第十四話 手合わせ
「いいですか。試合時間は三分です。それまでにどちらかが、どちらかの守りを崩した方の勝ち。詠唱の改変は無し。ただし、汎用呪文の省略は認めます」
改変。この前コルネリアさんがラミアに向かって使った詠唱のことを言っているんだろうか。いや、少なくとも今の俺には関係ない。考えるのはよそう。俺は思考を切り替え、目の前のポイカを見つめた。右手に付けたバックラーのベルトを確認しているようだ。
おおかた、あの盾で魔術を防ぐつもりなんだろうが、少年の守りを崩すことは、そう難しいことには思えなかった。
「それでは、始め!」
「へひっ!?」
コルネリアさんの号令に驚いて、ポイカが悲鳴をあげた。俺はその隙を見逃さずに仕掛ける。
「”天蓋の影・来新を追い・尖槍に倣え”」
風の弾丸はイメージした軌跡を駆け抜けた。その一撃で勝負が決まったと思った俺は、口の端を吊り上げる。
「わ、”窖・羅衣・尖槍”」
しかし、早口で唱えられた呪文が土塊の槍を具現化し、風を受け止める。威力は俺の術が勝ったが決定打には至らない。
「”窖の最奥・羅衣を纏いし乙女・尖槍に倣え”」
「ひゃ! ”果実・来迎・変貌”」
次に土の槍を放った。しかし、ポイカの術が空気中の水分を掻き集めて土槍を真上から叩き落とす。
なんだ、この戦い方は……!
「”果実・来迎・澱み”」
俺はポイカが生み出した水を操り、少年の動きを封じようとした。しかし——、
「”天蓋・来新・澱み払え”」
風が吹き抜けて集まった水を振り払い、俺とポイカの間合いに霧が立ち込める。
「”窖・羅衣・変貌”」
ついに俺はポイカに先手を許してしまった。左足が急にガクリと沈み込む。地面を流砂に変えられたらしい。
俺は慌てて足を引き抜き、ポイカの気配を探る。
「”天蓋の影・来新を追い・尖槍に倣え”」
続けてポイカの詠唱が霧の向こうから聞こえた。俺は声がした方向を割り出し、身を転がして射線から飛び出る。
くそ。急にポイカの動きが良くなった。このままじゃ負ける。
「”洛陽の……」
負けたくない。俺のそんな気持ちが思いがけない詠唱を口走らせた。が、
「そこまで!」
コツンと杖が石を叩く音がした。それと同時に立ち込めていた霧が消え去る。
コルネリアさんは見たことない厳しい表情で俺を見つめた。
「……!」
「……ひゃ、ひゃい!!」
ポイカは元の調子に戻って、オロオロと俺とコルネリアさんを見比べる。その一方で、俺はその場に膝を突き、立つことが出来なかった。
母ちゃんと約束したのに、忤法は大切な時にしか使わないって。なのに、俺は試合で勝つ為なんかに忤法を使おうとした。それがショックだった。
「ユーダイ、こちらへ来なさい」
厳然とした女の声は、グラジオと対峙した時よりさらに底冷えして聞こえた。
廷臣団から離れ、館の裏手で俺とコルネリアさんは向かい合う。
「ユーダイ、少しじっとしていて」
コルネリアさんは俺の頬を両手で挟み込み、じっと目を凝らした。
「ユーダイ、これまでに忤法を使ったことがありますか?」
「え、はい。二回だけ」
「そう。その様子だと。エリアスからは教えられていないようですね。ユーダイ、忤法とはどんなものです?」
「えっと、魔族が得意としていて、自然の摂理に忤る術。だから、人間やエルフが使っちゃいけないとされてるって感じっすか?」
俺の言葉を聞いて、コルネリアさんは口元に手を当てた。
「微妙に違っていますね。前半はその通りですが、後半が少し違います。確かに、人間やエルフの間で忤法は忌み嫌われていますが。使ってはいけないなどという慣習はありません。そもそも、我々には忤法を使うことはできないのです。剣神由来の魔力と、魔王由来の魔力は性質が違うのですよ」
「え、でも、俺確かに……」
「ええ、疑ってはいませんよ。現に、少しですが魔王由来の魔力があなたの中に混じっているのを感じました。……ラミアさん、あなたなら何か知りませんか?」
すると、コルネリアさんの胸元からラミアが顔を出した。
「いいえ。私にも分かりません。少なくともこの街で再会するより以前のユーダイ様は忤法をお使いにはなられませんでした。しかし、かつて私とユーダイ様が籍を置いていた殺技練という養成所では様々な研究が行われていました。或いは……」
「くっ! また、暗黒の血脈の仕業ですか! どこまでも……。とにかく、ユーダイ、忤法を人前で使ってはなりません。あらぬ疑いをかけられてしまいます。冷静に対処すれば順法だけでも身を守ることは出来ますから。それと、ラミアさん。その殺技練という場所についての話はもうしないでください。推し量るに、あなたにとっても思い出したい記憶ではないのでしょう?」
「……かしこまりました」
俺はコルネリアさんとラミアのやり取りをぼんやりと眺めていた。この二人は一体誰のことを話してるんだろう。俺にはどうしてもそんな感覚しか湧いてこない。
それとも本当にいるんだろうか、俺とは別の本間 雄大が。
その後、何食わぬ顔で俺とコルネリアさんは廷臣団のところへ戻り、荒れた前庭は特に直さずに旅に出た。何の仕返しもしないまま、ここを離れるのは釈然としないと思っていたが、立ち去り際のパースの忌々しそうな表情を見て俺は溜飲を下す事ができた。




