第30章 最終評価:制度再生産
律は、死者の貢献記録を直した。金額だけを上げるためではなかった。桐生先生が関わった過去五年の論文。二十三本。共同研究先へ照会。
「著者資格を遡及変更する権限は学生に」
研究部。
「ありません」
律。
「では貢献記録を訂正してください」
「論文は」
「論文ではなく、死亡評価の基礎記録」
分類。私の言葉。律が使う。
「著者順を変えろと言っていません。誰が何をしたかを評価資料へ追加してください」
研究部。逃げ道が消える。一件。追加。二件。十七件。最終。
桐生征司 暫定損失額:132,400,000円。
三倍近い。梓。
「勝った?」
律。
「金額が増えただけです」
「先生、戻らない」
「はい」
「でも」
律は画面を見る。名前。共同研究貢献。技術基盤。学生指導。後天術式翻訳。
「消えにくくなりました」
それが勝ち。小さい。醜い。必要。榊原先生。
「御影」
「はい」
「異議申立て、認容」
「ありがとうございます」
「桐生先生なら、何と言うと思う」
律。
「推定は記録しません」
榊原先生が笑った。私たちも少し。結果を受け取った時、律は廊下の窓際にいた。
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最終評価は、出生証明試験の最終式から三十分後に始まった。試験が終わったのに、評価は終わっていなかった。
社会適応認定。これが通れば、市立高校へ戻れる。黎明へ編入もできる。異適院に残ることも、外部実習の推薦を使うこともできる。三十日目の夕方。
試験室には机が四つ。《共同配置しますか》。一度顔を見る。四人で受諾すると、机が寄った。今度は学校が勝手に決めていない。
白石先生。榊原先生。教務統括。進路担当。外部評価者。加賀谷先生。間宮先生。研究部には桐生先生の空席。学生課には印南さんの空席。
空席は採点欄ではなかった。だから目立った。制度が数えられるものを並べた机の前で、数えなくても分かる不在だけが残っていた。
机の上の採点表は、前より短く見えた。短いのではない。まとめ方が変わっていた。
《読む》
規範理解/分類・管轄/例外/異議/証拠/測定範囲。
《選ぶ》
本人意思/拒否・離脱/選択環境/補助機構利用。
《作る》
資源獲得/相互監査/共同体自己金融/集合的規範形成。
《残す》
後輩への伝達/監督者不在時の維持/非提出領域の保護。
最後に、別枠で一行。
《制度再生産》
各欄には事例番号が付いている。角。清掃。四人席。文化祭。梓。澄。夜教室。黎明。推薦。桐生先生。反転講。灯里。友達利用規約。血算杯。私たちが事件と呼んだものも、昼休みと呼んだものも、同じ答案の中にいた。
律が反転講の欄で止まった。
《自主的機会再配分:S》《共同体自己金融:S+》《返し履行設計:A》
「灯里の死を評価した?」
白石先生。「死亡そのものは評価項目ではありません。講の形成、希少資源管理、返し、精算対応です」
律が机を叩く。「言葉を分ければ消えると思ってる?」
「消えるとは思っていません」
「じゃあ何で点にする」
「あなたが、点にできる部分と、点にしてはいけない部分を分けようとしたことも評価しています」
「最悪」
「はい」
私は夜教室を探した。
《後天術式自主教室:評価対象外》
「点にしない?」
「非提出領域です。施設安全以外は知りません」
学校にも知らないものがある。知らないものを残したのも、私たちが学んだからだった。救いかどうかは、まだ分からない。
別紙には教職員評価連動。結が支援室から離れられたことが加賀谷先生の評価へ入り、順平先輩が鍵と運用を返したことが間宮先生の引継ぎ評価へ入る。桐生先生の研究貢献は死後に再評価され、印南さんの窓口運用は別の職員へ引き継がれた。
「先生たちも?」と私。
白石先生。「当然です」
上にいる人間も、誰かの答案だった。
教務統括の端末が鳴った。理事会審査室。
《再配置判定の保留は、次年度の配置計画を阻害する。現編成群の再審査を指示する。》
四人の机が、少し離れた。結の左手が机の端を掴む。
フランチェスコの声が入った。
「誰の指示?」
教務統括は理事の名を読みかけた。
「全会一致か」
「記載上は」
「では全員に伝えて。今期の成果物を、私の審査後に壊すなら、先に理事会をなくす。全員だ。身体だけでは済ませない」
画面の理事名の横に、継続核保全先が表示された。保全先の鍵が、一つずつ開く印へ変わる。
誰も笑わなかった。
「廃棄費用は?」
免田が廊下から聞いた。
「採用費より安いだろう」
しばらくして、再審査の指示が消えた。机が元の位置へ戻る。
結が私を見る。
「守られた?」
「高く買われた」
左手は机から離れなかった。
四人の総合評価は高かった。最後の欄。制度再生産。S+。
結。「友情守りたかっただけなのに」
律。「反転講は友情ではありません」
順平先輩。「でも似てる」
定義欄。
《制度再生産:必要な制度を生成・改訂・伝達し、監督者不在でも維持できること。》
「合格」
「はい」
「私たち、学校みたいになった?」
白石先生。「学校だけが制度を作ると思っていましたか」
嫌な答えだった。少し好きだった。
異議申立期限。三日。私は赤ペンを出す。
「短い」
律。「根拠」
「印南さんの死亡評価、桐生先生の再評価、灯里の精算。三日じゃ無理」
結。「五営業日」
順平先輩。「延長申請あり」
律。「標準五。事情があれば延長」
申立て。提出。試験結果を受け取って五分後、また規則を直す。
「先生。これも評価?」
白石先生は、いつもの顔で答えた。
「この認定は終わりました。倉橋さんは卒業です」
「じゃあ」
「生活です」
最初の日と同じ言葉だった。今度は意味が違った。
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進路担当が、三枚の用紙を机に置いた。
《市立高校復帰》
《黎明編入》
《異適院継続》
三十日前、私は一枚目の募集案内を第三次通知の下へ隠していた。
今は隠さなかった。
一番上に置いた。
「戻るの?」
結が聞いた。
「行ってみる」
「通学、一時間」
「北口」
結は頷いた。予定表は開かなかった。
提出期限は明日十七時。
私は九時に出すと、自分で決めた。
締切だけではなく、選ぶ時刻まで自分のものだった。




