第24章 血算杯――身体停止
二十九日目、十六時四十分。全員の端末に通知が来た。
《資産性能評価及び編成群再配置適性演習》
通称、血算杯。
二行目にはこうあった。
《本演習は自主参加型教育プログラムです。再配置対象者の参加は必須です。》
「自主の定義、死んだ?」
結が右手で画面を拡大した。
律は通知の別紙を開いた。
「参加意思を成績へ使わない、という意味なら文としては両立します」
「学校を助けないで」
「助けていません。嫌なだけです」
再配置案では、四人が別々の群へ割り当てられていた。
私――未分類高危険度群。
結――債務最適化群。
律――研究・監査群。
順平先輩――施設運用・裏方群。
理由は一行だった。
《現編成群内の相互作用は技能補完上有益。ただし各技能は別資産により代替可能。》
辞退した場合、現在の四人組はそのまま解体される。参加して異議を成立させれば、再配置を保留できる。参加しなくても試験は受けられる。ただし明日の試験室と支援経路は、新しい群を前提に組み直される。
「代替可能の実測がない」
律が言った。
「分離コストもない」
結が言った。
「俺の鍵は別の群へ移せない」
順平先輩が言った。
私は辞退欄を見た。押せる。押せば終わる。明日の試験だけを考えれば、その方が安全だった。
「行く?」
結は私より先に押さなかった。
律も記録を始めなかった。先輩も鍵を出さなかった。
「行く」
私が押した。
三人の端末が続けて鳴った。
十七時。血算杯の入口で、結は右手の甲に入場印を押された。
《身体損耗は本人負担。停止者の救護は競技行為に含む。継続核の保全可能時間は各登録値に従う。》
「読める場所に書いたから同意したことにするやつ」
結は手を振って乾かした。
「違うの?」
「同意欄は別。そっちはもう押さないと扉が開かなかった」
地下境界B室は、差し押さえた私的現実を図書館に転用した場所だった。天井まで本棚がある。本は閉じているのに、中から誰かの泣き声がした。
私たちを含め十二人。観客席には学生と教師とスポンサー。売店では、前回の参加者から回収した爪が栞として売られていた。
免田逸郎がマイクを持つ。
「最終残存、再配置受諾、スポンサー基準達成。いずれかで通過。再配置の異議申立ては受けますが、申立て中も競技は続きます」
上の窓が開いた。灰色のスーツの男が肘を載せる。
「退屈したら、私も参加する」
フランチェスコだった。白石先生が、そこへ向けて一度だけ顔を上げた。
「主催者の難度調整権限」と免田が読み上げる。「危険度の上限はありません。収益目標の下限はあります」
観客が笑った。
最初の鐘から一時間、私たちは閉じる棚と回収係から逃げながら、再配置表の穴を一つずつ集めた。十七時五十九分、残った九人が中央区画へ押し戻された。次の鐘で、隣の学生が二つに折れた。本棚が通路を閉じたのだ。足は手前に、上半身は向こうに残る。彼はまだ鞄を引こうとしていた。
「捕獲?」
誰かが聞いた。
床に文字が出る。
《継続核なし。脱落。》
栞の売店が、彼の学生番号を表示した。
私は足元の鞄を跨いだ。避けると結の手が離れそうだった。結はもう端末を開いている。
「全部は買えない。妨害枠、二件だけ」
「何を残す?」
「自分で見える方」
床が沈んだ。律が私の襟を引く。元いた場所へ、棚の角が刺さった。
「見えた?」と結。
「今は」
律は最初の一時間で開いた規程を、もう一度表示した。再配置根拠の開示。類似技能の比較表。別の四人でも同じ成果が出るという推定。
「測っていませんね」
上の窓でフランチェスコが頷いた。
「そう。だから今測っている」
天井が割れた。人の肋骨を外側に並べた獣が、律の机を潰した。背中に前年度教材の管理票が貼られている。律は椅子を蹴り、獣の下顎へ銀色の線を通した。
顎が落ちた。止まらない。獣は首の奥の歯で噛もうとした。律の肩から血が飛ぶ。彼女は後ろへ引かず、もう一本の線を喉から頭頂へ抜いた。獣が倒れた。
「続けて」
律は私に言った。肩を押さえる手の下から、制服が濃くなっていく。
結の左手首で礼が鳴った。
「予定より一つ多い」
壁から手が出ていた。職員用の腕章。判子のついた指。結は右手で端末を叩き、回収対象の指定を変えた。手の一本が端末を取る。次の一本が右手首を取った。
私はその腕を掴んだ。結の手ではない。壁から出ていた方。硬かった。皮膚の下で書類が擦れる感触がした。
「綴、離して」
結が言った。
「嫌」
「左」
足元を見た。私の左足へ、別の手が届いていた。避けた。その一歩の間に、結が壁へ引かれた。右腕が先に入る。肩で止まる。
結は声を出さなかった。口は開いた。
腕が抜けた。結の身体から。
壁の奥で、まだ右手が端末を操作しようとしていた。指だけが動いていた。
「左でできる」
結が言った。礼の腕輪へ指をかける。別の手が胸へ入った。制服の縫い目が開き、保全線の上を指が引っかいた。
結の左手が止まった。
床へ落ちた時、彼女の左足はまだ八センチ向こうにあった。いつもの位置だった。そこだけ、いつもと同じだった。
私は膝をついた。呼んだ。結は見ていた。私を見ている目ではなかった。
床に表示が出る。
《身体停止 18:06。継続核残存。無処置限界 18:18。資産回収予約済。》
十二分。覚えていた。忘れたいと言った数字だった。




