↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪物たちは校則を破らない  作者: 竜の牙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/31

第8章 何も起きない土曜日

高瀬蓮の特別指導は、四日目に入った。原因は、殴ったから。正確には、一年B組の生徒を一回突き飛ばし、相手がロッカーへぶつかった。相手は軽傷。高瀬は認めている。問題は、その前だった。学校の記録には、前が六つに分かれていた。


雑談上の対立。


教材の貸借トラブル。


術式失敗に関するからかい。


呼称をめぐる口論。


実習班編成への不満。


本人の情緒的不安定。


全部、個別には間違っていない。全部を並べると、別の形になる。高瀬は三か月、同じ生徒たちから後天術師のことを笑われていた。私たちも一度、その笑いに乗った。


「反省文にそれ書けばいいじゃん」


結が言った。榊原先生の机の前。高瀬は椅子に座っている。私たちは、制度改善実習の資料確認名目で同席した。高瀬。


「書いた」


紙を見せる。


《相手を突き飛ばしたことは悪かった。怪我をさせた責任は自分にある。》


そこまで。榊原先生の赤線。


《原因認識が不十分。》


学校側の案。


《自分が後天術師であることへの過敏な意識から、通常の同級生間の冗談を敵意と受け取り、衝動的行為に至った。》


高瀬は、その一文だけ書かない。


「それ書けば終わる」結。


「違うから」


「でも出られる」


「違うこと書いて出るくらいなら、まだここでいい」


榊原先生が言う。


「恩田さん。説得を依頼していません」


「でも長引いてる」


「長引いています」


先生は疲れていた。机の端にコーヒー。冷たい。反省成立率九十九・四%。平均終了時間、悪化。たぶん今日も業務改善書を書く。それでも高瀬を帰さない。


「先生、本当に本人がそう思うまで待つんですか」私。


「思うことまでは測れません」


「じゃあ何」


「自分の行為を、再発防止可能な形で説明できること」


「学校の説明と同じじゃないと駄目?」


榊原先生が止まる。


「通常は、事実認定を共有した上で反省します」


「通常」


好きな言葉ではない。


✦


律が三か月分の記録を並べた。呼称トラブル七件。教材貸借四件。班変更三件。実習失敗後の笑い十一件。担任指導二件。保健室相談一件。


「全部記録されています」律。


「はい」榊原先生。


「いじめ認定は」


「各件単独では基準未満」


「累積評価」


「制度上、重大案件化後に行います」


「重大案件になる前は」


「個別対応」


律の顔が変わった。彼女の嫌いな顔。記録がないのではない。


記録が細かすぎる。


正確に砕いたせいで、一人の生活が見えなくなっている。私たちの発言もあった。十二時四十一分。


《手習い》使用。


相手の反応。軽微。終了。


「これ」


私が指す。高瀬は見なかった。


「覚えてるよ」


「ごめん」


「今」


「遅い」


「うん」


それ以上、言えなかった。謝罪は、相手が使える時にしか役に立たない。高瀬は今、私を許す作業までしたくない。それでいい。


✦


四日目の午後、別の違反が追加された。


《聞き取り中の不正確な申告。》


高瀬が「最初に殴られた」と言ったが、映像では相手の肩が先に触れただけだった。榊原先生が紙を増やす。


「追加指導です」


高瀬が笑う。


「一個終わる前に増えるんだ」


「別件です」


「帰れる日は?」


「各指導の反省成立後」


「刑期じゃないから終わりがない」


先生は否定しなかった。


「刑罰ではありません」


だからこそ、終わらない。


✦


順平先輩が夕方、廊下の自動販売機で高瀬の好きな缶コーヒーを買った。


「渡せる?」


榊原先生。


「面会物として記録します」


「記録しないと」


「渡せません」


「じゃあ記録」


高瀬へ渡す。先輩は何も助言しない。帰り、私が訊いた。


「模範解答、本当は知ってる?」


「知ってる」


「教えないの」


「今回は教えたら負ける」


「誰が」


「高瀬が」


「出られないよ」


「うん」


先輩は六年いる。学校から出る方法を、一番知っている。その人が、出ない方を選んだ。私はその夜、恋規の余白へ一文だけ書いた。


《出口があることと、その出口を使えることは同じではない。》


翌朝、榊原先生から連絡。


《高瀬蓮・指導継続。》


それだけ。日数は書いていなかった。


✦


その土曜日は、何も起きなかった。だから覚えている。悪育の土曜日には補講がある。補講がない生徒には自主研修がある。自主研修をしない生徒には《自己管理能力向上支援》がある。つまり休みは、申請しないと発生しない。順平先輩が四人分の《校外自主生活適応》を出していた。


「何する研修?」


私。


「駅前行く」


「目的」


「買い物」


律が申請書を見る。


「社会適応に必要な公共空間利用」


「そう書いた」


「嘘ではありません」


「強い」


電車。土曜の昼。普通の人。普通の制服。怪物が四人。順平先輩は変身抑制のため端に立つ。律は日光を避けて車両中央。結の左足が床の黄色い点字ブロックから少し外れる。私は角を壁へ向ける。誰も命令しない。身体が場所を読む。優先席前。おばあさんが乗ってくる。結が先に席を立ちかける。私は袖を引く。


「本人に聞く」


「座りますか」


おばあさん。


「次で降りるからいいわ」


結は座り直す。


「学習」


「遅い」


律。


「でも確認した」


順平先輩が笑う。駅前。本屋。ゲームセンター。百円ショップ。血液代替飲料の自販機。結は百円ショップで透明ファイルを二十枚買う。律は文房具。私は何も買わない予定だった。順平先輩が雑貨店で、小さな犬のキーホルダーを買った。


「それ何」


「犬」


「狼じゃなく」


「犬」


「何に使う」


「使わない」


三人とも止まる。順平先輩が、使わない物を買った。


「六年いると、必要な物だけ買う癖つくんだよ」


「何で今日は」


「卒業したら、こういうの買うかなって」


未来。また。私は何も言わない。ゲームセンターで環と灯里に会った。二人一緒ではない。環はスポンサー用の短い動画を撮りに来ていた。灯里は面接用の靴を買いに来ていた。


「仕事?」私。


環。


「休日」


「撮ってる」


「休日を撮る仕事」


灯里。


「最悪」


環。


「青区に言われたくない」


灯里はクレーンゲームで蛙のぬいぐるみを取った。一発。


「ララに売る?」


「贈る」


「スポンサー関係?」


「友達」


環がスマホを向ける。灯里。


「撮るなら先に聞いて」


環は一瞬止まり、梓の件を思い出した顔になる。


「撮っていい?」


「蛙だけ」


動画。蛙。灯里の手だけ。誰も死なない。誰も進路を奪わない。ただ五分一緒にいて、灯里は靴を買い、環は再生数を確認して別れた。その程度の知り合いが、あとで人を失うには十分だった。ゲームセンターでプリクラを撮る。結の提案。


「何で」


「証拠」


律が言う。


「何の」


結。


「今日」


撮る。一枚目。私の角がフレームから出る。二枚目。結の左足だけ別の枠。三枚目。順平先輩の耳が出る。四枚目。律が笑う直前。五枚目。全員ひどい。それを選んだ。律は写真を見て、


「保存します」


私が言う。


「私的?」


一拍。


「私的」


結。


「返却義務なし?」


「写真に返却義務はありません」


順平先輩。


「御影、そういうとこ」


帰り。雨。透明傘は二本。私と結。律は黒い日傘兼用。順平先輩は傘を持っていない。


「入る?」


私。


「角刺さる」


「失礼」


結が私の傘を少し傾ける。先輩の肩だけ入る。三人で一本。狭い。律は隣を歩く。駅で、見知らぬ子どもが私たちを見る。


「怪物」


母親が慌てる。


「すみません」


私は何も言わない。順平先輩。


「合ってるし」


子ども。


「かっこいい」


結が笑う。律も。私も。その土曜日、私たちに回収通知は来なかった。申請は通っていた。規程違反もない。誰も泣かなかった。何も解決しなかった。夜、プリクラを寮の机へ貼った。翌週も同じ四人で昼を食べると思った。来月も結の整備へ行くと思った。来年の文化祭も、先輩が制服じゃなくても顔を出すと思った。そういう未来が、もう予定表に書かれていないのに存在した。名前をつける必要はなかった。ただ、土曜日だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。