第17章 安い死
二十四日目、十四時七分。高瀬蓮の死亡通知が届いた。特別指導を終えて戻ってきた時の笑顔を、私はまだ覚えていた。
医療の追記が来た。身体損傷の一覧より先に、継続核の欄がある。
《位相破断。照合対象消失。復帰処置適用不可。》
原簿は残っていた。名前も、指導履歴も、次の授業も。高瀬だけが、それらと照合できなくなっていた。
実習事故だった。後天術師用の演習室B。パラドックス負荷、二倍。原因調査中。校則違反、現時点なし。故意性評価、対象外。死亡確認、十四時七分。そこまでが最初の通知。十五時二十分、二通目。
死亡・消滅損失暫定算定。
私は読み方を知っていた。見たことがある。第二理科棟の果樹損失講習。あの時、暴走した教材が中庭の実験梨を一本枯らした。樹齢。残存結実年数。年間平均収穫量。市場単価。維持費。現在価値。先生は黒板に書いた。
将来得られたはずの利益から、将来必要だった費用を引く。
高瀬の紙も、同じ順番だった。在学残存年数。卒業可能性。想定就業率。職能希少性。平均生涯収益。制度上の後天術師補正。特別指導履歴による配置不確実性。将来維持費。現在価値。最後。
暫定損失額:低位区分。
金額は、青区の三枝灯里が一年で受ける補助総額より低かった。
「計算、合ってる?」
結が訊いた。律は答えなかった。もう計算している。三回。
「合っています」
声が小さい。
「式は」
「合っています」
「じゃあ何が」
律は紙を指す。
想定就業率。
「前提値」
後天術師の卒業後平均。低い。差別されているから低い。低い実績を使って未来価値を計算する。だから次の後天術師も安くなる。数字は嘘をついていなかった。嘘を、正確に続けていた。
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手習い部屋へ行った。泣いていない人もいた。泣いている人もいた。同じ部屋で両方できる。高瀬の中古本が机に三冊。一年生が言う。
「部屋の名前、高瀬室にしませんか」
別の先輩。
「本人そういうの嫌いだった」
「でも残したい」
「名前で固定するなって言ってた」
「死んだ人に確認できない」
「だから勝手に決めるな」
言い争い。私は止めなかった。これも必要だった。高瀬がいないから、高瀬の意味を誰かが決める。それを嫌がっていた人だった。廊下で、二年生が高瀬の死亡通知を切り抜いた短い動画を投稿しようとしていた。題名。
《パラドックス二倍で死んだ手習い魔術師》
再生数予測まで出している。灰区六年の女子がスマホを取り上げた。
「消して」
「何で。学校の通知は公開情報」
「公開と、お前のものは違う」
「高瀬先輩のため?」
女子は一秒遅れて答えた。
「それもある」
「ほかは」
「今は聞くな」
投稿は消えた。私は、死者を勝手に金へ変えるな、という意味だと思った。少なくとも半分はそうだった。もう半分を知るのは、数日後だった。
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榊原先生が来た。反省文ファイルを持っている。誰かが言う。
「特別指導のせいですか」
先生の顔が固くなる。
「違います」
「学校は原因調査中って」
「少なくとも、彼を帰した判断を死亡原因へ入れません」
「先生が決めるの?」
「私の判断は私が守ります」
珍しく、規程を引用しなかった。私は高瀬の最後の反省文を見る。
《突き飛ばしたことは悪かった。怪我をさせた責任は自分にある。自分が後天術師であることを問題視したために起きた、とは書かない。》
榊原先生の青線。
成立。
高瀬は最後まで、違うことを書かなかった。死んだから正しかったわけではない。生きていた時に成立していた。そこを死後に変えないことだけ、先生は必死だった。
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律が死亡通知へ付箋を貼った。
式は正しい。前提を記録する。
「何」私。
「今まで、数字の出所は記録していました」
「うん」
「これからは、数字が何を当然と思っているかも」
結が損失額を見る。
「安いね」
誰も返事をしなかった。その言葉を、昼食で誰かが笑って言うのを以前聞いたことがある。
手習い、安いから。
その時、私も笑った。少し。今は笑えなかった。それで過去の笑いが消えるわけでもなかった。帰り、果樹園の前を通った。去年植え直された梨の若木に札。
期待結実開始:三年後。
その文字が、高瀬の書類と同じ字体に見えた。




