災いの前兆ー〆
よろしくお願いします!
そして1週間もかけてハンデルベルクへ帰ってきた。
まだここに来て1年だというのに、気づけばもう実家というかマイシティ気分だったらしい。
始めはきらめいて聞こえ見えたどこにでも降り注ぐ日光に負けないこの騒がしい喧騒、耳、目にそれが入った時心臓がストンと落ちた感覚がわかった。
深く息を吸って、吐く。自然の味はしない。代わりに、フルコースを目の前にしたような様々な食の匂い。他にもあるんだろうけど、記憶と結びついたのはこの匂いだった。
「何か、久々だなあ」
ガレドが腰に手を当てながら言った。
「ねー」
日の具合からして、もう昼だろうか。
「とりあえず、ギルド行こっか」
「だな」「ですね」「ん」
僕たちは、同じ足取りでそこへと向かった。
2階建てか3階建てかわからない高さ。
上に壁付で堂々とついて道に飛び出すようについた看板には見慣れたマーク。
いつもの持ち手が僅かに錆びた扉。
不思議な感覚だ。
わずかに高鳴った胸でそれを引いた。
一気に舞い込んでくる爽やかな冷気。外の熱を帯びた空気に慣れていた僕は、本当のふさわしい気温を知って爽快感を余儀なくされる。それは、とてつもない強さを持つ3人でさえ僕と同じ顔をするほど。
ジョッキを抱えながら騒ぐごつごつとした男たちは僕らを睨み、堂々とした振る舞いな女性たちはこちらに目もくれず話仲間らしい人たちと話し込んでいる。
この感じも骨身に染みる。
その間をいつもの調子で歩いて、受付に行った。
この人の顔、見るの久しぶりかもしれない。
目には少し熊を浮かべて頬杖をつく。
他の受付嬢さんなら、元気よく挨拶をするだろうけど……
「あっせ~~、ぼっけっさぎーどへよーこそ~」
何言っているのかわからないくらいに崩しているし、耳を澄まさないと聞こうともならない声量。
心臓が締められるような感覚は、どうにもなれないみたいだ。
「あ、あの実は依頼を達成して……これなんですけど……」
「はいっ承ります」
僕はワドさんの作った報告書とか色々、本人が書く依頼達成たる証拠の書類の入った封筒を提出した。
ため息をつきながらそれを受け取って、パパっと開けた。
嫌な予感がして左右を見ると、3人は口をへの字に曲げている。
これは……何かあったら行きますよの顔だ。
(何も起きませんように……)
祈り方、勉強したらよかったな。
「ハッBランクですか。そういえば最近Bランクになったとかいう人たちいましたね。でも……」
僕へ一瞥。
「私、この仕事嫌いですけどあなたのことは覚えてますよ」
「……」
「もう登録してしばらく経ってますけど、こんなにGから昇格しない人も珍しいですからね」
鼻で笑いながら言った。
僕は、口を開くことが出来なかった。
言葉を受け入れたから……かもしれないけど、きっとそれだけが理由じゃないし、もし誰かに言うとなったらこれだからというのは相応しくない。
でもきっと、本当の理由を頭でも理解ってしまったら……
「あなたがこの依頼に同行して、良いわけないですよね?Bランクの仕事ですよ?……ハッ。って言っても、あなた自身わかってるんですよね。身内だか何だか知らないですけど、甘い汁啜ろうとしてるから万年Gランクなんですよ」
僕の頭は、無理に考えるのをやめてその言葉をただ聞いていた。
暇になったからだろうか。
その言葉を発する彼女の目を改めて見ようと首を上げた。
「てめ───」「───いや、Bランクの“お強い”人は黙っててくださいよ」
「私は、この人に言ってるんですから」
そう言って僕に指をさしたとき、目が合った。
これは、頭がそう思いたかっただけかもしれない。きっと、現実的に考えるならそんなことは決してないはず。でも、僕は確かにそう思った。
この人の目は、人を貶して遊ぶような陰湿な悪人の目ではなかった。どれかというと、何に近いのかは短い人生で見てきた人の数じゃわからないけど、いちばん近い人で言うと……物心ついてから育ててくれて温かいシチューを作ってくれるお母さん、それも間違ったことをした時に叱るときの目、それと重なるようだった。
いや、一瞬重なってそれを幻だと分かったのが一瞬すぎるだけだった。
「てめぇ───」
その一瞬だった。
すごい歯ぎしりを立てている3人のうち、ガレドに目がいった。
鞘入りの剣に手をかけたと思った時、瞬きをしていなかったはずなのに剣が消えていた。
金属音。左耳からだった。
冷や汗が流れた瞬間、そっちを向いた。
あってはならない未来像が、振りむくぼやけた視界の時によぎる。
お願い。どうか……どうか……
「……」
剣と剣が、火花をたてたらしい。
一人は目の血走ったガレド。もう一人は、受付嬢さんを庇いながら、何とか剣を支えている無精髭の生えたおじさん。
「じいさん、何すんだ」
「いやいやいや、流石に見過ごせないって。というかマジで危なかったんだけど……」
誰だっけ……
(あっギルドマスターの……)
名前は確か、ロウルさん。
前、クルルの森の緊急依頼があった時にお世話になったのに忘れていたのは、その身なり、特に無精髭と今の歯を食いしばりながら剣を握っているギリギリな様子がギルドマスターという役職と嚙み合わなかったからだと思う。女性を庇っているという様子だけだと、すぐにわかったはず。
「ギルマスったって、邪魔するなら容赦しねえぞ」
「こぅわ……俺ホントに殺されそうなんだけど」
剣は拮抗はせず、段々とガレドが押し込んでいっている。
息を荒くしながら鍔ぜるガレド。
ギルドマスターのロウルさんは、必死ながらに僕に一瞬目配せした。
(ほんとごめんなさい……)
僕は普通に歩いていて近づき、ガレドの肩を叩いた。
「ガレド、ダメだよ」
他の人から見たら、これは犬のしつけのように思われるんだろうか。
「……」
「なんでかとか、言わなくてもいいよね?」
「……わかったよ。すまんかった」
そう言って剣を収めた。
ギルドマスターも、「ふう」と声を混ぜながらため息をして、剣を収めた。
感謝してもしきれないくらいに、この人には恩が出来てしまったらしい。
「でも……」「でも?」
「こいつも悪いだろ……」
先生に怒られたとき、友達も巻き込むときの顔をしながら、受付嬢さんに指をさす。
「俺謝ったし、こいつもするべきじゃねえのかよ」
「……」
そっぽを向いた。
「おいふざけんなよ!」「いやいいって」
「僕怒ってないし。ね?」
「……わかったよ、お前がそんなに言うなら」
3人の方に向くと、眉をひそめて口をすぼませた2人と、何処か納得のいかない1人。
気持ちはありがたいんだけどね。
こういう時は、変に触れずに感情が自然消滅するのを待つしかない。正しいだけじゃ意味ないしね。
「うん。じゃあちょっと、3人は僕帰ったこと職場のホテルの人に言ってきて」
「アラトは行かないんですか?」
「僕は後で行くからさ。ほら」
「「「はーい」」」
そう言って、見えない尻尾の先を下に垂らしながらギルドの外へ出ていった。
少し、静かになったらしい。
そうと決まれば、何とかは急げだ。
「この度はっ───」
僕は屈んだ次に上に飛び、落下する間に膝を畳んで、身体をそれで受け止める。
着地、走る痛みは無視して間も置かずに両手を膝に着き、頭もすぐに着けた。
「本当にすみませんでした!」
「いやいやいや!」
「ガレドはいい子なんです!だから、だからどうか……除籍と逮捕だけは許してください!」
喉元が張り裂けそうなくらいに声を張った。
従業員が殺されそうになって、許せる人がいるだろうか。
もし、3人が殺されそうになって同じことを言われたら、僕はきっとその人を許さないし代わりに謝った人も同じく恨むだろう。そのくらいに、ガレドはしてはいけないことをした。でも、彼はいい子なんだ。
こんなところで終わっちゃいけないくらい、強くもあるし優しい。これからもっと羽ばたける。だから、たとえ代わりに僕の冒険者の夢を終わらせないといけなくなったとしても……
皆だけは守る。それが、それだけが……今の僕にできることだ。
「いやしないって!」
焦って突っ込むように言ったギルドマスター。
謝罪中だというのについ顔をあげて彼を見てしまった。
「で、でも……あっ代わりに誰かって言うなら僕を───」「───いやいいから!」
「ホントに何もいらないよ。無事だったんだし」
「……ありがとう、ございます」
喉に熱が込み上げると同時に、視界がぼやける。
色々、冒険者をやめたら故郷に帰ろうかとかやっぱりホテルの仕事に専念するのかなとか、あれこれ考えていた頭は、そんな必要もないくらいの容量をただの一言に費やす。
「……よかったっ」
鼻から流れてきたそれを、奥へと戻した。
社会に立つ人たちは、みんな夢を持っていつかそれは叶わずに諦める。そして、国を支える雲にめがけて飛び立っていく。その時が、僕に来ただけだ。
そう思って、仕方ないと頭を騙していた。
でもやっぱり、嫌だったんだ。ここで幼馴染、親友を見放して僕だけ夢を追う、そうやっていつか叶えるのも。皆が持ってる力で誰かを助けて、いつしか国の英雄になる、そんなことをただの人間として新聞を通して知るあるべき姿に進むのも。
嫌だったんだ。
わずかな雫が目から顔を伝って落ちる。
頬の辺りで拭い取った。
「ほんとに、ありがとうございます」
「え?な、何で泣いてるの?」
ギルドマスター、この人はなんて優しいんだ。
ありがとう。
「いやその、よかったなって」
「そう、か。うん、まあともかくこれはここでお終いってことで」
「はい、あの───」
僕は、当人の受付嬢さんに目を向けた。
「この度は、僕の友人が迷惑してほんと、すいませんでした」
素早く腰を下げる。
「いや、その……」
バツが悪いのか、困惑しているのか。
とりあえず、僕は困らせてしまったのか。
「別に、私も悪いとは……まあ、はい。別に構いませんよ」
「ありがとうございます!」
「それで、なんだけど」
指をつつきながらゆっくりと口を開いた。
「その、調査の報告は、僕が書類に目を通してからにしたくてさ」
「はい」
「だから、悪いんだけどまた明後日くらいに来てくれない?」
「はい、じゃあまた明後日で」
一礼をして、僕もそのままギルドを出た。
◇◇◇
久しぶりの業務だったから、いつもより疲労感がすごい。
このホテルに泊まっているんだから部屋で着替えることもできたけれど、更衣室での交流も大切だからそこで着替えている。
とはいえ5分かそこらで終わって、「じゃあお疲れ様でした」の合図と返事を後に部屋を出た。
ドアを閉めた時、開いて隠れる男子更衣室と女子更衣室の間の空間に目がいった。
「アラト君やっほ~~」
「あ、セレナさんお久しぶりです」
「うん久しぶり~」
今日の業務をしている中で、ずっとセレナさんのことは頭にあった。
どこかで鉢合わせできると思いながらやっていたけど、今日の担当エリアがたまたま違うのか、そもそもシフトに入っていないのかとか。
少しだけ寂しさを感じて、完全に油断したところだった。
というか、ドアの裏なんて絶対驚かせようとしてた。
「いやー、アラト君全然見ないなって思ってさ支配人に聞いたら、2週間も休んでるっていうから、何事かと思ってたんだよ?」
「あはは、すみません」
「大丈夫だよ、それで何してたの?旅行?」
後ろで手を組みながら、軽く笑っている。
久しぶりに見ても、いや久しぶりだから思うけど……
セレナさんってやっぱりきれいだな。
「それが、冒険者の依頼で遠出してて」
「ふ~ん。アラト君ランクは?」
「まだGなんですけど、友達がBランクで」
「えーすご!それで同行したんだ」
「はい」
「すごいね、アラト君」
この雰囲気、少し静かで周りの音がよく聞こえる。
何か言われそうだ。
体が頭よりも先に身構えた。
「でも、Bランクが受けるような危ない依頼、一緒に言っちゃだめだよ?」
「……はい」
セレナさんも元々冒険者だったから、こっちの事情をよく知っているのは弱点になってしまった。
特に面倒見が良くて、僕が入ってから色々教えてくれた仲もある。何より、心配性でその面にもお世話になることもあった。
これからもこういうのは増えそうだな。
「特に、ダンジョンなんかの同行は絶対だめだからね」
「え、なんでですか?」
「だってダンジョンは、外よりずっと魔物も多いし逃げ場がないから。いい?絶対だよ?」
「……んー」
「んーじゃないっ」
僕の両頬をつまむ。
痛くないくらいに伸びて、上手くしゃべれない。
顔を近づけるセレナさんに、見上げて目が合う。
「いい?ダメだからね?」
こんなに真剣な目はいつ以来なんだろう。
勿論危険なことをしていた自覚はあるけれど、たしかに3人がいても危ない瞬間はあった。腑に落ちる部分しかない。
「……ひゃい」
「よし!」
やっと手を離してくれた。口の中が狭いような幻覚と、さっきまでの手のぬくもりが頭から出ていかない。
セレナさんはいつもの顔に戻ってくれた。
「大丈夫?痛くなかった?」
「ん、全然大丈夫ですよ」
「そっか、よかったぁ……」
ため息をつきながら肩を落とす。
もしかしたら、少し罪悪感を抱かせてしまったせいかもしれない。何かを喋ろうにも、話題を考えるけど空気に合わずにすぐ引っ込めてしまう。言い出したらきっと弾むんだろうけど中々切り込めない。これは勇気がないのか、ギャンブル精神が足りないのか。
フロントでほうきを掃く音と他の男女の更衣室からの会話が耳に入り込む。
そのほうきの方に目を向けた時、扉が開く音がした。
振り返ると男子更衣室だった。
「おっアラトまだいたんだ」
軽く手を挙げて、彼から見て僕の少し奥にいるセレナさんにも会釈程度のあいさつをした。セレナさんも同じくらいで返す。
「はい、ちょっと話してて」
「そか。じゃっお疲れぇぃ」
「お疲れ様です!」
そういうと廊下から出てそのままフロントを通り外へ。ほうきをしている人にも挨拶しながら外へと出ていった、姿を見送った。
なんとなく、そんな空気が出来たんだろうか。
セレナさんは時計を一瞥して、また僕に振り直り口を開いた。
「じゃあ、私もそろそろ帰ろうかな、うん」
「はい!じゃあ、遅いので気をつけてくださいね!」
「ん~~どうしよっ」
口角が不敵に上がる。
「アラト君の部屋、泊まらせてもらおっかなぁ?」
「いやもう……いいですって」
「え、それいいってコトぉ?」
「そんな言い方されたら、違うってのも言いにくいじゃないですか!」
「アハハハ!ごめんって。じゃあそろそろホントに帰るから」
右足を軸にして回るようにフロントの方に向くと、組んでいた手が見えた。すらっとした綺麗な手。
それを磁石が別れるように離して、左手は腰へとくっつき右手だけ僕に手を振った。
「じゃあね、アラト君っ」
歯の見えるように笑う。
「はい。お疲れ様でした」
「うんお疲れ」
軽く頭を下げる僕に、間を空けずに返す。
そのまま心地のいい足音を鳴らしながら、静かな夜に向かっていく。
扉が開いて、ついには姿が見えなくなった。
隙間を埋めるようにほうきの音と話し声は一層耳に残る。しかし、その正体である寂しさは一向に消えず、レンガの隙間から植物が生えるように姿を現している。巻き付かれているのか、僕は放心のまま壁にもたれ掛かった。
頭では、今日帰るまでと帰ってからの業務、さっきまでの会話の記憶達を無限に回し続けている。
「はあ」
声交じりのため息をついた。
背伸びをしたい感覚はあるけれど、身体はそれすらも怠いらしい。
帰ってからでいいか。
その頭に、いつものベッドが浮かんだ。
しっかり寝れると良いな。
……もうすぐ、なにかが始まる予感がする




