第14章 用事のない誘い
四人で昼を食べなくなって数日。席は空いていた。順平先輩が何もしていないのに。たぶん前の配置が習慣になった。人間は一度空けた場所を、理由がなくなっても空け続けることがある。別の席に座った。律も別。結は寮で食べているらしい。順平先輩だけ、いつもの四人席に一人で座っていた。放課後、メッセージが来た。
《17:00 旧図書室。来れるなら。》
命令ではない。
「来い」とも書いていない。
だから余計に断りにくい。行った。律もいた。結も。
「全員来た」順平先輩。
「先輩権限使いました?」私。
「使ってない」
「使った」律。
結も頷く。先輩は椅子にもたれた。
「じゃあ使ったことにする」
「それでいいんですか」
「よくない。でも集まった」
私は腹が立った。
「こういうところです」
「何が」
「頼みの形で断れなくする」
律が静かに言った。
「私は、先輩からの要請を拒否すると関係上の不利益があると感じました」
「俺、何もしないぞ」
「知っています」
「じゃあ」
「知っていても感じます」
先輩の耳が出た。疲れではなく、動揺でも出るらしい。結が言った。
「先輩、私たちより上手いだけ」
「何が」
「相手が自分で選んだ形にするの」
沈黙。結を見る。久しぶりに目が合った。
「結も」
「うん」
律。
「私もです」
三人が私を見る。
「私も?」
順平先輩が言った。
「境野、お前は『これは何か』を決めると、その名前から相手を動かす」
「例えば」
「俺たちを班じゃないって言った。でも『次も四人』って動いてた」
知られていた。
「何でそれ」
「見てればわかる」
嫌な人だ。先輩は机に四枚の紙を置いた。何も書いていない。
「今日は解決しなくていい」
「じゃあ何で呼んだ」
「一人で決めるのやめろって言うため」
結を見る。律を見る。先輩を見る。
「それ、先輩が一人で決めた?」
順平先輩は数秒黙ってから笑った。
「そういうとこだぞ」
初めて四人とも笑った。少し。関係は直らなかった。でも、誰の手がどこに刺さっているかは見えた。旧図書室のあと、順平先輩は私たちへ小さな実験をした。翌日、グループへメッセージ。
《放課後、購買寄る人いたら紙コップ買ってきて。無理ならいい。》
私は既読をつけた。律も。結も。誰も返事しない。一時間後、結が《行ける》と送った。先輩は《助かる》だけ。後で聞く。
「何」
「昨日の話。断っても関係変えない練習」
「紙コップで?」
「小さい方がいいだろ」
「自分で買えば」
「それだと練習にならない」
結が紙コップを渡す。
「代金」
先輩が払う。結は珍しく、貸しにしない。律が言った。
「私は、返信しない時間があるだけで楽でした」
「俺、返信待ってる間めちゃくちゃ気になった」先輩。
「先輩側が苦しい」私。
「そう」
頼む側も、相手の自由を本当に残すなら待たないといけない。順平先輩はそれが苦手だった。先回りする方が早いから。
「六年で初めて?」
「たぶん」
「遅い」
「お前十五だろ」
「関係ない」
先輩は笑う。その笑いは、少し若かった。彼が先輩でない時間が増えるほど、私たちは彼を人として知るようになった。
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順平先輩の「来れるなら」は、その後問題になった。私たちではなく、一年生の九条真琴が言った。
「倉橋先輩。これ、断れる形に見えて断れません」
旧図書室。九条は自治委員の書類を抱えていた。順平先輩が彼女にも連絡したらしい。
「来なかったら何もしないけど」
「先輩が『来れるなら』と言った時点で、後輩は行かない理由を作る必要があります」
「俺、理由聞かないよ」
「聞かなくても、私が作ります」
順平先輩が止まる。九条は続けた。
「断った後に普通に接してくれると分かっていても、先輩が知っていることを私は知らない。次に困った時、助けてもらえなくなる可能性をゼロにできない」
律が小さく頷いた。結はノートを開いていない。先輩を見る。耳が伏せていた。
「じゃあ、どう頼む」
九条。
「期限と、断っても不利益がないことと、代替手段」
「契約書かよ」
「先輩が普段やってることです」
私が吹き出した。順平先輩は笑わない。
「分かった」
その場でメッセージを打ち直した。
《今日17:00、旧図書室。自治制度の意見が欲しい。来られなくても不利益なし。回答は明日昼までメッセージでも可。資料は共有フォルダ。》
九条が読む。
「行きます」
「最初から来る気だった?」
「はい」
「じゃあ今の全部」
「必要でした」
順平先輩が私たちを見る。
「一年生、怖くない?」
「先輩が育てた」結。
「育ててない」
「環境」律。
「お前らまで」
でも翌日から、先輩の頼み事には期限が入るようになった。それで断る人は増えた。先輩は少し不便になった。少し自由になった。
その後、誰も困っていない昼に、澄が先輩へ聞いた。
「放課後、駅前寄ります?」
「何か買う?」
「別に」
先輩は一秒だけ返事が遅れた。
「行く」
✦
白石先生は、私たちが揉めていることに気づいていた。ほどなく共同課題班が解散され、《個別適応力確認期間》になった。
「私たちが個別に機能するかを見るんですね」律。
「じゃあ機能すればいい」結。
私は一人で《部活動危険物申請》を処理した。分類は完璧だった。提出窓口を間違え、二日遅れた。順平先輩なら知っていた穴だった。
結の失敗は配給室で起きた。再生死者用の維持液が三本足りない。結は十五分で、別棟、保健室、上級生の余剰から一本ずつ集めた。必要な生徒は全員助かった。翌朝、三本は《未承認移動》になった。誰がどの一本を使ったか、記録がない。
「人は助かった」私。
「記録の人も六時間死んだ」
「もう死んでる?」
「比喩」
翌日から、結は物を動かす前に一枚だけ写真を撮った。全部ではない。自分に必要な一枚。
律は、当事者同士がもう仲直りした貸本トラブルを、記録が始まったという理由で閉じられず、二人から「もう関わらないで」と言われた。様式に《当事者による処理終了希望》が増えた。
順平先輩は足りない備品を集めるため実習から二十三分消えた。翌朝、壁に《足りない物:ここへ書く。倉橋を呼ぶな》と貼った。
個別期間の最終日、私は部活申請を出し直した。証拠を揃え、窓口の都合を先に確かめ、正式締切ではなく実際の処理時間を見て、最後に自分の分類を置く。通った。
放課後、三人に言った。
「今日、全部真似した」
「使用料」結。
「どの部分ですか」律。
「俺のは無料」順平先輩。
同じ技を借りても、声まで同じにはならなかった。




