

「……貴様、いつか必ず後悔させてやる」

「はいはい。じゃあ、朝飯を食べたら魚を探そうな」

「朝飯!? 今から食べるのか!?」

「お前、さっき朝飯を三人前食べただろ」

「腹ごしらえと朝食は別物だ!」

「その理屈、初めて聞いたよ」

ヒカルがまた笑った。

イグニスは腕を組み、堂々と言い放つ。

「笑うな! これは竜王の威厳に関わる重大な問題だ!」

そのときだった。

「キュイッ!」

海面から、青白い模様のあるイルカが顔を出した。

イルカはヒカルを見つけると、嬉しそうに鳴いた。

「ヒカル! やっと見つけた!」

ヒカルはぱっと顔を輝かせた。

「わあ! イルカさん、おはよう!」

「おはよう! 今日は海に来たんだね!」

「うん! お魚を見に来たの!」

レオンは首をかしげた。

「……ヒカル、今、イルカと会話してないか?」

「してるよ?」

「普通、イルカはそんなに流暢にしゃべらないんだが」

「え? でも、おしゃべりしてるよ?」

イルカはレオンの方を向き、口を開けて鳴いた。

「キュイキュイッ!」

レオンには、普通のイルカの鳴き声にしか聞こえなかった。

「……なるほど。俺には『キュイキュイ』としか聞こえない」

「イルカさん、レオンには聞こえないんだって!」

「へえ。ヒカルにしか聞こえないのか。面白いね」

イルカはヒカルの瞳をじっと見つめた。

「やっぱり、君の目には海の魔力が宿っている。海の生き物たちが、君を気にしているんだよ」

「ぼく、海の子なの?」

「それはまだわからない。でも、君の目は特別だ」

ヒカルの瞳が、ほんの一瞬、虹色にきらめいた。

少し離れた場所で、その光を見た黒衣の人物がいた。

岩場の陰に立ち、こちらをじっと見つめている。

だが、三人はまだ気づいていなかった。

いや、一人を除いて。

イルカは海面を尾びれで叩いた。

「ところで、そこの赤い髪のお兄さん!」

「……俺か?」

イグニスが自分を指さした。

「うん! なんだか偉そうだね!」

「なんだと!?」

「海で泳げる?」

「……は?」

「泳げる?」

イグニスは固まった。

レオンがゆっくり振り向く。

「お前、まさか……」

「黙れ」

「空は飛べても、泳げない?」

「黙れと言っている!」

イルカは楽しそうに跳ねた。

「泳げないの? 泳げないの?」

「我は伝説の竜王だぞ! 泳ぐ必要がないだけだ!」

「つまり泳げないんだね!」

「違う!」

「じゃあ泳いでみてよ!」

「……貴様、なかなか口の減らぬ魚だな!」

「イルカだよ!」

ヒカルが笑いすぎてしゃがみ込んだ。

レオンは肩を震わせながら、イグニスの背中をぽんと叩く。

「大丈夫だ。泳げなくても、人生は終わらない」

「お前、笑っているだろう!」

「いや。竜王の威厳が海に沈む瞬間を見届けようと思って」

「貴様ぁぁぁ!」

結局、イルカはレオンとイグニスを沖まで案内することになった。

ヒカルは岸で待つことになった。

「二人とも、気をつけてね!」

「任せろ! すぐに巨大な魚を仕留めて帰ってくる!」

イグニスは胸を張った。

「魚を捕まえるのは俺がやる。お前は海に飛び込むなよ」

レオンが釘を刺す。

「誰が飛び込むか!」

数分後。

「うおおおおおおおおっ!?」

港に、イグニスの絶叫が響き渡った。

巨大な魚が、イグニスの釣り糸を引っ張っていた。

いや、正確には、イグニスが巨大魚に引っ張られていた。

「レオン! この魚、礼儀を知らんぞ! 竜王に逆らっている!」

「魚に礼儀を求めるな!」

「引き上げろ! こいつを夕食にしてやる!」

「お前が先に夕食にされそうだけどな!」

イルカは大喜びで跳ね回った。

「わははは! 赤いお兄さん、海に落ちそう!」

「笑うなあああ!」

次の瞬間、魚が大きく跳ねた。

イグニスの体が宙を舞う。

「竜王の威厳は不滅なりいいいいっ!」

ばしゃああああん!

盛大な水しぶきが上がった。

イルカは水面から顔を出し、満面の笑みで言った。

「泳げたね!」

「これは泳いだのではない! 事故だ!」

レオンは腹を抱えて笑った。

「いやあ、いいものを見た。今日の昼飯は魚にしよう」

「貴様! 今の光景を忘れろ!」

「無理だな。俺の記憶力は料理のレシピを覚えるために鍛えられている」

「そんなところで発揮するな!」

そのとき、海面が突然、大きく揺れた。

イルカの表情が変わった。

「……来る!」

海の底から、黒い霧が立ち上る。

巨大な触手が海面を突き破り、近くの漁船へと伸びていった。

「うわああっ! 化け物だ!」

漁師たちの悲鳴が響く。

現れたのは、黒い甲殻に覆われた巨大な海の魔物だった。

額には、これまでの魔物と同じ黒い紋様が刻まれている。

イグニスの胸の呪印が、服の下で熱を帯びた。

「また、あの黒い紋様か……!」

レオンの表情から笑みが消える。

「イルカ、あの漁船を守れるか?」

「もちろん! でも、あの触手は速いよ!」

「なら、俺が動きを止める。イグニス、漁船に火を飛ばすなよ」

「誰に言っている! 我は炎を自在に操る竜王だ!」

「さっき魚に引っ張られて海に落ちた竜王だけどな」

「今それを言う必要があるか!?」

レオンは海面を見つめた。

触手が動く直前、魔物の額の紋様が一瞬だけ紫色に光る。

「……なるほど。動きに規則がある」

レオンはイルカの背を借り、迫る触手を紙一重でかわした。

大きな動きはしない。

半歩ずらし、相手の勢いを流し、甲殻の継ぎ目へ拳を正確に打ち込む。

ゴキンッ!

硬い殻に亀裂が走った。

「今だ、イグニス!」

「待っていたぞ!」

イグニスの瞳が金色に輝く。

細く絞られた炎が、亀裂の奥にある紫色の核を貫いた。

魔物は苦しげにうなり、黒い霧となって海へ消えていく。

後には、小さな黒い結晶だけが残った。

レオンはそれを拾い上げた。

「またこれか……。こいつら、いったい何なんだ?」

イグニスは胸元を押さえた。

呪印の熱は、まだ消えていない。

そのとき、岸からヒカルの声が飛んできた。

「レオーン! イグニース! 大丈夫ー!?」

「大丈夫だ!」

レオンが手を振る。

ヒカルはほっとしたように笑った。

その瞳が、再び虹色に輝く。

遠くの岩場では、黒衣の人物がその光を見つめていた。

「やはり、間違いない……。あの子の力が目覚め始めている」

黒衣の人物は、手の中の黒い欠片を握りしめた。

「次こそ、逃がさない」

その気配に、ヒカルがふと顔を上げた。

「……あっちに、黒い人がいる」

しかし、岩場にはもう誰もいなかった。

***

岸へ戻ると、イルカはイグニスに向かって尾びれを振った。

「今日は楽しかったね! また泳ごうね!」

「二度と来るか!」

「泳げたのに?」

「事故だと言っているだろう!」

ヒカルがイグニスの服を見て首をかしげた。

「イグニス、びしょびしょだね」

「……そうだな」

「お風呂に入る?」

「当然だ!」

「じゃあ、お風呂のあと、ご飯にしようね!」

イグニスの表情が一瞬で明るくなった。

「うむ! それがよい! 海の戦いで消耗した我には、肉が必要だ!」

レオンが即座に突っ込む。

「魚を獲りに来たんだよな?」

「魚も食う! 肉も食う! それが竜王の流儀だ!」

「ただの大食いじゃないか」

「黙れ! 夕食は魚の蒸し料理と、肉まんと、麻婆豆腐だ!」

「注文が多い!」

ヒカルが元気よく手を挙げた。

「ぼく、肉まん二つ!」

「よし! ヒカル、わかっているではないか!」

「イグニスは何個?」

「十個だ!」

「食べすぎ!」

レオンの声が港に響き渡る。

イルカは最後に一度、大きく跳ねた。

「またねー! 赤いお兄さん、次はちゃんと泳いでね!」

「だから泳げると言っているだろうがあああっ!」

港に、イグニスの叫び声が響いた。

その背後では、黒い結晶がレオンの手の中で、かすかに震えていた。

まるで、遠くにいる誰かの呼びかけに応えるように

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