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第二十八話 作戦


 「ユーダイ。まだ起きていますか?」


 その晩。コルネリアさんがそっと扉を叩いた。ラミアはとっくに爆睡していたが、俺はソファに深く腰掛けて眠れないでいた。


 「はい。起きてます」


 「少し、話せますか?」


 コルネリアさんは扉を開けると、俺の向かいのソファに座る。


 「ポイカさんから聞きました。作戦会議に加わりたいと」


 「はい。俺にも何か役に立てることがあると思うんっす」


 「……何か、企んでいるのではないですか?」


 俺は内心ギクリとしつつも、表には出さずに首を横にふる。


 「ほ〜ん〜と〜う〜に〜?」


 コルネリアさんは間近まで顔を近づけて、俺の表情を観察した。顔を背けるとベッドが目に入る。


 「確かに俺の力じゃ、分身一体にも勝てないかもしれない。でも、ラミアの幻術があれば、やりようはあると思うんっすよ」


 「シュミッツェルの時も、殺技練の時も、幻術に助けられたのでしたね? でもね、分割された分身体が弱まるのは身体能力と魔力だけなのです。技量や精神力は本体と何ら変わらない」


 「分かってます。それでも、作戦会議にくらい参加させて欲しいんっす」


 俺がコルネリアさんを見つめ返すと、困ったように唸り声を上げる。


 「分かりました。本格的に話し合いが始まったら貴方も呼びましょう。ただし、戦場に出る事は絶対に許しません。貴方が何を企んでいようとも、それは成就しない。それでも構いませんね?」


 「大丈夫っす。どうせ何も企んでませんから」


 「それでは、なるべく早めに寝るのですよ。おやすみなさい」


 俺は軽く会釈を返す。コルネリアさんは難しい顔をしたまま客室を出て行った。




 そんなやり取りから、二週間が経った。基本的には客室で引きこもっていたが、キントスさんやヴァレオスさんの手が空いている時は稽古に付き合って貰った。コルネリアさんは余程忙しいのか、食事の時に顔を合わせるくらいだった。


 その日もいつものように昼食を取ると、朗報を待ってベッドに寝転がっていた。が、そこに「ユーダイ!」と、慌てた様子のポイカが飛び込んでくる。


 「見つかったのか!?」


 「うん。やっと一体ね。すぐ城に呼んでってコルネリア様が」


 「分かった。よし、行くぞラミア」


 俺はうとうとしていたけど蛇を拾い上げ、胸ポケットに詰めて、城に向かって駆け出した。


 城について、ポイカの案内で辿り着いたのは大きなテーブルが置かれた会議室だった。調度品はおろかカーペットすら敷かれていない部屋は寒々とした印象を与えてくる。


 「お、来たな。それじゃあ始めるぞ」


 テーブルを囲むようにして、コルネリアさんやキントスさん、ヴァレオスさんにアチアさんまで一堂に会していた。他にも獅子を縫い取ったサーコートを身に纏う騎士の人たちが数人。


 遅まきに居心地の悪さを感じて、俺はいそいそとコルネリアさんの隣に向かった。すると母さんは俺を一瞥して、小さく笑む。


 「分身体が発見されたのは魔界の比較的浅い場所だ。この辺りにある湿地帯らしい」


 「ラミア、分かるか?」


 俺は胸ポケットから蛇を出して、他の人には聞こえないように尋ねた。


 「ええ、魔族は足絡めの湿地と呼んでいます。まさか人間がこんなところにまで入って来れるなんて思いもしませんでした」


 「なるほど、分身体が潜んでいるのも納得だな」


 「ユーダイ、どうかしたのか? 集中して聞けよ」


 ラミアと話していると、キントスさんが声を尖らせた。俺は上擦った声で「はい」と返して会議の内容に耳を傾ける。


 「それで、叔父上。問題はケルンヌス様の種子をどのようにして分身体に植え付けるか、ですね」


 「ああ。だが、ケルンヌス殿の権能は当然、暗黒の血脈も把握しているはず。そう言う素振りを見せれば、分身を消されてしまうだろう」


 「そうだね。なんとか分身体を貝鱗導地まで連れて来れれば、例え術者自身の任意でも分身は消せなくなるんだけど」


 顎をさするキントスさんに、アチアさんが返す。早速、話し合いに暗雲が立ち込めた。


 「あ、あの〜。だったら俺が囮になるのはどうっすか?」


 「……」


 「囮? それは、どう言うことだ? 本間 雄大?」


 コルネリアさんの表情を窺いながら俺は恐る恐る手をあげる。ヴァレオスさんに促されるままに自分の考えを続ける。


 「シュミッツェルにいた時、暗黒の盟主の三位、グラジオが俺に暗示をかけて連れ去ろうとしたんです。それって、連中が俺を欲しがってるって事っすよね」


 「ふむ、恐らくは人質としてだろうな」


 ヴァレオスさんが俺の言葉を補足してくれた。


 「はい。それで、俺は逃げるふりをして分身体を貝鱗導地まで誘き寄せるんっす」


 「だが、聖地に誘き寄せてしまえば、魔族達も尋龍術を使えるようになってしまうぞ。転移や探知の術を。エクリプス本人は無いとしても、他の分身体やシャドウ、グラジオが跳んでくるかもしれん」


 キントスさんは懸念点を上げる。


 「でも、お兄ちゃん。この二週間、龍脈上を探知してるけど何も見つかってないんだよ。連絡の手段があるとしても、すぐには跳んで来れないんじゃない?」


 「しかし、母様。分身体が他の場所に飛ぶことも出来るのでは?」


 「うん。だから、盟主はもちろんレオくんみたいな高名な騎士は出せない。分身体でも問題なく勝てるって思われそうな騎士に生け捕ってもらうしかないよ」


 そこで、再び会議室の視線が俺に集中した。


 「コルちゃんはどう?」


 「……そのような作戦は断じて認めません。ユーダイは戦場に出さない。そう言う約束だったはず」


 「しかしな、せめて貝鱗導地に誘き寄せないと打つ手が……」


 「和大様なら半永久的にでも、エクリプスと戦い続けられます。時間はたっぷりあるのですから、魔界を虱潰しに探すのです」


 コルネリアさんは静かにテーブルに両手をついて、僅かに身を乗り出した。だが、みんなの反応は芳しくない。


 「あのなぁ。和大様は戦えても、軍はそうも行かない。長い間、民に苦しい生活を強いることになる。そうなったら魔王が復活するまでもなく人間が滅びかねないぞ」


 「なら、私がすぐに分身を見つけ出して見せます」


 「でも、叔母様。この二週間、叔母様も分身体の捜索に出ておられて、ようやく見つけられたのが一体ではないですか」


 議論の趨勢は俺の方が優勢だった。


 「しかし、しかし……」


 コルネリアさんの金眼が俺のそれを見つめる。


 「コルネリアさん。お願いします。俺にも戦わせてください」


 「……どうして、貴方だけが。ユーダイ、考え直して。そもそも聖地まで誘き寄せたとして、貴方が勝てるとは限らないのですよ」


 「だからこそです。分が悪いからこそ、分身体に逃げられずに済むんです」


 ヴァレオスさんが横から口を挟む。コルネリアさんはギュッと目を瞑った。


 「コルネリア様。それではこうしませんか? もしもの時は、救援信号を出します。それを見たら直ぐに転移で助けにいらっしゃってください。それまでの時間は私が稼いでみせます。私がユーダイ様の盾になってでも」


 ラミアはテーブルからコルネリアさんの肩に飛び移り、囁いた。


 「ラミアさん……」


 「おい、ラミア。だからそう言うのは……」


 「分かっていますとも。別に私は犠牲になるつもりはありません。だって、ユーダイ様は必ず勝つと信じていますから」


 そんなのは方便だ。けど、何も言わなかった。俺だって負けに行くつもりはない。


 「ユーダイ。分かりました。但し、一つだけ条件があります。あと一人、戦いについて行ってくれる侍従の騎士がいれば、その作戦を認めましょう」


 それを聞いて俺の脳裏に浮かんだのは一人の少年の顔だった。


 「よし。話は纏まったな。それじゃあ、後は各地の配備の調整だ」


 その後の話し合いは、防衛の為の配備の件で終始した。


 会議が終わって、俺は真っ先にポイカの元へ向かう。


 「あ、ユーダイ。会議は終わったの?」


 「ああ、それでちょっと頼みがあるんだけど」


 「良いよ」


 重々しく切り出そうとしたが、それを制してポイカは快諾した。鼻白んで、俺の口がパクパクと開閉する。


 「いや、せめて内容くらい聞けよ」


 「大体想像はつくよ。分身と戦うから手伝って欲しいって言うんでしょ?」


 少年は事も無げに言った。


 「むむ、貴方の忠誠心もなかなかですね」


 ラミアが胸ポケットから顔を覗かせて、少年に対抗心を燃やす。


 「本当にいいのか? 殺技練の刺客と戦った時よりさらに危険な戦いになるんだぞ」


 「でも、僕たち友達なんだろ? だったらほっとけない。それに、何も君の為だけに戦うってわけじゃない。僕は何としても出世しないといけないんだよ。出世してもっともっと、お金が欲しいんだ」


 「……理由を、聞いてもいいか?」


 ポイカは「別に面白い話じゃないよ」と断って、口を開いた。


 「単に妹が病気なんだよ。で、薬代を稼ぎたいってだけ。命の危険があるわけじゃないんだけど、完治も難しいみたいでさ。薬で、少しでも苦しみを和らげられたらってさ」


 「そっか。それで、魔術の勉強頑張ったんだな……」


 「まあ、そうだけど。でも、学園に入って直ぐに魔術の勉強は好きになったよ。コリントでは入学して最初の授業は必ずコルネリア様が直々に教鞭をとってくれる。そこで、魔術の奥の深さを知ったんだ」


 魔術か。俺には、あんまり才能はないのかもしれない。そう言えば母ちゃんは術師としてはどれくらい強かったんだろ?


 「ま、とにかくそう言うわけだから。ユーダイさえ良ければ僕はいつでも戦いに出られるから」


 ポイカはそう言って見張りの巡回に戻っていく。


 「良かったですね。これで、戦いに出られます」


 「ああ、絶対に勝とう」


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