第二十三話 密談
「おほん! アチア、そろそろお兄ちゃんにも話をさせてくれるか?」
「ん? あ、お兄ちゃん。いたんだ」
キントスさんが声を掛けると、アチアさんは冷や水を浴びせかけたように落ち着いて、俺達の向かいのソファにちょこんと座る。高位の貴族というだけあって、身振りに似つかない端正な佇まいだった。
「お兄ちゃん、また椅子使わずに座ってるの? もういい歳なんだから無理したら腰、痛めちゃうよ」
「うんうん、そうだなあ。椅子は使った方がいいよな」
どの口が、という表情でコルネリアさんは顔を苦々しく歪めたが、キントスさんは顔を緩ませて部屋の隅の椅子を机の前に置いた。そして、それに座り直す。
「にしても、三人とも若いんすね。特にアチアさんは」
「そうでしょうか? アチアはともかく、キントス殿と私は一般的な部類だと思いますけどね。ようやく人生の折り返し地点ってところですしね」
「え! こっちの世界の人の寿命ってどれくらいなんすか?」
「まあ、かなりの人が百二十歳までは生きますよ。たまに、百四十を数えても元気なご老人なんかもいますしねえ」
キントスさんとアチアさんがうんうんと頷いた。
どうやら、こっちの世界の人たちは、エルフじゃなくてもかなりの長寿みたいだ。
「っと、アチアのせいで話が脱線しましたね。戦の話をしにきたんでした。それで、キントス殿には街だけでなく軍を結界で覆って欲しいのです」
「まあ、そんなとこだろうとは思っていた」
「結界?」
俺が首を傾げると、アチアさんが身を乗り出して説明してくれた。
「結界って言うのは、盟主固有の権能のことだよ。コルちゃんで言う千剣みたいな。お兄ちゃんが結界を張ると、その一帯に降り注ぐ魔術や尋龍術を防いでくれるんだ」
「ああ、とはいえ結界は多用する程一個一個の硬度が下がる。八つの街に加えて、軍を守るとなると……」
「それは、構いません。そうですね。覇級魔術一発を防いでくれる程度の硬度が残れば十分です」
キントスさんは意外そうに、ほう、と息を吐いた。
「そう言うことなら容易いが、いいのか? 暗黒の盟主が三位、グラジオは術を封じる魔剣を打つと聞くが」
「ええ、覇級魔術が封じられた魔剣が五十振りは残存していると我々は睨んでいますが、今回の戦では、余り使われないでしょう。結界で防がれると分かっていて使える程、気安い品では無いはずです」
「で、二位と一位はどうする? アイツらも殺すとなると厄介そうだが」
そういえば、グラジオに気を取られて残りの暗黒の盟主については忘れていたっけ。
コルネリアさんは少し考え込み、思い出したように俺を一瞥する。
「そういえば、まだ伝えていませんでしたか。暗黒の盟主。二位はエンセンドナ・ドーバ・シャドウ。自分や他者の分身を生み出す権能を持っており、一位のエンセンドナ・アジヌ・エクリプスは天候を操る権能を持っています」
「特に厄介なのはシャドウだ。分身が存在する限り、本体はたとえ塵まで刻まれても蘇る。その分身も、本体と同等の実力を持つからな」
「ええ、仮にエクリプスが分身を持っていれば、いくら和大様とはいえ殺すことはできません。しかし、居場所さえ掴めてしまえば遠隔でも私の千剣で倒してしまえます」
「あ、あの。俺も何か手伝えませんか? 俺だって術師だし。母ちゃんの故郷を守るために何かしたいんっす」
コルネリアさんは心配そうに眉根を寄せたが、キントスさんはニヤリと笑った。
「坊主、悪いがまだ作戦は決まってないから役割を確約することはできん。しかし、お前さんを強くする機会なら与えてやれるやもしれん」
「キントス殿……!」
コルネリアさんはすかさず抗議の声を上げたが、キントスさんは手でそれを制する。
「明後日、俺の部下達が武闘祭を催す予定なんだ。勝ち抜けば優勝賞品として俺と戦えるって趣旨でな。良ければお前さんも参加しないか? 見たところ剣を使うわけではないようだから、特別に術を使ってもいいってことにしてやる」
予想外の提案を受け、生唾を飲み込んだ。模擬戦はポイカと一回。コルネリアさんとも何回かしたけど、そっちは実力に差があり過ぎて成立しなかった。そして、ブルトゥス達に襲われて、なし崩しに実戦が一回。
俺だって、コルネリアさん達の役に立ちたいし、何より親父をぶん殴るためにはもっともっと強くならなくちゃいけない。最悪な事にクソ親父は今まであってきた、どの盟主よりも遥かに強いんだから。
「分かったっす。俺も参加させてください」
「ガッハッハ! いいぞ、活きの良い奴は嫌いじゃねえ! それに和大様の息子なら、俺の甥子も同然。明日の朝、裏庭に来い。武闘祭で恥をかかないように教えておいてやろう。最低限のマナーというものを、な」
コルネリアさんは怪訝げにしていたが、俺はキントスさんに頷いた。
「あ、の〜。荷物は全部運び込んだけど、入っても良いですか?」
すると、恐る恐る、ヴァレオスさんが扉からこちらを覗いた。
「あ、レオくん。ほら、こっちおいで」
「母上……はい」
アチアさんが手招きすると、ようやくヴァレオスさんは部屋に入ってきて、アチアさんの隣に座った。
「さ、ユーダイは部屋に行って少し休んでいなさい。私はもう少し三人と話がありますから」
戸惑っていると、コルネリアさんは俺を扉の方に追いやって、半ば無理やり応接室から出した。
「あ、ユーダイ。話が終わったんなら部屋に案内するよ。荷物も運び終えてるから」
「ん、ポイカか。分かった、助かる」
俺は早速ポイカの後について、客間に向かった。部屋の中もやっぱりパースの客間に比べると質素だが、個人的にはこちらの方が落ち着く気がした。
「僕はこれから、警備の手伝いをしないといけないから、ユーダイはここで休んでて。じゃあね」
一方的に言い置くと、ポイカは来た道を取って返した。手持ち無沙汰になって、なんとなく胸ポケットの中を覗くと、ラミアと目が合う。
「なんだ、起きてたのか。全く喋らないから寝てるのかと思ってた」
「……あのような場に、私の如き下賎な侍従が加わる資格はございませんよ。それより、ユーダイ様、武闘祭に出られるとの事ですが、どうぞ怪我だけはなさりませんように」
「ああ、分かってる。なあ、ちょっと外の空気を吸おうぜ?」
俺はラミアを指に絡ませて、キングベッドの手前を横切り、ベランダに出た。そこからは裏庭全体を見渡すことができた。几帳面に整えられた植栽が微風に靡く。
「なんか、すごく遠いところまで来ちゃったな。パースの館に囚われた時には、こんな風になってるって想像も出来なかった」
「そうですね。私も、また、こんな風にユーダイ様にお仕えできる日が来るなんて夢のようです」
「なあ、暇だし、ちょっと探索しないか?」
俺が提案すると、ラミアは目を丸くした。
「いけませんよ。また殺技練の刺客が送られてくるかもしれません」
「だから、館の中だけだって。な、良いだろ?」
「……まあ、館の中だけなら」
ラミアは呆れた風にため息を吐き、頭を横に振った。可愛い。
「さ、そうと決まれば早速出発だ」
ラミアを肩に乗せて、俺は客室をでた。
まずは廊下を左に曲がる。しばらくは客室が続いていて、執務室なんかは流石に鍵がかかっていた。
廊下の行き止まりまで辿り着くと、一階に続く階段があって、降りてすぐに厨房があった。昼と夜の境目の、微妙な時間だからか中には誰もいない。俺は目についた干し肉をヒョイと摘んで口に放り込む。
「ユーダイ様。はしたない」
「ラミアに、怒られちゃった。でへへ」




