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寄る辺のレヴェナント  作者: コネ
第三章

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第二十四話 アストロマギア

 

「さすがアン。そうなの、その三人の魔法使いは〈名もなき神〉の影——なんだっけ? お爺ちゃんは、その影のことを魔性の女だったかな……よく、『おお、麗しのファムファタール。蛇のように艶かしい』なんて云っていた気がするのだけれど、まあ、とにかくそれに惑わされて魔法の独占に走ったの。云ってみれば、三人の魔法使いは、〈名もなき神〉の悪い部分の生き写しみたいなものね」アンが抱いたもっともな疑問に、ノルンは嬉々と両手を挙げ出迎えた。ノルンの言葉のどれかに、反応したのだとしたら理解が早いだろう。そうノルンは思ったのだ。


「じゃあ儀式ってのは、悔恨とその先に——」ヴォーデは、なぜかノルンとアンの間に出来上がった共感らしきものへ訝しげな顔をすると遮られた言葉を意固地に続けようとしたが、それは叶わなかった。

 

「もう、さっきからヴォーデは堅苦しいな。要するに、ごめんなさいして反省したら魔法を返すってことでしょ?」アンは指を一本立て得意げに云った。


「そうそう。ごめんなさいするための儀式だね。うん、そう。そんな感じ」

「浮気してごめんなさい。みたいな?」

 まるで気心の知れた姉妹が色恋沙汰な話に華を咲かせているようだった。

 これに面食らったヴォーデは、頭を振ると大きく溜息をつき、これまでの緊張感を返してくれと云わんばかりだった。「浮気? どこにそんな要素があった?」

 

「え、だってその影って、ノルンのお爺ちゃん曰く、麗しの女、蛇? なんでしょ? ヴォーデ、ファムファタールの意味知ってる?」立てた指を、今度は揺らしながらアンはヴォーデの気難しい顔へ迫った。

「いや」と、仰け反りながらヴォーデ。

「男を狂わせて、破滅に導く魔性の女。だよ」仰け反ったヴォーデは、女魔法使いに敗退したと云っていい。勝利を匂わせる口調でアンは、そうヴォーデへ云うと、どこか複雑な表情を浮かべた。あなたにとっての魔性の女は、私だ。とでも云うようにも感じる。


「な……。ちょっと待ってくれよ。じゃあ、その三人の魔法使いってのは、今も生きているってことか? そのなんだ、魔性の女というのも? それで、悔い改めるための儀式というのは、奈落を登ることなのか?」随分と近くまで寄ったアンの顔を押し除けながらヴォーデは、言葉を選ばず一気に捲し立てた。随分と口が早いように感じる。

 

「そうだね——一人は二人がよく知っている、ドミナス・クロウリー。と、名乗っているけれど、本名はドミナス・アルスノトリア。もう一人は、キャリバン・トレアシア・アルスノトリア。うん、その通り。トレアシア神帝国皇帝。それで、ドミナスが〈正義の蛇〉と呼んでいるのが、その影。〈名もなき神〉が奈落に潜るときに、赤黒い蛇の姿に変えられて消えてしまったの。儀式の話もその通り。地上に戻るまでに与えられた試練を乗り越えて答えを出す」


「それが選択させるということか——本当なら驚愕の事実だな」ヴォーデは、未だ呑気に寝息を立てるオライオンの顔を一瞥した。それは、アンも一緒だった。

 

「ねえ、ノルン。もう一人の魔法使いってのは?」アンは意を決したのか、姿勢を正すと訊ねた。

「うん。名前は、アストロマギア」

「ただのアストロマギア?」アンが予想した答えと違っていたのか、眉根をあげ尋ね返した。

「うん。お爺ちゃん曰く、家族を持たなかったから、ただのアストロマギア。星と運命を夢見る人って意味らしいけれど」ノルンは恐らくアンが抱いたであろう疑問の答えを持ってはいるが、あえてそれに答えることを避けたようだった。都合の悪いことは、云わなくて良い。それはヴォーデが課したこの場の不文律だ。

 

「何その、ロマンチスト」アンが想像した答え。その名の人物にも、よくそう云っていたのだ。夜更かしをする子供が特別な時間を過ごすように、その人は夜空を眺め、想像に耽ることが多かった。そして、何か気付きを得ると、突然旅に出てしまう。満を持して帰ってくると何かしらか問題を抱え込んでくるのだ。当の本人はその気が全くないところが、困ったものだった。だからお姉ちゃんは趣味が悪い。いつも、アンはそう思っていた。

 アンはその言葉を最後に、俯いてしまった。

 

「さあ?」ノルンは、アンが俯いたのを見ると申し訳なさそうにそう答えた。

「まさかと思うが——蛇に挑む蟲(オピマクス)というのは……」

「うん。その影——蛇が産み出したものに挑む者の意味。童話でもあるでしょ? 悪い赤蛇が神様の言葉を食べて、お腹から虫が飛び出す——みたいなやつ」

 

「ああ、あるな。童話というよりも……ああ、そうだ、リンディスの福音書の一節だな。あれが多く写本され、子供らに読み聞かせたから、童話だと皆が思うのだろうな。まあ——蟲というのが、引っかかるが、それは置いておいて、それでは蛇に挑む蟲(オピマクス)の中にアストロマギアが居るというのか? 氷の巨人が云っていたという蛇に挑む蟲(オピマクス)の王? つまり……」ヴォーデはアンが、どこか懐かしげに、寂しげに俯いたのを見ると言葉を引き取り、話を続けた。そして、ここまで来るとアンが俯いた理由を察したのか、最後には言葉を詰まらせた。

 

「うん……まあ、明言はしないけれどね」

「……謎が謎を呼ぶな。では、教会は——〈蛇燭教会〉とはなんだ? トレアシア神帝国は? それにだ。そこで眠りこけているのは……」


 次々と湧き出てくる疑問の中でも、とりわけ、その三点はヴォーデの中で明らかにしなければならない問題だった。それが、地上に残されたマリア、傍に座るアン、そして、目の前で眠るオライオンにとって酷く重大なものであったとしてもだ。

 そして、最後に湧き出てきた疑問。これは極めて重要なものだ。


「その儀式は、教皇も帝国も周知の事実なのか? 魔女狩りがその一端だと云ったが、ノルンの云う儀式とは全く噛み合わないと思うのだが」


「そうだね。まず儀式のことは教会も帝国も知っているはず。でも、それは正確ではなくて、ドミナスもキャリバンも手探り状態なの。ドミナスはこの儀式を通じて消えた影——蛇が戻ってくると思っている。キャリバンは、魔法の全てを手に入れられると考えているの。キャリバンは、当時からその為だけに影の尖兵になったほどだから」


 ボウっと、またぞろ瀝青(れきせい)の焔が小さく舌を伸ばした。今度は、黒く煤けた壁に映った人影を小刻みに揺らせて見せている。

 その刻まれ揺らめく人影は、真実を暗に明かした者、明かされた者、双方の緊張を映し出すようであったが、夢の中のオライオンのものは映さなかったようだ。何せ、白灰色の男は緊張、緊迫とは程遠く呑気に寝返りを打つと「ああ、俺は行かないよ」と、眠たい声で寝言を零したのだ。


 

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