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怪物たちは校則を破らない  作者: 竜の牙


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19/31

第19章 今期の番

最終週の前半。反転講という言葉を、私は順平先輩から初めて聞いたわけではない。


講なら、ずっと使っていた。


結が毎月五百円を入れていた灰色封筒。文化祭の利益から千円。面接靴。治療薬。願書の校正。乾燥機はまだ壊れている。講は銀行ではなかった。誰かから借りて、その人へ返す場所でもない。


今、必要な人へ回して、あとで別の誰かへ返す。


灰区では、それで生活がつながっていた。だから地下洗濯室へ呼ばれた時も、私は普通の講だと思った。乾燥機四台。三台故障。参加者二十七人。一年から六年。北村環もいる。三枝灯里はいない。ホワイトボード。


灰区互助残高。


食費。教材。申請費。緊急医療。反省文確認。面接服。交通費。乾燥機修理。その週、講から出たものはもっと小さかった。一年生の面接用シャツ。結の身体同期薬の差額。夜教室の延長コード。壊れた乾燥機の部品。私は出生証明の追加申請料を借り、その返しとして鬼系一年生の角カバー申請を二時間手伝った。誰に返したのかは決まらない。前に受け取ったから、次へ回す。それだけ。この時まで、私は講をかなり好きだった。


だから、洗濯室の奥のホワイトボードに見慣れない一行が増えた時も、最初は新しい医療費の区分だと思った。


臨時共同資産:反転枠


一。


✦


順平先輩が指したのは、同じ洗濯室のさらに奥だった。


「学校の部屋?」


「違う」


「寮の」


「違う」


「誰の」


「使ってるやつの」


夜教室と似ている。でも空気が違う。壁。卒業生の写真。新聞。配信切抜き。映画ポスター。一枚。


《灰から青へ。史上最大の逆転》


「何」


北村環。


「古典」


写真。二十年前。灰色名札の学生。隣。死んだ青区生。次。その灰学生がテレビ。本。映画。スポンサー。就職。


「この人、殺したの?」


環。


「そう」


「学校」


「精算した」


「退学」


「してない」


律が資料を見る。


「競争規程違反なし。死亡損失負担あり」


「それだけ?」


順平先輩。


「それだけって額じゃないけどな」


壁の別資料。


《確定精算額 286,000,000円》


「払った?」


環。


「十五年で」


「本と映画で?」


「最初の種。あとは仕事」


その下。


《灰区返し基金》


慈善ではない。灰学生向け。模試。医療。応募費。


「この人が作った?」


「反転のあと」


順平先輩が古い帳面を出す。名前。数字。金だけではない。


《面接練習 12時間》


《配信編集 9本》


《紹介 3件》


《卒業後就職口 2件》


《返し 未完》


「講?」


先輩。


「昔の無尽とか頼母子みたいなもんだって、先輩の先輩が言ってた」


「金集めて順番に」


「こっちは金より、機会を集める」


環。


「一番大事なのは話題」


「話題」


「灰が青をひっくり返す。珍しいから売れる」


「毎回やれば」


「売れない」


即答。


「スポンサーも対策する。青が保険上げる。学校もルール変える。世間も飽きる」


だから。一回。数年。時期を選ぶ。誰を。誰が。


「殺す権利?」


律。環。


「違う」


私を見る。


「殺すのは誰でもできる」


「じゃあ」


「みんなが、その人を『今期の反転』として支えるかどうか」


情報。広報。面接。スポンサー連絡。卒業生。取材。返し。一人では作れない梯子。講が作る。


「勝手にやったら?」


順平先輩。


「一番嫌われる」


「殺したから?」


「話題を一人で使ったから」


私は帳面を見る。誰かの死より。共有資源を勝手に使う方が、灰区では重い。理解できるのが怖かった。


✦


今期の番は、北村環だった。最初からではない。候補は六人。会議。灰区地下。名前は出す。理由も。


「一番困ってる人?」


私。


「違う」


環。


「一番返せる人」


候補一。成績上。でも進路競合が弱い。候補二。家計最悪。身体維持費も足りない。でも取材が苦手。候補三。後天術師。スポンサー受けは不安定。候補四。環。文化祭広報。異適杯動画。スポンサー額。今は八十万。灰としては高い。青には遠い。


「八十万あるなら別の人」


誰か。


「だから回収できる」


別。


「話せる」


「顔も売れてる」


「進路枠も近い」


私は環を見る。


「やりたい?」


環。


「それ、条件?」


「気持ち」


「講の条件じゃない」


「私が聞いてる」


少し考える。


「怖い」


「じゃあ」


「でも、欲しい」


何を。


「上に行く番」


正直。結が帳面を見る。返し。将来収入の一部。紹介。後輩の応募費。灰区設備。


「強制?」


「講の中では」


「学校法?」


「私的契約」


律が読む。


「違法条項はない」


私。


「死亡前提なのに?」


律。


「死亡そのものを契約目的に書いていません」


「ずる」


「実態は」


「わかってる」


順平先輩。


「昔は口約束だったらしい」


「何で書くように」


壁。卒業生。有名人。基金なし。返しゼロ。


「逃げた?」


「青になって、灰に戻らなかった」


だから今は書く。互助が契約になる。契約が共同体を守る。同時に縛る。結がずっと読んでいる。たぶん好きな構造。言う。


「結、嬉しそう」


「嫌」


「顔」


「返しが明確」


「嬉しいじゃん」


「違う」


環が笑う。


「恩田、うちの会計やる?」


結。


「やらない」


一秒。


「相談ならする」


もう入ってる。講は、お金のない学生が作った。でも一番先に必要になったのは、会計と信用だった。


✦


候補者の一人が、後天術師だった。三崎先輩ではない。三年。白川透。成績。上。灰。研究実習志望。返し意思あり。数字だけなら環より困っている。


「白川でいい」


私は思った。誰か。


「売れない」


白川本人がいる。空気。


「何が」


「物語」


「後天が青を落としたら、反転じゃなくて危険術師事件になる」


別。


「スポンサーつかない」


「炎上はする」


「炎上と支援は違う」


白川。


「つまり俺じゃ、講に返せない?」


「そう」


正直。ひどい。梓が壁にもたれている。


「後付けだから?」


誰もその言葉を使いたくない。だから余計答えにくい。環。


「世間が」


梓。


「便利だね」


「私がそう思ってるわけじゃ」


「でも計算に使う」


環が黙る。私は言う。


「実際、スポンサー変換率が低いなら」


梓が私を見る。前。昼。笑った日。


「また」


一言。止まる。私は、差別を支持したつもりはなかった。モデルの入力値を認めただけ。それが同じ結果を作る。律。


「白川さんを候補から外すなら、理由を記録してください」


会計役。


「スポンサー転換予測」


律。


「その予測が後天術師属性を変数にしていることも」


「記録したら何が」


「来年、変えられます」


白川。


「俺、今年は?」


誰も答えない。そこが一番残酷。白川は候補から外れる。本人が投票用紙へ書く。


《反対。理由:自分が候補から外された評価基準が不当。》


講はその票も残す。梓。


「いいの?」


白川。


「消されるより」


桐生先生の記録。律の癖。また伝わる。白川は最後に環へ言う。


「選ばれたら返せよ」


「うん」


「俺らにも」


「うん」


「後天枠とか作るなよ」


「作らない」


「必要なら違いは書け」


守屋先輩みたい。みんな、誰かの技を借りている。


✦


灰色の投票は、静かだった。紙。匿名ではない。理由も書く。共同体だから。自分の票から逃げない。議題。


《今期反転講の受番を北村環とし、主要競合対象を三枝灯里とすること》


学校規則ではない。許可でもない。講が資源を出すか。それだけ。賛成。反対。保留。私は紙を見る。灯里。面接。果物。文化祭。律の過去。三崎先輩の推薦。青が薄くなった左手。同時に。灰区。結の身体維持費。環の十二円。白川の候補落ち。何年も続く差。学校は灯里を守らない。講も、私に道徳を聞かない。何を共有資源として使うか。私は最初、保留を書く。消す。律。


「何書いた」


「秘密」


「記名です」


「後で見える」


「はい」


律の紙。反対。理由。


《対象者との私的関係を含め、共同体利益算定が損失を過小評価している。》


結。賛成。理由。


《返し契約が現行の青区資源差を実際に縮小できる。対象選定には懸念あり。》


順平先輩。賛成。


《講を維持するなら、今期を無期限延期する方が共同体を壊す。》


私。最後。賛成。理由。長く書けない。


《この講を作った人たちが、自分たちの共有資源をどう使うか決める権利を持つと思う。》


提出。律が読む。顔が変わる。


「綴」


「何」


「灯里は資源じゃない」


「そう言ってない」


「結果は」


「講の資源は話題と支援」


「その話題は灯里が死ぬことで」


「わかってる」


「なら同じ」


喧嘩。人前。結が止めない。先輩も。律。


「分類で切れば、何でも別物にできるね」


一番痛い言い方。私。


「証拠で全部同じにした人に言われたくない」


返す。もっと痛い。投票結果。可決。拍手なし。環が前へ。返し契約へ署名。手が震えている。


「やめる?」


誰か。環。


「やめない」


「怖い?」


「怖い」


「じゃあ」


「怖いから安い未来でいい、とはならない」


署名。その夜。四人席。律は来なかった。和解してから初めてだった。


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