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第十五話 血脈の矜持


 「それで、これからどこへ向かうんすか?」


 「そうですね。そうだ! 折角ですしエリアスの故郷を見ていきませんか? ここから結構近いんですよ」


 「母ちゃんの? 行きたいっす!」


 コルネリアさんは手をパンと叩いて、そう提案した。


 今、廷臣団は俺とコルネリアさんを取り囲んで、街道を直進している。俺が馬車は無いのかと尋ねると「私は座っているより、自分で歩く方が好きなのです」とコルネリアさんは言っていた。


 「にしても、転移術で飛ぶのはダメなんすか? そっちの方が早いし楽なのに」


 「まあ、そうなのですが。そもそもこちらの世界では転移術は軽々には使われないのです。特に私たち盟主の間には、他者の領地に転移してはいけないという、不文律がありましてね。ユーダイも余程のことがない限りは気をつけてください」


 「了解っす」


 俺は頷きながら、母ちゃんの故郷がどんな所だろうと考えた。文明は遅れているけど、地力が溢れた落ち着く場所と言っていたな。


 「あの、そういえばコルネリアさんは母ちゃんの昔のこともよく知ってるんすよね?」


 「え、ええ。まあ、そうですね。何か聞きたいのですか?」


 俺はコクコクと頷く。


 「ふふ、そうですね。エリアスは黄金の盟主が三位。グラディウス・ドライア・ケルンヌス殿の御息女で、彼女は人質という形で私の住むコリントにやってきました」


 「人質?」


 「これも不文律で二位以下の盟主は一位の盟主の領地に社会勉強と称して、子供を送るのです。しかし、実際にはそれは服従を示すためのもの。我々は同じ剣神様を戴く同志ですが、序列を軽んじてはならない、という古くからの習わしですね。まあ、今となっては形だけのもの、と、私は思っていますが……」


 コルネリアさんは含みを持たせて言葉を締めた。

 すると街道の向こうから商隊らしき一団が現れた。彼らは俺たちの姿に気づくなり、馬車を街道からどかして道沿いに一列に並び、跪く。


 彼らは姿が見えなくなるまで、ずっとその体勢でいた。


 「あれも、形式っすか?」


 「ええ。とはいえ、蔑ろにしてはいけませんよ。先日も言いましたが、我ら黄金の血脈は弱者を救済することでもって誇りとする。その信条は表裏一体なのです」


 俺はコルネリアさんが何を言いたいのか分からず首を傾げた。


 「誇りのために弱者を救済する事。そして、弱者を救済するために誇りを擲ってはならないという事。それらは同義であり、両立されなければならない、ということです」


 「つまり誇りが最優先って事っすか?」


 「いいえ。弱者を見捨てる事も、誇りを擲つ事になりますから、簡単に見捨てたりはしません。あくまでも難事と向き合うこと。それをして、我らは黄金の血脈を名乗ることが出来ます。だから、民から向けられる尊敬の念を蔑ろにしてはなりません。あくまで上位者として振る舞いなさい。黄金の血脈に連なるものとして」


 俺は今も尚、コルネリアさんという人を掴み損ねていた。何でも無い時はとても優しいし、ラミアのことですら魔族としてではなく一個人として見てくれる。けど、時折、厳格さが見える。日本生まれの俺には異常とも思えるような階級意識も。けど、この世界ではその二つは矛盾しないんだ。俺も慣れていかないと。郷に入っては、郷に従え、だ。


 「さて、エリアスの話に戻りますが。彼女は私にとても懐いてくれていました。ケルンヌス殿や奥方殿は、長命で既に五百歳を超えていらっしゃるから、娘に対して然程興味も持たれなかったのでしょう。彼女は親の愛に飢えていたのです。そして、彼女はやがて、後宮で共に暮らす一人の少年に惹かれていった。そう、あれはとても微笑ましい光景でした」


 「少年?」


 俺が聞き返すと、コルネリアさんはフッと微笑み返した。


 「あ、あの。お話に割り込んで申し訳ありません。私もユーダイ様のお母様がどんな方か気になります」


 すると、ラミアが俺の胸ポケットからひょっこりと顔を覗かせた。


 「おやおや、では、ラミアさん。目を瞑ってください。幻術でエリアスを実際に見せて差し上げましょう」


 コルネリアさんはラミアの額に指を触れ、「”踊れ・幻影”」と唱える。


 「わあ、これがエリアス様。ふふ、ユーダイ様もいらっしゃいますね。しかし、これは、どうしたことでしょうか。お二方とも……」


 「はい、ここまでです」


 「なんだ、ラミア。今、何を言いかけたんだよ?」


 俺が尋ねると、ラミアはチラッとコルネリアさんの方を一瞥して、思い出したようにあくびの真似をし、胸ポケットの中にすごすごと戻っていく。ポケットの中を覗くが、ラミアはとっくにトグロを巻いて寝息を立てていた。


 なんだか突然気まずい雰囲気になってしまい、母ちゃんのことについてはそれ以上聞けなかった。俺たちはしばらく重い沈黙の中を歩いていたが、日が暮れ始めると廷臣団の先頭を率いていた男が突然に足を止める。


 「筆頭様。本日はここで野営を敷こうかと存じます」


 「ええ、分かりました。……ところで、今日の夕食は私が作りたいのです。準備をしていただけますか?」


 「かしこまりました」


 コルネリアさんが廷臣団の団長らしき男と二言、三言、言葉を交わした。その後、彼らは手慣れた動きで野営地を作っていった。


 「これって、俺は手を貸さない方がいいんすか?」


 俺が出し抜けに尋ねると、コルネリアさんは頷く。


 「ええ、分かってきましたね。彼らも少なからず私たちのことを慕ってくれています。それを蔑ろにしてはなりません。民が欲しているのは、理解者ではなく。絶対的な支配者であり、守護者なのですから」


 「それで、夕食を作るって言ってたっすけど。何を作るんですか?」


 「ふふふ、和大様直伝のニクジャガという奴ですよ。ユーダイもそろそろ故郷の味が恋しいでしょう? 私が作って差し上げます」


 若干、自信過剰に笑うコルネリアさんを見て、俺は一抹の不安に駆られながら野営が組み上げられていくのを眺めた。


 「さて、そろそろ、食材の下拵えを始めましょうかね。ユーダイも野菜の皮を剥くのを手伝ってください」


 「はあ、いいっすけど。このジャガイモっぽいのは何っすか?」


 「これですか? これはオミと言います」


 俺はオミの皮をナイフで剥いていく。


 「あら、ユーダイもなかなか上手いですね。流石は剣聖の息子です」


 「それ、言われてもあんまり嬉しく無いっす」


 俺が苦虫を噛み潰したような顔で言い返すと、コルネリアさんは「あはは」と笑った。


 「それで、こっちの人参っぽい奴は何すか?」


 「それはノートラックですね。そして、こっちがアンノラクサ、こっちがピナートと言います」


 コルネリアさんは次々にネギっぽい奴と、カブっぽい奴を指差してそう教えてくれた。


 野菜の皮を全て剥き終えると、まずコルネリアさんはノートラック、アンノラクサ、ピナートを四分の一ほどみじん切りにして、油で炒めた。それらがしんなりしてくると、炒めた物を深鍋に移し、酒と水を加えて、切り分けた残りの野菜を入れて煮込む。

 続いて、野菜に火が入ると、平鍋で焼き目を付けた肉を加えて小瓶から黒い液体を垂らした。


 「コルネリアさん、それは?」


 「ニホンというところでは、ニクジャガにはショウユというものを入れるそうですが、残念ながらこちらにそれに準じるものはありません。そこで、和大様が作られたのがこのギョショウというものです。これもニホンにあった物だそうですね」


 「魚醤っすか。確かに食べたことはないっすけど、聞いたことはあるっす」


 俺は鍋から立ち上る湯気に鼻を寄せてみた。確かに、日本……というかアジアっぽい匂いがする。あと、大分豚骨ラーメンみたいな匂いがする。


 そして最後に茶色いザラメのようなものを鍋にザーッと入れて、しばらく煮込む。汁気が飛ぶ度にコルネリアさんはこまめに味見して、四度目の味見で彼女は満足げに頷いた。


 「出来ましたよ。さ、食べましょう」


 廷臣団のみんなが自分のお椀を持って、鍋から料理を掬い取り、思い思いの場所でそれを食べる。俺はコルネリアさんにお椀を借りて、そこによそった。しかし、そのせいでコルネリアさんは鍋から直接食べることになってしまった。


 早く自分のお椀を調達しないと。金髪金眼の美女が、色々諦めた独身男性みたいな食べ方をする所を眺めるのは、気分の良いものではない。


 俺は少し悲しい気持ちになりながら、ジャガイモっぽい奴、オミを口に入れた。


 「……美味い」


 「ふふ、それは良かったです」


 俺が呟くと、コルネリアさんが嬉しそうに目を弓形に曲げた。


 ちょっとクセはあるけど、確かに美味い。けど、これは。肉じゃがでは、無いのでは……? 俺は少し焦ってみんなを見回した。しかし、誰もがそれを美味しいと言って食べている。

 そうだ。これはニクジャガなのであって、肉じゃがでは無いんだ。俺は一つ息を吐いて、余計な事は言わないことにした。


 「クンクン、何やら良い匂いが」


 俺が半分ほどニクジャガを食べ進めると、ラミアが再び胸ポケットから顔を出した。


 っていうか蛇って嗅覚あるのか?


 「おはよう、ラミア。お前も食べるか? これ」


 「え、良いのですか?」


 そう言いながら俺の体を伝ってラミアが出てきた。俺は肉を一つ摘んでラミアの口に近づける。すると蛇は狙いを定めるように肉を凝視し、パクッと噛みついた。……俺の指に。


 「も、ももももも、申し訳ございません。この食べ方不慣れなもので……」


 「……可愛い」


 「え?」


 いきなり飛び出して食いつくのもそうだが、蛇の仕草の一つ一つが俺にはとても可愛く思えた。


 「ラミア、良いんだよ? ゆっくり食べてごらん」


 知れず、俺の声は猫撫で声に、口調も甘くなっていく。


 少し怯えた様子のラミアが再度肉を凝視して今度はちゃんと食らいついた。そして、顔を膨らませてそれを飲み込んでいく。


 「どうだい、ラミア? 美味しいかい?」


 「は、はひ。お、いしいです。ユーダイ様。あの、ユーダイ様? 未だかつて無いほどにお優しい気がするのですが、気のせいでしょうか?」


 「いや、ラミアがこんなに可愛いなんて知らなかったからさ。ほら、もう一つお食べよ」


 「そう言っていただけるのは嬉しいのですが。本来の姿の時に言って貰いたかった……。複雑です」


 ラミアはそう愚痴りながらも二つ目の肉に噛みついた。やっぱり、可愛い。


 その後、俺たちは食事を終えて数人の見張りを立てながら眠ることになった。と言っても、やはり、俺やコルネリアさんが見張りに立つ事はないみたいだ。


 「さて、それではユーダイ。一緒に寝ましょうか」


 「え、いやっす」


 「うぐっ……では、せめておやすみのチューを」


 「どこが、せめて、なんっすか!? 母ちゃんですら、一年前からしなくなったってのに……」


 俺ももう十五歳だ。一端の男として譲れないものがある。


 「そう、ですか。分かりました。それじゃあおやすみなさい」


 「おやすみなさいっす」


 コルネリアさんは露骨に肩を落として自分の天幕に戻っていく。


 俺は胸ポケットからラミアを出し、床につく。


 「ラミアもおやすみ」


 「はい! ゆっくりおやすみください。ラミアはお昼にたくさん寝ましたから。今度こそ、ユーダイ様の警護を務めて見せます!」


 蛇はまるで敬礼するようにピンと体を伸ばして、宣言した。


 寝心地はパースの館の客室のベッドより格段に悪いが、それでも、俺にはこっちの方が数段心休まる寝床だった。知らず知らずに気疲れがたまっていたのか、意識は五分と持たずに暗転した。


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