第四話 封印した想い
その晩、謙吾を送って帰路を辿っていると帰宅中の母ちゃんとバッタリ鉢合わせた。
「あ、雄大。駄目じゃない。こんな遅くに出歩いて……」
「ごめん」
生返事で返すと、母ちゃんは俺の顔を覗き込んできた。
「どうしたの? 何か悪いことでもあった?」
「べ、別に、母ちゃんには関係ないよ」
「ふうん。ま、雄大も、もうすぐ高校生だもんね。そりゃあ色々あるよねぇ。でも、お母さんは何があっても雄大の味方だから。本当に困ってる時はちゃんとお母さんに言うんだよ」
「うん」
一瞬、倉庫を取り返すのを手伝ってくれなんて頼みそうになるのを、喉元で堪える。それくらいには、あの倉庫は俺にとって大事な居場所だった。
その日は家に帰って、さっさと寝た。
翌日。学校に行くと俺は謙吾に校舎の裏手まで呼びつけられた。
「いきなりどうしたんだよ。あの倉庫を取り返すってんなら……」
「取り返す? 冗談だろ。アイツら隣町で有名な不良グループだぜ。やり合ったって勝てる訳ない。でも、ちょっとくらい仕返ししたいじゃないか。だからさ、手伝ってくれないか? アイツらのバイクに落書きすんの」
「はあ、呆れた。そんな事のために呼んだのかよ。俺は行かねえ。一人でやれよ」
「そっか……」
謙吾は嫌味一つ言わずに頷くと、先に校舎に戻って行った。
放課後になっても、俺は謙吾と落ち合わず久しぶりに街のゲーセンに行く事にした。随分前に貯めておいたメダルがまだまだ残ってる。二、三時間気晴らしするくらいなら問題にならない位の量だ。
そこは、老夫婦が静かに切り盛りしている店で、ショッピングモールの中にあるゲーセンと比べると垢抜けない雰囲気だった。でも、おかげで倉庫の次に落ち着ける場所だった。
遊び方すら分からない古ぼけた筐体も珍しくない。
俺は会員カードを店の爺さんに見せて二百枚ほどメダルを貰う。
スロットを無感動に、ぶん回すが、次第に謙吾の事が気になって来てメダルは一向に減らない。
謙吾に連絡を取った方が良いかと悩んでいると不意に肩を叩かれた。
考えもなく振り向くと、頬の辺りが突然焼けた。——いや、殴られた。
思考が追いすがる暇を与えず、俺は数人の不良に床に引き倒され、気絶させられた。
次に気がつくと、俺は、例の倉庫にいた。腕と足を縛られて背中には何かがのしかかっている。
周囲の様子を見るに、不良の一人だろう。
ぼやけた視界が、焦点を結ぶと昨晩のピアスの不良がグループの中心に立っていて、何かを頻りに蹴っていた。
「っ! 謙吾!」
暴力の嵐に晒されているのは謙吾だった。俺が呼ばわるとピアスの不良がこちらを振り向いてニヤ、と笑う。
「聞いたぜ? この倉庫を溜まり場にして何事もなかったのはお前のおかげだったんだって? バイクにちょっかいかけてたこのガキいたぶったら、すぐに吐いたぜ」
謙吾が……。それじゃあ、俺がゲーセンに居ると喋ったのも。
「わ、悪い、雄大。お、俺、殺されちまう。た、助け……」
「おいおい、人聞き悪いな。殺しゃしねえよ。それより、お前女の子になってみねえ? 俺の地元に、そう言うの好きな先輩がいてさ」
ピアスの不良は懐からハサミを取り出して、謙吾の耳元でジョキジョキと鳴らした。
「ヒッ」
「心配すんなよ。出血って焼いたら止まるらしいし。俺たちが吸ってるタバコを束ねてよ。押し付けたらイケんだろ」
「ご、ごめ、なさい。それだけは……」
「毛利 元就。知ってっか? 一本のタバコじゃダメでも、それが何本も集まれば、とにかく、なんかスゲーって事。小学の時に読んだ。さ、じゃ、そろそろドクター夜霧の手術ターイム」
どうやらピアスの不良は夜霧と言うらしい。夜霧は他の不良達に謙吾の手足を押さえさせて、腰からベルトを抜き取る。
「おお、そんな趣味ねえのに、ちょっとドキドキすんな。これ」
「あーっ! だーっ!」
恐怖で頭が働かないのか、謙吾は命乞いすら出来ずに絶叫した。
何とかしないと。でも、どうやって……?
考えていると、周りの景色がゆっくりになって脳裏に五年前の記憶が蘇る。
——守り抜く為に忤法を使わないといけないんだとしたら、使ったって良いと思うよ。
けど謙吾は俺を売った。忤法を使ってまで守るのか? 俺が?
「があーっ! ユーダイィッ!」
声がひっくり返るのも構わずに名前を呼ばれた。俺は気づくと呪文を唱えていた。
「”稲妻の号砲・帰幽の往還を断ち・戦地を均せ”」
それと同時に閃光が瞬き、倉庫に積まれていた荷を穿った。中身が何かも知らなかったが、どうやら可燃物だったらしく瞬く間に倉庫は火に包まれた。
夜霧を始めとした不良グループは慌てて逃げ出す。
俺は手足を縛られたまま謙吾に這い寄った。
「おい、謙吾。ハサミでこの縄を切ってくれ。さっさと逃げるぞ!」
そう声を掛けるが、放心してしまっているのか謙吾は何も返さない。
俺だけなら転移の術で逃げることも出来る。でも、謙吾を置いてはいけない。例え、俺を裏切った奴だとしても、ここで見殺しにすれば一生後悔する事になる。そんなのは嫌だ。
何とか地面に転がったハサミを手に取り、自力で縄を切ろうとする。
手首のあたりに鋭い痛みが走るが、お構いなしにハサミを動かし続けた。
そうこうする内、徐々に煙が充満し意識が遠ざかっていく。
それまで感じていた節々の痛みも鈍くなり、視界が涙でぼやけた。
「……くそ、母ちゃん」
俺は息も絶え絶えに呟いた。
その時、一陣の突風が吹き付け俺達を取り巻く炎を捩じ伏せた。
視界が晴れ、新鮮な空気が肺に染み渡る。風上にいたのは、一人のエルフ。
「雄大!」
母ちゃんは駆け寄ってきて、俺の上半身を抱き上げた。
「雄大、どこも怪我してない?」
「か、母ちゃん。俺より謙吾を、アイツの方が……」
「大丈夫。消防車と救急車は呼んであるから。……お家に帰ろ?」
母ちゃんは風の魔術であっさりと俺の拘束を外した。
「う、うん。でも、なんでここが?」
「雄大の居場所なら、いつでも分かる」
母ちゃんはニコリともせずに断言する。そして、お互いの呼吸の音が聞こえるくらい顔を近づけた。俺の視線は、吸い寄せられるようにエルフの薄い唇へと向かう。
「母、ちゃん……?」
「だって、君は、私の全てだから」
あと少しで唇が触れる、その寸前に母ちゃんは顎を引き、俺の額に、自分のそれを引っ付けた。
サイレンが聞こえ始めて、母ちゃんは、音のする方を見やった。
「さ、後は任せて帰ろう。”恋しければ手を……」
母ちゃんは不意に言葉を止める。
不思議に思って見上げると、俺の頭を抱く手から力が抜け落ちエルフはその場で倒れた。
「母ちゃん……? 母ちゃん!」




