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寄る辺のレヴェナント  作者: コネ
序章

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第三話 遺物狂い


 ——駄目だ、痛みがぼやけてきた。

 月が落とした朧げな灯りが、視界の端から滲み始める。次第に赤から黒へと視界が沈んでいく。痛覚の麻痺も四肢に広がった。自分の体が今どこにあるのかさえ判らなくなっていた。


 ——出鼻を挫かれ、完全に裏を掻かれた。

 アンとの距離を取ったのは悪手だった。

 シニルを巻き添えにする魔法の封殺はないと踏んでいたが、あれほどの魔法が仕込まれているとは思いもしなかった。あの手の魔女の遺物(ウィッチクラフト)に刻める魔法音素(ルーン)は、せいぜい三つが限界のはずだ。

 それならば、牽制程度の魔法が常套だろうとヴォーデは高を括っていたのだ。


「ヤバイな……」


「あたしの魔女の遺物(ウィッチクラフト)は特別なんだ。聞いてただろ?」

 満身創痍のヴォーデを(なじ)るよう、護符の大剣を突きつけたシュロスだったが、その顔はどこか不服そうだった。

 歯応えのない相手への苛立ちなのか、それとももっと別のものか。「——この鍵束と大剣は、六十三次に発掘された代物だそうだ。アイツが産まれたのも同じ。どうも歯車が噛み合いすぎてるんだよ。アイツは一体何を見て、何をしようとした? なぜマリアたちは魔女判決を受けた? シニルはだんまりなんだ——答えろ。お前さんが騎士を捨てる理由を云え」


「……」

 過去の因縁など関係ない——会館を後にするとき、確かにそう言い捨てた。

 だが、シュロスの言葉を反芻すると、すべてが過去から地続きに噛み合った巨大な歯車のように思えてくる。しかし、今はそれを考える場合ではない。シュロスが答えを求める間だけは、トドメを刺されることはない。ヴォーデは冷静にそう判断すると、アンから手渡された短剣の存在を脳裏に浮かべた。


 ——ヤバイときってのは、間違いなく今だよな。


「俺が騎士を捨てる理由、ね。それは——世界を疑ったからだ」

 シュロスの顔を見上げ、ヴォーデは皮肉な笑みを浮かべた。そして、腰裏に差した短剣へ気が付かれないようゆっくりと手を伸ばし、柄に指を掛けると、ジリジリと引き抜き始めた。


「世界を疑う?」

「ああ、そうだ。三十三次の〈大激震〉のあと、危険だからと大聖堂を封鎖。探索者(ブルクライゼ)は締め出された。俺たちが産まれる随分と前の話だ。だから俺たちは、封鎖の理由をそうだと教えられ——信じてきた。だが、本当にそうなのか?」

「何か他に理由があるのか?」

「さあ、どうだろうな——」そこで言葉を切ったヴォーデは、腰裏で途中まで引き抜いた短剣の柄を渾身の力で鞘の奥へと叩き込んだ。

 

 カァンッ!——静まり返った庭園に、澄んだ甲高い金属音が鳴り響いた。


 (イング)(ウィン)(ギーボ)(ウルズ)(マナズ)


 金属音を合図に呼び出されたのは、緑に輝く五つの魔法音素(ルーン)だった。

 宙に浮かんだ音素はヴォーデの全身を螺旋状に何周も飛び回ると、すっと腰裏の短剣へと吸い込まれ姿を消した。「——これが終わったら、アンに礼を云わないとな」

 その直後、ヴォーデは地を蹴り、シュロスの眼前から真横へ跳躍した。

 アンが「御守り」だと渡したその短剣の力に、ヴォーデ自身が一番驚いていた。

 爆炎で焼け焦げた肌。無数の刺し傷。それらは完全に塞がり、麻痺した四肢は力が満ち溢れている。それだけではない。纏っているはずの重厚な鎧の重さを、一切感じないのだ。

 

 ヴォーデは両腕の筋肉を引き絞ると、剣の根(リカッソ)握り(グリップ)へ手をかけ、刃を短く持った。次いで深く膝を落とし、鋭く息を吸い込むと——強弓から放たれた矢のようにシュロスの懐へと駆け出した。鍵束を使わせる暇を与えない。それが、ヴォーデの見出した唯一の活路だった。


 超速の踏み込みに不意を突かれたシュロスは悪態を吐く暇すらなく、懐へ飛び込んできたヴォーデの素早い連撃に気押された。

 刃の根本を直接握り込むヴォーデの右掌は重い斬撃を放つたび裂けて血を流したが、持続する魔法の恩恵が傷を塞いでいく。大剣が体力を奪うのを見事に防いでいる。

「ちょこまかと動くな!」シュロスは思わず苛立ちの声を上げると、とうとう大剣の柄を両手で握り締めた。

 それは、首の鍵束を諦めた瞬間だった。


 ※ ※ ※


 ——奴の連撃は、どれほど持続する?

 魔女の遺物(ウィッチクラフト)の効果時間は、無限ではない。絶大な効果であればあるほど、短い。遺物の素材、密度で差があるのもそうだが、遺物の形状を見れば大凡のことは把握できた。

 狩り場で培ったシュロスの肌感覚は何度も命を救っている。


 ——これで何撃目だ?

 不意を突かれはしたが剣戟の最中、冷静さを取り戻したシュロスはヴォーデの剣閃の数を数えていた。そろそろ魔法の恩恵が切れる頃だろう。そう悟ったのは、実に五十を数えたところだった。

 シュロスは、勝機を見出したのか、遂に両手で握った大剣から素早く左手を外した。

 

 ヴォーデの一閃が頭上から迫った。

 

 するとシュロスは左肘を器用に使いヴォーデの左腕を支える形で迎え受け、左掌で剣速の落ちた刃を握りしめた。


「ご苦労さん」シュロスの顔に恍惚とした笑みが戻ってきた。

 左で握りしめたヴォーデの剣を引き寄せたシュロスは、すぐさま押し出した。今度はヴォーデがこれに不意を突かれ、思わずよろめいてしまった。

 シュロスとヴォーデの間に、決定的な間合いが産まれた。


 シュロスは血を流し続ける左掌を気に掛けることなく再び大剣を両手で握りしめると、切先を地面へ激しく叩きつけた。

 ゴォン!——鈍い音が響き渡り、護符の大剣が赤黒い輝きを放った。すると、刀身を埋め尽くした護符(ペンタクル)が一斉に剥がれ落ち、シュロスの周囲を旋回し始めたのだ。「これで終わりだ」

 

 シュロスがそう云って切先をヴォーデに向けると、旋回する数多の護符は標的を定めたように一度(とぐろ)を巻き——一斉に燃え上がりながらヴォーデへと襲い掛かった。

 苦悶の声が庭園にこだまする。無数の護符に焼かれたヴォーデは、黒焦げの体を庭園に沈めた。

 

 ※ ※ ※


「なぜだ!」

 ヴォーデを焼いた無数の護符が役目を終え大剣へと戻る中、シュロスは誰にともなく叫んだ。直後には頭を抱え、「コイツは、あたしの獲物だ!」と声を荒らげながら、黒焦げとなったヴォーデの周囲を苛立ちも露わに歩き回った。何度も大剣を振り上げ、トドメを刺そうとする——だが、その度に首の鍵束の一部が鈍い光を放つと、手を止めた。


「クソが! それじゃアイツらも生け捕りにしろってのか? クソが!」

 苛立ちが頂点に達したシュロスは、しばらくの間、周囲の石畳へ乱暴に大剣を叩きつけていた。

 やがて少し落ち着きを取り戻したのか、「……判ったよ」と小さく吐き捨てると、首の鍵束から一つを引きちぎり、ヴォーデの胸元へ乱暴に投げつけた。チャリン、と鈍い金属音を立てた鍵は、すぐさま空中へ赤い魔法音素を浮かび上がらせた。


 (イング)(ウィン)(ニイド)(マナズ)


「運が良かったね、色男。生け捕りにしろってさ」

 最後にそう吐き捨てると、シュロスは不吉な赤光の治癒と束縛の輝きに包まれていくヴォーデを一瞥し、マリアたちが潜む会館へと足を向けた。

 

「……アンドヴァリは、シニルを追ったんだね。姉妹揃って健気なこった——嫌気が刺すよ」



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