第二十七話 戦端
「勝者。グラディウス・ツヴァイ・ヴァレオス!!」
「「「「おおおおっ!」」」」
そうして、俺の武闘祭での出番が終わった。キントスさんからラミアを受け取り、短剣を返そうとする。
「その短剣は持っていろ。参加賞みたいなもんだ」
「え、でも」
「遠慮しなくていい。その短剣、よく手に馴染んだんだろう?」
俺は短剣に視線を注いだ。確かに日本で使っていた千九百八十円の包丁より、遥かに持ちやすい。まるで長い間使っていたみたいに。
「そ、それじゃあ。お言葉に甘えて、貰っときます」
「ガハハ! 貰っとけ、貰っとけ! 遠慮なんぞ知るには、お前はまだまだ若すぎるんだからな!!」
キントスさんがまた俺の背中をバシバシと叩く。本気で叩いてるわけではないんだろうけど、それでも十分痛い。俺は逃げるようにリングから離れ、人垣の外へと出た。
「なあ、ラミア。お前、もしかしてこの短剣の事、何か知ってるか?」
「……え、ええ? わ、私は何も知りませんよお〜? それにしても惚れ惚れするような逸品ですね〜?」
何か知ってるな。だが、しらばっくれるラミアが可愛いので、それ以上問い詰めるのはやめておいた。
「ユーダイ。お疲れ様」
背後からかかった声に振り返ると、そこにはポイカと……猿ぐつわをされたコルネリアさんがいた。
「えっと、これはどういう状況なんだ?」
「ぷはっ、貴方の試合と観戦する間、私が騒がないようにポイカさんが着けてくれたのですよ」
「観戦って、どこから見てたんっすか?」
コルネリアさんは猿ぐつわを外し、城の一室を指差した。確かに窓が開け放たれていて、あそこからならリングを見下ろすことも出来そうだ。けど……。
俺はポイカをジトーと睨め付けた。
「ふっふっふ。お昼の時点で、ポイカさんは買収済みだったのですよ。貴方が観戦させてくれないことを見越して、ね」
「な、何だって!? くそ、ポイカが賄賂に靡かなかった時点で気づくべきだったのか!」
「ふっ、あの時はボロを出したかと心配しましたが、貴方もまだまだ勘が鈍いようですね!」
「お二方とも、酷い……」
少年は肩を落としたが、同情の余地はない。主人を裏切るなんて、とんだ不良騎士だ。
「ラミアは幾らお金を積まれてもユーダイ様を裏切ったりしませんよ?」
「そうだよなあ? ラミアは偉いもんなあ?」
ラミアが細長い体を反らした。俺は小さな蛇の頭を指の腹で優しく撫でた。可愛い。
「さて、どうせヴァレオスが勝ち残るのでしょうが、一応最後まで見届けるとしましょうか」
「そっすね。ちなみに親父とキントスさんってどっちが強いんすか?」
俺はキントスさんに聞いたのと同じ質問をコルネリアさんにも投げた。
「和大様ですね。貴方も分かっていて聞いたのでしょうが。……ただ、」
「ただ?」
「ただ、一振り。初撃に限って言えば、キントス殿の剣速は和大様以上のようです。例の、出鱈目な回数の素振りの賜物と言うわけですね。彼の一合目は、和大様でさえ躱します」
それから、武闘祭は色んな試合模様を展開した。俺が見たところ、この大会に参加しているのは自分の実力も分かってない見習い騎士と、常軌を逸した強さの熟練の騎士だけのようだった。一瞬で決着が付く試合と見応えのある試合とで落差が酷い。
だが、観客たちはどんな試合であれ楽しそうに参加者を応援していた。
「このような楽しい訓練が存在したのですね」
ラミアが俺の肩の上でぼそっと呟いた。きっと殺技練のことを思い浮かべてるんだろう。……確かにあそこと比べたら雲泥の差だな。
「……ッ、なんだ、今俺、何を考えて……」
「どうかしましたか? ユーダイ。青い顔をして」
「い、いや。何でもないっす」
「……何か記憶が戻りかけているのではないですか? その短剣を握ってから」
コルネリアさんは短剣を佩いた俺の腰のあたりを視線で指した。
「コルネリアさんも知ってるんっすか? この短剣のこと」
「ええ、私が頼んでキントス殿から貴方に渡してもらったのです。……それにしても、その短剣、よく手入れされていますよね」
「そっすね……」
殺技練。短剣。グラジオ。ラミア。確かに何か重大な記憶が抜け落ちているような、そんな違和感が頭を擡げ始めた。
「大丈夫。何も怖がる事はありません。少しずつ、少しずつ記憶を取り戻していけばいいのです。そして、全ての記憶が戻ったら、その時には必ず和大様に会わせてあげますから、ね?」
コルネリアさんが俺を柔らかく抱きしめた。
まただ。金木犀の甘い香り。この匂いを嗅ぐと、胸が切なくなる。憎しみすら覚えるほどに。
俺は、本当にこの人を信用してもいいのか……? 本当に親父に引き合してくれるのか?
コルネリアさんは俺の返事を待っていた。しかし、胸に詰まる猜疑心のせいで声が出てこない。仕方なく俺はぎこちない動きで頷いた。
「そこまで! 優勝者はグラディウス・ツヴァイ・ヴァレオスだ!! さあ、早速やるとするか」
キントスさんは半日戦いを間近で見ていたせいか、剣を勢いよく引き抜きヴァレオスさんに突きつけた。
「一日中戦ってたヴァレオスさんに、休憩もさせずに戦うとか、キントスさんって鬼かなんかっすか?」
「まあ、如何にキントス殿とは言え、手心くらい加えるでしょう」
決勝の敗者がリングを去り、ヴァレオスさんは天秤刀を構えた。
「コルネリア殿。審判を頼めるか?」
「はあ、仕方ありませんね。ヴァレオス、そう簡単にやられてはなりませんよ」
「叔母様は、相変わらず無茶を言ってくれる……」
ヴァレオスさんはニコリともせず、ため息を吐く。
コルネリアさんが右手を掲げた。
「それでは……」
「伝令です!! 貝鱗導地にて本間 和大様が、エンセンドナ・アジヌ・エクリプスに襲われたとの事!」
一人の兵士が声を張り上げた途端、祭りの空気が一変した。
キントスさんは構えた剣を、天に突き上げる。
「ついに来たぞ!! 最後の戦だ! 残党を一人残さず血祭りにあげてくれる!」
「「「「おおおおっ!」」」」
これまでの歓声とは別種の、熱気を孕んだ雄叫びが、堅牢な城を震わせた。
「ユーダイ様。ひとまずコルネリア様のところに参りましょう」
「ああ」
雰囲気に呑まれつつあった俺にラミアが声をかけてくれた。気を取り直してリングに入る。
「コルネリアさん。あの、親父は大丈夫なんっすか?」
「ああ、ユーダイ。そうですね。取り敢えず和大様の心配はしなくて構いません。ただ、貝鱗導地で、と言うのが少し厄介ですね」
「厄介っていうのは?」
「貝鱗導地は地力が溢れる土地だ。それ故に、権能で生み出された物体は不滅の属性を得る。シャドウの分身も、グラジオの魔剣も、だ」
首を傾げた俺に、ヴァレオスさんが答えてくれた。
グラジオの魔剣。あの時、コルネリアさんに放った覇級魔術を封じた魔剣の事か。あの時は一度使ったら壊れてしまったけど、貝鱗導地では無限に使える……?
「それって、ヤバくないっすか?」
「並の使い手なら、な。和大様なら幾ら覇級魔術を打ち込んだところで埃一つ付かん。が、それをあしらいながら魔王の魂を供養するのは難しいだろう」
そこにキントスさんも加わってきた。辺りは戦いの準備を始めた騎士たちで慌ただしい。
「伝令はそれだけなんだろうか?」
ヴァレオスさんが伝令の兵に優しく尋ねた。
「いいえ。……こいつ、前の魔王の時と同じで分身を作ってるっぽい。時間はいくらでも稼げるから、分身はそっちで頼む。との事です」
「ガハハ、幾らでも、と来たか。ならその言葉に甘えて我々もじっくりと攻めるとしよう」
「そうですね……。とは言え、分身はかなりの数用意してるでしょうし、少なくとも探知の魔術で見つからないということは我々の土地の上にはいないようです」
「魔界ってことか。それなら、ケルンヌス殿のお力を借りるのはどうだ?」
コルネリアさんは目を瞑り、龍脈に意識を傾けながら、囁くように言った。
「ケルンヌスさんの権能なら、分身を探し出せるんっすか?」
「そうだ。ただ少なくとも分身一体を探し出し、無力化した上で種を植え付けないといけない。……宿主の魔力を吸って生った木の実を食べれば、それと同種の魔力を持った全ての者の位置を探知できる」
「位置さえ分かれば、私の千剣で一掃できます」
キントスさんはコルネリアさんと頷きあうと、そばを通りかかった騎士に声を掛けた。
魔界へ遠征する準備をするように指示を出しているようだ。
「あの、コルネリアさん。俺にも何かできる事はありませんか?」
「……ありません。ヴァレオスにすら一蹴される程度では、足手纏いになるだけです。貴方は館に戻って体を休めていなさい」
「そんな、俺だって何かの役に……」
「ポイカさん、ラミアさん。ユーダイのことをお願いします」
コルネリアさんは俺の嘆願に耳も貸さない。昼の時とは反対に、俺はポイカに引きずられるようにして館に戻った。
「クソッ。俺だって少しは強くなったのに、どいつもこいつも、役立たず扱いしやがって」
「……しょうがないよ。暗黒の盟主は、この前の刺客と次元が違うんだから」
「ポイカの言う通りです。コルネリア様や、かの剣聖ならともかく、私達に出来る事なんてありません。ユーダイ様は少しご自身の身を顧みてください」
引きずられながら同意を求めて愚痴ったが、ポイカもラミアも口々に俺を諌めた。
「そんな弱腰でいいのかよ!? ポイカ、お前出世して、金を稼ぎたいんだろ?」
「ど、どうしてそれをユーダイが」
ポイカはあっけらかんと俺を見下ろすが、そんなに驚くような事じゃないだろ。あんだけ、金やら昇格に拘ってるところを見せられたら察せない方がおかしいっての。
「ラミアだって、殺技練で受けた仕打ちの復讐をしたいんじゃないか?」
「いいえ。復讐なんて興味はありません。私は貴方様の身をお守りする事だけが関心事でございます」
蛇はキッパリと頭を横に振った。
「ちぇ、じゃあ味方はポイカだけかよ……」
「僕、まだ何も言ってない!」
「なあ、せめて分身が見つかったら俺が作戦会議に同席できるようにコルネリアさんに頼んでおいてくれよ」
ポイカはため息だけを返して、それからは一言も喋らなかった。俺はそれを肯定と取ったらいいのか否定と取ったらいいのか分からなかった。しかし、少なくとも迷ってはいるんだろう。なら、こう言う場合は何も言わずに待っておいた方が得策だ。
館の客室まで戻ると、日は傾いていた。ベランダから見る裏庭は黒々と、時折風にそよぐ。
「さっきの話しは考えといてあげるから、ひとまずユーダイはここで大人しくしててよね」
ポイカは釘を刺すように、そう言い含めて城へとトンボ返りしていった。
「なんだかんだ良い奴だよなあ。ポイカって」
「はあ、」
俺の独り言にラミアが深くため息を吐いた。




