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第十八話 ラミアの過去


 外に出ると、空は夕焼けに染まっていた。そこここから湯気がたちのぼっている。


 「あ、ユーダイ様、稽古はお済みになったのですか? ポイカ達がお二人を待っていますよ」


 ラミアがスルスルと俺の体ををよじ登る。短く応じて、ラミアと共に鍋のある場所へ向かった。


 荷物の中から自分用のお椀を取り出す。道中、すれ違った商人に譲ってもらった物だった。今日の料理当番に声をかけるとすぐに料理をよそってくれた。


 「あ、ユーダイ。こ、これから食べる、ますか? そ、その、僕も一緒に、いい……? お、お付きの、騎士として!」


 「ああ、ちょうど探してたんだよ。折角友達になれたんだし、俺も一緒に食べたかったからな」


 俺は未だに敬語が抜けきらないポイカに苦笑して、その場に座った。今日の夕食は肉をしっかり煮込んだシチューだった。一口啜って、いつものようにラミアに具を食べさせる。


 「うふふ、何度見ても可愛いなあ、食べてるラミアは、」


 「ゆ、ユーダイってラミアさん相手だと性格変わるよね」


 「え、そうか?」


 俺は思いがけない事を言われて、ポイカの顔を見返した。


 「うん。僕に対しては結構サバサバしてるのに、ラミアさんには過保護っていうか。ユーダイと喋ってる時のコルネリア様みたいだもの」


 俺は少し離れたところで廷臣と話しながら食事をしているコルネリアさんを遠巻きに眺めた。真剣な話をしているんだろう、その横顔はキリリと引き締まっている。


 「まあ、いいじゃねえか。こっちに来てから丁寧語ばっかり喋ってるから、俺も大人になったって事なんだろ」


 「いや、ちょっと、というより全然違うと思うけど」


 ポイカの声を半ば無視して、俺は次々にラミアにご飯を食べさせた。


 はー、本当に可愛い。


 「コラ! ユーダイ、そんなに食べさせたらラミアさんが体を壊してしまいますよ!」


 「え?」


 いつの間にか背後に立っていたコルネリアさんが俺の手からお椀を取り上げた。言われてラミアを見てみると、確かに少し苦しそうだった。


 「ラミア、もしかしてありがた迷惑だったのか?」


 「う、うう、お、お気持ちは、嬉しいのですが、少々苦しいですかね」


 「全く、ラミアさんは貴方が喜んでいれば多少の事は我慢してしまう子でしょう? そんな事にも気づけないなら、今度からラミアさんのお世話は私がします」


 「そ、そんなあ」


 俺はラミアを手で掬い上げて、赤い瞳を見つめる。


 「こ、今度からはちゃんとラミアの様子にも気をつけるから、それだけは勘弁してくれよお」


 「しょうがない子ですね。次はありませんよ? ハッ、ねえ、今のやり取り何だか親子っぽくありませんでした?」


 「そうっすか?」


 コルネリアさんは突然はしゃぎだしてそう尋ねてきた。俺は曖昧に返事する。


 「むう。ねえ、ポイカさん。ポイカさんは今のやり取り親子っぽいと思いませんでした?」


 コルネリアさんは自分のお椀を洗いに行こうとして立ち上がったポイカの肩をガシッと掴んだ。


 「ヒェ? そうでも、無いような……?」


 ポイカも答えを濁す。


 「……昇給」


 すると、コルネリアさんはボソッと囁いた。ポイカの目の色が分かりやすく変わる。


 「は、はい! 親子っぽかったであります! それはもう、そこはかとなく!!」


 「ですよね! そうですよね! やった。え〜と、親子っぽい会話をする。達成、と」


 こ、この女。堂々と職権を私物化しやがった。しかも、なんかTo Doリストみたいなの作ってるし。というか、金で流されるなよポイカ……。


 「さてと、そろそろ暗くなってきましたね。ユーダイ、今日こそは私の天幕で……」


 「結構です」


 「じゃあ、おやすみの……」


 「結構です」


 俺は胡乱げに目を細めて、コルネリアさんの提案を切って捨てた。


 「むむう、一進一退ですね」


 難しい顔でリストを見つめるコルネリアさんを後に置いて、俺は自分の天幕に戻った。まだ少し苦しそうにしているラミアをそっと横たえて、自分も横になる。


 「ラミア、今日はごめんな」


 「いいえ、ユーダイ様の為なら、この程度の苦しみ、なんでもありません」


 「……なあ、お前の知ってる本間 雄大は何をしたんだ? どうしてそこまで慕う?」


 俺は出会ってからずっと気になっていたところを聞いてみた。何となく尋ねる機会が無かったせいで、聞きづらくなっていたんだ。


 ラミアは苦しいからか、それとも気が進まないのか、ポツリポツリと語り始める。


 「……私は、暗黒の血脈の傍系の生まれだったのですが、知っての通り、魔術の才能はなく幻術が少し得意な程度でした。そのせいで父の不興を買い、元服すると有無を言わさず殺技練に送られたのです。そこでの生活はまさに生き地獄でした」


 「地獄……」


 「ええ、私の事を覚えていらっしゃらないのは少し寂しいですが、殺技練での記憶が無いのはユーダイ様にとって、いい事なのでしょう」


 俺はラミアの口ぶりから殺技練がどんな場所なのかを察した。それは地獄なんていうありきたりな表現より、はるかに説得力を持ってその場所の酷さを教えてくれる。


 「殺技練は、非術者でも術者を殺せるよう、技術を磨き発展させるための養成所です。畢竟(ひっきょう)、そこでの訓練とは非術者と術者による殺し合いでした。毎日、教員の決めた相手と戦わされ、どちらかが死ななければ訓練場から出ることも出来ず。仮に両者が結託して、戦いを免れたとしても結局は訓練場で飢えて死んでしまう」


 食べ過ぎで苦しみながらそんな話をしたせいか、ラミアは自嘲気味に笑って話を続けた。


 「私はそこで、幻術を使い。殺されたフリをしたり、他者の姿を借りることで何とか生き延びていました。しかし、ある時、グラジオ様が視察に訪れ私の幻術を見破り、教員を謀(たばか)った罰として貴方様と戦わされる事になりました」


 「俺と……?」


 「ええ、その時のユーダイ様の強さと言ったら、血塗れの二つ名が付くのも納得という程で。まるで鬼神のようでした。私はあっさりユーダイ様の術に拘束され死を覚悟したのです。けれど、貴方様は私を侍従にすると言った。そして、私をあの地獄から救い出してくださったのですよ。血と腐臭で麻痺した嗅覚を、草の青い香りが洗い流してくれた時、貴方様は私にこう仰られました」


 ——どこへ行きたい? 魔界が嫌なら人間の国で暮らせるようにしてやる。


 ラミアは体を伸ばして、苦しそうにため息をつく。


 「少々、話し過ぎてしまいましたね。コルネリア様に口止めされていたというのに、やはり私は出来損ないの、侍従の、ようです……」


 ラミアはそう言うと、静かに寝息を立て始めた。


 ラミアの言う口止めとは殺技練のことだけじゃない。きっと、ラミアの知る本間 雄大を俺に喋るなって言われてたんだろう。目を閉じて、意識を頭の内側に向けてみる。だが、どうしてもラミアの言ったような記憶は見当たらない。


 俺は日本で生まれ、日本で育った。グラディウス・ドライア・エリアスと本間 和大の息子。その筈だ。自分にそう言い聞かせる。


 思い悩んでいると、まんじりとも出来ず、俺は気分転換の為に天幕を出て夜風にあたる事にした。見張りの人と少し話して野営地を彷徨く。すると、コルネリアさんの天幕からヒソヒソ声が聞こえて来た。


 「こ、コルネリア様? こんな時間に、お呼び出しと言うのはどんな御用でしょうか?」


 相手はポイカのようだ。ついさっき叩き起こされたのか、少し呂律が怪しい。


 「ええ、実はどうしても聞きたいことがあったのですよ。と言うのも、私、密かにユーダイの事をユーちゃんとか呼んでみたいのですが、もし当人が嫌な思いをするようなら控えた方がいいかと思いまして。そこで同年代のポイカさんにお尋ねしたいのですが、もし自分が母親にそんな風に呼ばれたら、どう思いますか? 嬉しいですか? それとも、嬉しいですか?」


 「えっと、そうですね。自分で墓穴を掘って、棺を用意してから死にたくなる。と思います」


 「それは……嬉しさ余って、的な?」


 「いえ、普通に、恥ずかし過ぎて」


 どうやら俺はポイカにお礼をしなければいけないようだ。金塊がどこで手に入るか聞いておかないと。


 「そ、そうですか。でも、個人差はありますよ、ね?」


 「はい。僕はまだマシな方だと思います」


 この後に及んで食い下がるコルネリアさんにポイカがトドメをさす。


 残念そうにすすり泣くコルネリアさんと慌てるポイカを残して、俺は自分の天幕にとって返した。間抜けな会話を聞いたおかげで、いい具合に肩の力が抜けた。ラミアを起こさないようにそっと布団を被って目を瞑る。


 その後、俺はグラジオにユーちゃんと呼ばれる夢を見て、大いに苦しむのだった。


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