第二十話 白紙の手紙
翌日から、俺たちはその集落の周辺を探し回った。ラミアやポイカはもちろん、他の廷臣の人たちも俺の願いを快諾してくれた。母ちゃんのことを知っている人も多くて、俺が母ちゃんとの思い出を話すと楽しそうに聞いてくれた。
「ふう、ふう。さあ、今日も張り切って参りましょう」
「……どうしたんだラミア? 苦しそうだぞ?」
「い、いえ……ラミアは元気ですよ……ふう、ふう」
天幕で目を覚ますと、ラミアは明らかにぐったりして何とか頭を持ち上げようとする。
俺は慌てて、ラミアを拾い上げてコルネリアさんの天幕に飛び込んだ。
「コルネリアさん! ラミアが……!」
「わあ! びっくりさせないで下さいよ」
コルネリアさんは着替えの最中だったのか、薄着だったけど、俺はお構いなしに手の上のラミアを見せる。
「ふう、ふう。おはよう、ございます。コルネリア様……」
「まあ、ラミアさん。可哀想に……。そうです。ケルンヌス殿に相談してみてはいかがです? 動物の体にも詳しくていらっしゃるから」
「はい! 分かりましたっす!」
コルネリアさんの天幕と転がり出て、ケルンヌスさんが住んでいる木の洞に向かう。
「ケルンヌスさん! いるっすか!?」
俺は洞の傍をコンコンと叩き、老爺を呼んだ。すると、思いがけず背後から声をかけられる。
「朝から騒がしい。どうしたというんじゃ?」
「あ、すみません。実はラミアが苦しそうで、様子を見て欲しくて来たんっす」
ケルンヌスさんはラミアを見て、厳しく目を細めた。
「ふむう、これはいかんな。糞詰まりじゃ。温いお湯の中で頭から尾にかけて扱いてやると良い。……来なさい。ワシの部屋に用意してやる」
そう言うと、ケルンヌスさんは俺を一瞥もせずに洞の中へ入っていった。少し戸惑いながらも、その背中を追う。
「マリア、今朝のお湯は残っておるか?」
「ええ、台所のケトルの中にありますよ」
薄暗い洞の中を少し進むと、ダイニングテーブルが置かれた居間に行き当たった。更に、その部屋から洞が続いており、まるでアリの巣みたいだなと思った。
着々と準備を済ませるケルンヌスさんを眺めていると、ようやく老爺は俺を振り向いて小さく手を振る。着いてこい。と言うことだろうか。
ケルンヌスさんが、居間から続く内の一つの洞に入っていくので更にそれを追う。そこは簡素な居室の様だった。その部屋に置かれていたのはサイドテーブルと、ベッド、安楽椅子。あとはびっしり本で埋め尽くされた棚だけ。
ケルンヌスさんはサイドテーブルの上の洗面器にお湯を注ぎ入れ、手でかき混ぜながら温度を冷ましていく。俺はその側に寄り、立ち上る湯気を見ながら、熱くないのか? と聞きたくなった。
「さあ、その蛇をこの中に浸すのじゃ。頭は沈めてはならんぞ」
俺は頷きだけで返し、言われた通りにラミアを湯に浸す。するとケルンヌス殿は蛇の体を握り尾の方に向かって優しく扱いた。それをゆっくりと繰り返す。
「全く、こんなになるまで飯を食わせるとは、何を考えておるのじゃ……」
手を動かしながら、ケルンヌスさんは呆れた声を出す。俺は自分が恥ずかしくて、ラミアの苦しそうな顔をじっと見下ろした。
「さて、ひとまずこんな所か。この蛇はしばらくこの部屋で預かろう。其方は探し物で、忙しいじゃろうしな」
「そ、そんな。ラミアの世話は俺が……」
「やめておけ。知識も大して無いじゃろう。ワシがしっかりコヤツを元気にしてやる。それまで、其方は探し物に専念して居れば良いわ」
ケルンヌスさんはラミアをお湯から引き上げ、乾いた布巾で包み優しく水気を取った。その所作を見て、俺はふと気になったことを尋ねる。
「あの、動物が好きなんっすか?」
「……森で暮らせば、否応にも動物を助け、或いは助けられて生きることになる。他の盟主などより、遥かに信頼のおける仲間じゃ」
ケルンヌスさんが布巾を開くと、息の荒かったラミアの様子が落ち着いている様に見えた。俺は安心してホッと息を吐く。
「毎朝、こんな風にして、あとは適度に運動させて水を飲ませれば直に良くなるじゃろう。其方はもう帰りなさい」
「はい。ありがとうございました。……あの、せめてラミアの様子だけ見に来てもいいですか?」
「はあ、なら一々家の前で騒ぐで無いぞ。マリアにはワシから言っておくから勝手に入ってこい。良いな?」
俺はつい嬉しくて、「はい!」と大声で返してしまった。ケルンヌスさんは俺を振り返って睨んだが、その表情は初めて会った時よりどこか綻んで見えた。
その後、コルネリアさんとポイカ達と合流して母ちゃんの隠したであろう玩具を探した。森は広くて、一日では到底探しきれず、日が暮れると俺たちは集落に戻り休む。
朝になるとケルンヌスさんの家に向かって、ラミアの様子を見て、また森に出かけた。
そんなふうにして一週間が経ったある日、一人のエルフが俺に話しかけて来た。
「あの、あなた本当にエリアス様の息子さん?」
「え? はい。そうっすけど、あなたは?」
「私はセルビア。昔、ちょっとだけエリアス様と話してたことがあって、その時にエリアス様がよく隠れてた場所を知ってるの。良かったら案内しましょうか?」
「ぜ、是非!」
俺はコルネリアさんを呼んで、セルビアさんに案内してもらう事にした。隠れ場所というだけあって、そこは森のかなり奥まったところにあった。木の根がウネって絡み合い、大人だと通るのが難しいほどの間隙を通り抜ける。すると、その先に、完璧に閉鎖された天然の秘密基地みたいな空間があった。
「それじゃあ、私はここで。見つかるといいですね」
「はい! ありがとうございました!」
「ユーダイ、ここはますます暗いですから、足元には気を付けて」
コルネリアさんは両手に持ったランプの内一つを俺に手渡して、地面を照らした。
葉っぱが積み重なって土もまともに見えないが、手でどかして埋め跡を探す。
しばらく探していると、コルネリアさんが「あっ」という声を上げた。
「あ、あったすか?」
「いえ、まだ分かりませんが。掘り返してみましょう。”穴・昧い・変貌”」
ズズズと土が動き、一点を中心に円形に盛り上がる。
変化が治ると、穴の奥底にブリキで出来た箱が置かれていた。コルネリアさんが降りて、箱を拾い上げ、俺に渡してくれた。
「どうですか?」
箱を開けると、コルネリアさんも中身を覗き込む。
中には、いくつかのおもちゃと一通の便箋が入っていた。俺は真っ先に便箋を開き中を見てみた。
「あ、ちょっと……」
「あれ、何も書いてない」
「いくら、母親のものとはいえ、人の手紙を勝手に読んではいけませんよ?」
「でも、何も書かれて無いっすよ?」
俺は紙の裏と表を何度もひっくり返して、余す事なく目を通す。しかし、文字はどこにも見当たらない。
「なるほど、これは一部の者しか読めない様に術が掛けられているのですね」
コルネリアさんは俺から手紙を取り上げて頷く。
「え、何か読めるんっすか?」
「ええ。少し読んでみます」
そう言ってコルネリアさんは意識を手紙に傾けた。
すると読み進めるにつれてコルネリアさんの表情は暗くなっていく。そして手紙から顔を上げるのを見て、俺はすかさず何が書いてあったのかを尋ねた。
「どうやら、あなたを身籠もっているときにここへ来ていた様です。日本に渡る前の不安と、あなたが生まれてくることへの期待が書かれていました。それから、他の何よりも、あなたを愛しているとも」
「そうっすか」
この集落へ来てケルンヌスさんに会った時には、俺の中で半ば意思は決まっていた。けど、それを聞いて完全に定まった。母ちゃんの遺骨は日本に、あの小屋のそばに埋めよう。きっと母ちゃんもそれを望んでくれるはずだ。
「さ、これは埋め直して、戻りましょうか」
コルネリアさんは魔術で地面を元の状態に戻して、脇に固めた葉っぱを撒き散らした。完全に初めて来た時と同じ状態に戻った。
「あ、の。色々、手伝ってくれてありがとうございました。母さん」
「いえ、ユーダイの頼みなら……今、なんて……?」
「別に、何も言ってないっす」
俺は少し照れ臭くて、そっぽを向く。しかし、コルネリアさんは俺に駆け寄って強く抱きしめた。
泣いているのか、母さんはしゃくりあげながら俺を抱く腕に更に力を込めた。
「ごめんなさい。本当に、ごめんね。ユーダイ」
てっきり嬉しくて泣いてるのかと思ったが、どうやらそうでは無いみたいだった。コルネリアさんは何度も、ごめん、と俺に囁き続けた。
いつかも感じた金木犀の香りと体温は母ちゃんとは全く違っていたけど、何故だか凄く懐かしい感じがした。




