表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寄る辺のレヴェナント  作者: コネ
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/29

第二十六話 夢のなか——ドミニオンオーダー


 暗転した視界が戻ってくると、そこは相変わらず水彩画の世界であったが、どこか見覚えのある光景にオライオンは気持ち悪さを覚えた。「今度はどこだ?」と、ひとりごちたが足を降ろした場所が、教皇庁の正面大階段であることは、直ぐに判った。見上げれば、そこには不気味なほどに威風堂々とした白の教会がそびえ、左右に広がった胸壁の下では木々が木漏れ日を揺らしている。オライオンにとって馴染みのある光景だ。

 大階段の麓から風が駆け上がってきた。

 オライオンの白灰色の髪を撫で付けた一陣の風が、背中に回った髪を逆巻いた。

 それに違和感を覚えたオライオンは、髪を押さえると「あれ?」と、ぼんやりと溢し少しばかり驚きの表情を浮かべた。と、云うのも〈奈落〉の氷から這い上がる際に確かめた自身の頭は、こんなにも髪は長くなかったのだ。それが、今では、肩甲骨の先まで伸びている。


「どうした。行くぞオライオン」聞き覚えのある声は、そう名前を呼ぶと肩をポンと軽く叩き、さっさと階段を登れと急かした。

 オライオンは、それに驚き振り返った。それは当然のことだった。これまでの水彩画の世界での自分は、観客だった。だが、今はどうやら違うようだ。

 それでは別に観客が居るのかと思ったのか、オライオンは周囲を見渡したが、どうやらそれは見当違いのようだった。それもまた当然のことだろう。観客だった頃に、水彩画の登場人物はオライオンを見ることはなかったのだから。

 そう思うとオライオンは肩を軽く竦め口を開いた。「ごめん、ごめんヴォーデ。ああ、ところでさ——今日は何の日だっけ? 行かないといけないんだっけ? できれば行きたくないのだけれど」

 

 オライオンの肩を叩き先をせかしたのは、教会騎士団の鎧に赤黒のサーコートを纏ったヴォーデだった。

 綺麗に剣を腰にぶら下げ、脇には騎士兜(ナイトヘルム)を抱えている。と、云うことは教皇庁へ出向いたのは正式な招集に応じてのものだと判る。普段のヴォーデであれば、サーコートも、騎士兜も、宿舎に置いてくるはずだ。それを朧げながらオライオンは思い出すと、教会を指差しもう一度訊ねた。「聖下に呼ばれてるんだっけ? 行かなきゃだめ?」


「駄目に決まってるだろ。今日は教皇勅命任務(ドミニオンオーダー)で呼ばれているんだぞ」ヴォーデは仕方なさそうにオライオンの肩をもう一度、今度は少々強めに叩いてみせた。

教皇勅命任務(ドミニオンオーダー)で回収する魔女の遺物(ウィッチクラフト)ってさ、どこに持ってかれるの? 聖下の寝室?」オライオンは階段で小さく躓きながら、ヴォーデへ返した。

「そんなわけがあるか。教皇庁の地下には極めて神聖な祭室があって、そこに保管されているって話だ。が、見たことはないな」

「でしょ? それとも、デイディアマ大司祭の懐に——」オライオンは、そう意地悪そうに小さく溢すと、白色の外套の懐へ手を突っ込んでみせた。


「それ、ご本人の前で間違っても云うなよ? ただでさえ教皇勅命任務(ドミニオンオーダー)で司祭職が足りていないんだ。ここでお前が飛ばされでもしてみろ。俺たち騎士団は誰を頼ればいんだ? アースラ大司教か? それともシニル司祭か? あんな嫌味が服を着て歩いているような輩に頼るのは嫌だぞ。それにだ、シュロスの手掛かりもまだ中途半端だ。それを忘れないでくれよ」


 ※ ※ ※


 教皇勅命任務(ドミニオンオーダー)

 それは、教皇ドミナスが全ての聖職者へ下す神の任務。これは主に三つに分類される。〈討伐〉〈粛清〉〈回収〉の三つ。蛮族討伐に始まり、背教者の粛清、そして〈魔女の遺物(ウィッチクラフト)〉の回収といった具合だ。

 回収と呼ばれる任務はラントレッド各都市に分け与えられた、極めて特殊な遺物の回収を指すのだが、ことさらそれを回収するには理由がある。蛮族と背教者が徒党を組み、遺物を簒奪する場合に〈回収〉が降される。

 つまり、教会としては最も恥ずべき事態を速やかに収拾するべく回収任務にあたることとなる。そのためには、極めて優秀な魔導師とそれを護衛する騎士が必要とされ、ヴォーデとオライオンはその選抜のため、教皇庁へ赴いたのだ。

 選抜といえば聞こえは良いが、要は実力勝負で任務にあたる面子を決めると云う、実に単純明快な方法で決定する。任務を無事に遂行すれば、修道職であれば司祭に、司祭であれば内々に大司祭と呼ばれ、折を見て司教へ推薦される。

 そのような背景もあり、回収任務従事の選抜は熱気を帯び、様々な思惑が入り混じる。ヴォーデとオライオンは、そんな光景に「聖職者とは名ばかりの、いたって俗物の集まりではないか」と度々顔を曇らせ、選抜では手を抜き従事から逃れていた。そうして、そんな暇があれば、怪異に困る東の農村に出向き、討伐する方がよほど国のためになると愚痴を溢すのだ。


 ※ ※ ※


 教皇庁内に円を描くように身を寄せ合う十の聖堂の総称を〈聖クロウリー大聖堂〉と呼ぶ。その中央広場には目眩がするほどの広さを持つ演舞台が設えられているのだが、選抜の多くは、この演舞台で行われる。今もご多分に漏れずそうだ。舞台から落ちるか、戦闘不能となれば、この場から去り故郷への帰路へつくこととなる。選抜の冒頭は決まって敵味方区別なしの無差別戦の実施。きりの良い数まで減れば、場合によりけりで選抜方法が別途決められる。

 

 「あんな小さな修道士の子まで呼ばれるんだ」演舞台の端で、呑気に演舞台を眺めたオライオンが気の抜けた声で傍のヴォーデに訊ねた。

 オライオンの視線が指したのは、小柄な赤髪の女のようだった。それであれば、修道女と呼ぶのが正確であるが、ヴォーデはそれを正すことなく「そうだな。司祭があちこちに飛ばされているからな。あの娘は何処のだろうな」と、やはり呑気に返した。


 演舞台のあちこちでは、魔法の輝きや爆発、剣戟の火花が飛び散っている。本来であれば、二人もあの中にいるべきであるが、ヴォーデもオライオンも、どの切っ掛けで演舞台から転げ落ちるのかを測っている。早々に落ちれば怪しまれ、目を付けられてしまう。そうなってしまえば、本来の目的から遠ざかってしまう。


「いつも不思議に思うんだけれど、なんで魔導師がわざわざ魔法音素(ルーン)を描いてるの? なんかの縛りだっけ?」またぞろオライオンがヴォーデに訊ねた。

「ん? よく判らないが、そういう物だろ?」

「そうなんだ。修練の一環で皆んな魔法音素(ルーン)を描いているのかと思っていたよ」

「お前は違うのか?」

「ああ、まあでも良いか。皆んなに合わせないと、目立っちゃうもんね」


 ※ ※ ※


 選抜の序盤は終わりを迎え、残された二十名による勝ち抜き戦が実施されることとなった。ヴォーデとオライオンは良い頃合いで、二人でもつれ合うように演舞台から転げ落ち見事に敗退。無事に任務から逃れた。

 勝ち残った二十名の顔を拝もうとオライオンは演舞台を眺めると驚きの声を挙げた。「ねえ、ヴォーデ。さっきの赤髪の子、残ってるよ。凄くない?」


 ヴォーデも演舞台を眺め驚きの声を挙げた。

 見れば、屈強な騎士が十三名、魔導師らしい影を背負ったのが六名、そして、オライオンが気にかけた赤髪。この二十名が残っていたのだ。きっと赤髪は上手く立ち回り、ここまで勝ち残ったのだろう。「本当だな。でも、次は勝ち抜き戦だろ? 騎士の魔法使いが有利かもしれないな」

 

 ※ ※ ※


 選抜勝ち抜き戦が開始された。

 静謐な大聖堂であるにも関わらず、今だけはまるで闘技場のような熱を帯び、そこらじゅうから歓声が上がっている。中には「そんな小娘、さっさと片付けろ」などと、不躾な声が挙がっている。見れば、たったいま始まった対戦は、先ほどの赤髪と屈強な騎士の闘いであった。


「あれ? ねえヴォーデ。選抜ってさ、殺しはなしだよね?」と、今度はどこか緊迫感を孕んだ声でオライオンがヴォーデに訊ねた。

 それにヴォーデは、何かを察したのかサッと演舞台へ目を向け「もちろんだ。こんなので殺し合いをするほど暇じゃないだろ」と眉を顰めた。その答えは、正確な答えなはずだった。だが、次には目を見開き「だが、待てよ。あの剣。模造じゃないな」と声を鋭くした。


「だよね」やはりオライオンも鋭く返した。

 このまま赤髪が無事に舞台の外へ転げ落ちるか、万が一にも騎士の意識を刈り取ることができるのならば良し。だが、どう見ても騎士の勢いは赤髪の頸を狙っている。

 赤髪は懸命に短剣でそれを凌いでいる。だが、連戦に続く連戦の後だ、次第に腕が下がり、受け流す動作も鈍くなっている。

「もう、よくない? あの子の負けで」オライオンは神妙な顔で小さく零した。

「まあ、そうだがな。あの赤髪にも何か目的があるのだろ。仮にあれが模造の剣でなかったにしても、命が欲しければ場外に落ちればいいだけだ」

「そうだけどさ。その何かは命を落としてまで必要なものなのかな? 老い先短い爺さんなら判るよ?」

「お前な。不謹慎だぞ」

「だとしてもだよ。あれは駄目だよ」

「おい! オライオン! 何を!?」

 

 ※ ※ ※


 赤髪の少女——修道女が猛攻に耐えられず片膝をついてしまった。

 それに対峙する騎士が、赤髪のローブを掴んで場外へ放り出せば勝負は終わりだ。しかし、場の空気に呑まれたのか、騎士は頭を垂れた赤髪の頸を狙い澄まし、一閃を放った。

 そのはずであった。不殺の戦いであるにも関わらず赤髪の首が刎ねられ、宙を舞うはずであった。そして神聖な演舞台が血で穢されたことにより、この選抜は中止となったことだろう。

 だが、選抜が中止となったのは別の理由だった。

 一閃を放った騎士はその場に崩れ落ち、赤髪の少女は命を拾った。


「デイディアマ大司祭。なんで止めなかったの? この剣、模造じゃないでしょ?」突然のことに静まり返った大広場に鋭い声が響き渡った。それはオライオンのものだった。

 ヴォーデの制止も聞かずに飛び出したオライオンは、一切の魔法音素(ルーン)を描くことなく身体強化の魔法を纏い、騎士が一閃する間に二人の間へ割って入ったのだ。

 そして、剣戟を止められないと判断したオライオンは、やはり魔法音素(ルーン)を描くことなく右の拳へ緑色の魔力を纏わせると、騎士の左脇腹へ強烈な一撃を叩き込んだ。

 大広場を支配した静寂は、騎士が突然崩れ落ちたこと、神聖な選抜を汚す輩が現れたこと、その何でもなく、たった今オライオンが見せた魔法のためだった。

 

 ※ ※ ※


「選抜は中止だ!」演舞台の北側に佇んでいた、双眸を怪しげな布で覆った魔導師が声を挙げた。それに合わせ、オライオンに名指しされたデイディアマは何を口にするわけでもなく、奥の聖堂へと姿を消し、そうして選抜は歯切れの悪い幕引きとなった。

 これにオライオンは面食らったが、腰を抜かしているようだった少女へ手を貸し立たせると「大丈夫?」と、あっけらかんと声をかけていた。


「ああ、もしかして司祭様は——」手を握り立ち上がった少女は、オライオンの顔を目にすると目を丸くし、空いた手で口を押さえた。

 それにオライオンは「ん?」とだけ返し覚えがない様子を見せたが、赤髪の少女は、そうではなかったようだ。「やっぱり。その髪の色、目の色。〈名もなき聖人〉様ですよね?」

 

 ※ ※ ※


 赤髪の少女の問いかけを合図に、オライオンの視界が滲み始めた。

 すると、これまで登場人物として水彩画の世界に溶け込んでいた意識が、ぼんやりとし始めた。その感覚は次第に、鼻腔の奥にツンとした痛みを与え、気が付けば水彩画の世界を見降ろす視点へと変わったことを教えた。


「〈名もなき聖人〉? なんだろソレ。ああ——うわ。何、俺捕まってるじゃん」視界が、感覚が、ごっそり変わったというのに、やはり呑気な調子でオライオンは水彩画の世界を見降ろし驚きの声を挙げた。見れば、先ほどまで演舞台に居たオライオンは、集まった教会騎士や魔導師に囲まれると、双眸を隠した魔導師に何かを云われている様子だった。


 だが、その会話が見降ろすオライオンに届くことはなかった。

 またもや水彩画の世界は揺れ動くと、足元から溶け出し、そして例の如く、突然と視界が暗転したのだ。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ