第十四話 銀のペンダント
王都〈バルクータ〉——探索者街。
再誕祭当日。
フラウ・ホレの耳元へ口を寄せたシュロスは、近づいてきた再誕祭の喧騒にドミナスの言葉を思い出していた。
すると一度、フラウの耳元から顔を離し、少女の甘栗色の瞳へ目をやった。
左瞳は建物の影に覆われ、暗く沈んでいる。
右瞳は陽の光を受け、キラキラと輝いている。それを見るとシュロスは、所謂簡単なお仕事を伝えるのを何故か躊躇した。
理由はシュロス自身にもはっきりとは判らなかったが、過ぎし日の自分の姿を重ねたのかも知れない。
孤児院から教会へ引き取られる際、簡単な儀式の手伝いお願いすると云われたのだ。だがしかし、それが簡単だった試しはなかった。耳を、目を覆いたくなる日々。次第に、恐怖も、痛覚も何もかもが麻痺していく感覚。縋れるのは過日の思い出。誰かの笑顔の残滓。それすらも霞んでいった。
だが、悔やみはしたが、それに同意したのは紛れもなくシュロスだった。
この先も、オライオンとマリアと共に過ごすことを願うのであれば、魔力を持たないシュロスの選択肢は、それしかなかったのだ。
シュロスは、不器用に微笑むとフラウの耳元へ再び口をやった。
これを聞き、判断するのはこの娘だ。
だが、この選択肢を突き付けなければ、それを判断する必要はない。判断を娘の責とするのは、気休めの詭弁だ——それであれば、もう難しいことを考えるのは止めよう。
実に難しい話なのだから。そう思うとシュロスは口を開いた。
「このペンダントを売ろうとした探索者が、追い払われて旧都へ逃げた。とあの二人に伝えてくれれば良い。それだけ。簡単だろ? もし案内を頼まれたら、そうしてやってもらえるかい? それをこなしてくれたら、礼は弾むよ」
※ ※ ※
十六番目のᛊは、太陽の頭を持つ神だ。
その像が探索者街へ続く通りを横切ろうとした頃だった。ブリジットたちは、ペンダンを失くしたことに気が付き、探索者街で売り捌かれていないかを確認するため十六番目の御座車の後ろを掻き分け通りを渡った。
農民と思しき人々は、この日のために準備をした奇妙な被り物と貫頭衣を纏い十六番目の御座車の傍を踊り歩き追いかけた。奇妙な被り物と衣装は、麦穂をわざわざ乾燥させ繊維質にしたもので織られている。だからなのか、その周囲は酷く粘土臭い。
ブリジットとパレアスは、臭いにひん曲がりそうな鼻を押さえ麦の人混みを掻き分け、ようやく目的の通り付近へ身を寄せた。
マーナガルムは、どうもこの匂いには無関心らしく、さっさと通りを渡ると二人の居場所を確保し待っていた。
「居た、居た!」
ひょんなところから、聞き覚えのある声がした。
声と共に、三人の前へスッと姿を現したのは甘栗色の瞳のフラウだった。頭じゅうに乾燥した麦をひっつけている。きっとあの人混みを掻き分けて来たのだろう。
「フラウ? って、大丈夫? 怪我は?」溢れんばかりの笑顔で三人へ近寄ってきたフラフだったが、臭い麦の人の尻に体を弾かれブリジットに向かって倒れ込んできたのだ。咄嗟に伸ばしたブリジットの手は、間一髪のところで、計算されたように間に合い、今ではブリジットと再会を喜び合っている。「そんなに慌てて、どうしたの? 私たちを探していたの?」
ブリジットは、そんな風に云うと、まるで転んでしまった妹の世話を焼くようにフラウにひっついた麦を払いながら気遣いを見せた。フラウは、それに「えへへ」と、はにかみ「ありがと、ブリジット」と気安く抱きつきコロコロと笑って見せた。
「おい、ゴロツキ——」それに気を悪くしたのか、パレアスは顔を赤らめ強く云い放った。「べべから離れろ。今度は何を盗むつもりだ?」性別の違いはあれど、幼い日の自身の姿をフラウに重ねたのだろう。早く一人前になりたい。しゃしゃり出てくる姉の存在はパレアスにとって成長の妨げだった。だからパレアスは、姉弟喧嘩をすると姉のことをべべと呼びつけ、幼子扱いして見せる。それは、パレアスなりの反抗だった。
「パル!」弟のそんな心情を肌で感じるブリジットは、べべと呼ばれると大体の場合反省し、しおらしくする。だが、今のは看過出来なかった。自身の物差しでフラウを測り見下す。それを特権だとでも云うようにする弟が甚だ傲慢に映ったのだ。だから、強くパレアスを叱るように云ったのだ。
半拍ほどの空白が流れた。
通りの喧騒はいよいよ、最後の御座車がやってくる頃を迎えた。フラウは顔に小さな三日月を浮かべ「盗む? あたしが何を?」と、パレアスと正面から対峙した。
二十四番目の御座車が通りに差し掛かった。ᛞの文字を冠した像の姿が見えてきた。あれが意味するものは、目覚め、成長。そして陽のあたる場所。
フラウが佇むの建物の影の外。陽があたり、背後ではᛞの像が影を落とし通り過ぎていく。パレアスはその様を影の中から目にした。「べ、べべのペンダントを盗んだのはお前じゃないのか?」
「ペンダント? あのキラキラ銀の?」
「そうだ。惚けるなよゴロツキ」
「さっきから、ゴロツキ、ゴロツキって決めつけてるけれど、あたしは歴とした探索者——ブルクライゼだよ! そんな危なっかしい橋を渡るなら、探索に出てるよ。今期も直ぐに締まるって話なんだ。暇じゃないんだよ」
そろそろ助け舟が必要だろう。
パレアスが云うに事欠き、誇りない言葉を重ねてしまう前にだ。マーナガルムは、そう思うと今にもフラウに飛び掛かりそうなパレアスを遮り、ことの成り行きを引き受けた。「ならばフラウ。その探索者としての知恵を貸してくれないか。ペンダントが盗まれたのだとして、この辺りで売り捌くとしたら、どこか心当たりは?」
「そんなの知らないよ。盗品をどこで捌くかなんて、夜を待って盗賊にでも聞きなよ」フラウはマーナガルムの言葉に、不服そうな顔で答えた。探索者は盗賊ではない。だから、盗賊が贔屓にする店なぞ知らない。そう云いたげだ。
「すまない。そういうつもりでは無かった。質問を変えよう——盗賊が探宝者になりすまして売るとしたら? もっともブリジットが落として失くした可能性もある。あれの効力は君も見た通りだ。あれを売るとしたら、どこへ持ち込む?」不服さを隠しもしないフラウの顔へ目をやったマーナガルムは、フラウの心持ちに納得し質問を変えた。
「そう云う話なら、心当たりはあるよ。ついてきて。あたしがブリジットを探していた理由もそれだから」
「どういうこと、フラウ?」マーナガルムの機転があったとはいえ、一度は機嫌を損ねたはずのフラウが、こうもあっさりと態度を改めたのに驚いたブリジットは、すかさずその理由を訊ねた。マーナガルムがフラウを認めたからなのだろうか。それではまるで、褒められた子供のように単純明快ではないか。
「さっきね、銀のペンダントがどうのって、馴染みの遺物商で騒ぎがあってね。まさかと思って急いで、ブリジットたちを探したんだよ。やっぱり失くしていたんだね」フラウの答えは、単純明快であった。とはいえ、それは子供のそれではなく一期一会を心得たフラウの人間味溢れた心情ゆえのものだった。
ブリジットには、そう思えた。
だが、それを気にすることもなく、不躾な声が飛んだ。パレアスのだ。「おい、その騒ぎってのは、どうなったんだ?」
「売りに来た奴らは逃げたみたいだね。多分、旧都に逃げ込んだんじゃないかって話だったよ」フラウはパレアスの言葉は受けたものの、軽く視線を流しただけで、その答えはマーナガルムへ向けた。
「なんだと! だったら賊を追わなければ! 案内しろ女」それに、分厚くも脆い自尊心を傷つけられたのか、パレアスはフラウの視線へ割って入り、腕をブンブンと振り回してみせた。
「慌てないでよ王子様。そもそも、それがブリジットのペンダントかは、まだ判らないんだから。遺物商で特徴を確認しないと」フラウは笑いを堪えながら、まるで気を引くのに懸命な子供のようなパレアスを宥め、そう提案した。
それを眺めた、ブリジットとマーナガルムは両肩を竦め、小さく溜息を吐いていた。「フラウの云う通りね。パル、ここは落ち着いて行動しましょう。ガルム先生も良いですか?」
「ああ、勿論だブリジット」




