第十三話 本間 和大
「ユーダイ、入ってもいいですか?」
「あ、はい。どうぞコルネリアさん」
昼食を終えて、ぼんやりしていると客室にコルネリアさんが訪ねて来た。
「早速ですが、和大様のことについてお話ししましょうか。単刀直入に申し上げて、彼の現在の居場所は私にも分かりません」
「そっすか」
「但し、最終的な行き先は知っています。そこは貝鱗導地と呼ばれる龍脈が密集した聖地」
俺とコルネリアさんはベッドの縁に並んで座る。ラミアには、胸ポケットに入ってもらった。
「それはまた、何の為に?」
「魔王の魂を供養する為です」
「魔王。親父が倒したっていう……」
コルネリアさんはコクリと頷いた。
「およそ、二十一年前。私たちは魔王を倒し千年続いた戦いに終止符を打ちました。魔王を倒せば、新たな魔族は生まれず。いずれ滅びる。しかし、すぐに消滅するというわけでもありません。中には長命の魔族もいますからね。そして魔王軍の残党は魔王の魂を奪還する為に和大様を狙うようになりました。彼は戦いの余波で市民を巻き込まぬよう、残党を狩りながら四つの聖地を巡る旅の途上にいるのです」
「でも、魂なんて取り返してどうするんすか?」
「尋龍術の一つに、転生の秘術というものがあります。それは読んで字の如く、一度死んだ命を産み直す為の術。暗黒の血脈は、この術を魔王に使おうとしているのでしょうね。必要なのは術を掛ける術者と、被術者の魂、それから母体。現状、残党達は術者と母体を揃えています。残すは和大様の持つ魔王の魂のみ。これを奪われる事だけは何としても阻止しなければなりません」
俺は何とかコルネリアさんの言葉を飲み込もうとして上を向いた。
「ゆ、ユーダイ? ついて来れていますか?」
「あ、はい。寝起きだったら無理だったかもしれないっすけど、今の所は何とか」
「そう。……現状、我らが打ち倒した暗黒の盟主は四位以下の五名。三位以上は健在です」
それを聞いて、俺の胸ポケットからラミアがチラリと顔を出した。
「その、グラジオ様は暗黒の盟主、三位でいらっしゃいました」
「ええ、しかし、昨夜私が倒したあれは、分身でしょう。所詮は三位ですが、それにしても手応えがなさすぎました」
「あれで、分身。暗黒の盟主ってのは、そんなに手強い奴らなんですか?」
俺はラミアの頭を撫でながら訊いた。
「ええ、まあ、一般の騎士達にしてみれば脅威でしょう。しかし、黄金の血脈は現状誰一人として盟主を欠いていません。その上、和大様もいらっしゃいますから、残党狩りは時間の問題です。……ああ、すみません。ラミアさんには余り良い知らせではありませんよね」
コルネリアさんはラミアに顔を近づけて目礼する。しかし、ラミアは気にした素振りもなく頭を振った。
「私は同族のことはどうでもいいです。寧ろ、余りいい思い出がありませんから。……アッ! そんなことよりも、コルネリア様。ユーダイ様の術封じの印を解いてくださいませんか?」
「ああ、そういえば忘れてた」
「な、術封じの印……? 一体誰にそんな酷い事をされたのです」
俺が右手首を見せると、コルネリアさんは今にも泣き出しそうなほど表情を強張らせた。
「パースっす。初めて会った時に書かれて、書かれた時はそんな印があることも知らなかったもんだから見逃しちゃったんすけどね」
「……本当に申し訳ありません。さぞ恐ろしかったでしょう。異界でただ一人、術すら使えずに閉じ込められて」
コルネリアさんは俺の右手首をスッとなぞった。ただそれだけの仕草で五芒星はフワリと空中に浮かび上がって消え去る。特に体の感じが変わるということは無いが、これでまた一つ安心できた。
「確かに、かなり追い詰められました。けど、幸い俺は一人じゃなかったから」
「そう、ですね。ラミアさん、ありがとう」
「えへへ」
コルネリアさんがラミアの頭を撫でると、蛇は嬉しそうに身を捩った。
「それで、貴方にこれを聞かせるのは大変心苦しいのですが、今回の一件でパースを咎めることは出来ません」
「まあ、何となくそんな気はしてたっす」
俺がこうしてコルネリアさんと会い、パースの目論見は外れたはずなのに、館にはいつも通りの時間が流れてるんだ。嫌でも察する。
「黄金の盟主達が、皆戦いの才能に恵まれている中で、パースだけは統治の才能に恵まれたようでして。彼の所有する軍団は盟主達の中でも最大規模なのです。加えてどの街よりもシュミッツェルは活気に溢れていて、彼の所業はともかく、市民からの人気は絶大です。それ故、末席でありながら、彼は私に次ぐ発言力を有している」
「確か、コルネリアさんも目の敵にされてるんすよね?」
「ええ、人の事を言えた義理ではありませんが、彼もまた優秀故の野心を滾らせているのでしょう。上手く覆い隠してはいますが」
コルネリアさんはそれまでの柔和な表情を崩して、冷徹に目を細めた。
「民の事を思えば。ああいう人間こそ、王に相応しいのかも知れません……とは言え、今度の事は個人的には許せない。ユーダイ。あなたも私と共にこの街を出ましょう。そうすれば守ってあげられるから」
俺は少し考えた。いや、本来なら考えるまでもない。この人は俺のピンチを助けてくれたし、ラミアのことも尊重してくれる。でも、少し違和感があった。
「あの、尋龍術には探知の術もありますよね。それに、パースはコルネリアさんに会えば親父の居場所を教えてくれるって言ってました。コルネリアさんは、本当に親父の居場所を知らないんすか?」
俺が尋ねると、コルネリアさんは深い、本当に深いため息を吐いた。
「あ、あの。疑ってるわけじゃなくて……」
「ああ、いえ。今のは、あなたに対してじゃありません。ただ、そう。和大様は余りにもその、奔放というか無軌道でいらっしゃるから。そもそも探知術は龍脈上の人物や物体しか察知できません。本来、聖地を目指すのであれば龍脈を辿るのが最短の道のはずなのですが、和大様は近くに美女の噂があると、それに引き寄せられてしまうようでして。そんな事を繰り返すうちに、毎度姿を見失ってしまうのですよ」
俺は開いた口が塞がらなかった。もちろん、自分の親父がクズ過ぎることにも驚いたが、コルネリアさんがそれを受け入れている事も意外だった。
「よく、そんなクズを様付けで呼びますね」
「ええ。そうは言っても彼は我らの悲願だった魔王討伐を成し遂げ、この世界に平和を齎そうとしているのですから敬意を欠いてはなりませんよ。妻としては愛想が尽き果てていたとしても」
愛想が尽き果てた、か。そんな言葉が出るってことは本当に昔は親父のことが好きだったのかな……。
うん? っていうか、コルネリアさんは母ちゃんのことを娘みたいに思ってるって言ってたけど……。い、いや、もう考えないようにしよう。マジで吐きそうだ。
「さて、それでは今日の所は、そろそろお暇しましょうか。明後日には出立する予定なので準備を済ませていてください」
俺とラミアは一斉に頷いた。それを見たコルネリアさんは「あらあら」と微笑んで客室を去っていく。
二日後。俺は荷物を纏めて、コルネリアさんとの約束通りパースの館の前庭に立っていた。
館に出入りする人の波を眺めて棒立ちしていると、観音扉が大きく開きコルネリアさんが出てきた。背後にはドレスに身を纏った女や、衛兵より良い生地を使った制服に身を包んだ男が侍っている。
「あら、ユーダイ。待ちましたか? こちらは私の廷臣です。旅の間、私の身の回りのお世話と護衛をしてくれています。あなたの事もお願いしようと思うので挨拶をしてくれますか?」
「あ、はいっす。えっと、本間 雄大って言います。よろしくお願いします」
俺が名乗ると、廷臣団の人達は一斉にざわめいた。中には目を潤ませている人までいる。なんか、ラミアと初めて会った時のことを思い出すな。
「そうそう。廷臣団にはあなたと同年代の者もいるのですよ。ポイカさん。こちらへ」
「は、ははは、はい!! ありがとうございます!」
「はあ、また緊張していますね。折角優秀なのに、上がり症が玉に瑕ですね」
「す、すすすす、すみません!」
コルネリアさんに話しかけられる度に、その少年は声を上擦らせて叫んだ。首を絞められたガチョウの、断末魔のような悲鳴に、俺はつい耳を塞ぐ。
「えっと、よろしく。ポイカって呼んでもいいか?」
「はい! ここここ、光栄です! ユーダイ様!」
「いや、俺のことも呼び捨てでいいから」
「はい! ゆゆゆ、ユーダイィッ!!」
なんだコイツ。
「こほん、こう見えても彼は魔術学校を主席で卒業した秀才なのですよ。一般の使い手の中では、上の中といったところでしょうか。恐らく今の貴方では、まず勝てません」
俺はそれを聞いてムッと唇を尖らせた。
「確かに、まんまと術封じの印で死にかけましたけど、流石にこんな奴よりは、俺の方が強いっすよ」
「おやおや、慢心はいけませんよ。どれ、少し試してみますか?」
「試す?」
そばでモジモジしている少年を流し見て、俺は眉を寄せた。
「ええ、試合という奴ですよ。ユーダイは魔術の撃ち合いをした経験はありますか?」
俺は自分の記憶をさらうまでもなく首を横に振った。
母ちゃんには術の使い方を教えてもらったけど、戦いを習ったわけじゃない。せいぜい友達と喧嘩したことがあるくらいだ。
「ならば、いい経験になるでしょう。パースさん。前庭のハズレを借りますよ。まさか否やはないでしょう?」
コルネリアさんは廷臣団の端っこで、腰を低くするパースに向かって不敵に微笑んだ。痩せぎすの男はヘラヘラと頷くが、その目はまるで笑っていない。
その後、人払いが行われて俺とポイカは廷臣団とコルネリアさんの人垣に取り囲まれ、向かい合った。
胸ポケットに入っていたラミアは危険なのでコルネリアさんに預かってもらっている。
「いいですか。試合時間は三分です。それまでに相手の守りを崩した方の勝ち。詠唱の改変は無し。ただし、汎用呪文の省略は認めます」
改変。この前コルネリアさんがラミアに向かって使った詠唱のことを言っているんだろうか。いや、少なくとも今の俺には関係ない。考えるのはよそう。
俺は思考を切り替え、目の前のポイカを見つめた。右手に付けたバックラーのベルトを確認しているようだ。
おおかた、あの盾で魔術を防ぐつもりなんだろうが、少年の守りを崩すことは、そう難しいことには思えなかった。
「それでは、始め!」




