災いの前兆ー4
よろしくおねげえします!
「ふう」
一仕事終え、コーヒーでも飲むかのような溜息。
杖を下ろして、軽やかに木から飛んだ。
「終わった」
「す、すごいね……」
「当然」
鼻から短く息を吐いて、膨らんだ胸を張る。
歩く度に背中越しに感じる地面の反発。
枯れた落ち葉を噛みしめる音。
「あの……そろそろよくない?」
このふわふわの尻尾にも慣れたぐらいにずっとこの体勢だし……ちょっと恥ずかしい。
僕の言葉を仕切りに、締め付ける尻尾が一層強くなった気がする。
落ち葉を踏みしめる。上から押しつぶすだけでなくすり潰すような音も混じっているのは、ルーナがそういう歩き方をしているからではなくて力なく落ちていく落ち葉を空気の波と呼ぶ風が地面にに辿り着くだけの彼らにランダム性という娯楽を与えたからなのかもしれない。
「……」
何も答えない。ただただ歩みだけを進めている。
顔はもちろん見えないから、暇になって奥を見た。
すっかりと近くなっているから、改めてその大きさがわかる。
近くで見た円錐はとてもじゃないくらいに大きいとは思っていたけど、こいつの比率から言ったら適度だったともいえるかもしれない。
図鑑で読んだ急所で言ったら、首の付け根と喉、鼻、脇腹と前足の付け根と……あとは何だったっけ。
でも見る限り、その何となく頭に残った急所は貫いて奥が見えるし血も流れ続けてる。
これで死んでないってことはないと思う。
「あー……いってぇ」
ガレドが右肩を片手で抑え、回しながら言った。
もろに攻撃を喰らってたはず。
でも、怪我という怪我が見当たらない。何かで防いだのかな。
そういえば、ガレドは気が使えるらしいから避けれこそしなかったけどそういう何かがあったのかもしれないな。
「大丈夫?」
背中越しに目が合う。
「んーまあ、受け身取ったしな」
「たしかに平気そうだね」
「おいひどいな!」
「それよりどうします?これ」「もうちょい心配しろよ!」
「んー……とりあえず血抜きと内臓抜かないと」
血は流れ続けている。
大きさは……
正面しか見れてなかったから、死体を横にまわって寝そべる全長を見た。
ざっと……9mかな?
縦ももちろん長いけど、胴が相関するように大きくなってるから長い印象より大きい印象が頭に入る。
このサイズで言ったら、キリングベアーではなくてベアーディザスタで間違いない。
うん。流石にそうだ。
もしそうなら、このまま血をダラダラ流していたらこの辺りの魔素濃度が変わる可能性もある……のか。
そしたら何かまずかった気がするけど、思い出せない。でも、何かまずいのは確かだしこういう血も何かに使えるのかもしれない。
ドラゴンの血液は、エリクサの材料にもなるって聞くし、クマなら……パワー系とか。すんごいステロイドの材料になるのかもしれない。
だとしたら、どのみちこのままではいけない。
「そういえばさ、ルーナの空間収納?って、時間経過ないんだっけ」
「ん」
杖を軽く振る。
巨大な熊は、突如できた白い穴に為すがままと落ちていった。
「あ、ありがとう……」「ん」
理解がとても速いのは、ルーナのいい所。
血に染まった落ち葉たちは床に己が地面かと錯覚したようにへたり込んでいる。
ここで殺したのは、生きた動物なんだ。
その証は、決して消えない。
祈り方なんてのはわからないけど、ありがとう。
君は決して、悪くなんてなかった。
「というか、そろそろ降ろしてよ」
「……」
「あ!ルーナずるいですよ!」「ずるいって……」
「……」「無視しないでください!」
2人は相変わらず喧嘩をして、半ば気にしていないガレドは剣とヌンチャクの手入れをしている。
当分降りられそうにないから、首元に腕を回して体を固定した。
「!」
体が跳ね上がる。
「ルーナどうしたの?」
「……なんでもない」「ちょっと聞いてるんですか!?」「ねんむ……帰ったら寝ようぜ」
「そうだね、僕もちょっと眠いかも」
まだ帰るのは早い。
僕たちはとりあえず、上の方にまで登っていった。
◇◇◇
それから、山を一周くらいしたけれど、これといって特に何もなかった。
何もなかったというのは、特にこれという動物や魔物がいなかったという意味でもあるし他の原因らしきものが見つからなかったという意味でもあるのだけど、よくよく考えたらこれはほとんど同じ意味だった。
村長宅、客室。
夏の下山腰の体を優しく包み込んでくれるひんやりとした革のソファ。
ロゼル以外は大胆に腰かけている。
僕も少し……いや、ちゃんとしよう。
ベアさんが人数分のお茶をくれた。
そして静かに出ていくと共に、頂く。
ひんやりとした飲み物は、染みわたるように身体中へ溶け込んだ。
「この度の調査、本当にご苦労様でした」
「ありがとうございます」
「それで……早速、結果をお聞きしても」
「はい。と言っても、素人目というか絶対そう!とまでは言い切れないんですけど……すみません」
「いえいえ!何より大事なのは見てきた人の声ですから。是非、お聞かせ願いたいです」
真剣な眼差しだ。
ワドさんは良い人だろうから、村長としていつも村のことを思っていたはず。きっと今回の件にも頭を悩ませていたんだろう。
一応下山しながら、頭にまとめて来たし大丈夫だ。
「結論から言うと、あの山にベアーディザスタが生息していたからだと思います」
「ベアーディザスタ……ですか!?」
目を丸くして勢いよく立ち上がる。しばらくの沈黙の後、静かに座りなおした。
そりゃ、Sの魔物がいたなんて知ったらこんな顔にもなるよね。
「はい。と言っても、確認した魔物のサイズからそうなんじゃないかなって思っただけで、絶対そいつだって言えるのはギルドに持ち帰ってからですけど」
「それはわかってます。そう思うほどの魔物がいたというだけで……というか何故そんな奴が……」
「そうですよねぇ……」
もし仮に、考察が当たっててあれがベアーディザスタなら……
誰かが持ち込んだか、魔素溜まりからSランク魔物が発生した───いやいや、流石にない。
その二つから選ぶとしたら、絶対に前者だ。ダンジョンならまだしも、自然でそれが起こるなんてのは滅多にない。特にSランクだなんて、魔物の大災厄じゃないんだから……
って、一般人があれこれ考えたって仕方ないか。
「よくぞ、撤退なされましたね。いやこうしてはいられません!今すぐ政府へ討伐隊を───」
「いや、大丈夫ですよ」
握りこぶしを固めたワドさんを静止する。
決心の余韻と僕の静止のジレンマに混乱した彼は、なんともいえぬ顔。
「と言いますと?」
「皆で倒したので」
「え?」
それからまた一泊させてもらい、報告のために村を出立した。
続く!




