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寄る辺のレヴェナント  作者: コネ
第二章

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第十六話 裏切りもの


 落陽の色を目一杯吸い込んだ靄は、只中をいく二つの影に付き従う旧都の呪いそのものに見えた。

 ブリジット、パレアス、マーナガルム、フラウ。四人の目には少なからず、そのように映った。危険を犯し、この場に立つ四人だからこそ、そうなのだろう。

 眼下をなだらかに降りていく丘の斜面。その先は朽ちた廃都。斜面をゆっくりと登ってくる二つの影は、さながら影の悪魔のようだった。


 四人が、その光景に息を呑み静観すると、不意に緑色の輝きが浮かび上がった——それは、影の一つが朧げに輪郭を浮かばせた。

 白色の外套、双眸を覆う奇妙な布、腰にぶら下げた折れた剣。

 それは、シニルのそれで緑の輝きの正体は魔法音素(ルーン)だった。


 (ケナズ)(ベルカナ)(テイワズ)


 シニルは浮かんだ文字を、ゆっくりと掻き集め両掌で閉じると、右の人差し指へ焔の塊を作り出した。

 傍を歩いたもう一つの影は「当てるんじゃないよ」と吐き捨てた、悍ましい銀鎧のシュロスだった。


「ああ。判っている」シニルが淡々とそう答えるや否や、指先の焔が小さく輝き瞬時に放たれた。焔は赤黒い尾を引きながら、瞬く間にマーナガルムの足元へ突き刺り——爆音と共に破裂した。

 マーナガルムが、咄嗟に外套を翻し三人を庇うよう背を向けたおかげで、傷付くものは居なかった。どうやら、シニルの焔は足止めの威嚇射撃だったのだろう。


 マーナガルムに護られた三人。その中でもフラウは、威嚇射撃に特に慄くと「なんで、なんで」と歯の根の合わない怯えたような声を漏らしていた。

 ブリジットは、その様子に不穏な空気を感じると「フラウ大丈夫? あの二人を知っているの?」と気遣いながらも、突然舞い降りた窮地のようなものの正体を探ろうとした。しかし、フラウの口は、同じ言葉を吐くだけで要領を得ない。

 そんな様子のフラウに、今度はパレアスが「知っていることがあるなら、話せ」と詰め寄ったが、結果は同じだった。


 ついに丘を登ってくる二人の気配は足音が耳に届くまでになった。フラウはそれに気が付くとマーナガルムの外套から顔を覗かせた。

 やはり、あれはフラウに〈簡単なお仕事〉を頼んだ二人——シュロスとシニルだと理解した。

 世の中に簡単な仕事で高報酬を得るものなどない。あったとすれば、それは誰かの悪くなった都合を肩代わりするか、都合が悪くなる何かを肩代わりするものだ。

 フラウの頭はそのことで一杯になった。何の因縁か、フラウは都合が悪くなる何かを、知らず知らずに肩代わりしたのだ。


「フラウ・ホレ。ご苦労だったな。しかしだ。このまま、返すわけにはいかないんだ。すまないがな」フラウの考えは、シニルの放ったこの言葉で確信に変わった。

 ちょろい獲物に手を出してしまったのが運の尽きだったのだ。この二人は、その状況を待ち望み、そして利用した。状況を起こすのは誰でも良かったのだろう。直接手を出さず、ここまで動かせば後は閉ざされた旧都の中での出来事。何とでも処理ができる。


「あんたらは、遺物商の前にいた……」マーナガルムは三人を背にすると、剣を抜き放ちことさらに訊ねた。時間を稼ぎたい。その思いからだ。

 十中八九、マーナガルムの嫌な予想は的中しているだろう。だが、引っ掛かることもある。フラウは、この二人に命じられ三人をここまで誘導した。しかし、どの時点からそうだったのか。パレアスにぶつかったときからか——それにしては、フラウの様子がおかしい。


「ああ、そうだったな。嫌というほど、お前らには気を揉んだのもあって、どうも初対面とは思えなくてな。失礼した。シニル・アイゼンバッハ。お前らにとっては、悪い魔法使いとなる教会魔導師だ」シニルは、マーナガルムが構えると距離をとり、足を止め軽く一礼した。

 シュロスは護符の大剣を地面へ突き立て「シュロス・ユングフラウ。教会騎士だ」とシニルに続いた。

「魔女殺しの闘争者。口には気を付けろよ。我々魔法使いの天敵だ」シニルは、シュロスの名乗りを補足すると腰にぶら下げた剣の柄へ手をかけた。

「その魔女殺しっての、なんとかならないのかい?」それにシュロスは抗議の声を挙げた。教会内で〈魔女狩り小隊〉と呼ばれはするが、実際に狩るのは魔法使いだ。男も、女も関係ない。教皇庁の獲物名簿の上から順に狩って回る。名前を消す。それだけのことだ。それを続け全てを狩り尽くせば、オライオンたちの元へ帰れると信じていたが、今ではその望みは極めて薄い。無いと云ってもいい。


 だから、そう呼ばれることに辟易としているのだ。

 二人の背後で揺蕩う靄がシュロスの心中に合わせるよう、色濃くなり幾許か立ち昇ったように見えた。


 マーナガルムたち四人は、それに気が付くとジリジリと退き始めた。しかし、後退を本意ではないというようなパレアスはマーナガルムの腕の下から躍り出ると剣を抜き放った。「おい、教会の! 俺たちは、盗まれたペンダントを追ってきただけだ。魔法を撃たれる覚えはないぞ。いいか? 俺たちは……」


「撃たれる覚えはないだと、パレアス・ヴァレンタイン。お前は——そうだな、そこのブリジット・ヴァレンタインの弟。はは。そう驚いた顔をしてくれるなよ、パル。云っただろう、ここに居るのは悪い魔法使いだと。だから、魔法を撃ち込む理由は、それだけで十分だ。ああそうか、なるほど。少しばかりの説得力が欲しいのなら、こう云うのはどうだ。協定違反者の取締りのため。おっと。マーナガルム・ラシル。図星というところか? お前らは判りやすくて助かるな」意外な胆力を見せた少年へ、黙れと唾を吐きたくなったシニルだったが、それを堪えると矢継ぎ早に捲し立てた。

 筋書きを狂わされるのを何よりも嫌うシニルにしては、冷静な対応だったのだろう。シュロスは、傍らで少しばかり安堵を顔に滲ませた。


 ※ ※ ※


「シュロス……これって、あたし騙されたの?」

 無慈悲なシニルの言葉に愕然としたフラウは、マーナガルムの背から顔を覗かせ声を震わせた。街でシニルを見上げ感じた不穏の正体はこれだったのだ。しかし、フラウと目線を合わせ約束を交わしたシュロスは違った。フラウは同じ匂いを感じていた。だから、信じたのだ。いや、信じてしまったのだ。


「シニル。フラウは仕事をこなしたんだ。もう良いだろう」痛いほどにフラウの言葉と視線を感じたシュロスは、何とかフラウだけでも街へ帰らせたい。そう思ったのだ。それは、珍しく見せた狼狽える姿からも伺えた。


「駄目だ。いいか? フラウが、帝国の人間じゃない。と、いう保証がないだろう」とシニルは冷たく返した。

「ああ? あたしたちを嵌めるために、芝居を打ったってことかい? そんな馬鹿な」シュロスはシニルの答えと声音の冷たさに、苛立ちを覚えた。護符の大剣を握り直すと、シニルの双眸の布を睨め付けた。

「そうではないとは云い切れるのか?」大剣を握り直したシュロスから滲み出る感情の揺れをシニルは感じ取ると、いっそうと声を尖らせ、淡々と云った。


 ※ ※ ※


「私たちは、本当にペンダントを追って来ただけなのです。ペンダントさえ戻れば、直ぐに立ち去ります」どうやら教会の二人の関係は親密さではなく、強制関係にあるようだ。そう感じたブリジットは、ここぞとばかりにシュロスへ言葉を投げかけた。


 それに、またしても虫唾が走ったシニルはブリジットへ鋭く顔を向けると、意地悪く銀色の何かをぶら下げて見せた。「ペンダントというのはコレのことか?」


 シニルの手にぶら下がったのは、ブリジットペンダントだった。ブリジットは目を丸くし、パレアスはいよいよ怒りを滲ませるとシニルへ飛び掛かる勢いで、体を乗り出した。

 マーナガルムはそれを、咄嗟に制止した。「ここは私に任せてくれ」

 パレアスは、誰に向けて良いのか判らない怒りにマーナガルムの腕越し体をゆすり。ブリジットは、それを何とか宥めようとするが収まる様子はない。

 マーナガルムは、何とかパレアスが飛びかかるのを制しながら言葉を続けた。「シニル——ああ、そうだ。そのペンダントだ。それを返してくれさえすれば、ここから立ち去ろう」


「なんとも都合の良い話だな、マーナガルム・ラシル。このペンダントの紋章は、そうだな……ヴァレンタイン公爵家のものだと記憶しているが、どうだ? それとも紋章官が必要か?」シニルは、またしても冷酷に返した。どう答えても、起きる結果は同じだとシニルは云っている。


「……」

「沈黙は肯定と捉えるぞ、ラシル卿」

「そうだとしてもだ。ここへ立ち入ったのは、不可抗力だ」

「そうか。では訊くが、これを盗んだ者はどんな風体だった? それを知って追跡したのだろ?」

 シニルが訊ねていることは、至極当然のことだ。

 ペンダントを盗んだ者。それは、どのような者で、マーナガルムたちは何を手掛かりに此処へ立ち入ったのか。ブリジットとパレアスは——大凡の見当はついているようだが、確信しているだけではない。そうでなければ、パレアスは場面をわきまえずにフラウを責め立てただろう。

 そうだ——マーナガルムは薄々と予感はしていた。街でフラウが云った「ブリジットを探していた理由もそれだから」の一言。それに引っかかっていたのだ。


 ※ ※ ※


 フラウは、これまでのことが三人を——ブリジットを騙していることは理解していた。

 フラウに姉は居ない。妹も居ない。両親が帰らなかった日から天涯孤独となった。だから、世話焼きな妹という役どころは、どれほど心地良いのかを知らなかった。

 ブリジットの手を引き、街を歩き回り同じ目標へ向かう。少しばかり姉よりも得意なことで姉の気を引き、そうして褒められる。短い時間でも、それは心地よかった。止めたくはなかった。しかし——これ以上はもう無理だ。 「ごめん。それを盗んだのは、あたしなんだ……」


 フラウの告白に、ブリジットは体を震わせ手で口を覆った。パレアスは、それに「お前!」と怒りのやり場を見つけたといわんばかりに、怒鳴りつけた。マーナガルムは、今度はそれを抑えなければならなかった。「落ち着け!」


 マーナガルムの一喝が轟いたその時だった。


 シニルとシュロスの背後で奇妙に蠢いた靄が、更に背を高くすると、その中から幾つもの寒々しい唸り声が聞こえてきた。


「こんなものか。思ったより脆かったな。シュロス、そろそろ頃合いだ。 怪異どもが集まるぞ」マーナガルムたちの混迷を眺めたシニルは、ほくそ笑むとシュロスへ静かに促した。

 シュロスは、苦虫を噛み潰したような顔でシニルに返すと、フラウの青褪めた顔へ何度か視線を送った。だが、それは、いつまでも交わることなく、シニルが肩を叩くのを合図に途切れた。それと同じくして、靄の中に幾つもの影が滲み出てきたのが判った。

「後は大聖堂まで追い詰めればいい」と、シニル。

「フラウはどうなる?」

「どうだろうな。奴らの正義とやらにもよるな」


 ブリジットたちに背を向け歩き出したシュロスの耳にパレアスがフラウを(なじ)る怒声と、それに「もうやめて!」と叫ぶ声が届いた。

 シュロスは、大剣ごしに振り返ったが、もう四人の姿は靄の向こうへ消えていた。


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