第九話 グラディウス・アハト・パース
ドンドン。
朧げな意識の端で鈍い音がした。
俺はノロノロと目を覚まし、上半身を起こす。
「ホンマ・ユーダイ様。いらっしゃいますか?」
男の野太い声が俺の名を呼び、そしてまた勢いよく扉を叩いた。頭の奥からガンガンと叩かれているようで気分が悪い。俺は慌てて扉に向かいひんやりとしたドアノブを手に取った。
「うるさいな。寝てんだぞ」
頭を掻きむしりながらドアを開くと、そこにはサーコートに身を包んだ男達が五人も詰めかけていた。ただでさえ狭い廊下に、大柄の男達がひしめいている光景を見かねて、俺は室内に入るように身振りで示す。
「失礼いたしました。その、貴方がホンマ・ユーダイ様でいらっしゃいますか?」
「ああ、そうだけど?」
先頭の衛兵らしき男は俺を色んな角度から観察し、怪訝げに眉を寄せた。
「しかし、黄金の血脈の特徴がみられないのですが、幻術か何かをお使いで?」
「え? ああ、ほらよ。これでどうだ?」
徐に目に触れカラーコンタクトを取った。そういえば癖で異界渡りをする前に着けていたのを忘れてた。
俺の金眼が晒されると衛兵達は「おお」とざわめく。
「そのお眼はまさしく、筆頭様の。ホンマ・ユーダイ様。どうか私達と共にパース様の居城まで御足労願えますか? 昨日、市井が俄かに騒ぎとなってパース様のお耳にも貴方様がいらっしゃるという情報が入り、ぜひお会いになりたいと仰せなのです」
グラディウス・アハト・パース。昨日、ラミアからも聞いた名前だ。関わったらまずいとラミアは言ってたけど。それでも親父の居場所を探るなら黄金の血脈と接触を計るのが一番早いはず。
俺はそこまで考えて、そういえばラミアはどうしたんだろうとふと思い出した。こんな状況で少女が割って入ってこないとは思えなかった。
「むにゃむにゃ」
そんな間抜けな声が聞こえて、まさかと思い床に視線を落とすと案の定少女が身を丸めて眠りこけていた。よほど機嫌がいいのか、満面の笑みでよだれを垂らしている。
「はあ。警護はどうしたんだよ……」
俺は呆れと共に独りごちて、荷物を担いだ。
「さ、行くか」
「ありがとうございます。しかし、お連れの方は宜しいので?」
「ああ、大丈夫だ。その代わりにこの宿の主人に伝言を頼んでもいいか?」
「ええ、それは勿論」
元々俺はラミアを撒くつもりだったので、この機会に別れることにした。直接世話になった礼を言えないのは心残りだが、起こせば必ず俺を止めるだろうしな。
俺は絶対に親父に会わないといけないんだ。
ラミアを部屋に残して衛兵と共に一階におり、宿の主人に言伝を預けてシュミッツェルなら何処からでも見上げられるパースの居城へと向かった。
居城に向かうにつれて街の勾配が激しくなっていき、登り切った頃にはさっきまでいた宿屋や冒険者組合の辺りを見下ろすことができた。城門には様々な格好をした人間が出入りしている。
金糸の刺繍が縫い取られたタブレットを身に纏う、育ちの良さそうな官僚。くたびれた様子で手続きに向かうであろう商人。俺を取り囲んでいる男達と全く同じ装いの衛兵。
居城は前庭を抱き込むように半円に左右に広がった館だった。整備された道は前庭の中間で広場を経由し、館の二枚扉に続いており、手前にはオベリスクが堂々と聳え立つ。
ラミアが言っていたようにパースは領主として優秀らしく、街を行き交う人々も、この居城も活気に溢れていた。俺はパースがどんな人間なのかを想像しながら案内されるまま館の客室に入った。
「こちらでしばらくお待ちください。パース様の準備が整い次第、お呼びします」
客室は宿屋の部屋と比べ物にならない程豪華だった。
金の額縁に納められた風景画や、暖炉、一人掛けのソファは座ってみると心地よく腰を受け止めてくれた。そして目の前にはテーブルがあり、ジュースの入ったピッチャーとグラス、それから鮮やかな果物が詰まったバスケットが置かれている。
俺は葡萄を一粒摘んで改めて部屋を見渡す。大きな吐き出し窓からベランダに通じているようで、開け放たれたカーテンの奥から日光が差し込み、天蓋付きのベッドをキラキラと照らしていた。
小一時間ほどその部屋を満喫していると、再び、今度は上品に扉がノックされた。部屋を訪れたのはゆったりとしたドレスに身を包んだ女だった。女は扇情的な、曲線を描く体を折り曲げて「お迎えに参りました」と淡白に告げた。
俺は少し気圧されて、ぎこちなく頷くと廊下を歩き始めた女の背中を追った。館の奥へ奥へと進んでいき、通されたのは執務室のようだった。
部屋の最奥で高級そうな机に肘を置き、椅子に座る一人の男こそがまさにグラディウス・アハト・パース。男は俺の想像とは裏腹に痩せぎすで小柄だった。頬はこけているが、不健康という印象はない。モノクルをかけ、細い目を柔和に曲げると「ようこそ」と薄い唇が声を発した。
「えっと、どうもっす。アンタがパースさんであってます?」
「ええ、いかにも。しかし、驚きました。筆頭殿のご子息がこんな所に居られるとは」
「筆頭? それってグラディウス・アインス・コルネリアって人っすよね? 俺の母ちゃんは、エリアスっすよ。グラディウス・ドライア・エリアス」
「ほお? いや、失礼。本間 和大様のご子息と聞き及んでいたので、てっきり第一夫人であらせられる筆頭殿のご子息かと……さて、」
パースはすくりと立ち上がると俺の目の前に立って、右手首を取った。
「あの?」
「何、単なるまじないですよ。幸運を祈念する、ね」
男は俺の手首に五芒星を描き込み、微笑む。ラミアの言葉もあり警戒しないといけないのは分かっているが、男の笑みはどこか憎めず、拒絶しづらい。
「そうだ。それで俺、聞きたいことがあるんすよ。俺の親父、本間 和大が何処にいるかについて知りたいんっすけど」
「和大様の居場所ですか。生憎ですがそれは血脈の中でも最高機密であり、盟主の末席に過ぎない私には知らされる事すらないのです」
その瞬間、パースの目の奥で不気味な光が差した。それを見て背筋が冷えるのを感じる。
この痩せぎすの男の本質を垣間見た気がした。俺は何が無しに右手首をさする。
「そう、気を落とさないでください。彼の息子である貴方になら血脈も行方を教えてくれるでしょう。私がユーダイ殿を筆頭殿にお引き合わせして差し上げます。とは言え時間もかかるでしょうから、暫くは客室にご滞在なさってください。それから、昨今物騒ですので許可なく客室をお出にならないように。何か御用がありましたら部屋の前に立つ侍従が承りますので」
パースは口早に言い置くと俺に頭を下げた。
男の態度や口ぶりに違和感を覚えたが、嘘を言っているとは限らないし、いざとなれば転移術で逃げてしまえばいい。一晩ぐっすり寝たおかげで魔力も十分回復している。
俺は再び女の案内で客室に戻った。そして、女の代わりに衛兵が二人残り、客室の入り口を見張る。
これは、警護というより軟禁だな。俺は一抹の不安感を押し殺して、それを洗い流そうとジュースを一口で呷る。が、目論見通りにはいかず、かえって胸がムカムカするだけだった。




