災いの前兆ー3
出会ってくれてありがとう!
色々歓迎してもらった僕たちは、朝早くから見送られながら調査対象であるウマント山に入った。日の出はまだ完全には終わっていなくて、それに加えて山の中というのもあって少し涼しかった。
もしかしたら朝一なら魔物や動物も起きていなくて調査がしやすいんじゃないかと思ったのもある。
それが功を奏したのかそもそもそういう機会に出くわすのがすくないのか、のはずだけどモンスターには遭遇していない。
もう山腹の中頃くらいに来た頃には、日差しはもう僕たちが言う朝が訪れていた。
「いやぁ……山登りってっ大変だね」
「そうですねぇ」
「まあいい修行にはなりそうだな!」
「私はまだ疲れてない」
ルーナ以外多分話を合わせてくれてる感じだよね多分。
ホントに優しい友達を持って嬉しい。ホントに。
僕たちは調査のために、いわゆる獣道から大きくそれた山の中を探索している。
日差しはたまにしか見えないくらいで、暗さで言えば宵の刻。
普通の登山者なら余裕で遭難判定だ。
もう僕もただ上に登ってるだけだし。
「とりあえず、何かしら手掛かりが見つかるまで歩こっか」
「おう」「はい」「ん」
落ち葉に埋められたような道を進んでいく。何となくキノコを探すけど、明らかに毒っぽいやつしか見つからない。これは多分……おかしいんじゃないか。
「そういえばさ、さっきから山菜少なくない?」
「たしかに……言われてみれば」
「毒キノコっぽいやつならあるんだけどな。これとか」
そう言ってガレドが指さしたのは、赤い傘に白い斑点。
「それ多分ベニテングダケじゃない?」
「おおこれが」
「どんなのか忘れたけど、触るだけでやばいのもあるから気をつけてね」
「おう」
僕たちはまた歩き始めた。
山の中だからかいつもより会話は少ないけど、なんとなく安心感がある。
皆がいたらそうそう負けることなんかないし。
そう思って歩いた数十メートル。
先を見つめたところで、何か頭が異変を感じた。
「ちょっと待って」
「「「?」」」
「これって……」
落ち葉ばかりだし暗いけどこの辺りの落ち葉だけ妙に凹んでる。
何かの足跡……
「ん~~何かの足跡っぽいけど……」
やけに大きいな。何となくぼてっとした丸っこさに、これは爪か。
こんな、それも爪もわかるくらいってことは相当大きくて重いんだろう。
大きくて重い……
「クマ?」
その一言に後ろからは、「「「たしかに」」」と声がした。
この辺りはクマの魔物もよく出るらしい。CランクのホーンベアーとかBランクのモウカグマ、滅多に出ないけどAAランクのキリングベアーがでることもあるらしい。
キリングベアーでも皆がいれば問題はないだろうけど、もしSランクのベアーディザスタが出たら……いや、今はたらればを話すときじゃないか。
それにしても、この足跡見るからに大きいな。
結構くっきり残ってるし、もしかしたらかなり近い───
「グアルァアラァ……」
どこからか声がした。一気に身構える僕たち。
暗くてよく見えない。音のする方は、登る方からだったような……
「グルァアァア!!」
足を強く踏み込んだような音。何度も続く。
そっちに向くと、馬車よりも大きいクマが四足で走ってきている。
馬よりも速く駆けて、鋭い爪と唾液にまみれた牙を僕たちに向けた。
「アラト!下がってください!」
僕は一歩下がり、ロゼルが前に走り出た。
右手、強く握って構えている。
白い手袋がギチギチと音を立てている。
巨体、前に飛ぶ。向かう先はロゼル。
もう僅かで噛みつかれる、その瞬間。
「せいやっ!」
溜められた拳は、勢いよくクマの頭にたたきつけられた。
崖から巨岩が落ちたような音が辺りに響き渡って、落ち葉を散らせ木々を揺らす。
「え、ええ……」
僕は、口を開けたまま呆けることしかできない。
ロゼルは軽く、「ふうっ」と息をついてこっちに向いた。
「もう大丈夫ですよ」
「す、すごいね」
「ふふ……私、力には自信があるんです」
その手袋は、少しだけ赤く染まっている。
それよりも、クマがまだ生きてるかも……
そう思って後ろを覗くと、頭の部分が大きくへこんでいる。
横たわったままでも僕の太ももまであるその巨体。
これを一撃で……
大きさからして、絶対キリングベアーだよね。
とりあえず、どうにかしないと。
「とりあえず血抜きした方が良いかな?」
「私の収納魔法に入れるといい」
ひょいっと後ろから現れたと思ったら、クマの寝そべる地面が白い穴に変わってそこに落ちていった。
収納魔法、こんなのも入るんだ。
「でも血抜きとか臓抜きとかしとかないとダメになっちゃうよ?」
「だいじょーぶ。空間収納は時間経過ない」
「そっか……じゃあ大丈夫か。ありがとうルーナ。ロゼルも、守ってくれて」
「ん」「そ、そんな……」
暗くてよく見えないけど、二人の顔が少し赤い。
照れなくたっていいのに。
なんだか、ひと段落着いた気分だな。
「そういえば、この山の異常現象ってこの熊だったんですかね?」
「んーどうだろう……」
クマは生命維持のためにすんごい食べるらしいけど……
何かしっくりこない。
確かにこの巨体なら、1日に50kgとか食べていても不思議じゃないくらいだ。ただ、もしこいつ1匹だけか、十匹くらいなら森に与える影響なんてたかが知れてるくらいだ。現に、この僕たちを囲っている木々もドングリを落としたりする木もあれば松ぼっくりを落とすものもある。それに、クマは気の皮を剥いで食べることだってできるんだ。
もしかすると大量発生しているのかもしれない。
それなら納得だし、イノシシもイノシシの魔物もここまで合わなかったのも頷ける。
「もしかしたら、キリングベアーが大量発生してたとか」
「それは……不思議ですね」
「うん……あっ!」
そういえば、さっきのがキリングベアーかどうかまだわからないじゃないか。
報告もしないといけないし、まずは確認だ。
「ごめんルーナ。ちょっとさっきのクマ魔法から出してくれる?」
「ん。わかった」
ルーナが杖を地面に向けると、白い空間がまた現れた。
下から生えるようにクマが出てきて、その半身が上ってきた。
「ありがと───」「───待て」
それの背中を見ようと近づいた足は、ガレドの一言に止められた。
不思議に思ってそっちに向くと、やけに真剣な顔をしている。
どこかを見つめて、見失わんと言わんばかりに一点を見つめながら。
「どうしたの?」
「何か来る。アラト、お前は後ろ下がってろ」
「うん」
言われた通りに一番後ろに回った。みんなは僕を隠すように前に立つ。
なんとなく、そこに溶けるように意識を広げる。
葉っぱと生い茂る木々が風に揺れている。何かの音はしない。
しかし、ガレドは言った。
ということは何かがいるはず……
目を瞑って、耳を澄ませた。
その瞬間。
「グアアァァゥルゥアァア!!」
澄ませる必要のない轟音が辺りに響き渡る。どこから聞こえたのかわからない程に、あちこちを木霊して。
今でも耳に響く唸り声と、大岩が何度も落ちるような音が重なる。
そして、木々が死んでいくようなむごい音の後。
それは見えた。
「来るぞ!」
暗闇が正体を現した瞬間。
熊だ。
まるで崖が迫ってくるかのような、あれはクマと呼ぶべきではない巨体。
大木を枝を踏み折るようになぎ倒しながらこっちに向かっている。
そして、牙に垂れるドロドロの唾液すらも見える距離になった瞬間───
「グルぁぁあぁぁ!」
左前足、大きく振り下ろされ3人を襲う。
寸前で皆飛んで、当たらなかった僕だけが残った。
叩き下ろされたそれは、地面を網目状に粉砕して、その波が周辺の木々すらも巻き込んだ。
僕の足は雪崩のようなそれに耐えきれず虚脱して、地面に崩れる。
熊の右前足が、僕に向かう。
影、僕のすべてを包み込む。
天蓋かと思うそれが下ろされる瞬間───
「どりゃぁあ!」
ロゼルがそれを受けとめた。
手袋をつけた手と手と呼ぶべきではない程の巨大な手。
地面をえぐりながら拮抗しあっている。
こんなにも歯を食いしばってるのは見たことがない。
そんなロゼルを、もう左足が襲う。
「ぐっ!」
何とか受け止めて、また拮抗───いや少し、ロゼルが押されている。
肘が段々と曲がって、クマの恐ろしい顔が近づいていく。
唸り声をあげながら開けた口。上の牙から下の牙へ、ジェルのような涎が垂れた。
ロゼルのうなじに冷や汗か脂汗かが流れる。
地面がまたえぐれた。
「くっ……」
「任せろ!」
後ろからガレドの声が聞こえた。
と思った瞬間、視界を横切り現れた。
「うりゃあぁ!」
剣、左足の外側を切り裂いた。
しかしそれは、切り傷を作っただけに見える。
「浅ぇ!」
歯を食いしばっている。
僕は今のうち、後ろに下がった。
「グルァアァアアァ!」
唸り声と共に、その両足が大きく宙に上がる。
それが振り下ろされると同時。
巨大な白い爪痕のような波動。地面を削りながら向かってきた。
ロゼルはそれを寸前で避ける。
ガレドは───
「ぐっ!───」
「ガレド!」
彼を包むような巨大な波に包まれた。
木。木。木。
なぎ倒しながら見えないところまで大きく後方へ吹っ飛んだ。
必死に逃げる僕。1秒。2秒。
さっきの距離は嘘みたいに縮まって、もう間近。
視界は白に埋められて、頭に死が浮かぶ。
「アラト!」
そんな体が、腰が抜けるような力のまま宙を浮いた。
「うわっ───」
よく見ると腰に腹巻のような尻尾。
下では目的を失った爪の衝撃が、木を何本も倒して霧散した。
そして引っ張られた末にはルーナの背に巻きつく。
木の上だ。高所恐怖症じゃなくてよかった。
そして。軽々と枝から枝を渡って離れていく。
「ルーナ……ありがとう」
「ん」
振り返ると向こうではまた、ロゼルとクマが力をぶつけあっている。
体格差で言ったら、子供と大人で言うなら3歳児と大男だ。
必死なのか、こっちには見向きもしない。
本来のクマの嗅覚なら、こんなに離れてても気づいているはず。
きっと数百メートルは離れたか、あんなにも大きいクマが小粒の米くらいのサイズだ。
「ん、丁度いい」
相も変わらず僕を背中に巻き付けながら、素晴らしい体幹で枝の上にしゃがむ。
大きな杖の先を向こうのクマに向けて、左目の目元の四方に魔法陣が浮かんだ。
そして、単眼鏡を覗くように右目は閉じた。
「こんなに遠くから……どうするの?」
「真正面じゃ、皆を巻き込む。だから、ここから狙撃する」
───「ぐぬぬぬ……」
足場は、雨が降った後に踏み荒らした砂場のように踏みしめる感触はあちらこちらに散っている。
指がへし折れる幻覚が頭を何度も反復して、その都度奥歯を噛みしめている。
唸り声をあげる口は牙同士を唾が成長した鍾乳洞のようにつなぐ。
眼光。子熊の円らさはとっくに失っているらしい。
アラトは……
後ろを見てもいない。
どこか逃げ果せたみたいだ。
よかった。
間に合わないと思ってたら、一瞬ルーナの尻尾が見えてどこかへ消えた。
2人は……
「グルゥウアァァ!」
私が安堵のため息をついた瞬間。
化け物の力が一気に強まった。
「ぐっ!」
肘へ痛みが広がりながら次曲がっていく。
それにつれて凶悪な顔が、どんどんと近づいている。
首元を噛みちぎられる。
はち切れそうな頭に情景が浮かんだ。
まだ死ぬわけにはいかない。
彼に気持ちすら言えていない。
ここでは終わらない!
擦り切れるほど奥歯を噛みしめて手を向こうに。向こうに。
「ぐぐっ!」
しかし肘が悪いのか力の一部がどこかへ消えてしまっている。
このままじゃ……本当に。
「───ぉぉあ!」
遠くから声が落ち葉を踏みしめる音と共にすごい速度で近づいてくる。
「烈火砲撃!」
轟音。燃え盛る赤い棒が、クマの鼻を顔ごと吹っ飛ばした。
それを繋ぐ鎖の先には、もう一本の棒を握るガレド。
「グォォァァ……!」
顔をのけ反りながら大きな腹を見せた。
(チャンス!)
「せぃやああ!」
私は握りこぶしを作って、精一杯振りかぶり───その腹へ、体ごと拳を投げた。
腹。生々しい感触を伝ってめり込む。
「グォアアァ……」
「今だルーナ!」
ガレドがそう叫んだ。
───「ふうぅ……」
辺りが静かになった。
落ち葉が舞う音も、ルーナには聞こえていないだろう。
米粒のような熊が吹き飛ぶと共に、顔くらいに大きい、先の尖ったいくつもの円錐がルーナの周囲に浮かびあっちへ先を向けて高音を鳴らせながら回転を始めた。
その怪音に木々が騒めいている。
「───今だルーナ!」
小さくガレドの声。
ルーナが目を見開き、そして───
「《鋼鉄の穿弾》!」
声。
破裂音。空気と鼓膜を弾くような音ととてつもない風。
それに瞬きをした。
また眼を見開いた瞬間には、円錐はクマの首の付け根、前足の根元、脇腹を貫いていた。
木々は当たってもいないだろうに、その通り道から首をへし折って退いている。
続く!




