第十九話 エリアスの故郷
それから俺たちは数日間、エルフの森に向かって歩き続けた。
三位以外の盟主は全員、領地としてそれぞれの地を治めている。しかし、エルフの森は少し事情が違うらしい。
基本的に街というものはなく、森の中に集落が点在しており、一つ一つの集落に首長がいる。そして、彼らを纏めるのがグラディウス・ドライア・ケルンヌス。母ちゃんの父親であり、俺の祖父にあたる人だ。
エルフの森には、樹齢が百年超えていそうな、大きなオークの木が密集していた。昼だというのに、森の中は薄暗く。定期的に街灯のようなものが設置されている。
だが、しばらく薄暗い道を歩いていると俺たちは開けたところに出た。木の梢が刈り込まれていて、その一帯は明るく。少なくないエルフが生活を営んでいた。
俺は何となく、それまで来ていた道を振り返った。トンネルみたいだ、なんて勝手に考える。
「ほら、ユーダイ。行きますよ」
棒立ちしていると、コルネリアさんが俺を呼んだ。
基本的にエルフは木の洞をさらに広げて、その中に住んでいるらしい。ドアなんかは無く、内装が丸見えになっていて、少し不安になる造りだった。
廷臣団はエルフの注目を浴びながら、一際大きな木の洞に向かう。
やはり、その洞にもドアはなく。コルネリアさんは洞の目の前で大きく声を張り上げた。
「ケルンヌス殿! いらっしゃいませんか?」
「ほう、これはこれは、千剣の姫。コリントを離れてこんな辺鄙な場所に現れようとは、相変わらずのお転婆じゃのう」
洞の奥から現れたのは背筋がピンと伸びた、長躯の老爺。長い髭を生やしているが、やはりエルフなだけあって顔が整っているのがよく分かる。しかし、盟主にも関わらず目や髪は金色では無かった。白髪と、緑の瞳。いかにもエルフという感じだった。
「おや、あなた。誰ぞお客様ですか?」
そう言って老爺に続くエルフを見て、俺は思わず「あっ」という声を上げた。二人のエルフは不思議そうに俺を見つめる。
ケルンヌスさんに声を掛けたエルフは女性で、まるで母ちゃんをそのまま老けさせたみたいによく似ていた。紫色の髪と、瞳。
「マリア殿、ご無沙汰しております」
「おやまあ、コリントのじゃじゃ馬娘。盟主になって、三十年は経とうというのに相変わらず神出鬼没だこと」
三十年。そういえばコルネリアさんって何歳なんだ? 見かけだけだと二十代と言われても信じてしまいそうな程若いけど、母ちゃんを娘扱いするくらいだもんな。五十代前半とかか?
「本来であれば立ち寄る予定では無かったのですが。まずは少し、お時間を頂けますか?」
コルネリアさんはケルンヌスさん達を連れて、森の中へと消えていった。残された俺たちは集落の広場に野営地を敷く。特に許可を取るそぶりは見えなかったけど、エルフがそれを気にする様子もない。
「なあ、ポイカ。エルフって結構人見知りなのか?」
俺は集落を見回して呟いた。母ちゃんは特に人見知りってことはなかった気がする。普通に学校のPTAとかにも出てたし。
「う〜ん。なんて言うか人間と同じだよ。都会に出ていくような人は社交的だけど、地元に残るタイプは保守的っていうか、閉鎖的って言うか。まあ、歓迎してくれるわけではないけど邪険にされるわけでもないし、僕たちはコルネリア様の連れだから寧ろ話しかけたら丁寧に話を聞いてくれると思うよ」
俺は随分とタメ口になれたポイカをまじまじと見つめる。
「どうかした? ユーダイ」
「いやさ、友達っぽくなって来たなって思って」
俺が笑いかけるとポイカは顔を赤くして俯いた。
何で照れてんだ? こいつ。
それから、ラミアも交えてしばらく雑談してると、森の方からコルネリアさんが大声で俺を呼んだ。
俺は母ちゃんの話を聞けるのかと思って、軽い足取りで駆け寄る。
「……それで、こちらが本間 雄大です。ケルンヌス殿、マリア殿」
「あの、初めまして。母ちゃんのお父さんとお母さんっすよね?」
二人のエルフは真顔で俺を見下ろす。お爺ちゃん、お婆ちゃんと呼ぶのはキツかった。
「ふむ。いかにもそうじゃが。儂らはとうに五百年生きていての。子供や孫どころか玄孫までおる。エリアスに対しても然程興味は無かった。そもそも彼女は千剣の姫に献上するために作ったような物」
「そうですね。ユーダイ、と言いましたか。エリアスの事を聞きたいと言うことですが、私たちは余り彼女のことを知らないのよ。それこそ、こちらの筆頭殿の方が詳しいくらいでしょう」
「そう、なんっすか」
二人の回答は俺の期待を外れていて、肩を落とした。
「でも、母ちゃんは、自分の故郷は落ち着くいい場所だって言ってました。ほんの少しでもいいんです。母ちゃんが気に入ってた場所に心当たりがあったら、教えてくれませんか?」
「何故、そんなことを知りたがる?」
「何故って……母ちゃんが死んで、その骨を母ちゃんが一番好きだったところに埋めてやりたいんだ。もし、こっちの世界に相応しい場所がなければ、元の世界の二人で住んでた小屋のそばに埋めようと思ってる。けど、それを確かめる為にも、知りたいんです。教えてください」
俺は二人に頭を下げる。後頭部に視線を感じるが、返事は中々返ってこない。
「仮に、彼女に気に入りの場所があったとしても、それは私たちの生活から逃げるための避難場所のような物でしょう。私たちに知る由はありませんよ」
ようやく返ってきたマリアさんの声は、淡白だった。
「マリア殿、言い様にはお気をつけください」
コルネリアさんは俺の体を起こさせて、厳しく言った。
「……言い様に気を付けたところで、事実は変わらん。知らん物は知らん。……だが、彼女は自分の気に入った玩具を地面に埋めて隠す癖があった。何か埋められた跡があったなら、そこが望みの場所やもしれん」
「ケルンヌスさん。ありがとうございます。探してみます」
俺は目礼をして野営地に戻った。コルネリアさんも付き添ってくれる。
「コルネリアさん。母ちゃんは凄く俺の事を大切に育ててくれたと思うっす。でも多分、それはコルネリアさんのおかげだったんすね」
コルネリアさんが母ちゃんを愛してくれたから、母ちゃんも俺を愛することが出来た。そんな気がする。
「……私は、きっとあなたの言うような人間ではありません。私はかつて自分の代で魔王を倒す事を志し、野心に燃えていた。そして、その為に、悪魔に代償を支払ったのです。かけがえの無い犠牲を。あなたはパースを嫌い、ケルンヌス殿に悪印象を抱いているでしょうが、盟主など皆、似た様な物。目的の為には手段を選ばない。所詮は私も同じ穴のムジナです」
コルネリアさんは吐き捨てる様に言った。俺はどう返したらいいか分からず話題を変える事にした。
「……あの、コルネリアさん。さっきケルンヌスさんが言ってた埋め跡を探したいっす。手伝ってくれますか?」
「ええ、皆にも頼んでみましょう。きっと手を貸してくれます」
今度の俺は固く頷いた。




