第13話 港町に到着! 竜王、海の幸に理性を失う!?
「……黒い爪痕、か」
レオンは木の幹に残された傷を見つめた。
まるで巨大な獣が引っかいたような跡だ。
「イグニス、何か分かるか?」
「分からん。だが、ただの獣の仕業とは思えんな」
イグニスは黄金の瞳を細め、森の奥をにらんだ。
「誰かが俺たちを見ていた。しかも、気配を消すのがうまい」
「ぼくたち、追いかけられてるの?」
ヒカルがレオンの服をぎゅっと握った。
「大丈夫。俺たちがついてる」
レオンは優しく頭をなでた。
「それに、せっかくの肉まんを食べてる途中だったんだ。邪魔するなら、まず食後にしてほしいね」
「そこなのか!?」
イグニスが思わず叫んだ。
「せっかくの美味い肉まんが冷めるだろう!」
「お前もそこかよ!」
三人は顔を見合わせ、思わず笑った。
けれど、レオンは心の中で警戒を強めていた。
あの黒い爪痕。
そして、ヒカルが感じた視線。
偶然とは思えなかった。
* * *
昼食を終えた三人は、再び街道を歩き始めた。
しばらくすると、潮の香りが風に乗って届いてきた。
「海の匂いだ!」
ヒカルが顔を上げる。
街道の先には、青く広がる海が見えていた。
そして、その海を囲むように大きな港町が広がっている。
白い建物、色鮮やかな帆を張った船、荷物を運ぶ人々。
市場からは、威勢のいい呼び声が響いていた。
「着いたぞおおおおっ!」
イグニスが両手を広げた。
「海! 魚! 貝! 海老! 未知なる海の魔物!」
「最後のは食べられるか分からないからな!」
「食べられるかどうかは、料理人が判断するのだろう!」
「安全を確認してからだ!」
「では、まず捕まえよう!」
「話を最後まで聞け!」
ヒカルは二人の手を握りながら、目を輝かせていた。
「海って、こんなに大きいんだね!」
「そうだな。初めて見る海はどうだ?」
「すごい! ずっと向こうまで青い!」
レオンは微笑んだ。
ヒカルが楽しそうにしている。
それだけで、ここまで旅をしてきた甲斐があった気がした。
……もっとも。
「レオン! あそこを見ろ!」
イグニスの視線の先には、魚を焼く屋台があった。
「焼き魚だ! あれを食うぞ!」
「さっき肉まんを食べただろ!」
「肉まんは肉まん! 魚は魚だ!」
「当たり前のことを偉そうに言うな!」
* * *
港町の市場は、想像以上に活気に満ちていた。
大きな魚が並び、見たことのない貝や海老が籠に入っている。
見慣れない香辛料や乾物もあり、料理人のレオンにとっては宝の山だった。
「これは……面白いな」
レオンは魚を一匹手に取り、目や鰓、身の状態を確かめる。
「鮮度がいい。こっちは煮込みに向いてそうだな。あの貝は蒸しても美味そうだ」
「レオン、こっち!」
ヒカルが小さな屋台を指さした。
そこには、丸い焼き菓子が並んでいた。
「食べたい?」
「うん!」
「じゃあ、あとで一緒に買おう」
「やった!」
その横で、イグニスは魚屋の店主とにらみ合っていた。
「店主! この魚を全部寄こせ!」
「お代を払ってくれるならな」
「俺は偉大なる竜王だぞ!」
「竜王でもお金は必要だよ」
「ぐぬぬ……!」
レオンは深いため息をついた。
「お前、町に着くたびに同じことをやるな!」
「なぜだ! 偉大な存在には、食材を献上するものだろう!」
「そんな制度はない!」
すると、魚屋の店主がレオンの包丁袋に目を留めた。
「兄ちゃん、料理人かい?」
「はい。中華料理を作っています」
「中華料理? 聞いたことはあるが、この町じゃあまり見ないな。うちの魚を使って、何か作ってみないか?」
レオンの目が輝いた。
「いいんですか?」
「ああ。うまい料理を作ってくれるなら、材料は安くしてやるよ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
その瞬間、イグニスが店主の肩をつかんだ。
「では、俺にも魚を献上しろ!」
「お前は少し黙ってろ!」
市場にレオンの怒鳴り声が響いた。
* * *
その日の夕方。
三人は宿屋を探していた。
レオンは市場で仕入れた食材を見ながら、夕食の献立を考えていた。
「新鮮な魚に、野菜と香辛料……。よし、今日は中華風の魚料理を作ろう」
「魚料理!」
イグニスが反応する。
「もちろん、肉もあるんだろうな?」
「あるよ。魚ばかりじゃ飽きるだろうからな」
「さすがレオン! 話が分かる!」
「お前、肉があれば何でもいいんじゃないか?」
「違う! 美味い肉があれば、世界は平和になる!」
「絶対ならないからな」
ヒカルは二人のやり取りを聞いて、くすくす笑った。
そのとき、通りの向こうから鐘の音が響いた。
カーン、カーン、カーン。
市場の人々が一斉に港の方を振り返る。
「何だ?」
レオンが尋ねると、近くの商人が慌てた様子で答えた。
「沖に魔物が出たらしい! 船が一隻、港へ戻れなくなっているんだ!」
「魔物だと?」
イグニスの顔つきが変わった。
「海の魔物か……。食えるのか?」
「まず人を助けろ!」
レオンが即座に突っ込む。
ヒカルは不安そうに港を見つめた。
「船の人たち、大丈夫かな……」
レオンはヒカルの頭をなでた。
「様子を見に行こう。助けられることがあるかもしれない」
「うん!」
イグニスは拳を鳴らした。
「よし! この竜王が海の魔物を退治してやろう!」
「町を燃やすなよ!」
「海なら燃えないだろう!」
「そういう問題じゃない!」
三人は港へ向かって走り出した。
だが、沖の海面には、普通の魔物とは違う黒い影がうごめいていた。
その額には――。
見覚えのある、黒い紋様が浮かんでいた。




