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寄る辺のレヴェナント  作者: コネ
第二章

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第十五話 古ラントレッド


 ブリジット一行はフラウの案内で、探索者街でも隔離壁により近い通りへ足を運んでいた。

 その辺一体は〈古ラントレッド〉から戻る探索者(ブルクライゼ)が遺物鑑定に立ち寄り、物によっては鑑定商が買取を交渉する通りだ。小さな店が軒を寄せ合い、店先では経験の浅い探索者を買い叩こうと手ぐすねを引く商人もチラホラと見かける。暗がりから大声で客引きをする輩は、概ねそんな輩だ。

 つまり、ガラの悪い通り——教会の騎士や魔導師といった上の町の人間には縁遠い通りだといえる。


「なんで教会騎士と魔導師がこんなところに」角を曲がり、足早に件の遺物商へ向かった一行は、フラウが挙げた神妙な声で一斉に物陰へ姿を隠した。何がどうであれ、フラウが店先の二人に警戒したのだ。ここは慎重に行動するべきところである。

 

「おい、女。早く行くぞ」だが、それに苛立ちを覚えた——なんとも思わない——パレアスは、もたもたとしたフラウに(けしか)けるように云った。


「ちょっと待ってよ王子。幾らなんでも、その身なりで入ったら眩しすぎて逆に疑われるでしょ。あたしが聞いてくるから待ってて」呆れ顔のフラウは、パレアスへピシャリと答えると、一行をもっと物陰の奥にと手で合図し、ひらりと通りへ戻った。

 

 店先に立った二人は——騎士の方は、奇妙な意匠の銀鎧に身を包み、魔導師はといえば、双眸を魔法音素(ルーン)が描かれた布で覆っている。上の町の人間にしては不穏。探索者にしては禍々しい。そんな言葉が頭に過ぎる風体だった。

 フラウは、そんな二人に臆することなく近寄ると、こともなげに声をかけ、少しばかり話すと店の奥へ姿を消した。

 それを遠くから見守ったブリジットは、フラウの警戒の無さに肝を冷やしたのか、両手で口を押さえ息を殺すような仕草を見せていた。

 

 だが、その心配を知ることもないフラウは、ほどなく、店先の二人に声をかけ軽やかに出てきた。



「銀のペンダント、当たりだったよブリジット。売りに来た探宝者ってのは、商人街で手配されていた盗賊まがいのチンピラだったみたい。あそこの二人が追いかけたけれど、隔離壁らへんで見失ったて」フラウは残念そうに、ことの真相を伝えた。

 これにマーナガルムは、眉根を寄せ困り顔を見せた。「それは不味いな。フラウ——旧都へ入るには……」

 

「身分を明かさないと入れないよ……」

「まいったな」と、マーナガルム。

「おい、マーナガルム。何がまいっただ。さっさと行くぞ」フラウとマーナガルムのやりとりを見守った姉弟だったが、半ば諦めかけた言葉を耳にするとパレアスが声を荒げた。

 これに、マーナガルムは首を振ると、指を口にあてながら小声で「パレアス、そうカッカするな。これで私たちが正面を切って旧都へ入ったら、一歩間違えれば軍事協定に抵触する可能性がある」と、パレアスを宥めた。

 

 帝国にも探索者は存在する。無論だ。立派な職業枠だと云っていい。

 彼らが持ち帰る遺物の質が良ければ良いほど、帝国人はより大きな魔法の恩恵を享受することができる。つまりだ。多くの帝国人は魔法の行使を魔女の遺物(ウィッチクラフト)に依存している。これは帝国軍も例外ではない。

 それゆえに、帝国人——とりわけ公爵家の人間が身分を明かし〈古ラントレッド〉へ足を踏み入れることは大きな問題を招きかねない。

 周辺諸国は、ラントレッド産の魔女の遺物(ウィッチクラフト)を喉から手が出るほどに欲している。それほどに、旧都から出る遺物の質は想像を絶するものだ。だから高値で流通もするし、軍事利用を目的とした買付けには重い税がかけられ、ともすればラントレッド国外へ出る遺物は差し押さえも行われる。

 それを帝国がくすねたとなれば、問題にならない筈がない。


「じゃあ、どうするんだ。あれは父上が託してくれた家宝なんだぞ。そもそも、お前はどうやって旧都に入るつもりだったんだよ」パレアスの正論に、流石のマーナガルムも「ああ」と言葉を濁した。

 

 ブリジットとパレアスが帯びた任務。

 それは、公爵家に降りた勅命。つまり皇帝キャリバン・トレアシア・アルスノトリアが下したもの。命を賭し遂行せねばならないものだ。

 神と祀られた皇帝が語ったのは、帝国へ魔法を取り戻すための鍵、〈空白の写本〉が、ここラントレッド新王国に現れるという神託だった。そして、それを持ち帰ることを命じられた。

 帝国へ魔法の恩恵をもたらし、呪われた熱砂ばかりの国土へ緑を取り戻すためだ。

 

 神代の頃。ラントレッドの聖人に裏切られた皇帝キャリバンは、入植した地で帝国を興し、この刻を待ったのだそうだ。これには諸説あるが、あくまでも、そういう言い伝えであり、まつりごとの一部。その筈だ。そうでなければ、皇帝は何千年もの刻を生きこの日を待ち侘びたことになる。

 マーナガルムは、それは帝国の悲願であるということだけを信じている。


 ともあれ、 それだけ重要な任務だ。

 マーナガルムに考えが無かったわけではない。しかし、準備した考えの中でも最悪の一択が公爵家から下されたのだ。

 ブリジットは十八になったばかりだ。パレアスは十七。世間的には立派な大人である。しかし、この過酷で難題な任務を遂行する力、洞察力、胆力があるかと問われれば否だ。だが、公爵は家督を継ぐに値するのは、どちらかを推しはかるという表向きの理由で、二人へこの任務を与えたのだ。

 実のところ、それは方便で遂行にあたってはマーナガルムに押し付けられたのだと理解している。要するに、任務達成の栄誉は我が子らへということだ。

 だから、マーナガルムは夜には宿へ戻り二人が寝入ったところ、単独で旧都へ潜入するつもりだった。再誕祭を堪能した二人は、さぞかし良い夢を見ることができるだろう。目覚めれば任務完了。

 そのため、一行がバルクータ入りをしてからマーナガルムは、夜になると情報収集のため単独で奔走し今日を迎えた。

 それが、何の悪戯か——水の泡となりかけている。


「どうやら、のっぴきならない事情があるみたいだね」

 すっかり黙り込んでしまったマーナガルムにフラウは茶色の髪を小さく掻きながら云った。その顔には、どこか訳知りな色が浮かんでいる。

 

「なんだって?」終始、会話に遅れをとったパレアスだったがマーナガルムの苦悶に驚いたのか、少しばかり焦った声を挙げていた。

 

「よっぽど大切なペンダントだってことでしょ?」それにフラウは、揶揄うように返した。

 

「当たり前だ!」

「じゃあさ、ちょっと危ない橋を渡ることになるけれど——裏口を使う? 判断は、先生にお任せした方が良いかな? 帝国人があそこに入るには、いずれにせよ。でしょ?」フラウは答える様子もないマーナガルムから視線を外すと、今度はパレアスへ調子を合わせるよう提案をした。


 それは、色々と功を焦るパレアスにとっては願ったり叶ったりの提案だ。


 ※ ※ ※


 王都〈バルクータ〉——旧都。

 通称〈古ラントレッド〉。

 

 ブリジット一行は、マーナガルムが難色を示したものの、フラウの提案を受け入れた。

 隔離壁伝いに、ずっと北へ歩くと深い森に行き着く。多様な木々が緑を生い茂らせる、その森は陽が傾く頃になると、すっかりと暗くなる。それを見計らい、一行は足元の悪い森を抜け、フラウが云った裏口へ到着した。

 それは、森の緑で隠されており、云われなければ気が付くこともない、隔離壁にまで貼りついたちょっとした蔦の群生地帯だった。

 フラウは馴れた手つきで蔦をそっと掻き分けると、隔離壁に穿たれた小さな穴へ指をかけ、そっと()を取り外した。見事に隠された裏口だった。

 

 四人は、穴を潜り蓋を戻すと周囲を見渡した。


 抜けた先は小高い丘になっており、視線の先で夜の帷と落陽が混ざり合うのをハッキリと見渡せた。

 視線を手前に戻せば、丘の麓から延々とどこまでも朽ちた都が横たわっているのが判った。建物という建物。道という道。街道と呼ぶべきものだった通り。都市のあらゆる肉に血管は、こげ爛れた黒、腐った葉脈のような茶に塗り潰されていた。

 いたるところに這い回る灰色の靄が落陽を受ると、さながら血の混ざった膿みが動き回っているようにも見える。ブリジットとパレアスは、その光景に体を小さく震わせた。

 

 再び目を上げれば、この朽ちた都市のあちこちに背の高い塔が何本も見えた。

 きっとあれは、ラントレッド旧王国時代に栄えた魔法使いたちの塔だろう——。

 研究者を生業にした魔法使い。

 宝を探し求める探宝者を生業とした魔法使い。

 闘技場で名声を求める闘争者を生業とした魔法使い。

 かつて冒険者と呼ばれた伝令者を生業とした魔法使い。

 今では騎士と呼ばれる守護者を生業とした魔法使い。

 守護者を付き従える多くの貴族たちの源流である統率者たちは、それぞれが、それぞれの魔法を磨き上げるために、塔へ籠ったのだと伝え聞く。


 ブリジットとパレアスは、それをぼんやりと眺め、どの塔が統率者のものなのだろうかと、気に掛けていた。

 帝国人の遠い祖先はこの地から逃れ、今の呪われた地に縛られたと教えられている。では、二人の遠い祖先はどこの塔で魔法の技を磨いたのだろうか。願わくば、その跡を垣間見ることのできる遺物を持ち帰り、ラントレッド人のように魔法音素(ルーン)を描けるようになりたい。そんなことを二人は常々考えていたことを思い出したのだ。

 そして塔の群れから目を離すと、都市の中央と思しき場所に一際高い丘を見つけた。

 そこには、朽ちたとはいえ未だ荘厳を内在した旧王城の姿があった。崩れ落ちた尖塔や城壁の隙間からは、幾つもの十字を掲げ、今でも下々を見護ることを諦めていない聖堂の姿が覗いている。

 あれが、かつて一文字の神が腰を降ろし、二十五の神々の朗らかな詩を愉しんだとされる神の御座――大聖堂だろう。


「二人とも良いか? 悪いがここまで来たら時間が惜しい。あそこに見えるのが、今は封鎖されている旧王城の大聖堂。私たちは、あそこを目指すことになる。それでだが……見れば判る通り此処の暗がりという暗がりは怪異どもの縄張り——バルクータまでの旅路とは、比べものにならないほど危険だ。そして、状況は最悪。持つ物も持たずに、ここへ足を踏み入れた。だから、迅速に探索を済ませる必要がある。ペンダントも重要だが優先順位を間違えるな」

 マーナガルムは、なぜか危機感が薄まったように見えた姉弟を現実へ引き戻すため、ことさら重々しく口にした。

 それに二人が顔をハッとさせ、目を移したのが判ると、マーナガルムは言葉を続けた。「さて、ココからは探索者の探索とはまた違う危険が伴う。だから道案内は、ここまでだフラウ。非常に助かった、礼を云う」

 そこまで云うと、マーナガルムは腰から小袋を取り出し、フラウに握らせた。

「これは?」フラウは、白々しく訊ねた。中見は感触で判っているはずだ。

「ここまでの感謝の気持ちだ。街に戻って夜の再誕祭を愉しんで来ると良い」マーナガルムは、満面の笑みでそう答えた。


 旧都はすっかり静寂に包まれていた筈だったが、丘の麓から悲鳴にも似た何かが薄らと聞こえたように感じた。四人はそれに気が付くと緊張した面持ちで麓へゆっくりと目を向けた。


 そこには、麓から丘を懸命に登ろうする靄に紛れ二つの影が揺らいでいた。



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