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怪物たちは校則を破らない  作者: 竜の牙


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13/31

第13章 私より先に選ばないで

黎明の系列企業から、私に推薦が来た。


《異類制度設計インターン候補》


推薦画面には《内定承諾》《他選考状況》《推薦経路確認》が並び、最後に《保護者確認》があった。


辞退しろとは書いていない。ただ、早く返事をするほど席が確定する。


半年後の外部実習を優先配属。社会適応認定にも加点。


「すごいじゃん」澄が言った。


「まだ一年だけど」


「だからすごい」


私も最初はそう思った。問題に気づいたのは、その日の夕方。別の実習先へ応募しようとして、受付が終わっていた。締切は昨日。


「昨日?」


自分のカレンダーを確認する。一週間前まで、締切は来週だった。変更通知が来ている。見落とした。ただし通知には既読がついていた。私が開いた覚えはない。寮へ戻る。結が机で書類を整理している。


「結」


声でわかったらしい。手が止まった。


「何」


「南部市立資料館の実習、締切変わったの知ってた?」


「知ってた」


「通知、私の端末で開いた?」


「うん」


「何で」


「共有通知になってたから」


「何で言わなかった」


結はすぐ答えなかった。それだけで答えだった。


「黎明の推薦の方が条件良かった」


「だから?」


「資料館は危険だった」


「何が」


「去年、異類実習生の事故二件。監督者の異動。保険も弱い。通勤二時間」


机から資料が出る。全部調べてある。


「黎明の方は寮あり。認定加点。事故率低い。綴の分類能力も使える」


「私が選ぶことだよ」


結は私に推薦を押しつけたわけではない。端末を奪ってもいない。応募禁止にもしていない。


ただ、一つの締切を知らせなかった。


それだけで、私の画面から未来が一つ消えた。


「選べるよ」


「もう選べない」


私の声が大きくなった。結の左足が少し遠くへずれた。


「締切終わってる」


「追加受付、頼めば」


「頼めるようにした?」


結が黙る。


「したんだ」


「一応」


「じゃあ何。危ない方を選びたいって言ったら、結が裏から開けるの?」


「必要なら」


「それ、選択じゃない」


結の顔が硬くなる。


「じゃあ何」


「結が作ったメニューから選ばされてるだけ」


「綴が困らないようにした」


「困る権利まで取らないで」


言ってから、ひどい言葉だと思った。でも引かなかった。結も引かなかった。


「危ないって知ってて何もしない方が友達?」


「知らせるのが友達」


「知らせたら綴は資料館選んだかもしれない」


「そうだよ」


「だから先に止めた」


部屋が静かになった。これは結の告白だった。好き、ではない。信じている、でもない。あなたの判断より私の準備の方が安全だと思った。その方が結にはずっと重い。


「最悪」


「知ってる」


いつもの返事だった。でも今回は笑えなかった。寮を出た。傘は持っていかなかった。雨が降っていた。玄関の傘立てには、私の名前が書かれた透明傘が二本あった。一本増えていた。両方置いて出た。寮を飛び出した私は、結局図書室へ行った。間宮先生は閉館作業中だった。


「相談しません」


私が言う。


「助かる」


「座ります」


「それは自由」


私は濡れたまま座った。先生は机にタオルを置いた。


「頼んでない」


「本が濡れる」


結とは違う。私のためではない、と言い切れる形。でも結果は同じ。タオルを使った。


「人のために何かするのって、全部操作ですか」


「相談じゃないの?」


「独り言」


「なら答えない」


腹が立つ。しばらくして先生が本を棚へ戻しながら言った。


「操作じゃない行為を探すより、相手がどこで嫌がったか見る方が早いんじゃない」


「答えてる」


「本棚に言った」


私は結が嫌だった場所を考えた。調べたことではない。危険を見つけたことでもない。私に言わず、締切を過ぎさせたこと。選択肢の地形を変えたこと。


「善意なら許す、じゃない」


先生は何も言わない。自分で続ける。


「結果が良くても嫌なものは嫌」


「そういうこともある」


先生は最後の照明を消した。


「閉館」


寮へ戻ると、玄関の透明傘が一本減っていた。結が私を探しに出たらしい。すれ違った。私はそのまま部屋で待った。二十分後、ずぶ濡れの結が戻る。傘を持っているのに濡れている。左足が傘の外へずれていたからだ。お互い笑わなかった。でも私はタオルを投げた。


「本が濡れるから」


結は受け取った。それが、破綻の中で最初に戻った小さなものだった。


✦


接木統司から、結にも連絡が来ていた。後で知った。


《推薦枠は四名。境野さんを含め、班内から最大二名まで優先可能です。希望者が重複する場合、事前に調整すると選考負担が減ります。》


親切な文面。命令はない。結は返信している。


《境野は制度設計志望が高いと推定。南部資料館は記録研究寄り。黎明推薦を優先させた方が適合度は高い。》


接木。


《本人確認は?》


結。


《まだ。選択肢が多い状態では判断が散る。比較材料を整理してから。》


接木。


《了解。締切変更が入る可能性があります。共有通知を確認してください。》


その通知を、結は私の端末で開いた。読んだ。そして、言わなかった。


「接木さんに言われたから?」


私が聞く。結は首を振る。


「私が決めた」


「何を」


「綴が、黎明を選びやすい状態にした」


「それ、私が選んだ?」


「最後は」


「最後しか残ってない」


結の顔は平らだった。


「南部は交通費自己負担。担当者の評判も悪い。黎明は寮補助、実習評価加点、将来枠」


「だから?」


「合理的」


「私が非合理を選ぶ可能性は?」


「ある」


「だから消した?」


「消してない。締切を」


「言葉の問題じゃない」


初めて、結が黙った。私は続けた。


「私が選ぶ前に、結が結果の方を好きになった」


そこだけ、彼女の顔が変わった。ほんの少し。接木統司は、その夜、結へ一通だけ送った。


《優秀です。ただし、設計者が利用者を好きになりすぎると、退出経路を消しやすい。》


結はその文を削除しなかった。私には見せなかった。翌日、審査室で律が提出するまで。


✦


直接演算は五十七パーセント。人間関係が壊れる方が、その数字より計算しにくかった。南部市立資料館への追加受付は認められなかった。理由は単純。募集枠が埋まった。黎明の推薦を保留した。結とは必要事項しか話さなくなった。翌日、今度は学院から呼び出された。


《外部実習推薦に関する不適切な情報アクセスの疑い》。


私の端末で、結が通知を開いた件だった。共有設定が曖昧だったので、アクセス自体は違反か微妙。ただし推薦先の選択に影響した可能性がある。審査室に律がいた。


「何でいるの」


「参考人です」


嫌な予感。白石先生が言った。


「境野さんの意思決定に第三者が不当に介入したかを確認します」


私は答えた。


「介入はありました」


「不当でしたか」


止まる。怒っている。でも「不当」は別の言葉だ。結は私のために調べた。危険も本当だった。追加受付の道も残していた。やり方が嫌だった。


「境界を越えました」


「どの境界ですか」


それを説明するための言葉がなかった。律が手を挙げた。


「資料があります」


私は律を見る。


「何」


律は一冊のノートを出した。見覚えがある。律の私的観察記録。


「御影さん」


「境野さんが選択肢を提示された際、自分で比較検討する傾向について、過去の記録があります」


ページが開かれる。文化祭。交換実習。青区。私が何に不快を示し、何を自分で決めたがったか。雨の日の傘まであった。


《結からの傘。境野は返却条件を確認。所有関係の曖昧さに警戒するが最終的に使用。》


胸が冷えた。


「それ、出すの?」


律は私を見る。


「あなたの意思決定傾向を示します」


「私が見せていいって言った?」


「審査上、あなたを守るために必要です」


「誰が決めた」


律の顔が固まる。


「私です」


結と同じだった。方法が違うだけ。審査は私に有利に終わった。学院は、結の行為が「情報共有権限の範囲内だが、本人意思形成への影響を伴うため指導対象」と判断した。私には不利益なし。推薦保留も認められた。律の資料が効いた。廊下に出る。


「境野さん」


「今話したくない」


「でも」


「その『でも』も記録する?」


律が黙る。


「事実だったよ」


私は言った。


「全部。私が曖昧なの嫌いなのも、自分で決めたいのも。律の記録、正しかった」


「では」


「だから嫌なんだよ」


律は理解できない顔をした。その顔を見て、私はもっと腹が立った。


「正しければ使っていいわけじゃない」


「あなたを守るためでした」


「結も同じこと言った」


それで律は止まった。歩いた。後ろから追ってこなかった。そのことに少し安心して、少し傷ついた。律との会話は、その後もっと悪くなった。翌日、彼女は私に書面を渡した。


《私的記録使用に関する説明》。


六ページ。使用したページ番号。提出先。目的。予想した不利益。代替手段を採らなかった理由。


「これ何」


「説明責任です」


「私、今これ読みたいって言った?」


律が止まる。


「……いいえ」


「じゃあまた同じ」


彼女の顔から血の気が引いた。吸血鬼なのに。


「すみません」


言い訳なしだった。書面を受け取らなかった。


「捨てないで」


「では保管します」


「私が読みたいって言ったときに」


「はい」


翌朝、私は自分から言った。


「見せて」


律は六ページを出した。読んだ。内容は正しかった。律は私が不利益処分を受ける可能性を高く見ていた。事前に聞けば、私が拒否する可能性も高いと見ていた。だから無断で出した。


「わかってたんだ」


「はい」


「私が嫌がるって」


「はい」


「それでも」


「はい」


律は目を逸らさない。そのことだけは、少し救いだった。


「もう二度とするな、って言ったら?」


「従います」


考えた。もし本当に重大な時、律の記録が私を助けるかもしれない。それを知っている。禁止するのも違う。


「まだ決めない」


「わかりました」


「記録する?」


律は一秒迷う。


「しません」


「何で」


「今は、残さない方が正しい気がします」


証拠のない理由。また一つ増えた。


✦


律が出した資料の中に、接木と結のやり取りがあった。私が知らない文面。


「これ、どうやって」


「審査照会で開示されました」


「結の私信だよね」


「実習推薦に関係する業務連絡です」


「律」


「必要でした」


その言い方が腹立たしかった。正しいから。白石先生が言う。


「御影さん。この資料は、恩田さんに不利に働く可能性があります」


「理解しています」


「境野さんとの関係にも」


律の指が一度だけ止まる。


「理解しています」


「それでも出す」


「はい」


私は律を見る。


「私が嫌がっても?」


「あなたの意思決定が侵害されたかを判断する審査です。嫌がることを理由に証拠を除くと、審査が成立しません」


「じゃあ私が『出さないで』って言う意味ない?」


「あります」


「何に」


「私との関係に」


部屋が静かになった。律は続けた。


「審査結果には影響させられません」


結が、初めて律を見る。


「それでいい」


私が結を見る。


「よくない」


「でも、律が隠したら私はもっと嫌」


「今、私の嫌を勝手に」


「ごめん」


結が言った。早かった。言葉を失った。結が謝る時は、費用計算の後だと思っていた。今回は違った。


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