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寄る辺のレヴェナント  作者: コネ
第二章

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第十九話 目隠しの青春


 憤慨し場を離れたパレアスだったが、一行の目の届く所には留まり何やら思案する様子だった。

 それを目にしたマーナガルムは、ブリジットとフラウに目をやると頭を振り言葉を改めた。

「さてフラウ。申し訳ないが、そういう事情だ。我々は、ここに用事があって来ている。それに付き合ってくれるなら、帰りは街まで送り届けよう。もちろん、ここで別れるのも引き留めはしないが——」ここでマーナガルムは、再び頭を強く振り云い変えた。

 付き合って貰えるなら。

 引き留めはしない。

 どの言葉も、どうにも無責任ではないか。そう思ったのだ。「巻き込んでしまっておいて、すまない。ことが無事に済むまで同行をお願いできるか? 必ずお前を街へ送り届ける」


 それにフラウは何度か頭を振り「あたしも、ごめんなさい。取り返しのつかない——」と言葉を詰まらせた。

「気にしないで。とは、云わない。でも、だからってフラウを放り出す理由にはならないわ。この先も手伝って貰えるかしら?」ブリジットは、マーナガルムが言葉を言い変えたこと、そしてフラウが謝罪を口にしたこと、そのどちらの気持ちも痛いほど判った。それを云うならばバレンタイン公爵家が、与えた任務そのものが悪いのである。しかしだ。それをここで取り上げてしまえば、生きる目標を失う。

 ブリジットは二人の様子に、唇を噛み締めこの先の話を促した。

 生き残るためには必要な話だ。

 マーナガルムとフラウは、その意図を汲み取ったのか、小さく頷き返した。


 「さて、では当面の問題を話そうか。そうだ、我々は装備品のほとんどを宿に置いて来ている。幸い路銀や簡単な薬や護符は持っている。しかしだ……」マーナガルムは、そう切り出すと腰のポーチから布を取り出し、そこへ持ち物を広げた。ブリジットもそれに倣い、所持品を広げてみせた。

「食料がないですね」決定的に、そして絶望的に不足しているものをブリジットは意を決したように口へ出した。

 マーナガルムもそれに同意を示した。そして、再び苦々しい顔をすると尻込んでも仕方がないとブリジットから言葉を引き継いだ。「それでだ、フラウ。君の肩掛け鞄には、食料になるようなものはあるか?」


 フラウは二人の剣呑な雰囲気に、なるほどと納得すると急いで肩掛け鞄を降ろし中身を広げて見せた。実に整理された鞄の中身は、見た目以上に様々な物が収納されていた。「乾燥肉と干し葡萄、皿パン(トレンチャー)、木の実、それが八日分ほど。空の水袋が三つ。お金が少々。後は、護符が何枚か。後はあたしの道具。食料は分けて食べる。それで、あたしは構わないよ」


「そうか、そう云って貰えると助かる。そうしたら、四人で二日分を更に分け、四日分にしよう。私は、水を調べてくる」マーナガルムは深々と頭を下げると、そう云い水袋を手にその場を離れた。きっとパレアスを宥めることも合わせてのことだろうと、ブリジットは思うと、こちらはこちらで、先に備え考えを整理しようと思案した。


 ※ ※ ※


 ブリジットは覚束ない手つきで、マーナガルムとフラウが広げた所持品を確認し始めると必要なものを四つに選り分けた。

 フラウは、そんなブリジットをぼんやりと眺めた。ブリジットの覚束ない手つき。きっとそれは、マーナガルムは大人で、パレアスは男子だから、などと云った余分な要素を考えての覚束なさなのだ。フラウは、それに次第に焦ったくなったのか「みんな等分で大丈夫だと思うよ」と口を挟み、選り分けに手を貸した。

 ブリジットは、その言葉になるほどと納得すると同時に、自らの経験のなさを今更ながらに思い知った。それだと云うのに、背負った使命の重たさや、薄気味悪さは容赦無くのしかかってくる。なんとも理不尽なと思いもするが、そんな理不尽をフラウはきっと乗り越えてきているのだ。それゆえの逞しさなのだろうし、地上で見せた脆さなのだろう。

 そう思うとブリジットは、自然と口を開きフラウに何もかも告白をしてみたいと云う衝動に駆られた。フラウならば、どう思うのだろう。それを知りたいと思ったのだ。


「ありがとうフラウ。フラウは凄いね。あの……これは、嫌味ではないのだけれど、あなたの話術はとても裏付けを感じる物だったし、私はそれを見破れなかった。それに、この状況でも冷静に手を動かせる」ブリジットは、綺麗に選り分けられていく食料の様子を凝視しながら口を開いた。「聞いて欲しい話があるのだけれど、良いかしら? 嫌だったら聞き流して答えてくれなくても大丈夫」

 フラウは、それに黙って頷いた。

 ブリジットは視界の傍に、それを認めると言葉を続けた。

「私たちの祖国は、知っての通り熱砂が支配する痩せた土地に横たわっているの。皇帝陛下はその呪われた土地を帝国勃興の頃から見て来たとされているわ。そして、神であらせられる皇帝陛下は、それを大変憂いていらっしゃる。だからこそ、帝国家臣代々の悲願は熱砂の呪いを打ち祓い、豊かな土地に根を降ろすこと。そして、その悲願が、いよいよ叶う時代がやってきた。そう皇帝陛下から神託が伝えられたの。〈言葉の写本〉が此処に現れると」

 

 ブリジットは、熱の籠った様子で口にしたが、そこで言葉を切ると「信じられる?」と突然、熱が冷めたように云った。

 

 フラウは、それに暫く手を止め思案したが「神話って、大体がまともに聞いていたら頭がおかしくなっちゃわない?」とだけ返した。ラントレッド新王国も似たようなものだろう。フラウは常々そう考えていた。旧都に神が実在したとは聞くが、それは魔女の遺物(ウィッチクラフト)の価値をまことしやかに伝える創り話で、実際はもっと俗物的な話だろうと思っている。

 ブリジットの言葉は、フラウの答えに釣られるように続けられた。

「そうなのよ。私もそう思う。だって陛下が帝国勃興から存命なら、何千歳にもなっているはずでしょ? ここだけの話、私は陛下の皺の数を見ても、それは信じられないもの。皺で目が埋まっていないと説明がつかない」ブリジットは、そこで手で口を押さえると小さく笑った。

「あぁ、えっと。ブリジット。意外と毒舌なんだね」フラウもそれに釣られ、小さく笑い返した。

「ここはとても暗いわ。だから私の胸のうちにある暗いものを出すには、丁度良いもの」フラウから手渡された、食料を小分けにした紙包を受け取りながらブリジットは、片目をつむってみせた。

「そっか。じゃあ王子様もきっとそうだね」フラウは、そう云うと暗にパレアスの言動を水に流していることを伝えた。

「ありがとう、フラウ。それでね」

「うん」

「さっきの続きなんだけれど」

「うん。なんでブリジットたちが此処にやって来たのか? って話だよね」

「そう。酷い話で陛下からの勅命は公爵家が、承ることが必定と宮廷内の空気ができあがって……」

「でも、ブリジットたちじゃなくて良いでしょ? それに公爵家は他にも」

「その通りなの。でもお父様はこれを引き受けられた。なんでか判る?」

 フラウは、それに頭を振り正直なところ判らないと伝えた。

「ヴァレンタイン家は臣民公爵なの。皇帝直系ではないから、此処で手を挙げなければ降格される可能性があったの。でね、家の大人たちは皆んなこの難題に頭を抱えてしまって——で、出た答えがコレ」ブリジットは呆れ顔で自分の胸へ手を当てながら、そう云った。

「つまり?」フラウは、半ば答えは予想をしたものの口にはせず、ブリジットの口から聞くことにした。

「つまり、勅命にはあたったという事実だけが欲しかったのだと思う。成し遂げれば、皇帝直系に連なることは無理にしても、それに近しいだけの力を誇れる。失敗し私たちが命を落としたとしても、それは名誉の落命。家督は叔父様の子に引き継がれ安泰。年齢的にも丁度よいの。どう思う?」ブリジットは、酷く寂しそうな顔をみせた。

 実のところ、そうなのだとすれば全く酷い話しである。

 だからこそ、フラウに訊いてみたかったのだ。

 これに、どう答えるのかを。

 

「そっか。大人は皆んな勝手だね。あたしの両親は、子育て放棄してあの世に仲良く行っちゃったもの」フラウは、最後の紙包みをブリジットに手渡した。

 フラウの答えは、ブリジットの中に蟠る何かを打ち砕くようだった。そうなのだ。皆、勝手なのだ。小さな人生は小さく縮こまって大に呑まれろとでも云うのか。かつて小さかった大人が、それを云うのか。「そうね。本当にそう。でもね、だったら絶対に国へ帰って見返してやるんだ」

「そっか。ブリジットは強いね」

「フラウだって強いじゃない。私では想像もつかない逞しさを持っているもの。羨ましいわ」


 二人はそう云い合うと、そこはかとなく打ち解けたような気がした。

 立場が違えど二人は、親の勝手に振り回され人生を狂わされている。それは現在進行形だ。家や血筋といった付属品を取り払ってしまえば、明日を生きるために必死に足掻く同類だ。そう思うと、二人はそれ以上の言葉は口にせず、小さく笑い合った。


 ※ ※ ※


「あの骸の雨を避ければ、水は大丈夫だ」暫くして戻ったマーナガルムは、そうブリジットとフラウへ告げた。

 すると、マーナガルムの後を追ってきたパレアスが無言で水袋をブリジットへ乱暴に手渡した。

 

 二人の様子を鑑みるに、マーナガルムの説得は半ば失敗に終わったようだが、ひとまずはパレアスも先へ行くことを決意した様子だった。

 マーナガルムとパレアスは、河川の浅瀬を見つけると対岸へ渡り、下へ降りていく緩やかな横穴を見つけたそうだ。

 見立てによれば、横穴から風が吹き抜けてくることから下には空間が広がっている。そして、一行が探索を続けるのならば、そこを行くか、更に上流へ向かうのかの二択となるとも付け加えた。

 ブリジットは、それには明確な答えを出した。「上流に向かうのは、やめませんか? 追手のあの二人が気になります」

「同感だ」マーナガルムは、手短に答えた。

「食料は分けたけから、あたしの鞄にしまっておくね。蓋もあるし落とす心配もないから」フラウは、マーナガルムに合わせ頷くと、食料以外のものを各自へ手渡した。だが、それにパレアスは難色を示し「食料をよこせ」と、食料を包んだ紙をフラウからひったくった。

 場に不穏な空気が漂った。

 これにマーナガルムよりも先に、ブリジットが手を挙げ、横っ面を張り付けようとしたがフラウがそれを「大丈夫だよ」と押し留めた。これ以上空気が悪くなってしまっては、この先、不安で仕方がない。しかし、そんなフラウの気遣いに気付く様子もないパレアスは昂りに任せ「お前なんか、信用できるか」と、吐き捨ててしまった。


 ブリジットは目を大きく見開き「パレアス!——」と、これまでの生涯で一度も挙げたことのない大声で弟の名を叫ぶと、遂には横っ面を強く張り付けた。「いい加減になさい!」


 ブリジットの声とパンッ!という痛々しい音が、河川がたてる流れの轟音を掻き分け一行の耳に届いた——パレアスは頬を抑え、黙って俯くだけだった。



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