第二夜:月影の約束
その夜もオルフィリアは家族に連れられて夜会へと参加していた。
だが、その夜の彼女は昨日の彼女とは違った。
伯爵家の馬車が会場に着くと恐る恐る出てくるオルフィリア。
「……………?」
エスコートをしていた父が思わず首を傾げる。
おずおずとオルフィリアが馬車から降りてきた。
「一体どうしたのだ?オルフィリアよ。」
オルフィリアは父の顔をチラッとだけ見て
「何もありません。」
と一言だけ言った。彼女の耳が少しだけ赤いということには誰も気づかなかった。
会場に入ると昨日と同じで賑わっていた。
「ふぅー。」
オルフィリアは小さく息を吐いて、会場内を見回した。
「今夜も会えるかしら……………。」
ドキドキ胸の音が響いている。彼女は会場内を必死に見回す。
“……………、いない………か、”
オルフィリアは、また一つ小さく息を吐いた。
ホッとしたような、物足りないような、そんな気持ちになった。
“昨日から私、おかしい……………。どうして彼の顔が頭から離れないのかしら…。”
オルフィリアは気付けばバルコニーへと足を向けていた。
彼のいない会場にいても、また煩わしい誘いを受けるだけだと思ったのかもしれない。
トボトボとバルコニーに向かった彼女は綺麗な月が出ていることに気付いた。
「はぁ~、月が綺麗ね。こんなに美しい月夜なのに、どうして私の心はこんなにもどんよりとしているのかしら……………。」
オルフィリアは小さく呟き、月を眺める。
バルコニーに出るためのドアは防音効果が高いのだろうか。さっきまであんなにうるさかった会場の音が今は自分の息と衣擦れの音くらいしか聞こえない…。
「静かね…。」
オルフィリアはまたため息を吐く。月夜を眺めながら今度は彼を想い、静かに口ずさむように歌を歌ってはまたため息をついてしまう……………。
“こんなにも彼のことで胸がいっぱいになってしまうだなんて……………。〟
オルフィリアは初めての感情に戸惑いながら、
小さく歌ってはため息を零した。
どれだけそうしていたのだろうか、ふと気付くと目の前に彼がいる。
“え…。いつからそこに…?”
驚くオルフィリアは同時に恥ずかしさも込み上げてきた。だが、それ以上に彼に会えたことが嬉しくてたまらなかった。
彼はオルフィリアをジッと見つめていた。その瞳は揺るがない。
オルフィリアの胸は大きく飛び跳ねた。────ドキン!
“こんなにも熱い瞳で見つめられたことがない…。”
オルフィリアは少し怖くなった…。だが彼は少しずつオルフィリアに近付き、既にもう逃げ場がない距離にいた。
「あ…。」
戸惑うオルフィリアに彼は
「ごきげんよう、お嬢さん。今夜もわたしと一緒に踊って頂けませんか?」
そう言ってサッとと手を差し出した。
オルフィリアはさっき一瞬感じた恐怖はどこかに投げ捨て、彼をジッと見てその手を取った。
「────喜んで…。」
彼はニコッツと笑ってオルフィリアの手を掴み、二人はダンスを始める。
バルコニーには中からの音楽は聞こえなかったはずなのに、不思議とどこからか音楽が聞こえてくるのだった。
でもそんなことはどうでもいいくらいに二人はダンスに夢中になった。
ふたりっきりの月夜のバルコニー。
再び絡み合う視線────
胸の中の高鳴りがこのままずっと二人でこうしていたいと告げる。
彼の瞳の中に映る自分を時々見てはオルフィリアはそれが嬉しくてフッと微笑む。
彼女の無邪気な笑顔がロワールの心を和ませていく。
“俺にそんな視線を向けるのは目の前のきみだけだ。”
────────そう。
ロワールは自分の心に「闇」を抱えていた。だが、それはオルフィリアには知られたくないと思っている自分がいることに彼自身が躊躇っている。
“最初はただの好奇心で近付いた。ふらりふらりと、まるで吸い寄せられるかのように。だが、もっときみのことを知りたくなったのだ。”
ダンスを数曲踊って少し疲労を感じたオルフィリアは休憩を提案した。
どこからか現れる飲み物と食べ物。
不思議な感覚はあったのに、どうしてかそれらを追求する気にはなれなかった。
「あなたって不思議なひとね。」
そう言ってオルフィリアは笑った。
「どうしてそう思うんだい?」
「だって、突然現れるし、何だっていつの間にか用意しているんだもの。」
「ハハハ、そんなの簡単だよ。どうやらわたしはきみに夢中のようだから。」
ロワールにハッキリと告げられたオルフィリア。
「で…、でも…。」
「噂のことかい?噂はあくまでも噂だよ。わたしが今、大切にしたいと思うのは目の前のきみだよ。どうか名前を教えてくれないかい?」
「……………。噂は噂…。では、私はあなたを信じてもよろしいの?ロワールさま。」
オルフィリアの感情の揺れがロワールにも伝わる。彼は人間の本質を見抜く目を持っているからだ。
「ああ、君のような女性は初めて会う。」
“………………。どういう意味なんだろう?”
オルフィリアは疑問に思ったが口には出さなかった。
そしてロワールはもう一度彼女の手を握って問う。
「さあ、きみの名前を教えてくれないかい?」
ロワールの熱い瞳がオルフィリアに向けられた。
「……………オルフィリア。ソラテス伯爵家のオルフィリアです…。」
小さな声で名前を名乗った。
「わたしの名前は既にご存知のようだ。ロワール。ハルヒルデ公爵家のロワールだ。どうか、わたしだけを見つめて欲しい。」
ロワールの瞳の中に揺れる自分の姿を見ているオルフィリア。
「……………はい。ロワールさま…。」
そう返事をして彼女はロワールの手を握り返した。
「まだ夜会は終わっていないよ。さあ、もう少しきみと踊っていたいよ、オルフィリア。」
そう言ってロワールはオルフィリアに手を差し出した。
「ええ、ロワールさま。」
オルフィリアもその手を取って二人でダンスを再開した────




