第二十一話 師弟
俺達が集落に戻るとポイカ達廷臣団はみんな夕食の準備を始めていた。みんなに探していたものが見つかったことと手伝ってくれた礼を伝える。
「よかったね、ユーダイ。ところでコルネリア様元気がないみたいだけど、何かあったの?」
そう聞かれ、俺はついさっきあったことをありのまま話した。
「そっか。コルネリア様の様子を見ていたら寧ろ喜びそうなのに、不思議だね」
「ああ、そうなんだよ」
俺とポイカは一緒に首を捻ったが、いくら考えたところで疑問は解けず俺たちは夕食をとってそれぞれの天幕で寝た。
翌朝。いつものようにケルンヌスさんの家に向かい、ラミアの様子を見た。
「あ、おはようございます。ユーダイ様! 見ての通りラミアはすっかり元気になりました!」
俺の顔を見るなり、ラミアは飛びついてきてスルスルと肩に登る。
「そっか、良かった。本当にごめんなラミア。俺のせいで……今度からは気をつけるから」
「そんな、ユーダイ様のせいでは……ところで、探し物は見つかりましたか?」
「ああ、昨日見つけられたよ」
ラミアを労るように撫でて俺が謝ると、蛇は頭を横に振り話題を変えた。
「用がないならさっさと去らんか。いつまでも人の部屋で……」
俺とラミアが振り向くと、そこにはケルンヌスさんが立っていた。
「あ、ケルンヌスさん。ラミアの事、ありがとうございました」
「ケルンヌス様。大変お世話になりました」
俺とラミアが一斉に頭を下げると、ケルンヌスさんは「フン」と鼻を鳴らした。
「それはそうと。其方ら、明日にはここを発つそうじゃのう。千剣の姫に、修練の窟に来る様伝えておいてくれ」
「修練の窟?」
「そうじゃ、その通りに言えばアヤツには伝わる。それから、其方も興味があれば来ると良い。餞別がわりに、面白いものを見せてやろう」
ケルンヌスさんはイタズラっぽく笑った。
俺はその顔を見て、つくづく初めて会った時の印象を裏切られるなあと思った。
俺はラミアを連れて野営地に戻った。そして、その足のままコルネリアさんの天幕に直行する。
「あの、コルネリアさん。いるっすか?」
「どうしました? ユーダイ」
「ケルンヌスさんから聞いたんっすけど、明日、この森を出るんすよね?」
俺が問うと、コルネリアさんは眉間を摘み、ぎこちなく頷いた。
「そういえば、伝えていませんでしたか……魔王の魂を供養する為に、和大様が旅をなさっている話はもうしましたよね?」
「はい。シュミッツェルで」
「四つある貝鱗導地の内、既に三つは巡礼を済ませ。最後の一つに近づこうというこの時機に、再び暗黒の血脈の動きが活発化し出したそうです。おそらく、魔王の魂を奪還するべく最後の攻勢を仕掛けるつもりなのでしょう」
俺は無意識に生唾を飲み込んだ。魔王を倒すための戦争がどんなものだったかは、知らない。しかし、グラジオやブルトゥス達と戦って、魔族がどれだけ手強いかは知っているつもりだ。そんな奴らが一斉に攻撃してくる……。
「ああ、ごめんなさい。不安にさせてしまいましたね。確かに、この最後の戦いでまたしてもかなりの死傷者が出るでしょう。しかし、魔王の魂が奪還されると言うことはまずあり得ません。和大様はお強いですから」
「それって、コルネリアさんよりも、っすか?」
「ええ、もちろんです。私を含め、千年間の間、盟主が倒すことの出来なかった魔王を、彼のお方は無傷で倒したのですから」
どうやら、コルネリアさんの憂い顔の理由は、親父のことじゃなかったらしい。俺は少しの安心と同時に、不安も感じていた。やっぱり、今の俺の実力じゃいきなり殴りかかっても、触れることすらでき無さそうだ。何か作戦を考えないと。
「……あ、そう言えば。ケルンヌスさんから伝言っす。修練の窟に来るようにって」
「修練の窟ですか……。懐かしいですね。分かりました。後で必ず伺いましょう」
「その、それで、俺も一緒に行ってもいいっすか? ケルンヌスさんが面白いものを見せてくれるって、言ってたんすけど」
コルネリアさんは、それを聞くと、一瞬、あっけらかんと動きを止め。それから、クスリと笑った。俺は何がおかしいのかと首を傾げる。
「いえ、ごめんなさい。ただ、どうやらケルンヌス殿に気に入られたようですね。あの偏屈なご老公が、人を誘うだなんて。ふふ」
その後、日が回って正午。俺はコルネリアさんの先導に従って修練の窟に向かった。しばらく鬱蒼と繁る森の中を進み、やがて一本の大樹に行き当たる。そこは縄や独特の織物で飾られていて、木の幹には巨大な洞がガッパリと口を開けていた。
中に入ってみると、そこは外観以上に広く。中心で一人の老爺が凛とした佇まいで立っていた。
「来たか」
「全く、相も変わらず突然なんですから。それで、ここに呼んだという事は久方ぶりに稽古をつけてくれるということでいいのですか?」
「うむ、その認識で相違ない」
俺は自分の耳を疑った、あんなに強いコルネリアさんが稽古だなんて。ケルンヌスさんはそんなに強かったのか……。
「さて、ユーダイよ。其方はワシらの試合を見ていくがいい。ただし、戦いの余波に巻き込まれて死なぬように気をつけるのじゃぞ。まあ、さしずめそれが其方にとっての稽古と言えるかの」
「大丈夫です」
知れず拳に力が入る。
ちなみにラミアはポイカに預けて置いてきた。コルネリアさんがそうしなさいと俺に言い付けたのだった。
「それでは、そろそろ始めようかの。いつも通り、尋龍術や盟主の権能は使わず。武器術と、順法のみで勝敗を決する。良いな?」
ケルンヌスさんに聞かれて、コルネリアさんは俺をチラッと一瞥すると頷いた。そして、老爺は背負っていた弓を、母さんは長杖を構える。
弓に番えられた矢の先端がギラリと光る。稽古なのに、本物の矢を使うのか。
「それでは、射った矢が地面に突き刺さってから試合開始とする」
ケルンヌスさんは息を短く吸って、脱力と共に弦を離す。矢は上に向かって飛んでいく。俺は矢筈を追って目を上げた。修練の窟には天井が見当たらず、あるのは奈落のような闇だけだった。やがて、闇に吸い込まれた矢が緩やかな軌道で降ってきて、カツン、と床を叩く。
「”天蓋・四象・尖槍”」
「”天蓋・来新・尖槍”」
二人は同じ魔術を選択する。風の弾丸がぶつかり合い、広い空間を、荒れ狂う突風が埋め尽くした。俺は吹き飛ばされないよう必死に下半身に力をこめなければならなかった。
「ふっ」
続いて、老爺が放った矢を母さんは杖で叩き落とす。
「”天蓋・来新・澱み纏え”」
コルネリアさんは払い落とした矢が床を叩くより早く、術を唱え、全身に風を纏った。それに対抗してケルンヌスさんが次々に矢を放つが、それらは母さんに当たる寸前でそらされてしまう。
「”蛙・和ぐ楽土を喰らい・佳日を経ん・忘却の果て」
「”天涯の墓・静息を払い・鯨を狙う千艘」
そして二人は当たり前のように改変された呪文を唱え出した。コルネリアさんが打ち出した風の弾丸を盛り上がった土が阻む。
「穴昧い・黥首刻まれた罪人・案山子見せば」
「穴昧い闇を照らす来新・淀みを閉じる鈿」
続いて、ケルンヌスさんの詠唱に応じて泥がコルネリアさんの体を捉えた。動きを止められた母さんに矢の雨が殺到する。しかし、巨大な水球が泥を洗い流し、矢の勢いを封じた。
その時点で二人とも、呪文を一度も途切れさせていない。長い一つの詠唱の中に短い呪文を織り合わせて、詠唱中の隙をカバーしてるんだ。
「天蓋を突き上げ四書失せん・爪牙の點」
「外炎へと攫い・外印を賜り辺防に勤める狩人」
ケルンヌスさんは風の弾丸を利用して矢を加速させた。コルネリアさんはその矢さえ杖で撃ち払い、気流を操って風の弾丸までもを絡め取る。
「外苑より召し・清浄なるを得・貴の尖槍以って薙ぎ払え”」
「御璽は天・凱旋の地を語らい・新円の淵泉副う・駆けませ尖槍”」
それまでとは比べ物にならない風の弾丸を、ケルンヌスさんは一発、コルネリアさんは二発打ち出した。しかし、両者の攻撃は全くの相打ちに終わる。
そして、その余波で今度こそ俺の体は浮き上がり、壁面に思い切り背中を打ち付けられた。
「がはっ」
「ユーダイ! くっ、」
「ふむ、どうやらここまでのようじゃの」
何とか後頭部は庇ったが、背中を走る凄まじい痛みで着地をし損ない地面に倒れた。霞む視界の中で、コルネリアさんも頭を手で押さえて苦しそうに呻いている。あれは、魔力切れ……?
「さて、其方はそこで休んでおれ。ユーダイのことはワシが見ておく」
「……やはり、純粋な順法での勝負だと老師には敵いませんか」
倒れ込んだ俺の上半身をケルンヌスさんが抱き起こし、背中をゆっくり摩った。
「さあ、ユーダイよ。深く息を吐け。……五百年、それだけ掛けてワシが辿り着いた境地に其方は四十年かそこらで辿り着いた。加えてワシ以上の魔力と、千剣の権能を持つのじゃ。本間 和大が剣士最強だとすれば、術師最強は今や其方じゃよ。長らくワシが守り抜いた席じゃ」
「恐れ入ります」
「しかし、それ故に虚しくもある。其方ほどの使い手でも守りきれぬものがあろうとは、な」
「老師。どうぞ、それくらいで」
「分かっておる」
依然として俺の背を摩りながら、ケルンヌスさんは鼻を鳴らした。
「さて、そろそろ行くかの」
老爺は短く呟き、すくりと立ち上がり俺の肩を担いだ。
「ほれ、いつまでそうしておるのじゃ? 千剣の、たかが魔力切れで動けなくなったわけでもあるまい?」
「今の私をそんなふうに扱うのは老師くらいですよ。懐かしいですね」
コルネリアさんは、そんな風に強がりつつ何とか立ち上がる。片目を瞑り、頭を抑えてかなり苦しそうだ。
「……今朝、ワシの方にも知らせがあっての。いよいよ、魔族が仕掛けてくるとか」
「ええ、暗黒の血脈共は和大様が最後の貝鱗導地に入った瞬間に仕掛けてくるはずです。それに応じて、残存している全ての魔族が蜂起する算段のようです」
俺は朦朧とした意識の中で二人の会話に耳を傾けた。
「それで、次はどこへ行くつもりじゃ?」
「次は、カサンドラスへ行こうかと、キントス殿には残党の主力を相手してもらうことになるでしょうから」
「ふむ、するとかなり遠いな。カサンドラスとの境界ギリギリまでは転移術を使うといい。事は急を要するのじゃからな」
ケルンヌスさんは事も無げに提案したが、コルネリアさんは驚いて口をぽかんと開けた。
「……ありがとうございます。それから、老師にも戦場に出ていただきたく思うのですが」
「ふん、何のために稽古をつけてやったと思っておる? おかげで良い肩慣らしになったわ」
あれが、肩慣らしなのか。大概化け物だな、この人も。
「さて、そろそろ着いたかの。後は己の廷臣に世話をしてもらうがいい」
ケルンヌスさんは俺の肩をコルネリアさんに譲って、自分の洞に帰っていった。
「っとと、大丈夫ですか? ユーダイ」
「はい、何とか大丈夫っす」
俺はエルフが生活する集落を見回した。あっという間だったけど、結構長い間ここにいたような気がする。母ちゃんの故郷。
「俺、ここに来て良かったっす。母ちゃんの事をもっと知れた気がするから。後は、親父の顔面をぶん殴ったら、俺のやりたい事はおしまいっすね」
「ユーダイ。その事なのですが、和大様に会うのは暫く待ってもらえませんか?」
コルネリアさんは俺から目を逸らして尋ねた。
「何でっすか? さっきの話聞いてたっすけど、魔王の魂の供養はもう直ぐ終わるんすよね? だったら、一目会うくらい……」
「確かに、此度の戦争に勝てばついに完全な平和が訪れるでしょう。そして、我々の勢はかなりの優勢。はっきり言って負ける事は万が一にも有り得ない。ただ、それとは関係なく。もし貴方が和大様とあって仕舞えば、貴方を深く傷つけることになってしまうかも知れない。せめて、あと五年は——」
「何となく、言いたいことは分かります。親父が俺や母ちゃんの事忘れてるかも知れないって、事っすよね?」
そもそも、十五年間会っていなかった。それに加えて、未だに女遊びを続けているような男だ。そんな可能性は織り込み済みだった。
「それでも、母ちゃんが死んだってのに、母ちゃんのことすら忘れたままでいられるのが、俺には耐えられない。だから、俺は何としてもクソ親父に会わないといけないんだ!」
「……貴方の気持ちは分かりました。必ず私が貴方と和大様を引き合わせます。だから、絶対に飛び出したりしないでください。私との約束です」
俺は曖昧に頷く。やっぱりコルネリアさんは俺に親父と会ってほしくないみたいだ。
コルネリアさんは俺の様子を見て、何か言いたそうにしていたけど、結局何も言わない。そのまま俺たちは天幕へと戻った。
その翌日、俺たちはしっかりと体を休めてケルンヌスさんやマリアさん、他にも交流したエルフの人たちに見送られながらカサンドラスの方向へと転移した。
そこから、さらに三日ほど街道を進むと、巨大な城塞都市が姿を現した。




