第9章 未来には支援者がいる
夜教室の外では、「嫌」だけで会話が終わらない。
後天術師が校外で事故を起こした月曜、学院通知が出た。
《安全確保のため、後天術師は当面、指定通用門を利用してください》
守るために分ける。分ければ、誰が後天術師かは前よりよく見える。梓は二日学校へ来なかった。夜教室には来た。
一日目の夜。梓はカレーを食べながら、昼の欠席連絡へ署名した。理由欄。《体調》。
「門のこと書かないの?」
「書いたら、安全措置への不適応になるかもしれない」
「ならないかも」
「かも、で記録残すの嫌」
二日目。端末の《心身状態》を、梓は迷わず《良好》へ入れた。
「良好?」
「不安にすると面談。面談すると『後天術師の適応問題』って記録が増える」
「相談したい時は」
「相談したい相手にする」
学校の質問が間違っているわけではない。答える費用が人によって違う。
三日目、梓は夜教室の仲間と正門へ来た。守衛が言う。
「指定通用門を推奨しています」
「義務ですか」
「推奨です」
「じゃあ正門」
通った。私は少し離れてついていった。助ける距離まで本人より先に決めないために。
教室では、空気が少し変わった。誰かが「特別扱い」と言う。別の誰かが「安全のためでしょ」と返す。どちらも梓へ直接は言わない。梓だけが聞いている。
昼、結が「帰り一緒に行く?」と聞いた。
梓は考えて、「今日は一人」と言った。
結は「了解」とだけ返した。先回りしなかった。私はそれを見ていた。
四日目、冗談が増えた。机を通用門側へ寄せる。杖を見て「安全確認」と笑う。術式を噛めば《後付け更新失敗》。一つずつなら、先生が注意して終わる程度。
私は二度立ち上がり、二度梓に座らされた。
「私の事件を、境野さんの勝ち筋にしないで」
その言い方が痛かった。正しかった。
放課後、律が言った。
「個別事象としては、重大案件認定基準に達していません」
梓が見る。
「それ、安心するために言ってる?」
律は答えなかった。第三巻だけ閉じた。
金曜、男子が梓の杖へ勝手に触れた。
「安全確認」
梓が手を払いのける。椅子が倒れる。男子が大げさに転ぶ。周囲が一斉に声を出す。
誰かの端末が、そこだけ十秒録画していた。
映っているのは、手を払う梓。倒れた椅子。怒鳴り声。
映っていないのは、その前の十日だった。
その夜、動画には題がついた。
《後付け魔術師、またキレる》
共有数は、梓が月曜から何回《良好》を押したかより速く増えた。
✦
青区の夜は明るすぎた。街灯ではない。空そのものが、少し朝に近い。
《学習継続性確保のための夜間自然光補助》
スポンサー提供。
「自然光を補助すると自然じゃなくない?」
私が言う。九条。
「ここでそれ言うと三時間会議になる」
「経験?」
「ある」
自治改善実習の比較調査で、私たちは一晩だけ青区寮へ泊まることになった。同じ学校。同じ制服。同じ校則。ベッドが噛まない。シャワーのお湯が途中で借金にならない。冷蔵庫を開けても《使用回数》が出ない。私は五分くらい本気で腹が立った。結は十五分。律は怒らず、設備差を記録した。それが一番怖かった。
✦
三枝灯里の部屋は狭かった。補助率四一九%なのに。
「広くしないの?」北村環。
「部屋広げると配信映え変わるから」
「四一九で?」
「スポンサー、広さじゃなくて画面に金出してる」
壁一面が配信用。演習動画。失敗動画。料理。勉強。スポンサー名。今日は《魔術事故保険共同体》が夕食を出していた。灯里がカメラを切る。その瞬間、顔が普通の高校生になる。
「疲れる?」私。
「日による」
「やめる?」
「補助なくなる」
「じゃあやめられない」九条。
「やめられるよ。重くなるだけ」
灯里は笑う。九条は笑わない。北村が灯里の机へ問題集を置く。
「明日の進路模試」
「環も受ける?」
「受ける」
「同じ枠?」
「同じ」
二人は同じ外部実習先を狙っていた。片方には四百%の補助。片方には二十一%。灯里が問題集を半分ずつに分ける。
「一緒にやる?」
北村。
「うん」
そこだけ、数字がなかった。
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夜九時、有馬小夜が帰ってきた。二十歳。高等部ではない。異適院の延長実務課程。青脈が手首まで光っている。補助率三二七%。廊下の端末に、今日の内訳。
関係サービス収益:184
配信支援:63
固定個人支援:80
結が止まった。
「関係サービスって何」
小夜が靴を脱ぎながら答える。
「話す。出かける。恋人のふりする。愚痴聞く。相手が欲しい関係を時間で売る」
「恋人?」
「契約上」
「好きになる人いる?」
「いる」
「小夜さんは?」
「いる時もある」
「じゃあ契約と本物どう分けるの」
小夜は結を見る。
「分けないと困る?」
結が珍しく黙った。私は少し嬉しかった。
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小夜の部屋には、別の数字があった。
本月収益:1,940,000
資本保持率:7.8%
「え」
結が二度見る。
「残ってない」
「使ったから」小夜。
「何に」
「夜」
「夜?」
「私が会いに行く方」
青区の成人学生向け娯楽許可証。校外社交施設。お気に入りの男性接客者。小夜は、自分へ金を払う相手から受け取った金を、別の誰かへ渡している。
「何で」結。
「好きだから」
「向こうも?」
「そう言う」
「それ、あなたが売ってるのと同じじゃない?」
小夜が笑う。
「だから上手いんだよ」
結の顔が悪くなる。怒った顔ではない。自分の鏡を見た顔。
「人の選択肢、配置する?」
小夜。
「する」
「相手が自分から出すように?」
「する」
「罪悪感」
「価格に入れる」
「友達には?」
「無料でやることもある」
「無料」
小夜が結を指す。
「あなた、全部無料でやってるの?」
「何を」
「人が動くように先回りして、借り作って、選択肢並べて、欲しい答え出させるやつ」
結は数秒、口を開かなかった。
「友達だから」
「それ、収益モデルとして最悪」
私は笑った。結に睨まれた。
✦
翌朝、接木統司が小夜の月次面談をしていた。私たちは廊下で聞こえた。
「抽出率は優秀です」
「ありがとうございます」
「保持率が壊滅しています」
「はい」
「改善予定」
「ありません」
「理由」
「使いたい相手がいるので」
「依存」
「関係」
「分類は」
「私が決めます」
接木が笑う。
「その回答は評価します」
面談終了。小夜が出てくる。結が待っていた。
「昨日の話」
「うん」
「私、無料じゃない」
「何取ってるの」
「関係」
小夜。
「それ、一番高い」
結は嫌そうな顔をした。でも否定しなかった。
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朝食は無料だった。本物の果物。卵。パン。コーヒー。下の食堂なら全部追加料金。北村環が灯里の皿から苺を一個取る。
「私の」
「補助」
「環に?」
「昨日ノート貸した」
「返礼」
「そう」
私たちの火曜と同じだった。ただ、窓の外の重力が軽い。帰り際、補助掲示が更新された。灯里、四二一。小夜、三三〇。九条、一八六。北村、二三。二ポイント増えていた。灯里が北村の補助表示を指で叩いた。
「三十超えたら補助食堂、一回入れるよ」
「じゃああと七」
「次の配信、勉強回に出る?」
「私の顔で稼ぐ?」
「環の顔で環が稼ぐ」
「灯里にも入るでしょ」
「入る」
「じゃあ半分友情、半分商売」
灯里が考える。
「友情六」
「四」
「五」
「成立」
二人は握手した。結が小声で言った。
「契約書いらないの」
私は言った。
「友達だからじゃない」
九条。
「友達だから一番いるんじゃない?」
その夜は誰も答えなかった。
「何したの」灯里。
北村がスマホを見る。
「昨日、灯里の配信に映った」
「それで?」
「匿名支援、二件増えた」
灯里が笑う。
「じゃあ次も映る?」
北村は一瞬だけ迷った。
「映る」
翌朝、動画は学院外まで出ていた。『被害者かわいそう』『先に何されたの』『後天術師って危なくない?』。
十秒の映像に、みんなが十日分の前史を勝手に足した。
灯里は画面を伏せた。
「映ってない部分ほど、みんな自信あるよね」
事件が起きた昨日より、事件が数えられるようになった今日のほうが、学校は速く動いた。




