第五夜:終焉のワルツ
「もう、こんなにもあなたに惹かれているのに…。今更、他のひとを探せとか…、言わないで…。」
オルフィリアの部屋の中には彼女が必死に絞り出した言葉だけが静かに響き、彼女の瞳から涙が零れ落ちた。
その瞬間、俺の中で何かが壊れた。
〝彼女がこんな俺のために勇気を出したというのに、俺は…!〟
咄嗟に彼女をこの腕の中に抱き寄せていた。
「オルフィリア…!」
俺は彼女の名前を静かに呟いた。
彼女は静かに頷き、俺をまっすぐに見つめる。彼女の瞳に映る俺は吸血鬼の俺ではなく、一人の人間の男のように映っていた。
〝あぁ…!俺の秘密を知っても、それでも恐れずに向き合おうとしてくれる…!〟
俺は彼女を強く抱きしめた。
だが、俺は知っている。
どんなにお互いに愛し合ったとしても俺は「吸血鬼」であることに変わりはないのだ。
〝生きる時間が違う────!〟
俺は彼女なしでも生きていけるのだろうか…。
幸せなはずなのに一気に不安になった。
だが、そんな俺を彼女は察したのだろうか…。そっと手を伸ばしてきた。
「ロワールさま…。恐れないで。」
「────?!」
〝俺が…恐れている…?〟
「あなたを残して逝くことは否めません。あなたが辛い想いをすることも…。だけど、私はもう、あなたなしでは生きていたくありません。こんなに好きになってしまったのだから、ちゃんと責任取ってください。」
彼女はそう言って赤くなった頬を膨らませた。
俺はなにを恐れていたのだろうか…。
「あぁ…、そうだな。俺はあなたといられるのなら、その先がどんなに永い時をひとりで歩むとしても耐えてみせよう。」
慰めにしかならないような言葉だった。
それでも彼女はニッコリとほほ笑んだ。
ずっと〝触れたい〟と思っていた。もっと彼女に触れたい。だが、触れると離せなくなるのもわかっていた。
「オルフィリア。今よりそなたは俺の唯一の妻だ。」
「では、式をふたりだけで挙げましょう。」
彼女がそう言うと、俺は彼女を抱きかかえて俺の能力でこの邸の屋上へと瞬時に移動した。
最初、彼女は驚いていたが、くすくすっと笑った。
屋上からは銀色に輝く月が二人を優しく照らした。
「あの月に誓おう!俺は生涯オルフィリア、あなただけを愛すると。」
「では、私もあの月に誓います。私は生涯ロワールさまだけを愛します。」
二人は目を閉じてそっとキスをした。
月の明かりで出来たふたりの影が一つになった────
誰にも祝福されないこの恋。
それでも譲ることも、諦めることも出来なかった────
***
そのあとロワールはみんなの記憶から二人の記憶を消すために力を使ったために暫く寝込むことになった。だが、それでもそばにはオルフィリアがいた。
使用人はロワールの眷属たち数人だけだった。それでも二人は静かに暮らしていければいいと思った。
「ねえ、ロワールさま。どうして私の血を飲まないの?」
ある日、オルフィリアはロワールに尋ねた。
「吸血鬼が血を飲むということは〝眷属にする〟意味もある。俺はあなたを俺の意のままに操る人形にはしたくないんだ。」
「そうでしたの…。少しだけでもダメなんですか?」
「オルフィリア。俺がこうして寝込んでいなければその言葉は俺を衝動的に動かしていたぞ?今後そういうことを言ってはいけない、わかったね。」
「……………。どうして?」
俺は寝ながら髪をクシャっと掻き上げて
「俺が〝止められる自信がない〟からだ。」
「……………え…」
「吸血鬼にとって、愛する人の血は最高なんだ。飲み干してしまう可能性があるってこと!それに俺は人間でもあるのだからそなたを襲ってしまう。危険だからだ。」
「血を…飲み干されるのは困りますが…、お…おそ…」
言いかけて顔を真っ赤にして黙ってしまった。
「そなたに子を授けてあげたいが、吸血鬼が産まれる可能性もあるからな、すまない。」
オルフィリアはロワールの顔を見て静かに横に振った。
〝彼自身が一番つらいだろうに…。〟
「わたしはあなたと共にいられるだけで、もう充分、幸せよ。」
こんな会話も懐かしいほどに月日が流れた頃、ベッドに横たわるようになったのは俺ではなく、オルフィリアの方になっていった。
「あなたはいつまでも出会った頃のままね…。」
弱弱しく言うオルフィリア。皺が寄った彼女の手をしっかりと握るロワール。
「俺にとってはきみも出会った頃のまま、変わりないよ。」
それが彼なりの気遣いだと感じながらオルフィリアは微笑んだ。あとどれくらいこうしていられるのだろう…。彼女の脳裏にはそればかりが浮かぶようになった。
ロワールも感じていた。永く生きてきた彼のことだから人間の寿命がどれくらいのものかはよく理解していた。オルフィリアは長生きしている方だった。
間もなく二人は永遠の別れをすることになる。それは二人ともわかっていた。だが、口にしなかった。
ある夜、オルフィリアはロワールに言った。
「ねぇ…。私、すごく幸せだったわよ。あなたと共に生きてきたこと、後悔していないわ。今も変わらず、大好き、愛しているわ…。」
彼女の手を握っていたロワールはビクッとした。
「ど…、どうしたんだい?急に…。」
戸惑いながらもロワールは彼女に聞いた。本当はわかっている。〝そのとき〟が近いからだ。
「ううん、言えるときに言っておきたいなって思っただけなの…。」
「そうか…。じゃあ、毎日でも聞きたいな。」
「ふふっ。そうね。毎日でも言うようにするわね。ちょっと眠くなってきたから眠るわね。」
「……………、ああ、少し眠るといい。」
そうしてオルフィリアは目を閉じた。
ロワールは彼女の手を握ったまま彼女をずっと見つめていた。
寝室には彼女の寝息だけが響いていた。
ロワールはその〝音〟を聞いて安心していた。気の緩みからだろうか、少しウトウトしていたようだ。
夢の中のオルフィリアは出会った頃そのもので、ロワールに微笑んでいた。
〝あぁ…、きみはあの頃から変わらないな…。〟
そう思ってふっと目が覚めた。
あまりにも部屋の中が静かに思った。
「────────!」
ロワールは咄嗟にオルフィリアを確認した。
「────息を…していない…?!」
「オ…、オルフィリア────────ッツ!!!」
覚悟はしていた。だが、それはあまりにも突然だった。
〝まだ もう一日、あと10日は…、〟そう言って自分に希望を持たせてきた。
だが、現実はあまりにも無情だった。
「ああ、覚悟していたさ、俺は永遠の孤独を歩むってことも。彼女を失うことも…。覚悟していた…していたんだ…!!」
ロワールは自分の胸を搔きむしるかのように苦しんだ。
「オルフィリア…、オルフィリア…!キミとの幸せを知った俺がこの先、どうやって独りで生きていけと…。オルフィリア…。」
どんなに嘆き叫んでも、もうオルフィリアは息を吹き返すことも生き返ることもなかった。
彼女は人間であった。
彼女を生かす唯一の方法は同じ眷属にすることだったが、ロワールにはそれが出来なかった。
何度かオルフィリアから提案はあったものの、彼女にこの吸血鬼としての苦しみを与えたくなかったから断った。
彼女には「人間」として最期を迎えて欲しかったのだ。
泣き崩れていたロワールにふわっと温かい存在が彼の肩を叩く。
「……………?」
〝なかないで…。いつか、あなたも人間に戻ったらまた会いましょう。それまであっちの世界で待ってるわ。〟
そう言って微笑みながらオルフィリアは消えた。
「オルフィリア…待って、行かないで!そんなこと、無理だ。あるわけがない!待ってくれ!」
ロワールは手を伸ばす。
だが、もうオルフィリアの魂はそこにはいなかった。
「俺は…この先、何千年と生きていかねばならない。永遠の孤独だ…。キミとの思い出だけが支えだ…。」
ロワールはオルフィリアを城の景色の良い場所に埋葬した。
「愛しのオルフィリア…。キミが言う、〝もし、再び人間に戻れる日〟があるのなら、俺はお前の前に堂々と現れたい。」
ロワールはそう言ってオルフィリアの墓に花を掲げた。
間もなく太陽が昇る時間だ。
「今度は太陽の下で二人で共に歩きたいな…。」
そう呟いて空を見上げた────。




