第二十六話 武闘祭
翌日。俺はポイカやコルネリアさん、ラミアと共にカサンドラス城に向かった。人間の国の最前線ということもあってか、街中には武装した人間が多く。シュミッツェルのような浮ついた空気は少しもない。メインストリートを直進し、城門を潜り抜けると、そこには堅牢な城が聳え立っていた。
城の足元には訓練用のカカシが並んでいたり、弓を射るための的が至る所に吊るされていた。そして、一際目を引くのは木の柵で四方を囲まれた簡素な闘技場だった。武闘祭は始まっていないはずなのに、その中で二人の男が木剣で打ち合っている。
「おう! 来たな、ユーダイ!」
「あ、どうもっす」
「おはようございます。キントス殿」
挨拶を投げながら、コルネリアさんは辺りをキョロキョロと見回す。きっとアチアさんを警戒してるんだろう。
「アチアなら、ここにはいない。あの子は荒っぽいことは嫌いだからな」
「そうですか……。それで、例のものは出来ていますか?」
「ああ、それならあっちだ」
キントスさんが指を刺した方に、普段コルネリアさんが使っている長柄の杖が立てかけられていた。しかし、先端に何か布のような物が付けられている。
「コルネリアさん。それ何なんっすか?」
「ふっふっふっ。これは、とても良い物ですよ」
コルネリアさんは杖を手に取り、先端の布を広げて見せた。
”がんばれ・ユーダイ”などと書かれた布を。これは応援旗……?
「……コルネリアさん。これは、何のつもりっすか?」
「おや、見て分かりませんか? 貴方が試合をするときは、これを振って応援するのです」
コルネリアさんは鼻高々に胸を張った。
「コルネリアさん。俺の為を思って、観覧は控えてくれませんか?」
「な、いきなり、何をいうのです。せっかく旗まで作ってもらったのに」
「集中できないからっすよ。静かに観覧するって約束できるんなら良いっすけど」
俺が条件を出すと、聞き終えるより早くコルネリアさんは首を横に振った。
「できませんね。十中八九」
「ポイカ、連れてけ」
「う、うん。失礼します」
ポイカはコルネリアさんの脇の下に腕を通して、城の中へと引きずっていく。
「あ、やめて、ポイカさん。後生だから勘弁してください。賄賂とか払いますから〜」
「僕、騎士なので。賄賂とかはちょっと……」
「あ、あ〜れ〜! ユーダイ! いざとなったら急所を狙うんですよ。主に目と喉を!」
往生際悪く暴れるコルネリアさんが、訓練に励んでいた騎士たちの視線を集める。
「コルネリア様、抵抗しないでください」
「ユーダイィ! 急所を狙ってぇ〜! 人間の急所は喉と目〜ッ!」
「怖えよ……」
俺は恥ずかしくて知らないふりをしながら、ボソッと呟いた。
太陽が直上まで登り、昼を迎えると、張り詰めていた空気が緩んだ。男達は闘技場に集まり俄かに喧騒が生まれる。
「テメエら! 俺と戦いたいか〜!」
「「「「おおおおっ!」」」」
闘技場の中央に立つキントスさんが騎士達を煽る。
「なんか異様な雰囲気っすね」
「……」
俺は人混みの中にヴァレオスさんを見かけたので声をかけた。しかし、腕を組んだまま口を固く引き結んでいる。緊張してるのか?
「それでは、今回の武闘祭のルールを説明する。使えるのは、己の肉体と一つの武器のみ。俺が見て負けたと思う方の負けだ!!」
なんだ、この糞ルール。そんなんで納得するわけ……。
「「「「おおおおっ!!」」」」
いいんだ……。
俺はいまいち場の空気についていけず、そうこうしているうちに初戦の組み合わせが発表された。なんと、いきなり俺の試合らしい。
「さあ、サー・ダリル。本間 雄大。闘技場に出てこい!」
最後までこちらを一瞥もしないヴァレオスさんに見切りをつけて、俺は人混みを掻き分けながら闘技場に入った。人混みの中心だけあって、四方から飛んでくるがなり声で、鼓膜が破れてしまいそうだった。
「ふうん、アンタがあの剣聖の息子。ヴァレオス様の兄弟か」
キントスさんがダリルと呼ぶ俺の相手は、同い年くらいの少年だった。赤い髪に赤い瞳。左手にコテをつけ、腰から直剣をスラリと引き抜くと右手に構える。
「そうだユーダイ、例の使い魔はどこにいる? 試合の間はこちらで預かろう」
「はい。ほらラミア。外で応援していてくれ」
「ユーダイ様。どうか、ご無理はなさらず」
俺がラミアをキントスさんに渡すと、反対に短剣を手渡された。
「えっと、この短剣は? こんなの使ったことないんすけど」
「術士が剣士相手にこの距離で術を使うなら何かしら武器は必要だ。使い方は実践で覚える。それが一番だ」
キントスさんは一方的に言い捨て、ガハハと笑った。
……んな、無茶な。
「さ、そろそろ初戦を始めるぞ! 両者見合って」
俺は目の前の少年。ダリルと見つめあう。ダリルは赤目に滾るような闘志を宿らせ、ギラつかせていた。
「それでは……初め!!」
「ハアアッ!」
試合の開始と同時にダリルが襲いかかってきた。俺は単調な振り下ろしを短剣で受け止め、力の方向を傍へと流す。
「っ……”天蓋の影・来新を追い・尖槍に倣え”」
「かはっ!」
風の弾丸を胸に受けたダリルは、地面から足を浮かせて背中から倒れ込んだ。俺はカウンターに備えて短剣を構え直す。
しかし、倒れ込んだ少年は一向に立ちあがろうとしない。痺れを切らしたキントスさんがダリルの傍にしゃがみ込み、右腕を持ち上げて離す。すると、腕はダラリと落ちた。……気を失ってる?
「勝者、本間 雄大!!」
「「「「うおおおっ!!」」」」
勝負はあっさりと決着を迎え、俺は歓声に押し流されるようにしてリングを出た。
「お見事でした。ユーダイ様」
いつの間にか、俺の肩に登っていたラミアが労ってくれたが勝ったという実感が薄い。そう簡単に気絶しないのがマナーなんじゃなかったのかよ。
「うん。なんていうか、ポイカって本当に俺らの年代だと滅茶苦茶強いんだなぁ」
「今、お気づきになられたのですか? 殺技練の刺客を返り討ちにした時には、お認めになっていたのかと思っていましたが」
「いや、それはそうなんだけどさ。普段あれだけナヨッとしてるから、認識が合わなかったんだよ」
ラミアは「そういうものですか」と、気がなそうに相槌を打ち俺の胸ポケットに滑り込む。
「おい。またすぐ試合があるから、寝たらダメだぞ」
「ここはユーダイ様の鼓動の音が聞こえて落ち着くのです」
まあ良いか。……可愛いし。
それからというもの、一回戦は恙無く進行していった。ヴァレオスさんが出る試合だけは俺と同じくらい盛り上がったが、他の試合はそこまで盛り上がっていないようだった。そもそも一回戦のレベルはそこまで高くないのかもしれない。
「そこまで!! 勝者、サー・ホラス! さ、これで二回戦出場者は出揃ったな。これから二回戦の組み合わせを決めていくぞ。進出者はリングまで来い」
俺は呼ばれたままにリングに入った。そこにはヴァレオスさんを初めとした大柄の男達が集まっている。俺だけ小さくてヒョロイから場違い感が凄い。
何となくうなじに手をやりながら、キョトキョトしているとキントスさんが俺の背中をバシッと叩いた。
「イッ!!」
「ほら、ユーダイ。最初はお前だ。くじを引け」
「何も叩かなくたって……」
俺は文句をモゴモゴと言いながら、くじを引いてキントスさんに渡す。
「よし、次はヴァレオス。引け」
「……」
「ほう、面白い。二回戦第一試合は本間 雄大 対 グラディウス・ツヴァイ・ヴァレオスだ!!」
キントスさんが宣言した途端、一回戦の時とは比べ物にならない歓声が上がった。
「ええっ!」
「……」
俺は思わずヴァレオスさんの方を振り向いた。しかし、男は腕を組み目を瞑ったまま落ち着き払っている。何となく負けた気がして、俺もそこからは落ち着いてるふりを装った。
他の参加者達もくじを引いていき、続々と対戦の組み合わせが決まった。
それが済むと、俺とヴァレオスさん以外の参加者はリングを出てキントスさんがラミアを預かってくれた。
俺は一回戦の時に借りた短剣を手に持つ。
「ユーダイ様。ご無理をなさってはいけませんよ」
そうは言うけど、ラミアの前でカッコ悪いところを見せたくない。俺は結果がどうあれ最後まで諦めずに戦うと覚悟を決めていた。
「……おい、あれを」
武闘祭が始まってからこっち、むっつりと黙りこくっていたヴァレオスさんが初めて口を利いた。すると、リングの外から一振りの槍が投げ込まれた。俺はその槍を見て思わず目を剥く。その槍には本来石突があるはずの場所にも凶悪な刃が備わっていたからだ。
「あ、あの。ヴァレオスさん……? 俺、こんな小ちゃな短剣しか持ってねえんですけど……?」
「武器なら他にもあるだろう。魔術という名の立派な矛が。それに対抗するなら、これくらいは無いとな」
精一杯、抗議の意思を込めてキントスさんを見つめてみたが大男はガハハと豪快に笑うのみだった。
「兄、いや、本間 雄大よ。今の君には手前勝手な頼みに聞こえるだろうが。俺が持てる全力を君に見て欲しい。この、天秤刀と共に」
「分かりました。受けて立つっす」
「ありがとう」
俺は改めて、短剣を構え直す。剣のことはよく分からないが、この人はダリルより遥かに強い。コルネリアさんが杖を構えた時の雰囲気に似てる。
「両者、準備はいいな……では、はじめ!」
「ラアアッ!」
開始の掛け声とともにヴァレオスさんが突っ込んできた。天秤刀と呼ばれた槍は唸りをあげて空を裂く。
「くっ、」
俺は受けようとはせずに地面を転がって攻撃を避ける。
「”天蓋の影」
「させん!」
ヴァレオスさんは天秤刀を振り回し、俺の足元を薙ぎ払った。間一髪で地面を蹴り、飛び上がった俺の腹をヴァレオスさんが蹴り付ける。
「アガッ」
背中から木の柵に突っ込み、肺が潰れた。悲鳴にもならない息が俺の唾と共に砂埃を散らす。
揺らぐような意識を何とか持ち直させ、俺はすぐにその場を離れヴァレオスさんから距離を取る。
「来新を追い・尖槍に倣え”」
「ふんっ!」
俺が辛うじて放った風弾をヴァレオスさんは天秤刀で斬り裂いた。衝撃を受け止めた槍が小刻みに震える。
「俺の心配は無用だ。本気で来い」
言いながらヴァレオスさんは天秤刀の柄の中心を分離させ、一振りの剣になった二つを両手に持った。
それまでとは打って変わって、素早い動きで俺との間合いを詰め、高速の斬撃を次々に放つ。
上、右、左、袈裟、逆袈裟。
まるで二匹の蛇に襲われているかのように、二振りの剣は軌跡を変幻自在に駆け抜ける。
けど、何でだ? なんで、俺はこんなすごい攻撃を……捌けてるんだ……?
「ハアッ」
「ッ、」
右から迫る剣を短剣で受け流し、剣の下を潜り抜けて左の剣を躱す。
リングの外から歓声が上がった。俺の体は火照り、精神が高揚していくのを感じる。視界の端がぐにゃりと歪み、頭の中が戦いのことで満たされた。
術は……。そんな物、必要ない。術は肝心な時に役に立たない。そんな物より俺にはこれがある。
短剣をわずかに掲げて、視界に映す。油でギラリと光沢を発する刀身は、俺の顎を写していた。
高ぶる戦意に背中を押されるようにして、初めて自分からヴァレオスさんに向かって行った。
男は俺の顔の高さ目掛けて剣を振るが、その寸前に飛び上がりヴァレオスさんの頭上を行き過ぎて、背後に降り立つ。そして素早く踵を返し、弾みをつけて短剣を振り払った。
ヴァレオスさんはいつの間にか双剣を天秤刀に戻し、柄で俺の短剣を弾いた。それから、円を描くように振り回す。
最後の攻撃が目の前に迫る一瞬、俺はまんまと自分が誘われていた事に気付いた。悔しいような、清々しいような気持ちが胸を埋め尽くす。
寸止めされた天秤刀にビビって尻餅をついた俺に、ヴァレオスさんが手を差し出した。
別に言いたくもないけど、自分に勝った相手を称賛しておいた方がいいかと思って、適当なお世辞を口にしようとした。が、俺の言葉を待たずしてヴァレオスさんが口火を切った。
「がっかりだ。俺は術師としての君と戦いたかった……」
立ち上がって、意味のない騒音としての歓声を聞き流しながら、言葉の意味を理解するのにかなりの時間がかかった。
俺はムッとして、何か言い返そうとして結局何も言えなかった。
ヴァレオスさんの表情が、本当に何か大切なものを失ったような。寂しげな顔をしていたから。
「勝者。グラディウス・ツヴァイ・ヴァレオス!!」




