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第三十話 駆け引き


 「聞け! エンセンドナ・アジヌ・エクリプス。俺の名は本間 雄大。剣聖の息子だ」


 「そうか、お前がグラジオの言っていた……」


 「アンタの力を借りたい。俺の目的は剣聖をぶん殴る事だ。俺を使え、エクリプス!」


 そばでポイカが息を呑んだ。俺は余計な口を出さないよう少年に必死に念じる。


 「使え、とは?」


 「勿論、人質として、だ。自分の息子を盾にしたらそう簡単に攻撃できないはずだろ」


 「……確かに今度は上手くいくかもしれぬな」


 今度……? エクリプスの口ぶりに引っ掛かりを感じつつ、俺はもつれそうな舌を動かした。


 「だろ? 龍脈上に行けば貝鱗導地に跳べる。俺たちと一緒に来てくれよ」


 「……いいだろう。ただし、一つ条件がある」


 「条件?」


 霧の奥からの声が細く絞られて、次の瞬間、囁き声が俺の耳にだけ届いた。


 「従者を殺せ。そうすれば信用してやる」


 動揺が表情に出ないように、俺は顔を作った。


 「……信用? そんな事する必要があるのか? その時になれば俺に幻術を掛ければいいだけだ。そうすればアンタの思い通りに動かせる。違うか?」


 「クックックッ。仮にも暗黒の筆頭盟主と駆け引きするつもりか。面白い。いいだろう。使ってやる……ただし連れていくのはお前一人だ。他の二人は……」


 「おいっ!」


 エクリプスが不穏な気配を漂わせた瞬間、俺は叫んだ。霧の奥から黒い靄が漂ってきて、ポイカとラミアを包み込む。


 「お前が裏切ったら即刻殺す。クク、言うなれば、人質の人質だ」


 「……」


 くそ。これじゃあ二人の助けは見込めない。それにケルンヌスさんの種を持ってるのはポイカだ。このままじゃ作戦が……。


 ”ユーダイ様。ユーダイ様”


 「……!」


 「どうかしたのか?」


 突然、俺の目の前に白く輝く蛇が現れて体をくねらせ、宙を舞った。


 ”今、貴方様に幻術を掛けて、私のイメージを見せています。表情には出さないで、気付かれてしまいます”


 「いや、人質の人質ってどう言う意味かなって思ってたんだけど、今やっと意味が分かったんだ」


 「クク、察しの悪い奴だ」


 ”エクリプスは嘘を吐いています。これはただの拘束の術。遠隔から殺す力はありません。とは言え、この術を解くには五時間はかかります。どうにかして時間を稼いでください。必ず後から追いつきます”


 ラミアは言葉をまくしたて、白い蛇を消した。


 時間を稼げったって、一体どうしたらいいんだ。とにかく移動中に何か策を考えるしかない。


 「では行くとするか、グラジオの弟子よ」


 「うっす」


 エクリプスの呼び方に不満はあったが何も言わない事にした。不承不承に頷く。


 俺はエクリプスに言われるがままに霧の中を進んで行った。すると、ものの十数分で視界が開ける。


 目が利くと言うだけで、胸にどっと安心が押し寄せて、俺はため息をついた。


 「どうかしたのか?」


 背後からの声に振り向くと、そこにはスラリとした美丈夫が立っていた。黒い髪と、赤い瞳。まるで、ラミアのようだった。


 それとも、暗黒の血脈はみんなこう言う見た目なんだろうか。問いたい相手を探して、俺は俯き、胸ポケットの辺りを見た。しかし、当然ながらそこには誰もいない。


 「さあ、人間の国へ行くとしよう」


 「うっす」


 時間稼ぎのこともそうだけど、そもそも龍脈上に立った時点で、エクリプスは俺に幻術をかけ親父のいる所まで跳ぶだろう。どうにかコイツを上手く誘導しないといけない。


 俺は草一つ無い大地を一歩踏みしめる度に、膨れ上がっていく焦りを抑え付けて策を練ろうとした。


 しかし、いい考えは降って来ない。


 「なあ、なんでアンタらはそうまでして魔王を蘇らせようとするんだ? 魔族が人間を襲うのは魔王にそうしろって命令されてたからなんだろ。魔王がいなくなったんなら、人間と共存することだってできたんじゃねーの?」


 頭を捻る内に、なんだか苛立ってきて、俺は半ば八つ当たりのようにエクリプスにそんな質問を投げつけた。


 エクリプスはてっきり怒り出すかと思ったが、俺を一瞥もせずに前を歩き続けた。


 返事なんてする訳ないか。と、俺は変わり映えのしない光景に視線を戻す。


 「……剣神と、魔王様の間に何があったかは知っているだろう」


 出し抜けに美丈夫が問いかけてきた。


 「剣神が魔王を追い出したんだろ? 確かに初めてそれを聞いた時は可哀想だって思ったけどよ」


 「魔族だからといって、悪い心を持っているとは限らない……だなんて、子供騙しの台詞は今更吐くまい。魔族は常に龍神様の眠る土地で暮らす人間を少なからず恨んでいる。そしてそれ故に共存は不可能なのだ。何より、人の子が親を愛しているように、魔族も自らの造物主に敬愛を抱いている。魔王様を蘇らせ今度こそ悲願を叶えて差し上げたい」


 「……もしも俺だったら、一度死んだ所をわざわざ起こされてまだ戦えなんて言われたら絶対嫌だと思うけどな」


 「貴様には分かるまい」


 エクリプスはやけにあっさり、そう締めくくって、それからは一言も言葉を発さなかった。


 さらにしばらく歩くと、ついに魔界と人の国を分断する山脈の麓に辿り着いた。聳り立つ山々を見上げる。


 龍脈の気配がかなり濃くなってきた。行きすがらに、龍脈がどの辺りで途切れたかは覚えている。


 妙案は結局思いつかなかった。こうなったら、龍脈上に踏み入ると同時にエクリプスにしがみついて無理矢理転移するしかない。そして、転移術を使えないように攻撃し続ける。俺の魔力が持つ限り。


 龍脈が途切れたのは、確か、枯れた低木の手前。エクリプスが低木を過ぎ去ったら、仕掛けよう。


 俺は心の中で決意を固めて、すでに山道を登り始めたエクリプスの背に駆け寄った。


 記憶に残っていた低木が視界に映るまで、そう時間は掛からなかった。俺ははやる鼓動を抑えて、エクリプスが龍脈上に踏み込む瞬間を待つ。そして、低木の真横で美丈夫は立ち止まった。


 「どこか不思議な気持ちだ。貴様には、少し親しみを感じる。最初はその体に流れる暗黒の魔力の影響だと思っていた」


 「……」


 「しかし、それだけでは無いのだろうな。我は、重ねて見ているのだ。貴様を魔王様に……」


 俺は胡乱な顔でエクリプスを見つめ返した。


 何言ってんだ、コイツ?


 「我は、貴様に憐れみを覚えずにいられない。ならば、それは魔王様にやろうとしている事を否定するのと同義では無いのか……?」


 「急になんだよ。なんの話してんだよ」


 エクリプスはもったいぶった動きで一歩進んだ。これで奴は今、龍脈上に立っている事になる。しかし、美丈夫は転移術の呪文を唱えようとはしない。


 「どうした、我を他の聖地に跳ばすつもりなのだろう。そうすれば、分身体を消すことはできないからな」


 「そこまで、分かってんなら、どうしてすぐに親父のところへ行かない?」


 「……試して見たいのだ。どちらが真実なのか。我が魔王様に抱いているのは憐れみなのか、それとも、純粋な敬愛なのか」


 俺は戸惑いながらもエクリプスの体に触れた、そして、呪文を唱える。


 「”其は遠き虚無の輝き・恋しくば手を伸ばせ・さすれば道は開かれん”」


 異界渡りをした時のように、俺とエクリプスは光に包まれる。視界が色を取り戻すと、そこは山脈に連なる山のうち一つの、頂だった。


 目の端を雲が流れていく。思うように空気を吸い込むことができない。どうやら、相当の高さにあるらしい。


 「ここが、聖地」


 望んでいるわけでも無いのに、足元から体に地力が流れ込んでくる。全身に疼きを感じるほどの全能感。


 「さて、始めるか。本間 雄大。全力で来い。そして、我に我自身を見定めさせてくれ」


 軽く地面を蹴って、美丈夫から間合いを取ろうとした。が、俺が思っていたより三倍近い距離が開き、後ろ向きにたたらを踏む。


 「「……”洛陽の赤・帰幽の往還を為さしめ・戦地を均せ”」」


 俺とエクリプスは声を重ね合わせた。二つの炎が忽然と現れ、喰らい合う。しかし、威力は俺の術の方が少し劣っている。


 百体に分割しても尚、目の前のエクリプスは俺以上の魔力を秘めているらしい。


 「”稲妻の号砲・帰幽の往還を断ち・戦地を均せ”」


 「”実がなりし全(まったか)りき楽園・主上を跪拝(きはい)し・澱み留めよ”」


 俺を狙う雷撃が、宙に浮く水球を打ち据える。目の前で純白のエネルギーが放射上に弾けた。


 「ほう、忤法と順法を扱うか。グラジオのジジイが聞けば、目を輝かせそうだ」


 術が相殺し合うと同時に、俺は短剣を抜いてエクリプスの間合いに切り込んだ。一見したところ美丈夫は武器を携えていない。相手が純粋な術師なら、近接戦の方が勝機がある。


 「いい動きだ。殺技練での評判は聞いているぞ」


 エクリプスは余裕を崩さずに俺の攻撃を避け続けた。


 「”天蓋の影・四象を環(めぐ)り・尖槍に倣え”」


 俺は両手を地面に突き、両足を蹴り上げた。エクリプスは腕を振り払い攻撃をいなす。ダメージは与えられなかったが、美丈夫の体勢が崩れた。


 その隙を見逃さず、大きくのけ反った美丈夫に風弾を叩き込んだ。


 勝ち、とまでは行かないまでも、これを食らってタダで済む訳が……。


 そんな考えは、ガツン、という金属音によって儚くも一蹴された。


 エクリプスの細く白い右腕が、黒々とした鱗に覆われて、風弾を軽々と弾いていた。


 「”洛陽の赤・帰幽の往還を断ち・戦地を均せ”」


 目の前で巨大な炎が爆ぜる。


 エクリプスの異様な変形を目の当たりにして、一瞬頭が真っ白になり、防御が遅れた。


 「やべっ……」


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