第二十二話 カサンドラスの盟主
その翌日、俺たちはしっかりと体を休めてケルンヌスさんやマリアさん、他にも交流したエルフの人たちに見送られながらカサンドラスの方向へと転移した。
そこから、さらに三日ほど歩いてようやく巨大な城塞都市が姿を現した。
まず目の前には見上げるような山々が連なるようにして聳え立っており。そのうちの一つの岩肌に張り付くようにして、その城は鎮座していた。
「ここは、魔界と人間界の境目であり、黄金の血脈が守護する土地の中でも最前線と言える地です。故に山間の唯一の通り道を塞ぐようにしてカサンドラス城は存在しているのです」
コルネリアさんの説明を受けながら、俺たちは山道を登っていく。流石に道はかなり整備されていて歩きやすかった。日が暮れる前に城門に辿り着くと、コルネリアさんの顔を見た衛兵が慌てて開門する。
「筆頭様。お話は聞いております。お連れの方も、キントス様の館においで下さい」
衛兵はそう言って、街の裏手を先導して簡素な館に俺たちを案内した。シュミッツェルでみたパースの館に比べるとかなり小ぶりで、端の方は蔦に覆われている。
「これが……」
「おーい。お客様なのかい?」
「おお、ヴァレオス様。そうです。筆頭様とそのお連れの方々でございます」
館を見上げていると、衛兵に一人の青年が声をかけた。俺と反対で、金色の髪と、少しあどけなさの残る黒い瞳。痩せ身だけど、礼服の上からでも分かるほどがっしりとした体つきをしている。
「おばさま! 相変わらずお元気ですね。あちこちを駆け回っておられるようで……」
「別に、好き好んでそうしている訳ではありません。そんな事より、キントス殿はいらっしゃいますか? 大切なお話があるのですが」
「ええ、叔父は裏庭で剣を振っております」
ヴァレオスと呼ばれた男は、答えながらふと俺の方を見下ろした。そして、体を硬直させる。
「……そ、そんな。い、生きていたのか……に、兄様!」
男は目の端に涙滴を溜めて、俺の肩を握り締めた。……な、なんて握力だ。骨が折れちまう。
「う、ぐぐぐぐ」
「ちょ、やめなさいヴァレオス! 痛がっているでしょうが!」
「あ、ご、ごめん。兄様、大丈夫か?」
コルネリアさんは慌てて、俺からヴァレオスを引き剥がし男を嗜めた。ポイカが目を白黒させ、ラミアも騒ぎを聞きつけたのか俺の胸ポケットから顔を覗かせる。
「あ、あの。おじさんも俺を知ってるんすか? しかも、兄様って、明らかに俺の方が年下なんすけど?」
「お、おじさん……。そう言えば、兄様、どうして少年の姿なんだ? それに、エリアス姉様は?」
「ヴァレオス! 事情は後ほど私から説明します。キントス殿は裏庭にいらっしゃるんですね? なら、後は私たちで向かいます。貴方は私たちの荷物を運び入れるのを手伝ってくださいな」
コルネリアさんはにっこりと男に微笑みかけて、口に人差し指を当てた。笑っているのに、背筋が冷えるような圧力を感じる。
「ぐっ、三十にもなって、まだこんな扱いなのか……」
「確かに、かなりの時が経ちましたね。懐かしい、貴方がコリントに遊びに来た夜、客室で一人が怖いと言って……」
「わ、分かった、分かりましたよ! 運べばいいんでしょう。運べば!」
男は、半ばヤケクソになりつつも荷車から荷物を取り出して、館に運び込む。
「さ、ユーダイ。私たちはキントス殿のところに参りましょう」
それを見送り、コルネリアさんは少し強引に俺の手を引く。何だ、焦ってる……?
コルネリアさんは館を回り込み、鍵のかかっていない鉄柵を開いた。
前庭はスッキリしていたが、裏庭は花壇で埋め尽くされていた。
それも、植えられているのは花ではなく野菜のようだ。そして、花壇に取り囲まれるようにして小振りの噴水があり、その脇で一人の男が熱心に剣を振っている。
「一万百十二、一万百十三、一万百十四」
金髪に碧眼、上着は脱いで、ヴァレオスとは比べ物にならない隆々とした肉体に、男は珠の汗をびっしりと浮かせている。コルネリアさんに確認するまでもない、この人がキントスさん。俺と母さんは信じ難い数字を聞きながら噴水に近づいた。
「キントス殿、お久しぶりです」
「む、筆頭殿か。悪いな、キリのいいところまで待ってくれ」
男は一万二百を数えると、ようやく剣を噴水の淵に立てかけて、すぐ隣に腰を下ろす。
「ふう、すまんな。待たせてしまって、それで一応用向きを聞こうか」
「ええ、魔族達が魔王の魂を奪還するために最後の攻勢を仕掛けてきます。貴方にも防衛に協力していただきたいのです」
「く、く、く……がーはっはっはっ! そうか、ようやくか! 俺の鍛え抜いた剣を振るえる最後の機会だ。当然、参戦させてもらおう!」
男は手拭いで汗を拭き取り、大きく口を開けて笑った。
「あ? ところで、そっちの坊主は誰だ? 筆頭殿の次男坊か?」
次男……? コルネリアさん、子供がいたのか? てっきり、子供はいないのかと思ってたけど。
「キントス殿、その話は後ほど。それよりも、今はまず戦の話をしましょう。応接間に案内してくださいますか?」
「おう、俺のような粗忽者で良ければ、喜んで」
キントスさんは立てかけていた剣を拾い上げて、館に歩き出す。掃き出し窓の側に一人の侍従が控えていて、男に上着を渡し、剣を引き取った。
館の内部は埃一つないが、カーペットや壁は日焼けして、調度品のようなものも殆どない。
しばらく廊下を進んでいくと、俺たちは大広間に出た。ポイカを含めた廷臣団がせっせと荷物を運んでいる。どうやら、ここは玄関らしい。
外へと通じる扉と向かい合うようにして、二枚開きの扉があって、キントスさんはそれを勢いよく開け放つ。
「さ、適当に掛けてくれ」
キントスさんは執務机に向かって、腰を下ろす。しかし、背もたれのようなものは見えない。
「はあ、相変わらずですか。執務室でまで修練とは……」
そ、そうか。この人空気椅子をしてるんだ。
「剣を振るには下半身が肝要だからな。だが、こうして鍛え上げた肉体も、二十一年前に無用の長物となってしまった。もちろん、魔王が倒されたことは喜ばしいものの、叶うならば平和な時代より闘争の時代に生まれたかったものだよ」
「口が過ぎますよ。キントス殿」
「……」
コルネリアさんは剣呑に目を細めて、短く呟く。キントスさんは口を引き結んで押しだまった。執務室に重苦しい沈黙が落ちる。
「あ、あの……?」
俺が何か声をあげようとした瞬間、執務室の扉が、再び、勢いよく開かれた。
「コ〜ル〜ちゃ〜ん!!」
「きゃあ!」
背後から一人の少女がコルネリアさんに抱きつく。
「……アチア、か」
「アチア!? くっ、てっきり公務で城にいるかと思ったのに」
「うふふ、それがね。レオくんが急いで私に知らせてくれたんだ。今、コルちゃんがお兄ちゃんの館に来てるって」
コルネリアさんが必死にもがく。が、依然としてしがみつくアチアと呼ばれた少女は、薄桃色の髪に金色の瞳をしていた。深い紺色のドレスに身を包み、身長は俺やコルネリアさんより遥かに低い。
「も、もう! いい加減に落ち着いてくださいよ! 貴女もうじき、六十歳でしょうが」
「ろ、六十!?」
俺は思わず声に出して驚いてしまった。一見しただけでは、十代と言われても信じてしまいそうな見た目をしているのに、もうすぐ還暦。耳を見た限りエルフではないみたいだけど。
「あれ、この男の子は誰? もしかして、コルちゃんの……」
「本間 雄大です。母ちゃ、グラディウス・ドライア・エリアスと本間 和大の息子です」
俺が自己紹介するとキントスさんとアチアさんが一斉に息を呑んだ。二人は俺の顔をまじまじと見つめる。
「……本間 雄大。それって、つまり、」
「ちょっと、アチア。それ以上は……」
「ユーちゃん、ってことだね!」
すると、アチアさんはコルネリアさんを解放して俺に抱きついた。
「な、いきなり何なんすか!?」
「うふふ、だってレオくんの兄弟ってことは私の息子も同然じゃな〜い?」
「ア〜チ〜ア〜! 私だって、その呼び方を我慢していたというのに。貴女って人は、貴女って人はぁぁ!」
身の自由を取り戻したコルネリアさんは、アチアさんの頭頂部に拳骨を落とし俺から素早く引っぺがす。
「うわーん。コルちゃんに打たれた! でも痛みより、嬉しさが勝つ!!」
「くぅぅ、どっと疲労と頭痛が押し寄せてきましたよ」
俺は突然押しかけてきた嵐のような人に目を白黒させて、コルネリアさん達を眺める。
「あ、ああ。ユーダイ、ごめんなさい。これはグラディウス・ツヴァイ・アチア。キントス殿の妹で、ヴァレオスの母。そして、和大様の……第二夫人です」
クソ親父め、守備範囲広過ぎだろ……。っていうか、さっきのヴァレオスって人も親父の息子だったのか。
「ちょっと、コルちゃん。それだけじゃないでしょ? 私はコルちゃんのお姉ちゃんでもあるんだからね」
アチアさんは人差し指を頬に添えて、ニヤリと笑う。
「え、そうなんすか」
「ち、違いますよ。確かに血脈同士なので遠い親戚ではありますが、姉妹ではありません。それに、仮にそうだったとしてもお姉ちゃんはどう見ても私の方でしょう」
「え〜、でも、コルちゃん私より七つも下じゃない。コルちゃんが赤ちゃんの時、おしめを変えたことだってあるんだよ?」
「五十代にもなって、普通、歳の差とか気にしませんよ。それと、その記憶は今すぐ忘れなさい」
コルネリアさんがアチアさんの頭を両手で挟み込み、ググッと力む。
「ふーんだ。レオくんに意地悪したお返しだよ」
「ヴァレオスめ、次会ったら今度は容赦しませんよ」
「はっ、これ言っちゃいけないんだった。ま、いっか」
俺は不意に、執務机と向かい合い空気椅子を続けるキントスさんに視線を走らせる。筋骨隆々の男は、未だに小揺るぎもせずアチアさんを微笑ましそうに眺めていた。
「おほん! アチア、そろそろお兄ちゃんにも話をさせてくれるか?」
「ん? あ、お兄ちゃん。いたんだ」




