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寄る辺のレヴェナント  作者: コネ
第一章

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第十話 夢と現実の狭間


 一の環へ足を踏み入れてから、夢を見る機会が増えた。

 

 延々と続く傾斜の雪原は、容赦なく二人の体力を削っていく。だから、こまめに休息を取るようにした。

 途中、何度か雪狼の群れに襲われたが脅威ではなかった。むしろ食糧の調達といった実質的な面で助けとなった。目下の脅威は時折り雪原を襲う吹雪で、遭遇してしまえば体力を大きく削られてしまう。

 二人は積極的に岩肌に穿たれた穴を探しては、吹雪をやり過ごすのに身を隠した。状況が許せば火を起こし交代で仮眠をとる。

 夢を見る機会が増えたのは、そう云った事情があった。


 男は不思議な夢を見た。

 それは何度目かの仮眠でのことだ。

 小さく火は起こしたが、周囲で雪狼の遠吠えが聞こえたから干し肉を千切り口にするだけで仮眠を取ったが、思いのほか深く眠ってしまったのだ。

 

 ※ ※ ※

 

 夢と現実の狭間——。

 

 男は再びそこへ足を踏み入れた。

 今度は、こぢんまりとした木壁の部屋だった。

 質素な丸机を四人の男女が囲んでいる。ブロンドの女が二人。うち一人は見覚えがあった。その向かいにいは白灰髪の男が一人。ブロンドの男が一人。こちらの男は、燻んだ白色の厚手のジャケットを着ている。おそらく、それは鎧の下に着るアケトンだ。

 机の上には、古びた角灯が申し訳程度に灯されていた。面子の誰かが話せば、灯りは微かに揺れ、木壁に貼り付いた影をゆらゆらと動かした。

 そしてたった今、影を揺らしたのは見覚えのある女だった。


「ねえ。その話が本当なら——おおごとだよ」

「嘘は云わない。信じて欲しい。教典の話はマリアの云う通り不確かな部分も多いけれど、シュロスが酷い目に遭っているのは確実なんだ。この目で見たからね……」答えたのは、白灰髪の男だった。

 

「ちょっと待ってよ——」口を挟んだのは、もう一人のブロンドの女だった。「シュロスさんのこと心配だけれど……私たちの教典が本当に嘘っぱちだとしたら、ラントレッドが揺らぎかねないでしょ? それを判って云ってる?」


「勿論だよ、アン。恐ろしくて混乱していたけれど——地下祭室で……あの二人、アースラ・グィと、デイディアマ・エボニーが話しているのを聞いてしまったんだ」白灰髪の男は、少しばかり体を震わせ答えた。


「まあ、コイツが嘘を云う必然性がないな。であれば、教会騎士団の信仰が根底から揺らぐな。成すべき正義、それは傲慢の押し付けだったと云うことになる。〈古ラントレッド〉の過度な統制も、大聖堂の封鎖の理由も合点がいく。蛇燭の教義が世界を望むなら、魔法の掌握と魔女の遺物(ウィッチクラフト)の管理統制は理にかなっていると思うぞ」云ったのは、それまで神妙な顔で話に耳を傾けていた、アケトンの男だった。


「そうね。嘘を云う必要はない。確かにね。どちらにしても私は、オライオンのことを信じるわ。それが勘違いだったとしても、シュロスを助けなければいけないことは、確かだもの。私たちが潜り込んだ理由の一つはソレだもの」マリアと呼ばれた女は、そこまで口にすると席を離れ、続けた。「ねえ、ヴォーデ。教会騎士団で手を貸してくれる人は居そう? 魔導師の方は私たちが手配する」


「お姉ちゃん、本気!?」それに悲鳴まじりで声を荒げたのはアンと呼ばれた女だった。


 揺蕩う夢と現実——記憶の狭間に浮かんだ男の視界は、そこでまた溶けるように滲み、今度は暗く落ちていった。


 ※ ※ ※


「ちょっと。ねえ、オジサン。交代だよッ」

 ノルンの容赦ない平手打ちで、白灰髪の男は目を覚ました。男は、目覚めの気持ち悪さを感じていた。平手打ちが原因ではない。深く眠ってしまったような感触と、得体の知れない不安が鳩尾のあたりで蠢いていること——それにだ。


「ねえ、ノルン。オライオンて人、知ってる?」男は、恐る恐る訊ねてみた。

「ううん。知らない。だって私が知ってるのは、お爺ちゃんと、オジサンだけだよ?——」ノルンは素っ気なく答えると壁に背を預け、厚手の布に包まった。「それで、なんで、そんなことを聞くの?」


「いや——知らないなら良いんだ。何かあったら起こすよ」男は、眉根を寄せながら、雪原の吹雪へ目を向けた。これまでの観測が正確ならば、そろそろ吹雪はおさまるだろう。風に乗る雪の塊が、ばらけ始めた。


 ※ ※ ※


 吹雪がやみ、窪みを出た二人は延々と続く雪の傾斜を登っていった。

 ドグマの双眼鏡をかけた男は、この先に壁のようなものがあると云い、「もう足が棒だよお」と不満を漏らしたノルンへ、目標は直ぐそこだと云って聞かせた。実際のところ、直ぐそこかどうかは判断が難しかったが、希望は持っていた方が良いだろう。ノルンの表情を鑑みるに、足が棒というよりは、そこはかなく退屈をしているように見えたからだ。

 退屈に任せ、また何をするか判ったものではない。


 しばらくの行軍の後、登りの傾斜が雪の谷底へ緩く向かい始めた。

 男とノルンは、それに気が付くと振り返り四の環がもう、見えなくなっているのを確かめた。

「うわあ、もう後戻りできないねえ」ノルンは手を額へかざして感嘆の声を挙げた。

「判ってるよ。もう帰れって云わないよ」男は、それに両肩を竦め、双眼鏡を外した。四の環どころか二の環も、もう霞んで見える。

 教会の地下道を抜けて耳にした轟音は、どうやら雪の谷底から響いているようだった。あれは、二の環の巨人が振るった氷の棍棒の音ではなかったのだと、ようやく合点がいった。


 ※ ※ ※


 下り道となった道程は、比較的に足場もよく軽快に進ことができた。

 時折、谷底から駆けてくる雪狼の群れも双眼鏡なしで察知することができた。それだけ余裕が持てるほどに軽快に足を進めることができたのだ。

 谷底へ近づけば近づくほどに、その群れの頻度は高くなったが、ノルンが魔法で牽制、男が斃すといった暗黙の了解が綺麗に機能すると、谷底までの道は二人の絶好の狩場となった。狩っては、少しの時間を割いて肉を切り出し魔法で炙り加工する。

 二人の背負袋の隙間もなくなってきた。この先の道のりに予測が立てられない以上、食料の確保は重要な点であったが、もうこれ以上は諦めることにした。


「ねえぉ、ぉジサン。あぉれぇ何? 超ぉれっかいんだけど」しまい切れない狼肉を口に頬張ったノルンが谷底を指差した。

 

「なんて?」それに半ば笑いを零した男は、ドグマの双眼鏡を頭にかけノルンが差した方角を確認した。「——なんだアレ。というか、凄いことになってるね。ノルン、アレ——巨人の上も見える?」


 男が見たものは、信じがたい光景だった。

 雪の谷底は、無数の亡者で埋め尽くされ、幾つかかろうじて見える雪の丘は、亡者の海に浮かぶ孤島のようだった。そこから先へ視線を送ると、聞こえていた轟音の正体が判った。天を突くような凍てつく巨人が、氷の絶壁へ背中を預け膝を抱え——亡者の海へ平手打ちを振り下ろしている。

 

 巨人は脚元に群がる豆粒のような亡者を、懸命に押し潰したり、払ったりを熱心に繰り返していた。時にはごっそりと掌に収めると、四の環の方角へ投げ飛ばしていた。轟音の正体は、庭園ほどある掌で亡者を押し潰すときのものだった。

 アレの上が見えるかと訊ねた男はノルンに合わせて視線を昇らせた。頭の少し上、そこには張り出した崖、奥にぽっかりと大きな横穴があり両脇には篝火が焚かれていた。

 二人の当面の目標は、あの篝火の向こうへ行くことになるだろう。控えめに云っても、絶望的な通過点だと云っていい。二人は顔を合わせ、唖然とした。


「あれを抜けるのは、良くないけれど、良いとして——」

「そうだね——どうやって上に行けば良いのか……」

「ねえ。お肉取り過ぎたんじゃない?」

「え?」

「これで、走れっていうの?」

「そうだね……」

「さっきから、そうだねしか云わないじゃん。ってちょっとソレ貸して」

 どことなく頼りなくなった男を他所に、ノルンはどうにか活路を見出そうと、双眼鏡をひったくると——頭に被り——右の輪っかを捻った。

 「ふむふむ」と声を漏らすノルンは、上を見たり、亡者の海に顔を向けたり、左右を見渡した。「おでこ。おでこ、ちょっと見て」

 ノルンは、双眼鏡を男の頭へ被せ、右の輪っかを無造作に捻って見せた。男は「え? おでこ?」とノルンから輪っかを奪うと「ああ、あれは……」と小さく零した。


 納得したように声を零した男が巨人の額に見たものは、自分の胸にも描かれた、赤のエイワズだった。あまりにも大きく、最初は全貌がはっきりとしなかったが、双眼鏡を調整すると、それが判った。「赤のエイワズ——あの巨人、話せるのかな?」


「きっとね。それに、右の奥も見て。あそこだけ亡者の群れが居ないでしょ? そのまま壁を見ていくと……ね、なんか建物ぽいのが見える」ノルンは、繁々と巨人の額を見る男の頭を無理やり捻り、視線を誘導した。男は「な! ちょっと痛いよ」と文句を言いながらも、それに合わせ、ノルンが見つけた突破口を確認した。

 確かに亡者の群れが見当たらない。

 そこには壁までの一本道が続き、氷の絶壁へ至っている。巨人の方へ視線を戻すと、道は幾つかの小さな建物が密集する溜まり場となっていた。


「ねえ、ノルン」

「ん?」

「ひょっとして、あの建物ってさ……」

「教会の聖魔が云っていた、一の環の監獄ね。そうじゃなきゃ困るんですけど」




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