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寄る辺のレヴェナント  作者: コネ
第二章

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第十三話 再誕祭


 ラントレッド新王国。

 王都バルクータ——〈蛇燭教会〉教皇庁。

 魔女狩り執行翌日。


 昨晩、空に浮かんだ赤色の満月は、すっかり鳴りをひそめた。少しばかり欠け始めたそれは、青白く優しい光を落としている。

 〈蛇燭教会〉教皇庁は、今夜は禍々しい赤色ではなく青白い月明かりを吸うと月下香(チューベローズ)のように白く佇んでいる。甘い香は放たないものの、何かしらかを惹きつける魅力を滲ませていた。

 そんな教皇庁は再誕祭を次の満月に控え物々しく騒がしかった。


 〈蛇燭教会〉教皇庁——大聖堂。


 白亜の神の砦——そのような佇まいの大聖堂は、身廊の縁、側廊の壁面あらゆる所へ月桂樹や、魔法音素(ルーン)、力強い十字の意匠が彫られ飾られている。それらは薄暗い中、月明かりが差し込むと静謐にも感じたが、どこか違和感を覚えた。


 身廊の先——後陣で神聖を誇示する祭壇を背にすると、その違和感は更に増した。

 後陣の壁面には、人が屈めば通れるほどの小さな石扉が備えられ、今はそれが開け放たれている。覗き込めば、扉の先は後陣の下へ続く階段が暗闇の中へ降りている。扉は壁面と同じ石で繊細に切り出された物だった。閉じてしまえば後陣の壁面とピッタリと同化することだろう。

 

 つまり、秘密の隠し扉に階段というわけだ。


 階段を暫く何度も周りながら降りていくと、そこはだだっ広い空間だった。

 壁に掲げられた幾つもの角灯の中で輝くのは、魔法の光だろう。一揺れもすることなく暗闇を払う役割に徹している。

 

 奥には幾人かの影の塊が見えた。


 手前には白外套が三人と、鈍く輝く鎧姿が一人。

 その奥には黒外套が三人に、やはり鈍く輝く鎧姿が一人。奥の面々は皆、膝を折っているように見える。んーんーと聞こえるのは、四人とも口を布で塞がれながら、何か訴えているからだろう。


「シュロス。赤の鍵を準備してくれ」白外套の一人が云った。酷く冷めた声だった。

 それに応えるよう、鎧姿が首から下げた鍵束に手をやったが、別の声がそれを制した。

 「オライオン以外は殺して構わないのでは?」別の白外套が、そう訊ねた。その男は蹲った黒外套の一人、白灰色の髪をした男を目で指している。


「畏れながら、グィ大司祭。疑わしき赤月の子には刻むようにと、教皇聖下からのお達しで」やはり、酷く冷めた声でシュロスの傍の白外套は答え、軽く一礼を見せた。

「教皇聖下から直々にか」

 グィ大司祭と呼ばれた男。

 アースラ・グィは白髪まじりの黒髪を掻き上げながら、声音を低く白外套へ確かめた。どこか苛立ちを滲ませたようにも感じる。

 司祭でありながら、教皇の懐刀である〈魔女狩り小隊〉を率いる白外套——シニルを、常々目の上のたん瘤だと感じているのだ。

 今この時もまさにそうだった。

 これまでも幾度となく魔女狩りは執行され、疑わしき魔女に魔男は儀式の贄となった。だが、誰一人として教皇が予言した〈神の子〉として残ることはなかった。

 魔法をあるべき姿へ還す鍵——神の子。それが実のところ、どのような形で姿を成すのか。司祭の殆どが知らされていない。だが、シニルは違うのだろう。再誕祭を目前に、起こるべくして起きた風であった教皇庁強襲。仕立てられた魔女。それを狩り、この場へ連れてきたのはシニルだ。

 アースラは、いっそう双眸を鋭くするとシニルを睨め付けた。


「シニル。準備できたよ。どうすれば良い?」アースラがシニルへ向けた悪意の視線を他所に、鎧姿——大女シュロスは手の中に鍵を四つ弾ませた。

 

「お、おいシュロス。もう少し離れろ」それに慌て上擦った声で云ったのは、恰幅の良いデイディアマ・エボニー大司祭だった。

「はいはい、エボニー大司祭様。あたしにコレを与えたの後悔してる?——」シュロスは意地の悪い笑みを浮かべた。「大丈夫、お返ししてやろう……なんて考えてないよ」


 デイディアマは「あ、当たり前だ」と二重顎に汗を溜め、そそくさとアースラの横に立ちシュロスとの距離を取った。

 

「シュロス。オライオンを最後に刻んでくれ——」シニルは、それに呆れ顔を見せると、肩を竦めながら指示を出した。「——悪く思うなよ。呪うなら運命を呪ってくれ」

 口を縛られた四人はシニルの冷めた声に、いよいよ顔を青くした。

 

 シニルが改めて執行の順を示した。

 

 アンドヴァリ・チャーチ——蛇燭教会付き研究者。マリアの妹だ。

 ヴォーデ・クロイス——蛇燭教会騎士。

 マリア・ヒューレイ——蛇燭教会牧師。

 オライオン・ヒューレイ——蛇燭教会司祭。白灰色の男。

 

 ——時期は違えど、赤月の夜に産まれた経緯を持つ四人だ。


 ※ ※ ※


 シュロスは手の中で弾む鍵の一つを摘み、アンドヴァリの前へ立った。

「アン。あんたが〈神の子〉ならこの場に残る。もっとも、残ったヤツを見たこともないから、どんな感じで残るかは知らないよ。それに、そんな大層な子供が何人もいるとは思えなしね。まあ何れにせよ——消えるのは一瞬だ。安心しな」シュロスは悲壮を浮かべ、裏腹に憎まれ口を叩いてみせた。まるで、それは祈りの言葉のようだった。

 

 シュロスはアンドヴァリの黒外套を剥ぎ取ると、顕になったチュニックの胸元へ鍵をあてがった。確かに、それは一瞬だった。パッと赤く輝いたかと思うと、アンドヴァリの姿は刹那の間で、その場から消えてなくなった。「これだけ綺麗さっぱり消えるんだ。痛みはないだろ」


 残された三人。

 とりわけマリアの口元からは、喉を内側から掻きむしるような酷い呻き声が挙がった。

 ヴォーデは何度も立ち上がろうとしたが最後にはシニルの足蹴にあい、派手な金属音と共に寝転がってしまった。

 オライオンと呼ばれた黒外套は、必死に体を転がしマリアに覆い被さろうとした。マリアの盾になろうとシュロスとの間に割って入りたいのだろう。

 

 シュロスは「そんなに、この姉妹が大事かよ」と、唾棄するとヴォーデの首元を掴み上げた。

 会館の闘いで剥き出しになったヴォーデの左肩には鎖帷子が覗いている。

 シュロスは編まれた鎖の上を、嫌らしく指でなぞってみせた。シュロスの指に手頃な輪っかを探すためだ。果たして、その丁度良い輪っかは直ぐに見つかった。シュロスは、そこへ指を突っ込むと力の限り引っ張ると、編まれた鎖を引きちぎった。「最後に残るのはオライオンさ。あんたは地獄にいきな」


 剥き出しになったヴォーデの左肩へ当てられた鍵は、無情にも赤く輝きを放った。目を刺すような赤の輝き。その場の一同は、アンの時もそうだったが、閃光に視界を奪われた。そして直ぐに赤黒い暗転が開けると——その場にヴォーデの姿はなかった。「さて、次はあんただよ。マリア」


 シュロスは、アンにも見せた悲壮な顔をマリアへ向けると、覆い被さったオライオンを投げ飛ばした。「悪く思わないでおくれよ、マリア。あたしは、あんたに憧れていた。そう——あの男の愛情を受けたあんたにね。だから、あたしはオライオンを奪い返さなくちゃ」

 そう云う頃にはシュロスの顔は恍惚と歪ませ、マリアへ手を伸ばした。

 ゆっくりと、ゆっくりとマリアの胸元へ手が届くと黒外套は剥ぎ取られ、下のチュニックが顕になった。血に染まっていた——それは、会館でオライオンの血に染まった跡だった。シュロスは、それに気が付くと血染めの部分を指で撫で上げた。「腹の子のじゃなくて良かったよ。これは、オライオンのだろ?」

 

 そうマリアの耳元で囁いたシュロスは、静かに胸元へ鍵を当てた。

 赤の閃光が激しくやってきた。

 その場の面々の視界が奪われたが、戻ってくるのは直ぐだった。

 だが、マリアの姿はその場に残っている。

 これに、アースラとデイディアマは感嘆の声を漏らした。「おお、悲願の——悲願の神の子……でも、なぜだ。何故この女が?」


 シニルは、これに声を挙げなかった。そして、シュロスを一瞥した。

 思った通りだったのか、シュロスの異変に気が付いたシニルは、大女の肩を強く掴み耳元で囁いた。「次だ、シュロス」


「ちょっと待って、シニル。次だって? これでお終いだろ? オライオンはどうなってしまうんだ?」シュロスは酷く狼狽えた。

 

「ん? 神のみぞ知るだが——なぜだ」

「もう結果は出たんだ。オライオンを殺す必要はないのだろ。残るのはオライオンだって……」

「結果だと? 殺す? 儀式は進んだが、結果はこれからだ。早くしろ。でなければ聖下の罰が下るぞ」シニルは、終始冷徹にそう云うと首を指差した。


 ※ ※ ※


 王都バルクータ——〈蛇燭教会〉教皇庁・大聖堂。

 再誕祭前日。


「面をあげてください二人とも」

 それを口にしたのは、初老の男だった。

 幾重もの純白な生地で仕立てられた聖職者の衣が、初老の男の身を包み込んでいた。厳かな大祭壇の前で、その聖職者の衣は眩いばかりの白の輝きを放っているように見える。

 白亜の石段の下で、輝きから逃れるよう跪いたシニルとシュロスは初老の言葉に顔をあげると、差し出された爪先へ口付けを落とした。

「教皇聖下」二人はそう云うと、体を起こし一礼すると一歩下がった。


「儀式の進行、ご苦労様でした。シュロスは、この話を耳にするのは初めてでしたね。神意を耳にしてしまえば、迷いが出るだろうと、ここまで多くは語りませんでした。罪深き私を許して下さい」

 それは、教皇ドミナス・クロウリーだった。

 ドミナスはそう云うと、頭に被った白の小さな帽子(ズケット)をゆっくりと取り、静かに頭を下げた。これに慌てたシュロスは「あ、あ……」と声を詰まらせた。

 教皇が神聖な帽子を脱ぎさり、頭を下げる。シニルとは別の司祭がこの場に居れば、大騒ぎになっていたはずだ。教皇が首を垂れるのは、神にのみ。


「どうか、気を張り詰めないでください」それを見たドミナスは、微笑みシュロスの肩へ軽く手を乗せた。「安心なさい。あなたの大切な方は、生きておりますよ。あなたと共にここへ戻ってきます。そうして、マリア牧師が挑む試練は結実しますが、それは彼女の永遠の献身を意味します。マリア牧師を神へ捧げたオライオン司祭を支えるのは、あなたの役目。この円環は神の御心。あなた方の犠牲は、後世に語り継がれるでしょう」

 初老のドミナスは、透き通った凛とした声で云うと、踵を返しシニルの前へ立った。シニルはそれに「聖下」と一言口にし、ドミナスを迎えた。


「シニル司祭。吉報です。マリア牧師の子の気配が消えているのが判りました。いよいよ〈一文字の神〉が記した審判の儀式が始まるでしょう。我々は奈落へ潜り、歪められた正義の子らを掻き分け、〈空白の写本〉を迎えなければなりません。神代に失われた真の魔法。その復興。これは我々の悲願。そして、その邪魔を企てる神を僭称する者どもが——後は判りますね」そう云ったドミナスは、邪魔を企てる者、教典に記された神の敵——トレアシア神帝国からの使者。その()()()排除は必須だと付け加えた。

 

 ドミナスの口調は次第に重々しさを増したように思える。

 そう思うとシニルは、自然と首を垂れ、ただ一言「神の御心のままに」と返した。


 気が付けば、壁面へ穿たれた大窓や小窓から何度もゆっくりと濃い影が、通り過ぎるのが判った。シュロスは、神妙な面持ちのシニルを一瞥すると、そちらへ顔を向けた。

 

 よく目を凝らせば、その影が再誕祭で街を練り歩く二十四の神々の像であることに気が付いた。本来、魔法音素を司どる神々は二十五。だが〈言葉の写本〉が持ち帰られ、人類の手に戻った音素は二十四。再誕祭で練り歩くのも、その二十四。

 教皇ドミナスが口にした審判の儀式とは、残された一文字が人類の手に戻るか否かを世界が判断をするもの。シュロスは、先程そう教えられた。


「世界が審判を下す? 神ではなく、世界が? 人の手で迎えられる写本をもとに?」シュロスは、ぼんやりと言葉を零したが、外から聞こえる喧騒にそれは掻き消された。

 難しいことはシニルに任せておけば良い。互いに役割があるのだから。

 シュロスは、そう思うとそっと両瞼を閉じ再び外の喧騒を気に掛けた。


 

 

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