第三夜:薔薇と銀
「はぁ…。」
あの夜会以来、オルフィリアはいつもぼうっとしていることが増えた。
「お嬢様、また、ため息ついていらっしゃるわ。どうしたのかしら…。」
オルフィリアつきのメイドのマリーはここ最近オルフィリアがよくため息をついているのを見て、心配になっていた。
「今まで、こんなことなかったのに…。どうなされたのかしら…。」
真剣に悩むマリー。
洗濯場でもマリーはオルフィリアのことが気掛かりで仕方なかった。
ジャブジャブジャブ…。布を洗う音があちこちから響いている。
「本当にお嬢様…。どうなさったのかしら…。」
マリーは洗濯をする手を止めて、ポツリと呟いていた。
「そんなの決まってるじゃない!」
同僚のスザンナが突然マリーに向かって言い放つ。
「わあっ!スザンナ?!」
マリーは他には誰もいないと思っていたから凄く驚いて、その場で尻もちをついた。
「はぁー、そんなに驚くことでもないでしょうに。」
スザンナはマリーが落とした布を拾ってバケツに戻した。
────チャポン!
その音だけが響いた。
「スザンナ、今の私の言葉って…。」
マリーは恐る恐るスザンナに聞き返した。
「あんた、周りに誰もいないと思って油断したんでしょ?駄目よ。いつ誰が通るかわからないのに、お嬢様のことを漏らすだなんて…。」
そう言ってスザンナは腕を組んで仁王立ちをしていた。
「……………そうね。」
スザンナは大きく息を吐いて、マリーの耳元で呟く。
「だから、お嬢様の変化って夜会へ行ってからでしょ?そんなの決まってるじゃないの!鈍感ね。」
スザンナはくすっと笑った。マリーは咄嗟に馬鹿にされたと感じて顔が真っ赤になった。
「ふっ、誰にも言わないから心配しないで!あ、それ、よろしくね。」
そう言ってスザンナはその場から立ち去った。
大量の洗濯物の山をそこに残して…。
〝夜会に行ってから…?〟
マリーはスザンナが残した言葉の意味を考えて
「────あ!」
と、大きな声を上げそうになった。
周りを見回して、誰もいないことを確認した。
〝そっか。お嬢様もとうとう…!〟
マリーはようやく理解したようだった。
〝そうと決まれば今夜の夜会、気合を入れなくちゃ!〟
マリーは俄然やる気に満ちていた。
「…………………………。」
そこでようやくマリーは、置き去りにされた大量の洗濯物に気付いた。その場にへなへなとへたり込む。そして顔をパッツと上げて、さっさと洗濯にとりかかった。
***
夜になり、今夜も父のエスコートで夜会へと来たオルフィリア。
昨夜のことはまだ父には話をしていない。父も彼の噂話を知っている。
〝きっと話をするとダメだと言われるわ。〟
オルフィリアはまだ父に言うのは早いということで暫くは黙っていることにした。
会場に入ると先に彼の姿を探すオルフィリア。
〝……………。いないわ……………。またバルコニーの方かしら……………。〟
オルフィリアはバルコニーに向かった。
〝今日も月が綺麗だわ。〟
しばらく月を眺めて昨夜のことを思い出していた。だが、諦めて会場へと戻る。
再びロワールの姿を探し求めるオルフィリア。
どうやらロワールは会場の中にいたようだ。
オルフィリアはちょっぴり照れくさくてわざと彼の傍を通って知らないふりをしてみた。
〝きっと気付かないはずないわ……………。〟
そう思いながら胸はドキドキ高鳴っていた。
ロワールはちゃんとオルフィリアを確認していて、彼女のあとをそっと追いかけてきた。
オルフィリアの前に歩みより、
そっと手を差し出す。
何も言わなくても伝わる…。
熱い彼の瞳。オルフィリアの胸の奥から込み上げてくる熱い想いが彼の視線と重なる。
オルフィリアが彼の手を取り、二人はダンスを始める。
言葉を交わさなくても信じられる…。オルフィリアは熱い想いを視線に含んで彼を見つめた。
ロワールは彼女を大切にしたい想いと身体の奥底から込み上げてくる衝動との間で一人孤独に戦っていた。
ふたりのダンスは初日とは違って優雅になっていた。まわりからも感嘆の声があがるほどになっていた。
そうなるといくらオルフィリアが父に隠したとしても気付かれてしまった。
ダンスが終わったとき、オルフィリアの前に父がやってきて。
「オルフィリア!帰るぞ。」
そう言ってオルフィリアの手を引っ張った。
「……………あ、お父様。待って…。」
オルフィリアの抵抗は空しく、オルフィリアはロワールに挨拶も出来ないまま帰宅の準備をさせられた。そのままハルヒルデ公爵に共に挨拶に向かってから帰るために馬車まで戻ってきた。
馬車まで来てオルフィリアは母の形見である腕輪を無くしていることに気付く。
「お母様の形見の腕輪が…!」
「そんなもの、どうでもいいだろう?」
「いいえ、お父様。こればかりはそんな風に扱えません。唯一無二のものですもの。」
「はぁー、仕方ない。心当たりのある場所を探して来い。待っていてやる。」
「ありがとう、お父様。」
オルフィリアは会場に戻るために、庭園の中を抜けて行くことにした。きっとこっちの方が早く会場に着くと考えたからだ。
その時────
カサカサッツ……………。すぐそばの木々が揺れる音がしてオルフィリアは〝ビクッツ〟とした。
〝まさか、ここに動物なんているわけないわよね…。〟
オルフィリアは少し身構えた。
だが、その中から出てきたのはロワールだった。
「ロワールさまっ!」
オルフィリアはロワールに駆け寄ろうとした。
だが、彼はいつもとどこか雰囲気が違った。
そのとき、雲に隠れていた月がロワールを明るく照らす。
「────────!!」
オルフィリアは一瞬、言葉を失った。
彼の口元には血が流れていた。
「ロワールさま、どこか怪我を?」
オルフィリアは心配で駆け寄った。
だが、ロワールは彼女を一瞬、突き放す。
────ドン!
反動で茂みに倒れこむオルフィリア。
「……………?ロワール…さま?」
ロワールはオルフィリアを見つめながら表情を曇らせた。
「ロワールさま?どうしてそんな悲しそうな顔をなさるのです?」
何も知らないオルフィリアはロワールに再び近付いて彼の顔に手を差し伸べた。
今度は優しく彼女の手を払いのけて、静かに答える。
「これは…怪我、などでは…ない。」
そう言ってロワールは自分の拳で口元を拭った。
「え…怪我ではない?」
それでも心配そうに見つめるオルフィリア。
ロワールの顔は今にも泣きそうな顔に見えた。
「君には…。」
ロワールをずっと見つめるオルフィリア。そんな彼女がこれほど眩しく感じたことがなかったロワール。
「君には見られたくなかった…。」
「?どういことですの?ロワールさま…?」
ロワールは一瞬、俯いてからオルフィリアの前から姿を消した。
「あ、ロワールさまっつ!」
オルフィリアが彼を追おうとしたが、ドレスが邪魔で出来なかった。
「どういう…こと?」
オルフィリアは何が起こっているのかわからなかった。
オルフィリアは決心した。彼が来た方向には何があるのか…。
月が出ていたのでなんとなく庭園がわかり作られた道に沿って庭園の奥へと進む。
するとガゼボに辿り着いた。
〝まあ、こんなところにガゼボがあったのね。え。ってことはまさか、ロワールさまは誰かとここで密会をしていた?噂は本当だったの?〟
オルフィリアは急に胸が痛くなった。
この先に進むことはその事実を目撃するだけかもしれない…。
怖かった。でも、確認しないではいられない…。
ゆっくりとガゼボに向かって歩くオルフィリア。
そこには女性が倒れていた。
〝あぁ…!やっぱり噂は本当だったんだわ!〟
オルフィリアはショックを受けた。
だが、よく見ると女性の首から血が流れていた!
「────────え?」
オルフィリアは頭が真っ白になった。
さっき会ったロワールの様子とこの女性の首元の出血が一本の線で繋がった────




