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寄る辺のレヴェナント  作者: コネ
第二章

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第十七話 贖罪


 陽はすっかり朽ちた水平線に沈み帷が旧都を呑みこんだ。

 隔離壁までの傾斜を登ってきた靄は冷ややかな空気であたりを包み、残された四人を震えあがらせた。


「なんで、何でなの!——」

 フラウの悲痛の叫びが響き渡った。

 シュロスから明確に答えを聞いたわけではない。フラウの甘栗色の瞳はシュロスのあの不器用な笑顔をまだ見ていない。そこにあった大女の姿は靄の中に消えてしまった。

 そして崩れ落ちたフラウが次に見たものは、見慣れない怪異の大群だった。

 それは靄を突き破り奇声と共に一斉に飛び出してきた。

 

 旧都の浅い区域を徘徊する怪異の殆どは犬や蟲といった人型ではない。

 暗がりに巣を張り巡らせ、不注意に足を踏み入れた探索者へ襲いかかる。獲物へ毒を流し込み持ち帰る種もいれば、その場で行儀悪く喰い散らかす種もいる。そして、喰い残しを喰らう種もいる。

 そうやって旧都の浅い区域は循環する。

 中央へ向かえば向かう程に獰猛な種が存在するとされるが、探索者街(ピット)から最も遠いとされる区域は未だ手付かずで、その生態系は明らかにされていない。だが、浅い区域の様子を鑑みれば、生態系には続きがあることは想像されていた。その続きに君臨するのが遭遇件数は少ないものの人型で知性を有する怪異の存在だと考えられている。

 

 靄から飛び出してきた一団は子供の背ほどの老人といった風体の人型怪異だった。

 思い思いに錆びた短剣や、身の丈に合わない長剣や両手剣を掲げマーナガルムたち四人を威嚇すると、これでもかと奇声を発している。

 一際最前で声を荒げているのは、自分の頭よりも大きな深い鍋を被った怪異で、一声発したら手にした戦斧を地面に叩きつけている。これもまた身の丈に合わない得物であったが、おそらくその怪異の威厳を示しているのだろう。戦斧が鳴らす音に続け他の音が鳴らされた。


 ※ ※ ※


「パレアス、防護の護符を使ってくれ。ブリジットは焔の護符を。あいつらは火を極端に嫌う——」云ったのはマーナガルムだった。

 当のマーナガルムは腰袋から護符(ペンタクル)を取り出すと、胸鎧へ貼り付けた。


「二人とも早くするんだ!」マーナガルムは、それほど余裕があったわけではない。だからといって子供を残して逃げ出すという選択肢はない。この場を切り抜け生き延びる——それに集中した。

 マーナガルムの声に反応を示さない二人は、恐怖に支配され足を震わせている。フラウは傷心に打ちのめされ、呆然と怪異に釘付けとなっていた。

 そしてマーナガルムは「申し訳ない!」と声を挙げると、傍のパレアスの尻を蹴り上げ「パレアス! 防護の護符だ!」と一喝した。


 それに我に返ったパレアスは「は、はい!」と叫ぶと、さっと護符を取り出し、自分とブリジット、若干躊躇ったがフラウに貼り付けた。


「よし! ブリジット! 焔の——くそ!」パレアスが行動に出たのを確認したマーナガルムは次にブリジットの気を引こうとしたが、それは間に合わなかった。人型の一団が一斉に駆け出し、襲いかかってきたのだ。

 マーナガルムは、それを見るや否や剣を横薙ぎに一閃すると、ほとんどの怪異の胴体を斬り飛ばしてみせた。鋭い一閃を逃れ地べたを這った怪異の頭は、他の怪異の足に潰された。

 パレアスに飛びかかった数体は上手く捌かれ、たった今、マーナガルムの剣の前に沈んだ。最悪の初陣となっがた必死に剣を振るい、どうにか身を護ったパレアスはよくやったと言える。

 

 返り討ちにあった人型の群れは、少しばかり怯むと、ジリジリと距離をとった。怪異にその概念があればだが、および腰となっているのだろう。深鍋の怪異は、それに苛立ちを見せると近くの怪異の頭を叩き割り、見せしめとした。

 早く突撃しろ。そう云っているのだろう。


「救いようのない状況だな」云ったのはマーナガルムだった。

 振り返れば、まだブリジットは口を押さえ恐慌状態だ。何とか持ち直したパレアスは「べべ、動くんだ!べべ! 姉さん!」と叫び、頬を叩いている。

 そして、パレアスの何度目かの張り手と絶叫に、ブリジットはハッと気を取り戻し「ごめんなさい、もう大丈夫」と素早く腰を上げた。


 ブリジットの頭の中にはマーナガルムの声が留まっていた。

 あの怪異は火を嫌う。そうだ。その声が耳に届いたのは判っていたのだ。処理しきれなかったのだ。最悪の状況を理解しなければと混乱したのだ。だが、今は生き残る。その一点にだけ集中するべきだ。

 パレアスの張り手に痛みを感じ、その思いに行き着いた。頭の中の靄が晴れたブリジットは腰袋から護符を取り出し、勢いよく両掌で挟み込むと怪異の一団に向けて手を一閃した。

 護符から放たれた幾つもの焔の球が一団に襲いかかった。

 するとどうだろう。マーナガルムの云う通り、怪異どもは悲痛の叫びを挙げ統率を失い始めた。


 四人に好機が生まれた。既に背後にも怪異は回っている。ガラ空きとなったのは、焔が投げられた、傾斜の向こう——丘の麓方面。そのまま旧都を横断できれば、次の丘を登り大聖堂へ辿り着けるだろう。


「誘われているようで気に食わないが——行くぞ、三人とも!」

 マーナガルムは、迷いはしたが硬い意志のもとそう三人へ指示を出すと駆け出した。ブリジットとパレアスもそれに続いた。

「フラウ! 何しているの? 早く!」その時だった。ブリジットの悲鳴のような声が挙がった。振り返ればフラウは、両手を組み跪いていたのだ——まるで、前を走る三人の無事を祈るようにだ。


 これに、マーナガルムは二人を先に走らせフラウの元へ戻ると「もし罪の意識に苛まれているなら、生きて償うんだ」と半ば放心状態のフラウを背負い、再び駆け出した。

 パレアスは「そんなの、ほっとけ。早くしろ」と罵りの声を挙げたが、ブリジットは「フラウも被害者よ! ペンダントを盗まれたのは、こちらの落ち度」と、駆けて来るマーナガルムを迎えた。

「べべは、盗まれた方が悪いっていうのか?」と、再び駆け出したパレアスが苦言を呈した。

「そうは云っていないわ。でも、盗まれないよう対策するのが、あそこでは当たり前でしょ?」ブリジットはそうやり返すと護符を取り出し、追いかけて来る怪異の群れへ投げつた。


 ※ ※ ※


 四人の逃走劇は暫く続いた。

 暗闇に呑まれた朽ちた街並みの足元は非常に厳しく、駆ける脚腰に掛かる負担は昼間のそれに比べ、想像以上に大きい。だが、身を隠すためには大聖堂へ滑り込み複雑な構造物を頼りにする必要がある。いっときの時間が得られれば、身隠しの護符でやり切れるはずだ。


 駆ける四人に何度か怪異の群れが、追いつく場面があった。

 その度に、パレアスは剣を振り、ブリジットは護符を使った。マーナガルムはフラウを背負った状態であったが、しんがりを担い数えきれないほどの怪異を屠った。

 しかし、フラウを狙われそれを庇ったマーナガルムは腕に傷を負ってしまった。鎧下の細い鎖帷子が弾け飛び、鮮血が溢れ出している。

 

 暫くの斬り結びと逃避行が続くと、不意に背後から気配を感じなくなった一行は、ここぞとばかりに丘を駆け上がり、とうとう大聖堂を目の当たりにした。

 見れば怪異の一団は、どういうわけか四人を見失っているような素振りを見せている。しゃがみ込んだ怪異が、何かの匂いに気が付いたのか丘の上を指差したが、大鍋の怪異がそれに大声をあげ斬り伏せてしまった。

 

 いよいよ怪異の腹積もりを図りかねたマーナガルムだったが「いくぞ」と声を挙げた。万が一、それが罠だったとしてもこの状況よりも悪くなることはないだろう。そう、考えたのだ。


 ※ ※ ※


 背後に迫ったはずの怪異の群れが気がかりだったが、一行は大聖堂へ滑り込んだ。

 正面の大扉は開け放たれており、黒く燻んだ純白のそれは一行を待ち受けた大口の歯のようだ。目を凝らし奥を見れば、赤色のカーペットが暗闇の中へ溶けて消えている。大扉が歯であるならば、それは大口で蠢く嫌らしい舌とだといえる。

 扉のすぐ先は塔屋の中で前室の役割を果たしている。

 そこ抜ければ身廊と側廊が続き中央の内陣へと案内される。そこには、大きな祭壇が鎮座するが、それは見ようによれば様々な意匠が彫り込まれた石の玉座のように見えた。伝承が正しければ、旧都で過ごした〈名もなき神〉は此処に腰を降ろしていたのだろうか。そんなことを考えてしまう。

 不自然な静けさが漂う大聖堂を一行は、ゆっくりと進んだ。

 几帳面に並んだ柱や、その間の壁に目をやると、二十四の音素が彫られ飾られているものが多いのに気が付いた。そして決まって模様の中央は丸く空白が置かれ、息を吹き出す女の横顔が描かれている。


 一行は一言も口を開かず、慎重に祭壇まで足を進めた。

 聞こえるのは静けさという雑音と、先ほどからめそめそしたフラウの啜り声だけだったが、祭壇までやってくると、唐突に悲鳴じみた無数の声が大扉の向こうから響き渡った。

 咄嗟に振り返ったマーナガルムが目にしたのは、先ほどは麓で躊躇した、怪異の群れが大慌てで大扉をくぐろうとする姿だった。酷く何かに追い立てられ怯えている様子で、我先にと駆けてくる。

 マーナガルムは、それを怪訝に思ったがともあれ、あの群れに呑み込まれるわけにはいかないと、ブリジットとパレアスへ「奥へ駆けろ」と指示を飛ばした。


 ※ ※ ※


 四人は懸命に駆けると、後陣の裏手にあった扉を見つけそこへ飛び込み(かんぬき)を閉めた。

 そして目前に広がる光景へ絶句した。

 それは、怪異の群れのことなど途端に忘れてしまう光景だった。


 目前に広がったのは、大穴だった。

 暗く深い縦穴。

 勢いよく扉の中へ飛び込んでいたら、きっとこの大穴に転げ落ちていただろう。扉の先は横に広く床が残されていたが大穴に張り出したそれは、すぐそこで無くなっている。

 マーナガルムはフラウをブリジットへ預け、周囲を探索した。

 幸いにも扉の向こうから、騒ぎが届く様子はない。

 剣の鞘で周囲を軽く叩きながら、慎重に探索したマーナガルムが直ぐに発見したのは、大穴の絶壁沿いに切り出された、下へ続く階段だった。

 床が崩れ落ちることはなさそうだった。

 マーナガルムは慎重に階段を少しばかり降ると、その構造を把握した。


「あの階段は大穴の四分の一ほどの距離を降ると踊り場に出て、更に下へ続いている。残念ながら——底は見えない」マーナガルムは身を寄せ合う三人の元まで戻ると、頭を小さく振りながらそう伝えた。


「先生——どうしますか?」ブリジットが震える声で訊ねた。

 

 その後、怪異の群れがどうなったのかは判らない。

 だが、大穴を前に臆して戻ることは自殺行為に等しい。それならば大穴に身を投げた方が幾分かましではないだろうか。

 マーナガルムは意を決し答えた。「先へ進むぞ。何れにしても、潜る必要があるのはコレだろう」



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