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寄る辺のレヴェナント  作者: コネ
序章

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第二話 魔女狩り小隊


探索者街(ピット)〉——朽ちた織物協会館。

 

 追跡者の目を辛くも誤魔化したマリアたち一行は、古道の奥にひっそりと佇む石造りの会館へ転がり込んだ。三階建ての内部は予想以上に広く、部屋数も多い。堅牢な石壁ならば、魔法で容易く撃ち抜かれることもないだろう。身を隠すには打ってつけだった。

 

 怪我を負った白灰髪の男を三階の小部屋で寝かせると、マリアたちは息つく暇もなく顔を寄せ合った。

 階下では、先に逃げ込んだ同胞の魔導師たちが周囲を警戒している。異常があれば即座に報せが入る手筈だが、残された時間は決して多くない。


「まずはこの出血を止めないと」男の血で濡れた両手を見つめながら、マリアは震える声で云った。護符(ペンタクル)では傷を塞ぐことができない。止血するのがやっとだった。

 

「待って、お姉ちゃん——魔法を使えば、シニルの探索に捕まるよ。どうする? 先に私たちが出ようか」

「そうね——お願いできるかしら?」

 マリアは必死に冷静さを装ったが、声の震えは止められなかった。白灰髪の男は右肩から左脇腹にかけて鋭利な刃で斬り裂かれ、目を凝らせば、内臓が微かに覗いているのが判る。護符(ペンタクル)による応急処置では限界だ。このままでは直に命を落としてしまう。


「判った。マリアは治療に専念してくれ。だが、その前に一つ確認させてくれ」

 ヴォーデは頭巾を脱ぎ去り精悍な顔を顕にすると、黒外套を翻し、腰の剣の柄へ手を当てた。

 外套の下から覗く鈍い輝き——それは、彼自身が〈教会騎士団〉の鎧を身に纏っていることを示していた。「教会騎士団が一枚岩じゃないことは、俺も身をもって知っている。だが、シュロスとシニル——〈魔女狩り小隊〉は、教皇庁でも半ば秘匿された連中だ。同じ教会の魔導師だったお前たちでも、奴らの手の内までは知らないはずだ」

 

「……判っているわ——」マリアは一度深く唇を噛み、言葉を絞り出した。「——シュロスのことよね」

「ああ」ヴォーデの短い肯定に、マリアとアン——アンドヴァリは顔を見合わせ、その表情を酷く曇らせた。


「魔法使い殺し——」答えたのはマリアだった。「——シュロスの首から下げた鍵の一つ一つが、強力な魔女の遺物(ウィッチクラフト)よ。中には魔法を封殺するものもある。それに、あの大剣の護符。あれ全部が、魔法の護りを抜く爆炎を巻き起こすの。それに、容赦無くコチラの体力を奪っていく……」

「そうか。だいぶ厄介だな——なぜマリアがそれを知っている?」

 ヴォーデは鋭い視線を落としたまま訊ねた。

「私たちとこの人——」マリアは床に寝かされた白灰髪の男へ目を落とした。「——それにシュロスは、孤児院で魔法を学んでいたの。でも、すぐにシュロスには一切の魔力が宿っていないことが判った」

 マリアに代わり、護符で男の応急処置を続けたアンは、その答えに顔を顰めた。ヴォーデはその様子に片眉をひそめ、「魔力のない人間なんて存在するのか?」と訝しんだ。

「ええ。極めて特異な体質だと云っていたわ。それが判明してすぐのことよ、教皇庁がシュロスを連れ去ったのは」

「連れ去っただと?」

「魔力が一切介在しない肉体なら、あの呪われた遺物——鍵束と大剣を従えることができるから。あれは、魔力を持つ者が生身で触れれば、肉体ごと内側から千切られる代物だわ」


「なるほど。体力を奪うというのは、そう云うことか……()()()()小隊とは、よく云ったものだな——」ヴォーデは顔を曇らせたマリアを真っ直ぐに見据え、ふと不敵な笑みを浮かべた。「——シュロスの底が割れれば充分。お前らの過去だ。俺には関係ない」

「ありがとうヴォーデ」マリアは口にすると、応急処置を続けたアンの肩に手を乗せ「代わるわ」と、すぐさま魔法の準備に取り掛かった。


「とはいえ、だ。危険な状況が、絶望的な状況に早変わりしたことには違いない。アン、行けるか?」ヴォーデはアンへ声を掛けると、身を隠していた黒外套を完全に脱ぎ捨て、重厚な鎧姿を顕にした。

「大丈夫。私がシニルを相手にするわ——」アンが苦笑交じりに応えたその時、背後でマリアの指先が緑輝の魔法音素(ルーン)を描き出した。「——さて。これで向こうにも、私たちの居場所がバレたわね」


「行くぞ、アン。アイツが持ち直してくれれば活路は見出せる」ヴォーデは白灰髪の男を一瞥すると、腰の剣を抜き放ち、迷いなく部屋を後にした。

「ヴォーデ、これ持ってて」後を追って小走りで部屋を出たアンは、ヴォーデに一振りの短剣を手渡した。

「これは?」

「御守り。ヤバイと思ったら抜いて——」


 ※ ※ ※


「腹を括ったってわけかい、アンドヴァリ・チャーチ、ヴォーデ・クロイス」暗がりから冷ややかに響いたのは、シュロスの声だった。

 

 先ほどアンが放った魔法の痕跡は、磨り硝子の向こう側のようにひどく曖昧で、居場所の特定には至らなかった。だが——マリアが治療の魔法を紡いだ瞬間、張り巡らされていた探知の糸が、明確にこの朽ちた織物協会館を捉えたのだ。

 シュロスとシニルが荒れ果てた前庭へ足を踏み入れると、待ち受けていたようにアンとヴォーデが姿を現した。直後、背後の会館が淡く緑に輝くと、幾重もの強固な魔法の膜に包み込まれた。


「シュロス・ユングフラウ。お前の相手は俺だ」

 ヴォーデはシュロスの言葉に耳を貸さず、剣を構えたまま、慎重に右へ右へと間合いを取った。アンからシュロスを遠ざけ、分断するためだ。

「そう。なら同じ闘争者同士、仲良くやろうか——」シュロスは護符の大剣を構えると、空いた手で首の鍵束を触り、一本をじゃらりと選び取った。「純粋な闘争者と云っても、あんたは少なからず魔力を持ってる。マリアたちから聞いただろ、あたしの魔女の遺物(ウィッチクラフト)がどんなものか」

「ああ、随分と厄介な代物だってことは聞いたさ」ヴォーデは苦笑を漏らし、アンの様子を一瞥した。分断は成功した。あとはシュロスを斃すまで、アンが上手く立ち回ってくれるのを祈るだけだ。


「アンが気になるのかい?——」それに気が付いたシュロスは、首元の鍵を乱暴に引きちぎり、恍惚と顔を歪めた。「安心しな。魔法の封殺はしないさ。シニルが困ってしまうからね」

「ご丁寧に、どうも——」ヴォーデはピタリと足を止めると、剣を一度軽く回し、切先をシュロスへ突き出した。「で、俺には何をくれるんだ?」


「色男は、這いつくばりな」ヴォーデの挑発に、悦楽を覚えたのかシュロスは頬を紅潮させ、鍵を足元の石畳へ大袈裟に叩きつけた。すると途端に鍵は緑色に輝き、五つの魔法音素(ルーン)を浮かべると、庭園に霧散した。


 (スリサズ)(ニイド)(イサ)(アンスル)(イング)


 鍵が解放した魔法は、束縛を司るものだった。あらゆるものを束縛し、奪い去る魔法の旋律。その螺旋。魔法音素が霧散すると、次にやってきたのは耳をつんざく鋭い音と、足元に輝く緑色の円環だった。それは一瞬にして荒れ果てた庭園を呑み込み、シュロスとヴォーデ、そして遠く離れたシニルとアンの足元までを覆い尽くした。

 

「くそ!」ヴォーデが唸り声を挙げた。遠くではアンの悲鳴が夜気を切り裂いた。緑の円環から突如として生え出した無数の茨が、ヴォーデとアンの脚に深々と食い込み庭園へ縫い付けていた。

「さあ、余所見してると一発で昇天だよ!」

 シュロスは歓喜の叫びと共に護符の大剣を、ヴォーデの脳天へと鋭い剣閃と共に叩き落とした。

 無数の棘に脚を貫かれ、身動きが取れないヴォーデに躱す術はなかった。頭上からの一閃を剣の腹で辛くも受け流すが、休む間もなくシュロスは巨体を旋回させ、右から、左から嵐のような剣閃を浴びせかけてくる。

 その猛攻すら受け流されたシュロスは、切先を下げ地を抉りながら斬り上げてきた。

 

 幾度もの重い衝突のたびに、ヴォーデの両手は感覚を失い、荒い息が口から漏れ出した。次第にシュロスの大剣の切先が鎧を掠め始め——凄まじい衝撃と共に左の肩当てが弾き飛ばされた頃には、ヴォーデの腕の骨は悲鳴を上げ、次の一撃を受け流すことすら絶望的な状況へ追い詰められた。

 

 そして、限界を迎えた瞬間——シュロスの大剣が、ガラ空きとなったヴォーデの左脇腹を無慈悲に捉えた。

 直撃と同時、刀身を埋め尽くす護符が赤黒く輝き——轟音と共に、理不尽な爆炎を撒き散らした。

 想像を絶する衝撃と焼けるような痛みがヴォーデの全身を襲った。大地に縫い付けられた両脚の肉が千切れるような悲鳴を上げた直後——ヴォーデは凄まじい爆風によって、体ごと会館の石壁まで吹き飛ばされていた。

 

 ※ ※ ※


 ヴォーデが無慈悲な爆風に吹き飛ばされる少し前。

 身動きが取れなくなったアンは、茨の拘束から必死に逃れようと踠いたが、動くほどに棘が深く肉へ喰い込むばかりだった。痛みに耐え、何度も魔法音素(ルーン)を描こうとするものの、激痛に苛まれて集中が途切れてしまう。

 その様子を悠々と眺めたシニルは、「無駄なことは止めておけ、魔法使い殺しの魔法だ。破れるものか」と冷ややかに言い放ち、シュロスとヴォーデの闘いへと顔を向けた。


 直後、ヴォーデの肩当てが弾き飛ばされる重い音が鳴り響いた。

 シニルはその音で戦況を察したのか、それとも双眸を覆う布ごしに光景を見たのか定かではない。だが、シュロスの勝利を半ば確信し、「随分と楽な魔女狩りだったな」と、ひとりごちた。

 シニルが歩みを進め、マリアたちの潜む会館へ足を向けたのと——ヴォーデが凄まじい爆風に焼かれ、石壁へと吹き飛んだのは、まったくの同時だった。


 

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