第三話 五年後
その誕生日から、あっという間に五年が経った。
俺は小四から中三になっていた。学ランに身を包み、三年間通い続けた道を半ば無意識で辿る。
通っている中学では、不良が幅を利かせていて、実を言うと俺もその中の一人だった。小学校の時、特に仲の良かった友達が中学入学を機にグレ始めて俺も何となく流されてしまった。母ちゃんには心配をかけたくなくて言えてない。
「よ、雄大。今日もいつもの倉庫で集会やるから、例のアレ頼むな」
ふと、俺の肩を叩いたのは、俺を不良に誘ったその友達。謙吾だった。最近になって生え始めた髭があっちこっちを向いている。
「アレやると全然苦情が入んないんだもんな。隣街の学校の奴なんか騒音騒ぎで警察にチクられて鑑別所行きだってよ」
謙吾の言うアレとは、俺の風の魔術の事だ。気流を操り、防音を施す。魔術の練習にちょうど良いかと思ってやってたら、うっかりバレてそれ以来便利に使われてる。が、それのおかげでグループの頭と同じくらい扱いがいいから、正直悪い気はしない。
謙吾と共に学校の正門を潜ると、体育の松岡が俺達を煙たそうに流しみた。謙吾は聞こえよがしに「おはようございまーす」と言ってニヤニヤする。
松岡は「おはよう」と短く返して、他の生徒に話しかけた。
中学は打ちっぱなしのコンクリート作りで、所々黒っぽかったり白っぽかったり、そんな斑ら模様だった。広い玄関から入って職員室の脇を抜け階段を上る。
三年の教室は三階だった。
「んじゃ、そう言う訳だから。五時に倉庫に集合な。忘れんなよ〜」
俺は一組。謙吾は三組だから、階段を上ってすぐの所で別れた。
教室に入って自分の席に座ると、早速不良仲間が話しかけてくるので適当に話を合わせる。
女子や、本ばっかり読んでる一部の男子は、松岡と同じで俺達を煙たがっていた。でも、俺としては結構上手に住み分けられてると思っている。こんな狭い部屋に押し込められてる割には、だけど。
それから授業を聞いたり、聞き流したりしてあっという間に放課後になった。俺は一旦家に帰り、仕事で遅くなる母ちゃんに夕飯を作って置き手紙を書いた。
やることを済ませて、ふと壁掛け時計を見ると四時五十分だった。倉庫まで、原付で飛ばしても、二十分は掛かる。だが、俺は特に慌てることなくエプロンを外し丁寧に畳んでダイニングテーブルに置く。
転移術と呼ばれる術がある。魔術とは別の体系、尋龍術、を元にした瞬間移動の術だ。
「”其は遠き虚無の輝き・恋しくば手を伸ばせ・さすれば道は開かれん”」
口に慣れた詠唱を唱えると、瞬時に俺の体は街中のある路地裏に跳んだ。コソッと辺りを窺うが、いるのはネズミをバリバリと貪る野良猫だけだった。表に出て数分歩くとマンションに挟まれる形で空き地があって、その奥側に小さな倉庫があった。
持ち主も、状態も分からないけど、数年単位で使われていない所を、中一の秋に、謙吾が見つけて来たのだ。
一応、一目につかないよう気をつけつつ倉庫に入る。すると、すでにかなりの数の不良仲間が息を潜めて騒ぐための準備を進めていた。
リサイクルショップで買い叩いたコンポと、クーラーボックスに詰められた缶ジュースや缶酎ハイ。ダンボールを重ねて、シミだらけのシーツをひっかぶせ何とか形にしたソファが数個。
倉庫に積み上げられた荷物に思い思いに座って、タバコをふかしてる奴も何人かいる。
俺は中央あたりのソファにどかっと腰を下ろし、缶コーラのプルタブを開けて喉へと流し込んだ。
「お、雄大来てるな。そろそろ頼む」
「ああ。”天蓋・来新・変貌”」
その詠唱が、さも導火線のように不良仲間の騒ぎを爆発させた。コンポの音量は当然マックス。話し声もさっきまでとは比較にならない大きさだった。
俺は何をするでもなく、ソファから仲間の姿を眺めていた。
ここは良い。静かな場所とは反対に、騒がしい場所では自分の存在が薄くなったように感じられる。
俺の父親は、異界では魔王殺しの英雄らしい。けど、俺にとってはテメエの家族を捨てたクソ野郎でしかない。ここに集まってるのは、何かしら家族のことで事情を抱えた連中ばかりだ。
ここに居れば忘れられる。惨めさや、不安、憎しみ、怒り、それから、寂しさも。
甘ったるい酎ハイを四本飲んで、かなり出来上がった謙吾が、俺の隣に座った。
「なあ、本当に飲まないのか? 酎ハイって結構飲みやすいんだぜ?」
「俺が酔っ払ったら、誰がこの馬鹿騒ぎを誤魔化すんだ? 気にせずに楽しんでろ。俺も楽しんでるからさ」
謙吾は不思議そうな顔をしたかと思うと、缶に残った酒を一気に呷った。
その瞬間。倉庫の扉が勢いよく開けられて、バイクのヘッドライトの光が幾重にも注ぎ込まれた。
それまでの大騒ぎは、水を打ったように静まり返り、俺たちは意に反して三つの足音を迎え入れた。
「スゲーっ、マジで外からは何にも聞こえないじゃん。どうなってんの?」
両脇を刈り込んだ、如何にも輩風の男達。多分、高校生だろう。三人は臆面もなくテーブル代わりにしていた一斗缶を蹴り倒し、足を掛けた。
「ねえ、どうなってんの? って聞いたんだけど、無視しちゃうわけ?」
三人の中で唯一ピアスを開けた一人が倉庫を見回した。気後れしたのか、不良仲間達は目を落とす。
「……いきなり、何なんだよ。アンタら」
その様子を見かねて謙吾が返した。三人の視線が、謙吾に集まる。
「うん? お前がコイツら仕切ってんの?」
「違う。けど、用件があるなら聞かせてくれ。……ウッ」
ピアスの不良は突然謙吾の前髪を掴み、頭を押し倒した。
「聞かせてください、だろ?」
「……聞かせてください」
「いや何。俺たちさ溜まり場に困っててよ。そしたら、いくら騒いでも外に音が漏れない倉庫があるって噂を聞いてさ。はるばる来てみたって訳。じゃ、ここは明日から俺らが使うから。解散、解散」
謙吾の体勢を崩し、転ばせると不良は手を軽く叩いた。
「あれ? 俺、今、解散っつったよなぁ? 逆らうってんならヤキ入れちゃうよ?」
ピアスの不良が改めて脅すと、我先にと仲間は倉庫を逃げ出した。
俺は、と言うと。突然の事に頭の整理が追いつかず倒れた謙吾を立たせて連れ出すのがやっとだった。
魔術を使えば、どうとでもなったのかも知れないが、咄嗟にそんな考えは浮かばなかった。俺たちは精々大人相手に突っ張る程度しかした事のない、それこそシマ争いなんて以ての外の、不良グループに過ぎなかった。




