第29章 未記入の欄
三十日目、十四時三十分。最終区分。五式。三式目で、試験室の空気が変わった。スレートに出た記号。未登録フォント。
∂(Ψ)/∂t ≠ 0 四C教室。三十日前。蝋燭の上に浮かんだ式。学校が下位分類を増やしても、名前を付けられなかったもの。ずっと残った。待っていた。試験官を見る。試験官は白石先生を見る。先生の影は遅れない。
「続行してください」
私は式へ戻る。状態Ψは変わっている。変化は誤差ではない。以前の私は、分類に入らないことを問題だと思った。角。黒脈。恋規。四C。今は違う。分類の方が、止まったものしか読めない。
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式の中に、いくつもの「生まれ」がある。生得。契約。学習。補助。習慣。借り物。
高瀬の術式は学んだものだった。それでも死んだ彼から切り離せなかった。結から借りた見方は、私の中で結とは違う使い方をした。
外から来たことと、私ではないことは同じではない。
式へ触れる。黒い脈が冷える。試験室の光は暗くならない。暗さと光の境界だけが、異常に正確になる。百。
スレート。
結果:完了。
方式:直接自己参照型秘術演算。
既存分類一致:なし。
新評価区分を作成しています。
三秒。五秒。
分類候補: 既存分類へ変換する。
新規分類を申請する。
未分類のまま続行する。
「選択してください」
いずれか一つとは書いていない。三つ全部へ印をつける。
試験官が止まる。
「一つです」
「規程上?」
「通常」
「これは未登録式」
白石先生。
「続行」
既存分類で読める部分。新しい名前が必要な部分。まだ名前を付けない方がいい部分。三つを同時に持つ。一つへ押し込むと、いつも何かが落ちる。
式が閉じる。
画面。
自生型 一秒。追加。
定義:外部起源を含む獲得要素が、対象者固有の自己運用系として定着した状態。生得性を要件としない。
私は笑った。
「自生型なのに、生まれつきじゃないんだ」
「新規分類ですので」
「名前悪い」
「異議申立て可能です」
「期間」
「五営業日」
私は白石先生を見る。先生の口元が動く。以前から別の異議申立てで使われていた日数だった。
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白石先生が初めて、苗字を使わなかった。
「綴」
一回。それだけ。
「終了です」
私も一回だけ答える。
「はい」
先生。さん。敬語。どれも必要なかった。呼ばれ方が変わると、人間関係は一行で変わる。学校はその一回も記録していたと思う。開示請求しなかった。
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別紙
判田巡は欄を空ける
判田の端末。
自生型。
その下。
既存上位分類:必須。
候補。悪魔系。鬼系。変異魔術系。複合。その他。十一年前の判田なら《その他》。三十日前なら《分類継続中》。今日は違う。管理室へ電話。
「必須を外してください」
『分類が必要です』
「下位分類が自生型です」
『上位は』
「ない」
『作りますか』
判田は止まる。箱がなければ作る。入らなければ増やす。それが仕事だった。境野たちは、箱を増やすたび縁を読んだ。高瀬の死後、後天術師の就業率を別欄へ分けた。九条の拒否後、拒否者代表欄を消した。榊原は原因解釈不一致欄を作った。増やすことが正しい時もある。増やさない方がいい時もある。
「作りません」
『では保存できません』
「保存できるようにしてください」
『システム改修です』
「申請書を」
『理由』
判田は境野綴の三つの印を見る。
「空欄が結果だからです」
改修は二週間。その間、赤い未入力警告。判田は消さない。赤は失敗ではない。まだ書かない、という情報。机には《状況:進行中》と《状況:解決》のスタンプがある。どちらも押さない。印南さんなら、二秒考えて同じことをした。誰も確認できない。判田はそれも空欄のまま残した。




