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寄る辺のレヴェナント  作者: コネ
序章

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第一話 魔女狩りの夜


 夜空には朧げな月が浮かび、薄らと赤色を落としている。

 こんな日でもなければ、あの月は蒼白く優しく輝いていたのだろうか。

 そんなことを思った大女の出立ちは、およそ正気のものではなかった。担いだ大剣は斬ることを諦めたのか、刀身が隙間なく護符(ペンタクル)で埋め尽くされている。鈍い銀に輝く鎧の首元——首鎧は両頬を覆うほどにせり上がり、骸の手を模して造られていた。首から下げた銀の鍵束は骸の両手から吊るされ揺れるようだ。


 ふと振り返り、大女は背後の白亜の大教会を見上げた。壁面が血塗られたように、赤い月明かりを吸っている。

 今度は果てしなく続く階段へと視線を落とした。その底では、石造りの街並みが延々と赤黒く横たわっている。「シニル。どう?」


 シニルと呼ばれた男の出立ちもまた、およそ正気とは言い難い。

 純白の外套の下へ革鎧を着込み——双眸は魔法音素(ルーン)が描かれた布で覆い隠されている。腰には半ば折れた剣を無造作にぶら下げ、胸の皮ベルトには幾つかの短剣を差し込んでいた。「街に降りなければ、魔力を辿れそうにもないな。そう焦るなシュロス」


「焦ってなんかないさ——」シュロスは冷笑を浮かべ、傍のシニルへ目を送った。「——せっかくの魔女狩り執行だ。愉しまないと」

「そうか——だったら喜べ」布で双眸を覆ったシニルが、シュロスの目を見返しているのかは定かではない。だが、シニルは大女の微かな高揚を察したように薄く笑うと、果てしなく続く階段の下へ顔を向けた。すると、暗がりから石段を慌ただしく駆け上がってくる足音が響いた。

 石段を駆け上がってきたのは、黒の外套に身を包んだ男だった。胸元の特徴的な意匠を見れば、教会の魔導師——斥候であることは明白だ。「マリアたちを探索者街(ピット)へ追い込みました」魔導師は息を切らせながら口早にシュロスへ伝えると、次の指示を待った。


 

「そう——」シュロスは歓喜に頬を歪めた「——待ちに待った魔女狩りの時間だよ」


 

 跪いた魔導師はシュロスの顔をチラリと見ると、幾許か身体を震わせ「承知」と小さく口にした。そして、そそくさと一礼し足早に石段を駆け降りていった。シュロスの顔色に不穏な何かを感じたのだろう。

 斥候を見送ると、二人も石段を降り始めた。その歩みは打って変わり悠々としたものだった。

 シュロスは大剣を肩で軽く跳ねさせ、シニルは胸の短剣と、腰にぶら下げた折れた剣を念入りに確かめた。

「先走るなよ、シュロス。お前は純粋な闘争者。いいな、俺の援護を待て」

「ああ、判ってるよ。独断専行するな。魔法はあんたに任せる。だろ?」

「そうだ、役割を忘れるな」


 ※ ※ ※


 ラントレッド新王国王都〈バルクータ〉——〈蛇燭教会〉教皇庁。

 

 シュロスとシニルが降りていく石段は、大聖門をくぐり貴族街へと続いている。厳かな通りを抜けた先には、貴族たちが優雅に夜を消費する中央広場がある。そこからさらに区画壁を越えれば、商人街だ。

 この街には暗黙の法則がある。教皇庁、そして貴族街の区画壁から遠ざかるほど、建物の規模は這い蹲るように縮み、無秩序に密集していくのだ。

 扇状に広がるその街並みは、外縁へ向かうにつれ混沌と深い暗がりを生み出している。それはまるで、教皇庁が背負う威光が落とした巨大な影のようだった。事実、その底知れぬ暗がりの中では、王都のあらゆる悪が微睡んでいる。


 二人は、あちこちの暗がりに潜む不穏な気配を脇目に中央広場を横切った。

 ふと、物陰で肌を絡ませる男女の姿を認めたシュロスが碧眼を鋭く細め「お盛んなことで」と吐き捨て歩速を落とした。前を歩くシニルは、それに「気にするだけ無駄だ——」と短く返すとシュロスを急かした。「——貴族共も、我々教会騎士団と同じく一枚岩じゃないということだ……お前も、その血の気をどうにかしろ。黙ってさえいれば、それなりの淑女だろ」

「あんた、それ貶してるの? 褒めてるの?」

「褒めてるように聞こえるなら、それで良い。急ぐぞ」

 その答えにシュロスは、舌打ちしたが先を行くシニルを早足で追いかけた。その後もシュロスは、物陰に目をやっては毒を吐き散らしたのは云うまでもない。


 ※ ※ ※


 ラントレッド新王国王都〈バルクータ〉——〈探索者街(ピット)〉。

 

 そこは街と呼ぶにはあまりに雑然とした、無秩序の吹き溜まりだった。

 昼間であれば幾多の探索者(ブルクライゼ)や商人たちでごった返すこの区画も、今は不気味なほどの静寂に包まれている。

 見上げれば、二人の行く手を阻むよう〈探索者街(ピット)〉の最奥にそびえ立つ隔離壁の姿が見える。その向こうは隔離された朽ちた旧王都——通称〈古ラントレッド〉だ。

 遠い昔、神が座していたとされるその旧王都は、今夜と同じ「赤く輝く満月の夜」に壊滅したと伝えられている。探索者たちが命を賭して壁の向こうへ挑むのも、教皇庁擁立の王族が此処へ新王都を構えたのも、すべてはかつての神が残した遺物を回収するためだ。

 

「シニル。今は第九十三次旧都探索の期間だよね」

 シュロスはふと足を止め、区画壁の向こうを照らす赤い満月を睨んだ。

「ああ。それがどうした」

 シニルは訝しげに振り返った。今更気にする話題ではないはずだ。

「第三次で〈言葉の写本〉の発掘。第三十三次の〈大激震〉――旧都大聖堂の封鎖。なら、第六十三次には何があった?」

「……」

「アイツが産まれたんだよ。白灰色の髪と瞳を持った、アイツがね——」シュロスは無意識のうちに、親指の爪をガリッと噛んだ。「——三十次ごとに、この隔離壁の向こう側は何かを吐き出してる。今は、九十三次……できすぎじゃないかい?……」

「考えすぎるな——」シニルは鋭く遮り、爪を噛むシュロスの肩を強く掴んだ。それが、彼女が自暴自棄に陥る寸前であることを、長年の相棒は熟知している。「——今は目の前の任務に集中しろ。アイツを取り戻す良い機会だろう」


 その時だった。

 随分と遠くから、腹の底を揺らす爆発音が鳴り響いた。

 〈探索者街(ピット)〉の奥の奥。今では打ち捨てられた、隔離壁のすぐ側の方角からだった。

 

 ※ ※ ※


「アイツら、しつこい!」

 〈探索者街(ピット)〉の古道を疾走する黒外套が、忌々しげに叫んだ。そして、息を切らしながらも、宙を滑る指先で素早く形象を描き出した。


 (ケナズ)(ベルカナ)(テイワズ)


 薄らと緑に輝く三つの文字が宙に浮かんだ。

 黒外套はそれを両掌で素早く閉じると、地を蹴り、体を大きく宙へと浮かせた。

 後方へと跳び退りながら体を捻り、背後の追跡者へ向けて右手を一閃。放たれたのは、眩い輝きと鋭く凝縮された熱量だった。

 一条の軌跡を描いて伸びた焔の矢は、先頭を駆ける追跡者の胸を正確に貫き——直後、腹の底を揺らす爆発音を轟かせた。


「アン! このままだとジリ貧だ。出血も酷い」声を挙げたのは、たったいま魔法を放った黒外套の仲間だ。出血が酷いのは、その黒外套ではなく背負っている白灰色の髪の男のことだった。男を背負った黒外套の背を、そうだと判るほどに赤く染めている。

 

「先行してる子たちが、会館に入ったみたい。アン、行ける?」次に声を挙げたのは、怪我人を背負った黒外套の傍を走る別の黒外套だった。走りながら何枚もの護符(ペンタクル)を怪我人へあてがっている。怪我人の治療を試みているようだ。


「マリア、それなら迎え撃つしかなくなっちゃう。ヴォーデ、どう?」アンと呼ばれた黒外套は次の焔の矢を放ちながら答えた。

「二人には無理を云ってしまうけれど……ちゃんと魔法で止血をしたいの。護符(ペンタクル)では限界が」マリアと呼ばれた黒外套は、頭巾を払い除け見事な金髪を顕にすると、そう返した。

「そうだな、それしかないな」マリアに同意したのは怪我人を背負った黒外套——ヴォーデだった。

「もう! だからそんな男と引っ付かなければ良かったのに! お姉ちゃん趣味悪い!——」アンは顔を紅潮させながら、そう叫ぶと新たな動作へ入った。「——撃ったら小道に飛び込んで!」


 (ケナズ)(アンスル)(ベルカナ)(テイワズ)


 浮かんだ緑輝の四文字を両掌で閉じたアンは、振り返りざまに足を止め、高々と右腕を掲げ追跡者の一団へ振り下ろした。

 放たれた三つの熱塊が、追跡者たちの頭上でピタリと止まった。その直後、三つから一斉に降り注いだ焔の矢が爆音を轟かせ、あたり一面を土煙と硝煙の匂いで塗り潰した。

 三人はその隙に乗じ、小道へと身を翻し深い暗闇の中へ姿をくらませた。

 

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