第11章 四人でできること
校外実習二日目は、就業適応プログラムだった。十五歳に就活をさせる学校はどうかと思う。でも私たちは人外なので、人間社会へ出る前に「就業可能性」を測られる。怪物より労働法の方が長生きするらしい。課題はグループディスカッション。テーマ。
《人外従業員を受け入れる企業が優先して整備すべき制度は何か。》
制限時間二十分。六人一組。私たち四人に、黎明の生徒二人が入った。評価項目は、論理性、傾聴、協調性、時間管理、合意形成。
「合意する内容より、合意できるかを見てますね」律。
「嫌な競技」私。
結が小声で言った。
「役割、もう決めた」
「いつ」
「今」
「誰が何」
「律が進行。綴が論点整理。先輩が時間。私は黙る」
「最後だけ信用できない」
「必要なとき話す」
始まった。黎明の男子がすぐ発言した。
「まず差別防止研修じゃないかな」
女子が頷く。
「設備面も。吸血種向けの休憩室とか」
律が丁寧に受ける。
「目的を分けましょう。差別防止、身体的配慮、事故対応、雇用手続。優先順位の基準を先に決めませんか」
場が整う。ホワイトボードに分類を書く。順平先輩が十四分のところで一度だけペンを机に置く。時間の合図。誰にも命令しない。結はほとんど話さない。ただ、黎明の女子が発言する前に資料を一枚ずらす。必要な統計が上に来る。男子が反対意見を言いにくそうにしたとき、「それも書く?」とだけ言う。反対意見が出る。最後の五分。意見が割れた。設備を先にするか、差別防止研修か。言った。
「優先って、一個選ぶ意味?」
律が見る。
「課題文は『優先して整備すべき制度』です。単一とは書いてません」
黎明の男子が笑った。
「また分類?」
「複数施策を一つの制度パッケージとして定義すればいい」
女子が乗る。
「採用前研修と、採用後の身体配慮申告をセットにする?」
「事故時の再評価も」律。
順平先輩が残り二分を示す。結が最初に書いた紙を律へ渡した。タイトル。
《受入れ初期パッケージ》
最初から予想していた。討論は時間内に終わった。評価は一位。講師が言った。
「皆さん、役割分担が自然でしたね」
自然。結を見る。結は笑わない。律も何も言わない。順平先輩だけ肩をすくめた。自然ではなかった。ただ、誰もその場で役割分担を命じなかっただけだ。それでも私は一位が嬉しかった。そこが嫌で、かなり楽しかった。討論後、講師から個別フィードバックがあった。私には《論点設定力が高い。ただし議論の枠そのものを変更するため、他者が追随できない場合がある》。結には《発言量は少ないが、他者の発言条件を整える》。律には《議論の正当性と時間管理に優れる。反対意見を安全に出せる》。
順平先輩には《場の進行を支えるが、自身の貢献を可視化しない》。
「全部そのまま」結。
私たちの普段が、就業能力として点になっている。
「これ、喜んでいい?」
訊くと、律は即答した。
「高評価です」
「そうじゃなくて」
結が紙を覗く。
「使えるってこと」
「誰に」
「会社」
順平先輩が苦笑する。
「学校って、外で使える形にする場所だからな」
私はそこに引っかかった。外で使える。分類も。根回しも。記録も。運用も。今までは学校を生き延びるための癖だと思っていた。講師は、それを職能と呼んだ。その日の夕方、黎明系列企業から推薦案内が来た。私の評価欄には《制度運用・規程解釈・調整業務適性》。嫌いな学校で覚えたことが、未来の仕事に変わっていた。嬉しかった。その嬉しさを、結はたぶん私より先に見ていた。
緊急アンケートは匿名で集計された。
《あの行為を面白いと思いましたか》
いいえ、三十一。はい、五。
《誰かが止めたほうがよかったと思いますか》
はい、二十九。いいえ、七。
あの日、笑った人数のほうが多かった。
梓が数字を見る。
「じゃあ、なんで笑ったの」
誰も答えなかった。
✦
学院から《生徒自治改善実習》の募集が出た。きっかけは、幽体出席制度への苦情。さらに文化祭申請の過密。さらに上履き身体位置問題。さらに私の角。
「半分、私たちじゃん」
「影響度は四割程度です」律。
「計算したの?」
「しました」
学院側の説明はこうだった。
《直接指導・懲戒に過度に依存せず、生徒の主体的な規範形成を促進する制度改善案を募集する。》
結が読み上げる。
「いいこと書いてある」
順平先輩が嫌な顔をした。
「何ですか」私。
「俺、こういう『主体的』って言葉で六年延びた気がする」
律が資料を見る。
「参加者には社会適応認定の実地評価加点があります」
私はそこで止まった。社会適応認定。異適院へ入った目的。認定が取れれば、一般社会の学校・職場・住居で異類としての法的支援が受けられる。取れなければ、保護指定区域か、学院系列施設での継続訓練。私は外へ出たい。黎明へ行きたいわけではない。人間の街に、自分の名前で住める資格が欲しい。
「やる」
私が言った。結がすぐ頷く。律は応募要項を確認。順平先輩だけ黙る。
「先輩?」
「俺、これ通ったら卒業近い」
「いいことでは」
「たぶん」
六年いる場所から出ることは、合格より難しいのかもしれない。澄が横から募集要項を覗いた。
「私も手伝える?」
「参加資格一年以上」律。
「じゃあ無理」
「協力者は可」
結が言う。
「やろう」
私たちは応募した。提出した企画名は律が決めた。
《相互適応制度改善班》
私が赤ペンで《仮》と付けた。結が《仮》の横に《長い》と書いた。順平先輩がその下に《どうせ学校が名前変える》と書いた。全員正しかった。採択通知にはこうあった。
《生徒主体相互適応モデル構築実習・第三区分》
名前はもっと長くなっていた。
✦
採択前に、面談があった。白石先生と自治担当の職員。質問は一つ。
「この実習で、あなた自身は何を得たいですか」
共同目的を聞かれると思っていた。一人ずつだった。最初、私。
「社会適応認定の加点」
職員が少し驚く。
「制度改善そのものではなく?」
「改善できたら嬉しいです。でも、私は外へ出たい」
白石先生は何も言わない。次、結。
「交通費」
「ほかには?」
「実習手当」
「理念は」
「理念に支払いはありますか」
職員が白石先生を見る。先生は助けない。結は続ける。
「あと、人が自分で選んだつもりになる制度が、どこまで許されるか知りたい」
そっちの方が怖かった。律。
「制度変更前後の一次資料へのアクセス」
「研究目的?」
「再発防止」
「あなた自身の利益は」
律は止まる。
「自分の記録方法が他人へ与える影響を確認したい」
私を見る。すぐ戻る。最後、順平先輩。
「卒業」
「後継者育成実績ですね」
「はい」
「あなたの知識を学院へ残す」
「違います」
初めて即答した。
「人に残す。学院に残すと、様式になる」
職員のペンが止まる。
「同じでは?」
「全然」
面談後、四人で廊下に出た。
「共同目的、一個もなかった」私。
律。
「実習参加という行動は一致しています」
結。
「理由が違う方が、抜けにくいよ」
「なんで」
「一人の理由が消えても、残りが続けるから」
順平先輩。
「そういう言い方すんな」
採択された。
改善したいものは一つではなくなった。《良好》を押す梓。来ているのに欠席になる澄。嫌だと思いながら笑う生徒。十秒の動画で履歴を失う人。
律は記録の範囲。結は選択肢の出し方。先輩は相談へ入る経路。私は、同じ言葉で別の状態をまとめない方法を担当した。
✦
灯里は律の手帳を指した。
「試験の次の日。十八時」
「予定を勝手に入れないでください」
「だから聞いてる」
律は一日の枠を開いた。
「公演ですか」
「練習。一人だけ見てて。舞台の方の審査員には、まだ見せたくない」
「私には?」
「音を外した時、変なところで笑わないから」
私は横で吹き出した。律がこちらを見る。
「変じゃないところなら笑うの?」
灯里が聞いた。律はペンを止める。
「内容によります」
「じゃあ、内容頑張る」
手帳に十八時が入った。灯里は練習の時に折った紙の席札を渡した。角がつぶれている。
「持ってきて。机にすると平らになるから」
律はそれをノートに挟もうとして、やめた。上着の内ポケットへ入れた。
✦
最初の仕事は、苦情を読むことだった。二年分。一万三千八百十二件。
「無理」
私が言う。印南さんが言う。
「全件精査を求めていません。代表性を担保した抽出を」
律がもう標本設計をしていた。彼女に任せた。苦情には学校全体が入っていた。制服。髪。角。尾。翼。上履き。寮の門限。アルバイト。通学経路。スマホ。清掃。昼食当番。血液パック。変身事故。家族同意。補助費。担保。名前の欠損。出席。実習。就職推薦。
「全部、学校じゃん」澄。
「学校の苦情だから」結。
「そういう意味じゃない」
下層市場にも行った。以前の老婆が私を見て言った。
「今度は買いに来た?」
「調査」
「学校側?」
「生徒側」
「学校に出す?」
「出す」
「じゃあ学校側だ」
痛かった。隠さなかった。
「改善案を作る」
「学校が採用する」
「たぶん」
「採用したら、ここに来る必要が減るかもね」
「それが目的」
老婆は笑う。
「なら、ここが消えた後も覚えてな」
市場の学生たちは話してくれた。名前を売る理由。青区へ上がるための信用点。寮費。支援設備を使うと評価が下がる矛盾。家族の同意が取れない異類。人間の保護者が怪異制度を理解できず、毎回書類を間違えること。
「全部直す?」結。
「無理」順平先輩。
律が言った。
「直せる単位へ分けます」
私は彼女を見る。それ、私の技だった。律は気づいた。
「借りました」
「利用料」
「記録します」
「そうじゃない」
結が笑う。調査は数日続いた。その間、私たちは授業も受けた。朝ごはんも食べた。喧嘩もした。澄が別の一年生の申請を手伝うようになった。順平先輩は自分の知識を共有フォルダへ移した。律は苦情を書いた人へ確認を取り、匿名化の範囲を本人に選ばせた。結は協力者へ差し入れを配りすぎ、私に止められた。
「配置した部分、開示」
「お菓子」
「何のため」
「話しやすくする」
「それ賄賂では」律。
「百二十円」
「金額ではありません」
苦情は、嫌なものではなくなった。人が制度にぶつかった場所の地図に見えた。それが少し楽しくなっていた。
✦
苦情の分類会に、九条真琴が参加した。学生自治会推薦。
「あなたもやるの?」
「やらないと、あなたたちが全部『改善』するから」
「嫌な言い方」
「正確」律。
九条が律を見る。
「あなた、たまに敵?」
「議題によります」
苦情を六分類した。身体。時間。金銭。記録。関係。分類不能。九条が最後に反対する。
「分類不能を作ると、そこに嫌なもの全部入れない?」
私が言う。
「じゃあ未処理」
「名前を変えただけ」
「でも『不能』は終わってる。『未処理』なら続く」
判田さんと同じ発想だと、その時は知らない。九条は考える。
「継続中」
「何が」
「分類継続中。本人が『まだ違う』って言える」
私は赤ペンで書き換えた。
《分類継続中》
九条が私のペンを見る。
「勝手に直すんだ」
「会議中」
「合意は」
律。
「今、取ります」
結。
「採決より、反対理由を残した方が後で使える」
順平先輩。
「もうお前ら、苦情好きだろ」
否定できなかった。一万三千件が、人の失敗ではなく制度の縫い目に見える。見つけると嬉しい。直せるともっと嬉しい。九条だけが、嬉しそうではなかった。
「直した制度が、次に誰を困らせるかも分類して」
その一言で、会議が二時間延びた。全員、少し九条を嫌いになった。全員、翌日その欄を使った。
✦
九条が「分類継続中」にこだわる理由は、三日後に分かった。自治会室で、二年の委員長が彼女へ言った。
「九条さん、拒否者側の意見をまとめてもらえる?」
私は資料を届けに来ただけだった。九条は机の前で止まる。
「何で私ですか」
「相互確認制度を使ってないから。代表として一番わかるでしょ」
「代表になった覚えないです」
「でも実際、拒否してる人の中では一番発言してるし」
「それ、拒否したら役割が付くってことですか」
委員長が困った顔をした。悪意はない。
「そういう意味じゃなくて」
「じゃあ、どういう意味ですか」
私は黙っていた。委員長は私を見る。助けを求める目。助けなかった。九条は続けた。
「私は制度を使いたくない。制度に反対する係になりたいわけでもない。『使わない人』を仕事にしないでください」
そこでやっと分かった。私たちは九条の拒否を、問題として丁寧に扱いすぎていた。丁寧に扱うほど、彼女は《拒否者》になっていく。分類は、悪口でなくても人を固定する。委員長は謝った。
「じゃあ、意見は匿名で」
九条。
「今度は私の意見を使う前提になってます」
委員長が完全に止まる。笑った。九条が睨む。
「何」
「強いなと思って」
「褒めて役割にしないで」
「了解」
それで私は資料だけ置いて帰った。翌日の分類会で、九条の席札から《拒否者代表》が消えていた。ただの、九条真琴。彼女はそれについて何も言わなかった。私も。
苦情の数を増やせば、問題は見える。でも、見えるようにするため毎回名前や属性を残せば、次に黙る人が出る。
数字が足りないと助けられない。数字を取りすぎると助けを求められない。
律は集計表の下に《未取得》《本人希望により非記録》を足した。
✦
異適院が夜教室を正式化したいと言った。理由。
《後天術師の自律的相互支援は、社会適応上きわめて有効》
褒められた。全員、嫌な顔。提案。部屋。予算。正式顧問。教材。出生証明加点。
「最後」
梓。
「絶対嫌」
上級生。
「予算は欲しい」
別。
「部屋も」
別。
「加点いらない」
桐生先生が以前に残した意見書。
《正式化する場合、施設安全と共同体内部情報を分離すること。》
梓が読む。
「先生、ここでも分類好き」
律。
「本人は証拠と言うと思います」
判田巡の古い様式メモも出てくる。
《部屋を正式化しても、中身まで学校の所有物にはならない。たぶん。法務確認。》
最後の「たぶん」が判田さんらしい。会議。夜教室内部。意見。公開。半公開。拒否。
「全部断ると、また倉庫」
「全部受けると学校」
梓。
「分ける」
私を見る。
「境野さんの技、借りる」
嬉しい。少し。分類。
施設支援 学校。
部屋。電気。防災。
学習支援 共同。
教材購入。外部講師。
共同体内部 学校外。
安全な先生一覧。術名。相談履歴。推薦の裏情報。誰が誰を迎えに行くか。非公開。学校。
「監督できません」
梓。
「監督させません」
「事故」
「施設事故は報告。人間関係は本人希望」
「出生証明評価」
「加点しないで」
「なぜ」
梓。
「生き残るために作った場所を、合格点にしないで」
静か。白石先生。加賀谷先生。榊原先生。守屋先輩。私たち。学校側。最終。正式部屋。予算。顧問は連絡役のみ。内部名簿提出なし。術名提出なし。活動参加は内部評価対象外。ただし学校設備利用時の安全記録のみ。完全勝利ではない。部屋は学校のもの。電気も。でも共同体は違う。看板。正式名。
《後天術式文化研究会》
扉の内側。手書き。
《夜教室》
学校は前者だけ知る。律が桐生先生の意見書を折る。学校提出用コピーではない方。
「それ、保管?」
私。
「私的です」
梓。
「いいね」
私はその日、初めて思った。制度化しないことも、制度設計だ。人が残したものまで、全部制度へ渡す必要はない。
学院側の正式化案は、思ったより親切だった。《居場所機能》認定。暖房費。安全管理。個別指導計画。学習評価への接続。出席扱いの調整。
一年生が最初に聞いた。
「来た回数、取ります?」
職員は資料を見る。
「運営評価のために最低限」
梓が言った。
「認めたら、誰のものになる?」
最終的に、部屋と電気と防火は学院。共同体の参加記録と相談内容は、原則として評価対象外。
少なくとも、その年は。




