第三十二話 契機
「魔王様……無念……」
「心配すんな。お前さん、別に弱くは無かったよ」
景色が一瞬で切り替わり、最初に聞こえたのは二つの声の応酬。
一つは、よく聞き覚えのあるエクリプスの声。そしてもう一つは……。
会話の直後、エクリプスの体は一瞬にして赤い肉片へと斬り散らされた。いや、もはや本当に斬られたのかすら定かじゃない。それほどまでに細かい粒子に変えられた魔族の死体は、高所特有の突風に攫われていく。
けど、そんなことは今の俺にはどうだっていい。
「スー、ハー……親父いいいっ!!」
俺は腹の底からそう叫んだ。
「な、何!? 残党?」
「ちょっと待って、でも、今あの子、親父って……」
親父の取り巻きの女が、一斉にこっちを振り向いて一応戦闘の態勢をとった。張り詰めた空気が漂う。
しかし、取り巻き達は俺の金色の瞳を見るなり警戒を解いた。
俺は数歩進む。すると、親父は観念したようにこちらを振り向いた。
母ちゃんはよく、俺が親父似だって言ってた。確かにその言葉の通り、黒い目以外は俺の顔をそのまま老けさせたみたいだった。
切れ長の目、薄い唇。小さくも大きくもない鼻。顎から頬にかけて伸び散らかした髭は、男の適当さを物語っている。
「お前さんは……」
低い声が呟く。俺はその先を聞き届ける前に駆け出し、拳を掲げる。
「歯ぁ、食いしばれッ! 親……」
だが、道半ばで俺は足を止めた。突然、見た事のない記憶が流れ込んできた。
酷い頭痛で、立っていることすらできず俺は思わず膝をつく。
「ぐ、ぐううっ」
「ユーダイ様、どうされたのですか? しっかりなさってください」
ラミアの声が低くなったり高くなったりして、揺れる。頭が、割れそうだ。
最後にぼやける視界で、親父の顔を見た。すると、その男はどこか諦めたような表情をしていた。
それに何か感想を持つ前に、俺は意識を失うのだった。




